一方通行の周囲の視界がいやに明るくなっていく。未元物質の白で埋め尽くされていく。
「……テメェ」
「そう怖い顔するなよ、一方通行。この俺だって『未元物質』の全てを理解した訳じゃねえんだ。……それでもお前よりはわかってるつもりだよ」
怪訝な顔をした一方通行に『悪性』は言う。
「別にお前をバカにしてる訳じゃないんだ。『これ』を理解できるのはこの俺とお前だけでこの俺が早く理解できてしまっただけなんだから」
ぽちゃん、と白い液体が白い天井から滴り落ちる。
白、白、白。たった一つの要素が空間を支配している。
だが、それでも。
第一位の能力はその支配をさらに高い所から塗りつぶす。
ゆったりとした動作で顔を上へ持ち上げ、その赤い瞳を閉じる。
直後だった。
白一色の空間に0と1の数字が羅列されていく。
それは厳密に言えば『悪性』と一方通行にしか認識できない。認識できたとしても処理しきれないであろう膨大な情報量。それを二人は難なく処理していく。
(へえ、この俺のネットワークを解析するつもりか……。まあ、直結と切断を複雑かつ高速で繰り返しているこの俺のネットワークを読みつくすなんてことができるのかな?)
(……とでも思ってンだろォが)
一方通行はゆっくりと目を開ける。
(どンなに誤魔化しても、『未元物質』が本当に無限だったとしても。それを操るオマエの元が垣根帝督っつう人間である限り有限なンだよ。……だからこそ解析は可能だ)
もう、彼らの戦いは命の削り合いではなくて。きっと彼らを怪物として存在させているのはそんなもので。それが崩れるのなんて互いに想像できなくて。
だからこそ、本当の意味で自分の能力意外の価値を見つけられないのかもしれない。
「殺す!」
一方通行の目が大きく見開かれる。あの実験を繰り返していた頃の目へと変わっていく。
もしかしたら、もう戻れないのかもしれない。
「やってみろよ! 『元』最強が!!」
『悪性』はもはや体の一部と化した白い翼を振るう。その翼が氷のかけらのような刃が一方通行へと迫る。
一方通行はくだらないものを見るかのように一瞥すると、手を横薙ぎに振った。何となくだらんとしただるそうな調子で。本当に何でもない動作だった。ただ、それだけで烈風が吹き、刃を相殺していく。
ありとあらゆる物質を殺人兵器に変える第二位。
ありとあらゆる動作を必殺の一撃に変える第一位。
この二人の戦いに際限などあるのだろうか? 本来ならこの戦いは永遠に決着がつかず、勝利の予想は机上の空論に終わるはずである。
だが、一方通行には一つのネックがある。
脳の障害だ。
ミサカネットワークの演算補助を受けているものの、今の一方通行には能力をフルに使えるのは十五分しかない。
常識的に考えればその十五分を稼ぐのは容易だ。なぜなら『悪性』は肉体を無限に再生することができるからだ。
だが、『悪性』はそれをしようとは思わなかった。自身の圧倒的な優位を示して勝つつもりなのだ。
(反射のロジック。この俺とお前の持つ『翼』の性質の差異。それら全ての要素を完全に解析し、この俺の一部へと取りこんだ上でお前を殺してやる。……何たってこの俺にはお前だけに通用する切り札があるんだからな)
破壊と創造。矛と盾。まるで真逆の性質をもった怪物は再び激突する。
決着は。
一瞬だ。
――――――――――――――――
「……アンタ、どうしてここに……」
「偶然、で許してくれる状況力じゃないわよねぇ……」
そう言って第五位の超能力者こと食蜂操祈は目を細める。
御坂はこの状況で偶然などという言葉を信じられるわけがない。もしかすると、あの実験を再開させるために協力し、何らかの役割を担っている可能性すらあるのだ。御坂にとって食蜂という人間はそこまで信用することができない。
「まさか……私の邪魔をするつもり?」
食蜂の精神操作は御坂には電磁バリアーの所為で届かないが、洗脳した人員を周囲に大量配置している可能性は捨てきれない。御坂は体に力を込めて、警戒する。
食蜂は心外だ、と言いたげに眉をひそめる。
「そんな為に私が来ると思ってるのかしらぁ? 本当にそのつもりなら、私がこうして直接出てくる必要はない訳でぇ……。私はむしろアナタに協力したいんだけど、カナ☆」
「この……ッ」
前髪に紫電を迸らせ、歯ぎしりをする。この状況で食蜂の挑発を流せる程御坂に余裕はない。
だが、食蜂は機械的な口調で口を開いた。
「現状、戦力を鑑みれば『こちら』の不利は否めない。……ただし、第一位、第三位、第五位が協力すれば『ダークマターネットワーク』への攻撃は可能である」
「……? アンタ、何を言って……」
食蜂はクスリと笑い、答えた。
「第二位に下剋上! だゾ☆」
――――――――――――――――
ぐらり、と一方通行の視界が揺れた。
原因は目の前にある白い造形物。
御坂美琴の体細胞クローン。
「……ここはどこですか? とミサカは『被験者』一方通行に対して問いかけます」
『悪性』はその少女の形をした造形物の後で笑っている。まるで、全てを操る黒幕のように。
「オマエ……」
今までに収集したネットワークのデータなど頭から吹き飛んだ。解析作業も続けられる精神状態ではなかった。
だが、同時に。
本当に目の前の少女を壊してしまっていいのか? そう、思ってしまった。
「イイ判断だよ。それは、偽物だ。だけどさー、壊しちゃったらソイツがこの世にいた最後の証明だ。お前に壊せるのかー?」
「オマエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
一方通行の、触れるだけで人を殺すことのできる手が少女へと伸びる。
だが触れられない。触れてしまえば最後の証明が崩れてしまうような気がしてしまうから。相手の思惑通りだとわかっていても、できないのだ。
(クソが……こンな偽物に惑わされやがって。だから能力を失うンだよ)
ゴッ!! と少女の腕が一方通行の額へと突き刺さる。
反射できなかった。演算式が乱された。
その様子を見て『悪性』は笑う。
(結局、お前の持っている翼なんてそんなものだ。まやかしに過ぎねえんだよ、虫けら)
再び、少女の腕が一方通行へと迫る。今度は槍となって。殺すために。
「つまらない遊びだったな。解析する必要もなく死んじまうとは……な」
直後。
少女の腕の白い槍が一方通行の体に突き刺さる、まさにその瞬間。
電撃が空間を切り裂いた。
「アンタなんかに……壊す権利があると思う? それを許すと思う?」
白い空洞の真ん中に立っていたのは、第三位の少女だった。