「なるほどね」
天谷はあっさりと肯定する。自身が誰かの思惑に操られているという認めていい思いはしないであろう事実を。
だが、それだけではない。同時にポツリと言葉を漏らす。
「笑わせんな」
彼は木原龍華の示した自身の『弱さ』を否定する。
「それで? 俺が利用されていたとして具体的にどうなる?」
「あなたはまだ理解していない。統括理事会にはいるの。あなたと垣根ちゃんに着目している人間が」
「誰だ? 俺のとこにはそんな情報……いや、それ以前にオマエ、何が目的だ? さっきから行動が一貫していない……」
「わかってる、そんな事。私には複数の目的があるから。多少のブレは私自身が修正する。でもね、アイツだけはどうにもならない。私なんかじゃ抑えられない。それこそ、あなたか垣根ちゃんクラスじゃないと」
そして、と木原龍華は付け加える。
「最初の目的、対抗手段として私は私の『木原』を満たすの!」
ダン! と木原龍華が天谷の懐に飛び込んだ。
もし、彼が普段の状態ならこの程度の動きはすぐに見抜けただろう。しかし、今は状況が違う。熱を発し、鉛のような体が本来の動きを許さない。
(まず……ッ! 体が動かねえ!!)
木原龍華の拳ははっきりと見えているのに体が動かないというのはもどかしいものだ。
恨めしそうな表情のまま、天谷の腹に拳が入り、地面に膝をつく。
「ゴホ……。クソ、が……ナノデパイズの影響か」
たった一撃の拳すらも、重たいものに感じてしまう自分が恨めしいのか、天谷は舌打ちを打つ。
ナノデパイズの影響が思ったよりも大きく、自分の体が思うように制御できていなかった。
木原龍華はそれを見てほくそ笑む。
「思った以上に効いているみたいだね。だったら、私の勝ちかな?」
「バ―カ」
天谷はいたずらな表情で彼女の言葉を一蹴した。
左の足首から黒い塊を取りだす。
それは拳銃。
しかし、不意をつくには最も効果的な武器と言えるだろう。
「ッ!?」
とっさに横っ跳びで銃弾をかわそうとする。
しかし、そこで気付く。
あの、純粋な身体能力などの『異能に頼らない戦闘』において圧倒的スペックを見せる天谷がかわす隙など与えるだろうか。ましてや、切り札を出したともいえるタイミングで。
木原龍華の背中から嫌な汗が噴き出す。
何か致命的なミスをしたような違和感が思考を支配する。
地面をくるりと一回転し、体勢を立て直す。
だが、天谷はその隙を見逃さない。
『木原』と『最弱』は勝負を決する寸前、わずかに言葉をかわした。
「チッ……、負けちゃったか……」
「無理すんな。そんな不完成な『木原』で挑むからだよ」
無駄と知りつつも彼女が繰り出した蹴りをかわし、手に握ったスタンガンを最大出力で叩きこんだ。
バチバチィ!! と木原龍華の体に電気が迸り、彼女は意識を手放した。
同時に。天谷は呟く。
「誰だ」
彼は暗闇の奥に佇む人間を見つめる。
その人間はゆっくりと天谷へ近づき、木原龍華の少し後ろで立ち止まった。
天谷とその人間の距離はおよそ五メートル。思い切って踏み込めば一瞬で詰め寄れる距離だ。
しかし、相手はその様子を感じたのか、フッとほほ笑んだ。天谷にはそう聞こえた。
「やめておけ、勝負にならない」
「やってみなけりゃわからねえだろうが」
「わかるね。今のお前じゃ俺には勝てない」
天谷は正体不明の人間に対して殺気を向ける。
踏み込み一撃を叩きこむために重い体に力を込める。
直後。
天谷は理解不能な力によって横薙ぎに吹き飛ばされた。
限界ギリギリの上にこの一撃。天谷は徐々に意識が失われていく感覚を覚えた。
そして、正体不明の声はそんな天谷に軽い調子で言った。
「垣根帝督はおそらく意識を失ったはずだ。しばらくは植物状態に陥る可能性が高い。木原数多、木原乱数、木原円周も動き出す可能性がある。……そろそろ、お前を中心にした戦いが始まるぞ。お前が望もうと、望むまいと必ずそういう状況は作られる。その時、お前がどんな行動を取るのか、楽しみだよ」
「お、前は……?」
天谷が意識を完全に失う寸前、その人間は間違いなくこう言った。
「俺か? 俺も『木原』の一人だよ。ただ、他の『木原』が持っていないものを二つ程……手にしているだけのな」
木原龍華を背負ったその人間がゆっくりと立ち去る姿を見ながら天谷は闇へと落ちていった。