天谷の放った銃弾は一発も木原数多へ命中する事はなかった。
原因は、前提として放たれた銃弾が巨大な閃光に飲み込まれたからだ。
こんな事をできる能力者は一人しかいない。
麦野沈利。学園都市第四位の超能力者。
彼女は軽い調子で頭を掻きながら、
「……ちょっと仕事から帰って顔出してみようなんて考えるものじゃないわね。一番、見たくもない顔を見るハメになるんだから」
「またお前か、第四位」
天谷は呆れた調子で呟く。ここ最近、一番出会う回数の多い超能力者は垣根ではなく麦野のような気がしてとても不安……というか怖かった。超能力者にまともなヤツなんていない。それが天谷だけでなく学園都市に住む全学生の共通認識だ。そして、天谷もそういうものだとは納得している。
「……『樹形図の設計者』の予測じゃ、絶対能力者に到達できるのは第一位だけって話じゃなかったか? 届かねえ夢は追いかけない方がいいぞ」
「うっさいわね。……こっちはいい加減に飽きてるの。アンタみたいな人間に」
「……お前が第四位で、帝督が第二位で、第一位が最強な理由がなんとなくわかる発言だよ」
天谷は軽く拳銃をいじりながら答える。その表情は呆れ切っている。
両者の位置と木原数多の位置を結べば、ちょうど正三角形になるような関係だった。さらに、大きく踏み込めば充分、拳の間合いに入れる距離でもある。
だが、無能力者の天谷にとってその一歩はとてつもない労を要する一歩である。そして、天谷はその一歩の苦労を惜しまない。どれだけ、絶望的でもたった一勝を得る努力をできる事が天谷の強さである。
「変わらねえなぁ、クソガキィ。誰がお前に今の強さを与えたかわかってんのかぁ?」
「……教えたのがお前だとしてもそれを得るために努力したのは俺の実力だよ」
木原数多は一方通行の能力発現に従事していた経歴を持つ。当然、その派生事業のようなものである『暗闇の五月計画』にも関わっている。その過程で天谷との面識もあったという訳だ。
「……まあ? 俺としちゃあ、あのクソガキの能力的観点から見て、あの実験が失敗する事なんて容易に想像できたんだけどなぁ? ギャハハハハ!」
木原数多の言葉一つ一つは天谷の苛立ちを積もらせる。確かに、天谷の戦いの基礎となる近接格闘を教えたのは木原数多かもしれない。だが、天谷はそれに恩を感じる事などないし、別にありがたいとも思わない。仮に、木原数多が天谷に何も教えなかったとしても、天谷は自力で別の方法を模索し掴み取っていたはずだからだ。
「思いあがりの激しい野郎だ。お前なンて第四位を盾にしてるだけ。まさしく、虎の威を借る狐だろォが。……なァ、そォだろ?」
天谷の両目がギラリ、と獲物を狙う獣のような光を帯びる。その両目が見据えるのは第四位の怪物と木原数多。
直後。
先ほどまで意識していたありとあらゆる前提条件を無視して、天谷は踏み込み、叫んだ。
「木ィィィィィィィィ原ァァァァァァァァ!!」
――――――――――――――――
その頃、食蜂と円周は天谷のいる場所へゆっくりとした足取りで向かっていた。その周りには研究員やら武装した者達が死屍累々と横たわっていた。
しかし、彼女達がそれを気にする様子はない。
「むぅ……。相手が弱すぎると『未元物質』の感覚がうまくつかめない」
「それって帝督さんのアイデンティティよねぇ? ……何だか哀れになってきたわぁ」
「でも、これがなきゃ私の『木原』は強くならないんだもん!」
実際、外付けの技術程度で『木原』という概念は補える訳ではない。そんな単純な代物ではないのだ。
だが、木原円周は未熟であるが故にそんな簡単な事実すらも認識できない。その未熟さこそが、木原円周らしさと言えば、反論のしようがないのだが。
(やっぱり第四位の精神に干渉はできない、か……。私の能力はとても便利だけど決め手に欠けるのが弱みよねぇ)
対して、食蜂の能力にも弱点がないかと聞かれれば、それはあると答えるしかない。
それは、圧倒的な切り札の欠如だ。一方通行や垣根帝督の『翼』のような荒削りだが、インパクトのある一手がある訳ではない。御坂美琴の『超電磁砲』のようないざという時に、流れを変える手札がある訳でもない。
つまり、食蜂の能力は精神干渉において横に能力を広げる事はできても、縦に伸ばす事はできないのだ。本来、これは弱点になどなり得るはずもないのだが、これから起きるであろう騒乱は超能力者クラスの攻防になる。だからこそ、食蜂は文字通り『力不足』だった。無能力者である天谷やまだまだ未熟な木原円周の方がマークされているくらいだろう。
(どうして、私は先輩と同じ場所にたてないの……?)
自分の中で答えは出ているはずなのに、認めたくない食蜂はそんな無意味な自問自答を繰り返すのだった。