とある無能力者の生き方   作:異端者

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木原龍華の『木原』

木原龍華と天谷慶は同時に同じ方向を見つめた。

天谷の足元には氷室が倒れ伏している。

 

「この方角……帝督の野郎が何かやらかしやがったな」

「みたいだね。……あなたがそんな反応するってことは、およそわかってるんでしょう? 垣根ちゃんの能力の秘密……っていうかそもそもの正体」

「いやいや、そんな大層なことじゃねえよ。ただ、何となくこんな感じかなー、何ていう推測なんだけどさ」

 

天谷はそう言って軽く肩をすくめる。

木原龍華はチラリと氷室を見てため息をついた。

 

(やっぱ、模造品じゃ相手にならないか……)

 

既にアザや出血でボコボコにされているように見える氷室に対し、天谷は涼しい表情だ。当然、無傷である。

 

「どんなヤツが出てくるのかと思えば、こんな雑魚かよ。……失望したぜ。お前の『木原』はこの程度だったのか?」

 

彼女は一度、天谷の部屋に気配を悟られずに潜り込み、一瞬とは言え天谷を純粋な身体能力のみで食いとめた実績がある。それも、『木原』に対して絶対的な強さを持つ彼から。

つまり、木原龍華にとって氷室は相手の強さを測る物差し程度の価値しかないのだ。

 

(予想通り……異能のない戦闘において天谷ちゃんはかなり強い。でも、それだけ。彼にも『弱さ』はある)

 

これこそが木原龍華の戦い方である。

相手の弱点を分析し、そこを徹底的に叩くことで相手を自分で倒せるレベルまで弱体化させる。『弱さ』を司る木原。

天谷は『木原』に対して絶対的な強さを持つ。ただ、それだけ。

しかし、木原龍華にとっては最悪なシチュエーションなのにも関わらず、彼女は笑う。

この状況を作り出すのが狙いだと語るように。

そういえば、と彼女は話を切り出す。

天谷の『弱さ』を突くべく。

 

「あの事件からもう二年だよね。……私にとっちゃどうでもいい時間だったけど。垣根ちゃんが今みたいな甘い考えを持って、あなたが現実から目を背けるように戦いを楽しみだしたのって」

 

天谷はわずかに眉をひそめた。

何が、言いたいのか。探るように言葉を返す。

 

「何を? お前、何を言っているんだ?」

「わからないの? 情けないないなあ。ま、無理もない、か。私は二年前からずっと『木原』だったわけだしね。加群さんと病理姉の争いとかさ。いろんなことがあったけど、あなたは一度も揺らがなかった。あの事件を除いては」

「テメエ……まさか」

 

木原龍華の黒い笑みに天谷は内側から嫌な感情が噴き出すのを自覚した。

聞いてはいけない気がする。

何か、致命的な一手を打たれる気がする。

 

「……あなたの守りたかった世界の中心。そう、評価していいよね? 『空白の被験者』であるあの子は」

「オマエ……」

 

地面を強く踏みしめる。二人の距離は十メートルもない。全力で駆け出せば、一瞬で詰められる程度の距離だった。

しかし、天谷が間合いを詰めきる前に彼女は言葉を発する。

 

「『暗闇の五月計画』からの解放後、わずか二か月で死んだ……、殺された、垣根、帝督によって。いい加減にしなよ。自分の大切なもの奪った人間と慣れ合うのは」

「この、クッソ野郎がァァァァァァァァァァァァ!!」

 

直後だった。

ガクン、と天谷の体が崩れ落ちる。

天谷の体の制御が奪われた。

 

「あ、あン? ど、どォなって……」

「ナノデパイズ。知ってるよね?」

 

木原龍華はニヤニヤと笑う。

天谷の体が尋常ではない高熱を発する。体も重たい鉛のように動かなかった。

 

(ナノ、デパイズ……? 体の、制御を奪ったのか!? クソ……)

