「……クソ。やっぱ腐っても第四位だったか。麦野沈利」
天谷はその場に力なく崩れ落ちる。うつぶせのまま、動く事ができない。硬い鉄の感触は不快なものだったが、それがどうでもよく思える程の倦怠感だった。
その天谷の頭の先……正確には二メートル程先には麦野が仰向けに倒れている。頬に青っぽい腫れがあるという事は天谷に思いっきり殴られたのだろう。
だが、当然天谷も無傷ではない。左腕の一部分はひどいやけどを負っていた。それでも『原子崩し』との間合いは三〇センチ程あったのだ。直撃した時の結末など想像したくもない。現に、研究所の鉄製の壁はドロドロと溶け始めている。
(……疲れた)
最初に抱いた感情だった。第四位に勝った喜びよりも疲労感が勝った。思えば、今日はいろんな事があり過ぎたのだ。天谷は知らないが、学生の完全下校時刻も近付いている。
「全く……お前といい、垣根帝督といい。本当に制御の効かないヤツらで俺は困るよ」
突然、天谷の横に現れた木原練成は最初にそう呟いた。
またか、と天谷は呆れる。
『善性』と模擬戦闘を行った時も彼はこうやって突然現れた。それはまるで距離と時間を無視しているかのようだった。しかし、天谷には彼がどんな能力を持っているのか判断が全くつかない。
そんな様子を見て、木原練成は天谷の前にしゃがみこみ、笑った。
「焦るなよ。いずれ、お前は俺の能力に気付く。それよりも……」
木原練成は傍らに倒れている麦野を見る。
(……さすがに天谷には勝てない、か。まあ無理もない。コイツの強さは異質すぎるからな)
その目はわずかに妖しい光を宿している。天谷はこれを見逃さなかった。
(何を考えてんだ? コイツ……)
その疑問は次の一言ではっきりとする。
「俺の妹がそこまで固執する『二年前』ってのを知りたいだけだ」
「妹……?」
最初、冗談を言っているのかと思った。次に誰なんだ、と思った。そして、一つの結論にたどり着いた。
「ま、さ、か……お前の『妹』って……!」
「木原龍華。遺伝子学的には完全な兄妹って事になるな」
「ええと……じゃあ、あの時にあの野郎をつれていったのは……」
「純粋に妹を助けたいと思っただけだな。……それと、妹を殴った事は忘れてないからな?」
「そいつはどうも……」
何が何だか理解が追いつかず、呆れてくる。
確かに苗字は『木原』なのだから、あり得ない話ではない。だが、木原一族に木原練成のような思考回路を持つ人間がいるのは驚きだった。
(いや……、いたな。もう一人。病理が追い出しちまったけど)
かつて、先生と呼ばれた『木原』は例外中の例外だったような気がする。それでも、木原である事に変わりない訳でもあったはずだったが。
「それで? そっちの調子はどうなんだ?」
木原練成は誇らしげにほほ笑み、答える。
「理論は確立したよ。これなら『悪性』を崩壊させる事は可能だ」
――――――――――――――――
「……兄貴の野郎。面倒な事してないよね?」
ぶるる、と感じた寒気に木原龍華は嫌な予感を覚える。超能力が実証された学園都市では第六感はあって当たり前とされている。
「しっかし、兄貴も物凄い考えを思いつくよね。まさか……慶ちゃんを殺す、なんて」
まだ昼時なのにもかかわらず路地裏の空気は冷たく、暗い。だが、木原龍華はそれに臆することなく歩き続ける。
そこに、木原龍華を囲むように人影が現れる。数は十から二十だろうか。
「……何者だ」
「駒場、利徳だよね。まあ、こっちの目的は単純極まりないからどうでもいいな、そっちの都合は」
「……、」
駒場はチラリと横を見る。丁度、路地裏の曲がり角には実行役の服部半蔵が控えていた。半蔵はアイコンタクトだけで駒場の意思を読み取るとすぐに姿を消す。
(……やっぱりスキルアウトの連中でまともなだけはあるね。個々の能力は素人程度だけど、よく統率されてる)
素直にそう判断した木原龍華は言葉を発する。
「あなた達に頼みがあるの。……学園都市の相当、エグイ話しとして、ね。提案とでも言うべきかな?」
「……何だ」
駒場は多くの言葉を語ろうとはしない。おそらく、木原龍華の奥にある何かに気付いているのだろう。
「単純だって言ったでしょ。……学園都市の『能力』っていう枠を壊すんだよ」
「……、」
それぞれの思惑は複雑に重なり、絡み合い。
大きな騒乱へと移り行く。
という訳で第三章閉幕です。