格上。
本当の意味でそう思える相手と戦うのは白井にとって初めてのことだった。
(……このピリピリと張り詰めた緊張感。嫌な感じですの)
体に力を入れ、目の前の格上の攻撃に身構える。
その様子に結標は笑う。
「……無駄ね。演算速度はともかくとして他はあなたの方が下よ? 諦めた方がいいと思うけど」
しかし、そんな理由は理由にならない。
御坂美琴というワードが不自然な形で関わった時点で白井に退くことなんてできない。
「私が退く理由としては弱すぎますわね……」
「そう……、なら与えてあげる。あなたが退く理由を」
両者が動く。それぞれの目的のために。
白井は結標の真後ろへと転移する。
対して結標の行動はシンプルだった。ただ手を上に振りかざすだけ。
「な――――」
白井は対応できない。空間移動した先にある異物に視界を奪われてしまう。周囲のほんの小さな塵。わずかな小石。その程度のものでしかない。
だが、塵も積もれば山となる。白井の視界が完全にふさがれた。
しかもそれだけではない。
(体に……小石が――――ッ!?)
致命的ではない。だが、体の至るところに小石が触れ、細かい傷口を作っていく。
一筋の風が吹き、視界が晴れても白井には結標を見ることができなかった。
「……フフ、私が一歩も動いていないのがそんなに意外? まあ、その辺のノウハウも私が上かしら?」
空間移動の能力者の最大の特徴は『機動力』。
距離を無視した速度で相手の動きを超える。そのはずなのに。
結標はただの一度も自身を転移させていない。
「この……ッ!」
白井は針を転移させながら自分の足で結標へと迫っていく。
対して、結標は大きめのキャリーケースを足で地面を蹴って、転がし針を避ける。さらに地面へ落ちた針を自身の掌に転移させる。
そして、その針は白井の脇腹へと突き刺さった。
「あ……ぐッ!」
「全く。こんなに荒いことはしたくなかったのに。あんまり邪魔されると困るわよ、ねえ?」
結標は軽い調子で、バイバイと言い残した。
直後。
白井の意識が刈り取られた。
――――――――――――――――
御坂美琴は夜の学園都市を制服のまま駆け抜ける。門限などとうに過ぎていた。
彼女の焦っている理由は一つ。
『樹形図の設計者』が再び作られることによって再開されるであろう悲劇の実験を阻止するためだ。
フランスなどのヨーロッパをはじめとした先進工業国が人工衛星打ち上げという名目のもと『樹形図の設計者』の残骸を手に入れるための口実に過ぎない。そもそもペースが以上過ぎる。
(……あの実験を再開なんてさせない)
御坂はわずかに歯ぎしりをする。
あの実験は死ぬまで御坂のトラウマとなって心に残り続けるはずだ。
それでも。まだ、できることはある。
彼女らのためにもこの計画を止めるのだ。それはハッキングで得た情報。『樹形図の設計者』の再構築。
止める、と御坂は強く決意した。生み出したのは自分なのだから。
「あれぇ? 御坂さんじゃないですか☆」
――――第五位の少女は静かに笑った。
――――――――――――――――
「……チッ、しつこい野郎だなァ、オイ」
一方通行はつまらない物を見るように、ビル群の一角にある屋上を見つめた。打ち止めが怪訝な顔をしているが、それもあえて無視する。
「……随分と情けない光景だな。一方通行」
『悪性』がそう呟いた直後。
夜のビル群から無数の影が現れる。
「ハッ。今度は数を揃えますってかァ? 垣根帝督ってのはそこまで学習能力に欠けた存在だったって事だなァ」
「それだけだと思ったか?」
『悪性』は嘲るように言った。
「今、お前の前に迫っているのは第二位……『未元物質』という名の脅威だぞ? 数を揃えた程度で済むわけがねえだろうが」
「バカが。能力は量よりも質だろォが。そンなことも忘れやがって」
周囲の夜が黒い影に押しつぶされていく。
打ち止めに目隠しして、異様な光景を見せさせない。
「つまらねえな、お前。そんなことするキャラじゃなかっただろうに。……今じゃ満足に能力も使えもしないんだから変わって当然かもしれねえが。俺に最強譲った方がいいんじゃねえか?」
「あァ……確かにそうかもしれねェ」
一方通行はあっけなく認めた。
しかし、その上で否定する。
「だからってよォ……俺が弱くなったからってよォ、別にオマエが強くなった訳じゃァねェだろォがよォ……あァ!!」
一方通行が思い切り地面に足を打ち付ける。とは言っても細身の一方通行が地面に与えられる衝撃なんてたかが知れている。
だが、ベクトル操作をされたその動きはコンクリートを粉々に砕いていく。
一方通行はその勢いで大きく跳躍する。打ち止めすらも吹き飛ばして。
もちろん、これは一方通行が意図的に行った演算だ。打ち止めが人質にされるなどは万が一にも避けなければならない。
そして、不安材料の消えた一方通行に手加減する理由は消えた。
「悪ィが、こっから先は一方通行だ! 大人しく尻尾巻きつつ泣いて、元の居場所に引き返しやがれェ!!」
その拳が薄い笑みを張りつかせた『悪性』の額にさく裂する。
だが。
「……あァ?」
本来あるべき感覚がない。一万回以上も経験した、あの『人を殺した』という感覚が。
「言い忘れてたっけ?」
消えたはずの頭部が再生され、再び薄い笑みを浮かべた『悪性』は軽い調子で嘯いた。
「この俺はこの俺を生成するに至った。それは朽ち果てることのない永遠の肉体を手に入れたってことなんだけど」
ハハ、と軽く笑い『悪性』は皮肉に呟いた。
「言い忘れてたっけ?」
「――――って、何で家にいるのってミサカはミサカは憤慨してみたりーーーー!!」
夜の学園都市に少女の甲高い声が響き渡る。
それはまるで、これから起きる騒乱への号砲のようであった。