とある無能力者の生き方   作:異端者

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虚構と現実で

「君は今、何が起きているか正しく把握しているのか?」

 

 周囲の景色が移り変わる。まるで何かの都合に合わせたかのように人の輪郭が、街並みが次々と変化していく。

 その中で、周りの時が止まったような空間の中で二人の言葉だけが流れていく。

 

「……誰だ」

 

「ふむ、君たちに語る適切な名など存在しないのだが……それでも、というなら名乗るだけの価値はあるだろう。私は学園都市では『ドラゴン』などというコードネームで呼称されているが、その名称は正確ではない。よって、私は以下のように呼称するのが適切だろう」

 

 天使はゆったりと告げた。

 

「アレイスターという変わり者の魔術師に必要な知識を必要な分だけ授けた者、『エイワス』と」

 

「アレイスター……だと?」

 

 その単語は垣根を止めるに充分過ぎた。

 

「テメエ……何を狙ってやがる」

 

「何、少々君に興味が出てね。ヒントを与えるだけだよ」

 

「……」

 

 ヒント、と言われるが垣根は不機嫌そうに眉をひそめただけだ。あるいは、現在の状況を掴みかけているのかもしれない。第二位の頭脳ならあり得ることだ。

 

「ここは、虚数学区か……あるいはそれに類似する場所だろう。だとすれば力場の塊ってところだな。で、この体も虚像か」

 

 手を握ったり開いたり、足踏みをしてみたりと体の調子を確かめる。

 その様子に天使は意外だと言った調子で、

 

「……冷静だな。もう少しパニックに陥るかと思ったが」

 

「慣れだよ慣れ。別に驚いてない訳じゃない。表に出さないだけさ」

 

(ふむ……)

 

 わずかに言葉を止めるエイワスを見て、垣根は笑った。

 

「力場の塊が何悩んでんだよ。こっちは暇じゃねえんだ。お前をつぶしたっていいんだぞ」

 

「それは無理だな。君の力はdthqに近い。それではホルスたる私を打ち負かすことはできないよ」

 

(……あ?)

 

 今度は垣根が言葉を止めた。目の前の天使の言葉に歪なノイズが入ったからだ。

 

「ふむ、虚数学区と言っても表現できる言葉に限界はあるか……ヘッダが足りないのはどこでも同じようだな。して……垣根帝督。私は君に興味が出たと言ったが厳密には間違いかもしれない」

 

「…………」

 

 垣根は何も言わない。エイワスの言いたい事がわかるからだ。

 

「天谷慶、か。君のようなghtqwを持った人間と違い異能を持たない分、私には度し難い存在ではあるな。それ故に個人的な興味は尽きないのだが……、彼がこちらにこれない以上は君で満足するしかないだろう」

 

「満足……? 後悔させてやってもいいんだぞ」

 

「やめておきたまえ。今はここから出ることの方が先決ではないかね?」

 

「テメエの言いたいことはわかる。俺みたいなクソ野郎より慶の方が価値あるってのも認めてやる。だがな……お前が『ドラゴン』なんてコードネームで匿われている以上、見過ごすわけにはいかねえ。悲劇をつぶすってのは俺があの日に決めたことなんでな」

 

 垣根の背中から光を帯びた翼が現れる。これこそが垣根のパーソナリティだと示すように。

 

「これが俺だ。どんなに醜くても、俺が必死に、あの日から積み上げてきたものだ。お前なんかには負けねえ。死んでも負けねえ。永遠に後悔させてやる」

 

「ふむ……」

 

 気付けば、エイワスの背中にも青ざめたプラチナの輝きを放つ翼が生まれていた。

 

「汝欲する所を為せ。それが汝の法とならん、か」

 

 エイワスは小さく、呟く。かつて、あの魔術師に教えた『世界の外側』の一端。その書物に記した始まりの一文を。

 

「ならば示してみよ。汝の法を」

 

 その言葉に呼応するように、垣根の翼が大きく横薙ぎに振るわれた。

 第二位は虚ろな世界で存在を示していく。

 

――――――――――――――――

 

 そして、垣根の眠る病室で心理定規は彼に寄り添っていた。

 

「……今日もダメみたいね」

 

 諦めの言葉を呟きつつも、決してそばを離れようとはしなかった。

 

「あなたは、どこにいるの? 慶君は戦ってるのよ? あなたが行かないでどうするのかしら」

 

 皮肉を言っても垣根は目覚めない。彼は終わったのだ。いつ目を覚ますかもわからない人間を待つほど天谷が甘くないことも心理定規は知っている。

 それでも、納得できない。

 天谷は垣根を信頼していないのか? ならば、今まで垣根とは何のために一緒にいたのだ。結局、第二位の力を利用していたに過ぎなかったのだろうか。なら、心理定規は垣根の変化する姿をどう見ればよかったのか。

 

 心理定規が垣根と共に『スクール』で行動し始めたのはもう、正確な年数も忘れるくらい昔のことだ。別に面白くなどなかったし、強制こそされていたがそれなりに金が稼げるので逃げようと思ったこともなかった。

 ただ、少し気になっていたことはあった。それがリーダー垣根帝督である。

 

「俺はいつかこの街の頂点に立つ。アレイスターの『プラン』をぶっ壊してやる」

 

 そう言って憚らなかった少年はいつも何かを見据えていた。もっとも、AIM拡散力場の関係で心の距離を詰めることはできず、わずかにその心をのぞき見ることもできなかったため、何を見ているのかなど知るわけもなかったのだが。

 それでも、心理定規には垣根の目がどこか虚しいものに見えたのだ。『直接交渉権を手に入れる』『この街の頂点に立ってみせる』などと言ってはいるが、具体的なビジョンが心理定規には見えてこなかった。

 だが、そんな日々にも転機があった。

 きっかけはとある一つの依頼だった。統括理事会直々の指名ということでそれなりに仕事をより好みできるようになっていた『スクール』に珍しく『要請』ではなく『命令』としての仕事。

 

 本来、それだけであるべきだった。

 

 しかし、『スクール』にではなく『垣根帝督』個人に対する依頼であった時点で心理定規は首を傾げた。

 

「どうでもいいだろ」

 

 それとなく垣根に聞いてもその返事しか返ってこない。そこまで深い付き合いでもなかったので心理定規も気にしていなかった。

 だが。

 依頼の日。垣根は頬に一つの痣を作ってアジトに戻ってきた。今までかすり傷すら負ったことのない垣根が、である。

 その日からだった。垣根がアジトを留守にすることが増えたのは。

 それからの垣根は常に何かを楽しみにしているようだった。暗部で仕事はするものの、人を殺す仕事は極力受けないようにしたり、敵を見逃す回数も増えた。

 

「だから何でもねえって」

 

 それでも垣根はそう言って何も話そうとはしなかった。

 だから、心理定規は垣根を尾行してみることにした。どこかでばれるかもしれなかったが、一度くらいなら垣根に対して上手くごまかせる自信もあった。

 だが、心理定規は見る。今まで、垣根が見せなかった一面を。

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