とある無能力者の生き方   作:異端者

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疑念の壁

 にやにやにやにやー、と。木原練成は気持ちの悪い笑みを浮かべながら、街を歩く。同じ人外に位置するであろう『善性』は何とも言えない表情でそれを眺める。

 

「あの……」

 

「何だよ?」

 

「その……ニヤニヤするのやめませんか? 周りからの視線が少々、痛いです」

 

「うるせえなあ。止まらねえんだからしょうがねえだろうが。それに『木原』がそんなどうでもいい事を気にすると思ってんのか?」

 

 そうですね……、と『善性』は自分を無理矢理納得させる。しかし、『善性』も緑に輝く目や、白に染まったそのシルエットが、かなり周囲の視線を集めている事に彼は気付かない。

 

「ところで、お前ってさ。……何で生まれたの?」

 

「……私と『悪性』のマスターである垣根帝督が第一位と戦闘を行った時に、生存本能の影響でしょうか。彼が『未元物質』で私達を製造したのです」

 

「本当に、か?」

 

 木原練成は瞳におぞましい光を宿らせながら言う。

 

「本当に、垣根帝督に命じられたから生まれた……のか?」

 

「どういう意味ですか?」

 

「確かにお前の言っている事に違和感はない。……だが、『未元物質』が垣根帝督というマスターの弱体化に乗じて、乗っ取ったという可能性だって否定できる訳じゃねえだろう?」

 

 悪魔の証明。猫箱。一言で言えば、そんな子供騙しのような屁理屈に過ぎない言葉だ。しかし、『善性』にこの仮説を否定するだけの手札はない。仮に、具体的な数値を示せたとしても、その数値が正確なものであると認めさせる事すらできない。なぜなら、『未元物質』は垣根帝督、あるいはそこから派生した『善性』と『悪性』にしか理解できないのだから。

 そして、垣根帝督の善の部分はこの時、嫌疑の目を向けられた事にどう思ったのか。もっと言えば、暗部として人を殺す時、どう思ったのか。死に逝く者の姿をどう映していたのか。

 悲しかったのだろう。もっと普通の学生でありたかったはずだ。

 苦しかったのだろう。人を殺す罪悪感は彼という人格を押さえつけているはずだ。

 そして、何より。

 悔しかったのだ。第二位の力を持ちながら、誰も守れなかった自分が。

 

「……、…………。……………………」

 

 長い、沈黙だった。垣根帝督が思考しているのか、垣根帝督だと木原練成を騙し込むために『未元物質』が思考しているのかは彼にしかわからない。

 だが、ここで木原練成の言葉を認めれば、あの実験から今この瞬間まで起きていた全てが八百長だという話になってしまう。それは何より、最後の最後で誰かを守ろうとしたマスター、垣根帝督への冒涜ではないのか。彼の思いは間違いなく本物だったのだから。

 

「……、仮に私の思考の全てが偽物だったとしても、『未元物質』が無意識にそうなるように命じているに過ぎなかったとしても、……垣根帝督が誰かを守れるようになりたいと思った事は誰にも否定はできません」

 

「詭弁だな」

 

 木原練成は『善性』の言葉を鼻で笑った。『木原』である彼には善人の気持ちや、誰かを守ろうとする決意など、わからないからだ。

 

「俺は『木原』だ。そんなモノには興味がない。……あえて言うなら、お前がどんな存在で、どんな数値をはじき出してくれるかって事くらいだよ」

 

「嘘が下手な人ですね。なら、どうして学園都市を守る側というグループを創ったんですか? あなたは『木原』でありながら、何かを守るという目的になってますよ? ……あなたは優しいです」

 

 それは街の一角で起きた怪物同士の会話に過ぎない。何も変わらない。だからこそ、彼らは互いを本当の意味で信頼する事ができない。

 それでも、彼らは知っていた。この全ては直接的にせよ、間接的にせよ、天谷慶というたった一人の無能力者が起点になっている事を。

 

 そして、問題の無能力者、天谷慶は何をしていたのか。

 

「……無能力者狩り? そういやあ、そんな事件もあったなあ」

 

 木原練成と『善性』とはまた別の場所。そこで食蜂と木原円周と歩いていたのだが、気付けば全く別の話になっていた。

 

「あの頃は街が殺伐としてましたしねぇ……。先輩も色々とあったそうじゃないですか?」

 

「まあな。でも、その程度で浮かれ騒ぐ能力者なんて大した事ないのは常識だからな。……どうせなら帝督とかがやればいいのに」

 

「それって、垣根さんをバカにしてません? というか、垣根さんの扱いは丁重にするべきじゃ……」

 

「バーカ。アイツの価値なんて顔だけだよ」

 

 そうは言うものの、食蜂は木原病理から聞いた事がある。最近、天谷がやたら研究所に来るので何をしに来ているかを調べると、『未元物質』のデータや植物状態からの復活方法などを模索していたらしい。それほどまでに垣根に執着するのは、やはり垣根を親友と認めているからか。

 

「……むぅ」

 

 傍らで円周が若干、不機嫌になっている事に二人は気付かない。

 

「そう言えば、第三位ってどうなったの?」

 

「すっかり、元通りですよ? 一回、耳元で『垣根帝督』って呟いたら物凄く驚いてましたけど。あれは見物でしたねぇ」

 

「笑ってやるな。……というか、第三位も結構いい性格してるよな。アイツもアイツで超能力者の一人って訳だ」

 

「それってバカにしてません? 私の事……」

 

 目を細め、リモコンを連打する食蜂。しかし、まだチョーカーの有効時間が残っている為、全く効果はない。

 

「……何してんの?」

 

「先輩が私の下僕になるようにしたかっただけだゾ☆」

 

「むぅ……」

 

 我慢しきれなくなった円周が、小さな右手を握りしめて天谷にぶつける。天谷の脇腹へと突き刺さった拳は天谷の上体をのけ反らせる。

 

「ゴガァ!? 円周、テメェ……何の前触れもなくパンチしてくんな!」

 

「だって暇だもん!!」

 

「わかったよ! じゃあ、『暇をつぶすぞ』この野郎!!」

 

 

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