争いの規模を加減せずに今回の騒乱を起こそうとするなら、それこそ歯止めのできないレベルまで発展する可能性がある。現実的にあり得る話だった。
しかし、そんな理由で、『怪物』に分類される者を騒乱に介入させないようにすればいいのか、と言われればそれはそれで問題が発生する恐れがある。
つまりは、程よく『怪物』に介入させる事で被害を最小限に食い止めましょう、という訳だ。
「……ンでェ? 学び舎の園に来た訳だが」
天谷は明らかに苛立ちを込めた声を発する。隣にいる木原円周も不安のためか、若干オロオロしているようにも感じられる。
「ええと、ええと……。こういう時、天谷慶なら……帰るんだよね! お家に」
「バカ野郎! それは逃げるための口実だろォが!!」
ガシッ! と学び舎の園から立ち去ろうとする円周の襟首を掴む。
彼女はほんの少し前まで『木原』を恨んでいた誰かさんに幽閉されていたらしい。そのため、本来人が持つべき善悪の感情が欠如している。誰かがある程度、行動を誘導したりしなければ大変な事になりかねない。だから、あまり重要で煩雑な事には関わらせたくないのだが……。
「学び舎の園は男子禁制だしなァ……」
しかし、例外を『作る』事もできる。
例えば、強行突破とか。
当然、ホワイトハウスも占領できると言われる程の総戦力を持つ学び舎の園には高位能力者が多い。もはや、高位能力者しかいない。それを代表するのが『心理掌握』こと食蜂操折であったり、『超電磁砲』こと御坂美琴である。
そして、今回の目的は食蜂操折に協力を要請する、という目的なのだが……。
「――――携帯も繋がらない。……いつもなら、すぐに出るようなヤツがだぞ? どう考えても悪意を感じる……」
「なら、どうするの?」
天谷は目線を円周と同じ所まで下げ、抑揚のない声で言った。
「いいか、円周? お前はこれから操折に会うんだ。そして、『助けてください操折お姉さま』って頼んでくるんだ。いいな?」
円周はわずかに考え、「うん! わかった!」と純粋な声で返答すると、弾むような足取りで学び舎の園へと消えていった。
――――――――よしよし。これで、俺は万事、平和にくぐり抜けられるな
そう考えたのもつかの間。天谷は自宅に帰るために、後ろを振り向く事すらできない。
「せんぱーい。……ようやく、私のところに来てくれましたねぇ?」
ビクビクゥ! と天谷の肩が跳ね上がる。これは、明らかに説得とか会話とかそんなステップを無視しているであろう速さだ。
想像を大きく外れた状況に明確な焦りを覚えながら、天谷は言葉を返した。
「お、おう。いやー、悪いな。色々立て込んでてさ。暇がなかったんだよー」
「ふーん、そうなんですかぁ? ……」
あからさまなじと目で視線を送る食蜂の視線に天谷はもう一度、たじろぐように後へ下がる。
阻害用のチョーカーは問題なく作動している。しかし、心理のプロと言える食蜂は能力無しでも相手の考えを読み取ってしまうかもしれない。だからこそ、天谷は細心の注意を払うのだ。
「そ、そうそう。だから、な? ちょろっと協力してくれると助かるなー、と」
「知ってますよぉ? 垣根さんが色々やらかしたんでしょう?」
まあな、と天谷は気を取り直して肩をすくめる。
「やらかしたと言えば、やらかしたのかもな。……アイツのせいで病理は色々と事後処理に追われてたらしいし。電話で、ストレス溜まりすぎて死にそう、とか言ってたぞ?」
「……詳しいんですね」
「はい? 別に、大した事じゃ……」
「べーつにぃ? そんなの気にしてないですよー」
いや絶対気にしてるだろ、という天谷の呟きを無視して食蜂は歩を進めていく。
天谷は横に並んで歩きながら、軽い調子で、
「円周は?」
「後から付いてきますよー、だ」
「だから、何で機嫌悪いんだよ……」
「機嫌何か悪くないですよー」
「ソウダヨ、ミサキオネエチャンハ正常ダヨ」
突然、横に現れた円周は虚ろな目で機械のような声を放つ。
円周の首には黒のチョーカーが装着されている。つまり、心理操作をした可能性はないのだが……。
(コイツの場合、そんなの必要なさそうなのがな……)
食蜂が円周にどんな洗脳を施したのかはさておき。
今、重要なのはいかにして食蜂の機嫌を直すかという事である。木原練成の打ち出した『悪性』を崩壊させるためのプランには、食蜂……第五位の能力である『心理掌握』の協力が不可欠らしい。
「……それでぇ? 結局、私に何をさせたいんですかぁ?」
「学園都市でドンパチかますから、協力しろ」