とある無能力者の生き方   作:異端者

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麦野沈利

「ここで、殺す」

 

 天谷は「殺す」と確かに、はっきりと言い木原数多へと一直線に突貫した。

 彼の視界には第四位の怪物は映っていない。

 彼の思考は、木原数多を『倒す』事ではなく『殺す』事だけに染まっていた。

 

「死ねよ、虫けら」

 

 木原数多はそんな天谷をあざ笑うように呟く。天谷にはそれが過去すらもバカにされている気がして、さらに怒りが増した。

 横から射出される『原子崩し』も体にブレーキをかける事でなんなく避ける。

 

「相変わらずちょこまかとした野郎だな……ッ!?」

 

 麦野は間違いなく天谷に罵詈雑言を浴びせて挑発しようとしていた。だが、彼女はその言葉を止めてしまう。天谷とほんの一瞬、目が合ってしまったからだ。そして、その目は彼女にとって最も恐ろしく、あり得ない目をしていた。

 天谷は学園都市第四位の怪物を見ていなかったのだ。

 では、さっきの『原子崩し』はどうやって避けたのだ?

 一つは、単純に天谷が『原子崩し』に慣れた……というより避けるタイミングを掴んでいるからだろう。麦野の『原子崩し』は全力で放てば、その威力が逆に自身を傷つけかねない。だから、射出されるまでに若干のタイムラグがあるのだ。天谷はそのタイムラグを自然と体で覚えていたのだ。

 では、もう一つ。もう一つはなんなのか。麦野にはわからなかった。

 

「ハハッ! 大したもんだなぁ、オイ! 第四位様の攻撃よけちまうんだからさぁ!!」

 

「黙れよ木原ァ! 『残骸』なンざ使わせる暇もなく殺してやっからよォ!!」

 

 半ば、茫然とする麦野を無視して二人は近接格闘戦(あるいは近距離高速戦とも言える速度で)戦闘を進めていく。

 本来なら、ここで木原数多ごと忌々しい無能力者を吹き飛ばしたいのだが、生憎と今はそれができない。

 そもそも、麦野と『悪性』が『絶対能力者』へと至るための具体的な段取りは全て木原数多が総括している。さらに、その重要なピースである『残骸』の回収・護送は結標が担当している。つまり、麦野は戦局的には重要な位置を占めているが、最終的な勝敗を決める戦略的な部分に関わっている訳ではないのだ。

 だからこそ、麦野はより苛立つ。全てを自分一人で終わらせる事すらできない自分に。

 

「そォやって。そンな目で何人の人間を殺してきた? いくつの悲劇を生み出してきた? ……だから俺はお前を理解する気はねェし、認めるなンてあり得ねェ。だから、『殺す』」

 

 一方、天谷は麦野の殺気に気付きつつもそちらは無視する。それだけ、天谷の怒りは激しかった。第四位の下らない攻撃なんていなしてしまえばいい。その程度の脅威でしかない。単調に射出されるビームになんの脅威があるというのだ。

 それに、利害の一致からか麦野は『原子崩し』を放とうとしない。おそらくは木原数多を巻き込むのを恐れての躊躇である。

 

「同じような事を何度もほざくんじゃねぇよ。テメェはどうせ一生泥の中なんだからよぉ!」

 

 使う言葉のレベルは低くても、彼らの動きは非常に洗練されている。おそらく、その道のプロが見たなら舌を巻く程には達しているだろう。

 だからこそ、体術に関してほぼ素人の麦野は天谷の動きを捉えることができない。

 

(……チッ。結局、第四位はこの程度だったか。思った以上に使えねぇな)

 

「どォした! 動きが鈍ってンぞォ!? 腰でも痛めたのかァ!?」

 

 これは年齢の差とでも言うべきか。木原数多の動きは変わらない。しかし、天谷の動きはどんどんキレを増していく。おそらく天谷はアドレナリンでも分泌しているのだろう。

 

「脳内麻薬に頼ってんのかぁ? 若いってのはいいなぁ!」

 

「あァ、最高だこのクソ野郎ォ! だからとっとと倒れやがれェ!!」

 

(クソが……。何で私を見ない! 私は第四位だ! 学園都市に七人しかいない超能力者に一人なのよ!? 何で平然と無視できるのよ!!)

 

 そして、麦野の中でプツンと何かが切れる音がした。

 木原数多すらも巻き込みかねない威力で『原子崩し』が放たれる。

 

「ッ!?」

 

 さすがに予想外だったのか、天谷は飛びこむようにしてそれをかわす。

 

「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」

 

「……あァ? 第四位が偉そうにほざくンじゃねェよ」

 

 一時的なものだろうが、戦いが止まっている。しかし、この状況で一番不快そうな表情をしているのは木原数多だ。

 

(おいおい、第四位の野郎。……ここの実験機材がどんだけの金かかってるかわかってんのか?)

 

 『原子崩し』が自身に当たる心配をしていない。つまり、木原数多も麦野の能力をその程度にしか見ていないという事だ。

 だが、麦野はその事実に気付かない。自分こそが『絶対能力者』に至る存在だと考え、それが全てだと思っている。

 だから、彼女はさらに感情を昂ぶらせる。

 

「無能力者風情が調子に乗るな! 私はこの街の頂点だ! 勝手にいきがってんじゃねぇぞぉぉぉぉ!!」

 

「……哀れだな。本当に哀れだよ、オマエ」

 

 天谷はゆっくりと呟いた。目前では無数の光が瞬く。その光の全ては天谷に向けられていた。しかし、天谷は表情を少しも変えない。まるで、勝利を確信しているようだった。

 最弱の無能力者が第四位の怪物へと視線を向ける。

 木原数多はその様子を一瞥すると、舌打ちしながら狭い研究室を後にする。大方、別の研究所へと鞍替えでもするのだろう。

 直後。

 第四位の放った莫大な閃光と無能力者のちっぽけな拳が交差した。

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