「……まさか、ここまでくるとは、予想外でしたね」
夜の路地裏を歩く『善性』の目は緑の輝きが明滅している。わずかに赤の輝きを発している事から異常な状態であるのだろう。
壁に背中を預けて夜空を見上げる。
ふと、思った。こんな時、垣根帝督ならどんな感情を抱くのだろうか、と。
出来ることなら、『善性』なんて下らない役を務めたくなどなかった。貴族の家に生まれた嫡男が抱くような感慨ではあったが、もっと普通の人間になりたいと思ったのだ。
もしかすると。
垣根帝督もそう思っていたのかもしれない。学園都市第二位などという肩書もなく、平凡だが平和な学生として。周りと一緒にレベルが2だの3だので一喜一憂し、暗部など知りもしない生活を送りたいだけだったのかもしれない。そう思えてくる。
「……いやだ。戦いたくない、死にたくない。どう、して、私じゃなければいけないんですか……?」
――――それが、垣根帝督だからだ
『善性』は大きく目を見開いた。目の前にいるはずのない金髪の少年が佇んでいる。
垣根帝督。
『いや、俺は厳密に言えば垣根帝督の抱いた「憧れ」って感情を抽出した存在だからなあ。……つまり、この姿は垣根帝督の理想の姿って訳だ。もちろん性格まで含めてな』
つまり、容姿には最大の自信を持っている訳である。これに関しては苦笑いを浮かべるほかない。
「どう、して……?」
『垣根帝督は意識を完全に失う寸前に大量の「未元物質」をばら撒いたんだ。そして生まれたのが俺達ってこと。つまり、俺達のネットワークで強く顕現・抽出された感情は個々のネットワークを築き上げ、独立するんだよ』
「そ、そんな……」
ネットワークの本体、つまりホストコンピューターはあくまでも垣根帝督である。しかし、そのホストコンピューターが使用できない状態のまま、ネットワークだけは稼働を続けている。それぞれが自分こそ本体だと言いあって譲らない状況なのだ。
そんな中、新たに『憧れ』が生まれた。
『でもさ、俺は肉体こそ「未元物質」で構成されているが能力は使えないんだよ。それすらも含めて垣根帝督の「憧れ」ってことなんだろうな』
「だとしても……あなたはネットワークに組み込まれている。間違いなく垣根帝督の一部ですよ、あなたは」
『それが虚しいんだよ。俺は垣根帝督じゃない。垣根帝督なんてものに縛られたくないんだ。俺は俺、他人を否定するつもりはないけど』
他人。その一言が『善性』に突き刺さる。
『善性』はネットワーク全てが垣根帝督であると言っている。それ自体は間違いではない。
だが、しかし。
それは、同じなのではないか? かつて第三位を模して造られたクローンと。
彼女らは最初、自分達を『実験動物』と言った。そして、『善性』は『未元物質』から生まれるアイデンティティのようなものを自分のものとは認めていない。
でも、垣根帝督はそんなことを言うのだろうか? 『善性』は垣根提督の善の部分が表出化した場合に取るであろう行動を模している『つもり』である。
しかし、確証はない。垣根提督ならこう動くという確証が。
「フフ……、ハハハ」
『善性』は泣きたくなった。
自分のしていたことは間違っている、という可能性に。自分のしてきたことが無意味だったという可能性に。
「……私は何のために生まれて、何のために戦おうとしていたんですか……? こんな、意味の無い存在なら……いっそ、生まれない方が――――ッ!?」
パチン! という音が響いた。『善性』の頬にジンジンとした痛みが一瞬だけ走り、そして消える。
『……お前が、ここにいた証はこれから残せよ。限られた時間でな』
「…………無理な注文を」
『憧れ』を名乗った少年はゆっくりと立ち去って行った。
――――――――――――――――
「……ここですわね」
白井黒子は第二十三学区の建物の影に立っていた。白井の目線の先に居る集団を除けば、他に人の気配はなかった。
目の前にいるのは黒のスーツにサングラスといういかにもな集団。そして、彼らは何やら重そうなキャリーケースを護送していたようだが……。
(もう少しまともなカムフラージュはできませんでしたの……?)
これでは、「僕たちは怪しい人物です」と言っているようなものだ。
「さて、参りましょうか」
軽い調子で言う。あの程度の連中など白井にとっては雑魚同然だ。
同僚の初春は「アンチスキルに任せましょう」などともっともらしい事を言ってはいたが、白井としては自分で片づけなければ気が済まない。
そんな訳でテレポートして、男たちの輪の真ん中に転移する。
「なッ!?」
いち早く反応した男の一人が声を上げるが、学園都市で犯罪を行う場合にこの程度で驚いていては、すぐに捕まってしまうだろう。
そういう意味では無能と言えなくもない(あくまで犯罪行為の場合だけだが)。
「……さて、私がここに来た理由を申し上げる必要がありまして?」
白井は軽くほほ笑みながら、相手をなし崩しに一人ずつ、しかし確実に倒していく。その動きはそれなりに修羅場をくぐってきただけのことはある。
「こんなものですわね」
あまりにも手ごたえなく倒せたので拍子抜けしたように頭に手を当てる。
軽い調子で携帯を耳に当て、
「初春? こちら白井ですの。……終わりましたわ」
『ふぇ!? もうですか? 思ったより早いんですね……というかケガとかしてませんか!?』
「ケガなんかしてたら悠々と通話なんてできませんの……」
白井はチラリと男を見る。腰元のホルスターから見える拳銃は学園都市のものにしては古すぎるデザインだった。
(外部の人間……?)
白井がそう判断した、まさにその瞬間。
「はあ……もとからあまり頼れない連中だとは思ってたけど。まさかここまでとはね」
赤髪のツインテールという特徴的な髪形。
結標淡希。学園都市最高の空間移動系能力者。
彼女は現れた。
「はじめまして、白井黒子さん?」
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