「フフ……、動かないでしょ? これってさ体内に極小の電子機器を注入するんだ。とはいっても特定の周波数を発する電磁指令を受信してその動きを再現する程度の性能しかないんだけど」

 

天谷はもぞもぞと抵抗するが、動く気配はない。体はどんどん熱を帯び、意識も薄れていく。

このままでは、木原龍華に殺されてしまうだろう。

そして、彼女は目の前の敵に失望するかのようにため息をつく。

 

「私は……もう少し、あなたが強いかなーくらいの期待はしてたんだけどな。……ま、この程度で死ぬならそれでいいか」

 

ゆっくりと。

天谷を見下ろすような位置に木原龍華が歩み寄る。

その表情は勝利を確信した笑み。

だが、天谷もこのままやられる訳ではなかった。

 

ビクン! と天谷の体がのけぞる。

 

木原龍華はその動き……もっと言えば彼の右手にある黒い物体が気になった。

バチバチと青白い閃光を放っているその物体が気になった。

スタンガン。一言でいえばその程度の物だろう。

しかし、同時に超精密機器であるナノデパイズ。それが体内に入った人体に不確定要素な電流が走ったらどうなるか。答えは単純だ。まともに機能するはずがない。

 

「あ、あなた……まさか!」

「ハハ……。どォやら普段の心がけってヤツが運を呼び込んだらしい」

 

フラフラと天谷が立ちあがる。

体はまだ異常な熱を帯びているし、体は鉛のような重さを保ったままだ。

それでも。

機転でナノデパイズに体の制御を奪われ続けるということはなくなった。

 

「なるほどね……。体に電流を流してナノデパイズを壊す。荒削りだけど、いい考えね」

「さてと、さっさと始めようぜ。そろそろオマエも動きたいだろ?」

 

そうだね、と彼女は肯定する。

その上で。

彼女は、言葉を続ける。

 

「何で、私があなたや垣根ちゃんにちょっかい出すかわかる?」

「……唐突に何だよ」

 

木原龍華は笑う。

掌を夜空に伸ばしながら、

 

「あなたの周りはイレギュラーな人材が集まりすぎている。垣根ちゃんはもちろん『セカンドシーズン』の生き残りや、病理姉とか。まあ、その気になればもっと広げられそうだけどさ。これだけの人間が、学園都市において最も価値の無い無能力者である、あなたを中心に動いている。学園都市がいつまでもそんな状況を見逃し続けると思う? 一定まで膨らんだあなたの周りの世界は確実に学園都市を揺るがす。だからこそ、あなたを殺すべきだと考える。そう、なるよね?」

 

天谷はふっと思考を広げた。

確かに天谷の周りには本来の学生が持つべき『ただの学生』なんて一人もいない。それぞれが何らかの『闇』に関わり、力を手にしている。

これを統括理事会……大仰な『プラン』など考えるあの人間が見逃すだろうか。

天谷はそこまで思考し、あり得ないと認める。

しかし、天谷はそこに留まらない。

 

「面白ェじゃん。こんな、何の力もない無能力者一人のために抗争が起きる? そんなバカな奴ら鼻で笑ってやる」

「ふぅん……。でもさ、あなたはそんなことで満足できる? 例えば……あの事件の真相があなたの認識と違うものだとしたら」

「?」

 

怪訝な顔をする天谷を無視して木原龍華は言葉を続ける。

 

「確かあの事件は『空白の被験者』が学園都市の機密を意図的か偶然かさておき、知ってしまったから起きた事件、だったよね?」

「それが、どォしたってンだ」

「もし、その真相が嘘だったら? あなたは学園都市に利用されているとしたら? ……あなたの行動が無意味になる。当然、私があなたにちょっかいを出すことも。だからここで確定させよう? あなたと垣根ちゃんが作り出す『ライン』を」

 

ぞくり、と天谷の背中に寒気が走る。

何かが、ぶれているような気がする。天谷の何かが。

 

「あなた、本当に自分が何をしたいのか理解してる?」

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