とある無能力者の生き方   作:異端者

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心理定規

 何はともあれ心理定規は垣根の後をつけた。何でこんなことをしようと思ったのか自分でもわからなかったのだが、気まぐれと納得させるしかなかった。

 

(……本当に何してるのかしら)

 

 自分にも、垣根にもそう問いかけたくなる光景だった。

 あの垣根が。自分の前ではまともに表情も見せようとしない垣根が笑っているのだ。

 垣根は黒髪に髪の先端を金髪に染めた少女と、茶髪の少年と楽しげに歩いている。本来ならあり得ない姿だった。

 茶髪の少年が少女に何かを言うと、少女が感情をむき出しにする。それを垣根が横やりを入れ、さらに会話が弾む。そんなふうな、彼にはあり得ないはずの日常が流れていく。

 だが、それ以上彼女は何かをすることはなかった。ただ、帰ったのだ。

 

「……別に、同僚が何かをしたって私には関係ないじゃない」

 

 そう。関係ないのだ。もし、これが原因で仕事に支障が出るのならともかくとして、今のところ影響は見られない。新機種の携帯画面を見ながらニヤニヤするのはやめて欲しいのだが。

 

――――――――――――――――

 

 そして、また少しの時間が過ぎた。今度は致命的だった。垣根が人を殺す仕事は引き受けないと言い始めたのだ。

 

「どういうつもり?」

 

 さすがの心理定規も問い詰めざるを得ない状況になる。

 だが、垣根は何でもないというような表情で、

 

「別に。殺すのに飽きただけだ」

 

「そういう事を聞いてるんじゃないの。私はとっくの昔にあなたの変化に気付いてた。でも、何も言わなかった。何故だかわかる? 仕事に影響がなかったからよ。でも、第二位のあなたが殺さないなら私達『スクール』の戦力はかなり落ちるわ。公平な判断から言って、それを了承することはできないわ」

 

「……あのさあ」

 

 垣根はゆっくりと息を吐いた。

 

「お前、いつから俺に指図するようになったの?」

 

「別に指図ってほどでもないでしょ。命がけの仕事してるんだしこの程度の心配は当然だと思うけど」

 

「俺は別にお前が死んでも困らねえんだけど」

 

「……そう」

 

 結局、会話はそれで終わってしまった。元々、利害の一致とかそんなもので仲間意識がある訳ではない。だから本来ならそれで終りにすればよかったのかもとは思った。でも、第二位である彼が標的を殺さないとなれば、予想外の奇襲を受けるかもしれないし、不確定要素がそれなりに増えるのは目に見えていた。

 

「私にはあなたを理解することはできないし、するつもりもないけど。……それでも、あなたのやってることは異常としか言いようがないわ」

 

「あのさ」

 

 垣根は明らかに呆れた調子で、

 

「そもそも、その殺すことを当たり前にしてる時点で歪んでるのは俺らの方だろ。もっと言えば、そんなシステムを創り上げてるこの街の上層部がおかしいんだよ。……そんなもんはそろそろぶっ壊すべきだと思ってるだけだよ」

 

「じゃあ、あなたはどうするの? あなただけじゃない。例え、暗部をどうにかしてこの街にある既存のシステムを破壊できたとして、あなた自身も殺してきた。私もそうよ。そういう人はどうするの?」

 

 つまりは暗部を壊すという目標を立てるのはいいが、その後どんなシステムを組み上げるか、また殺してきた暗部にも生き残りは生まれるだろう。それをどうするかという事になる。

 強力な精神系能力を持つ少女と第二位の頭脳を持つ少年はこの日から決定的に決裂した。

 今まで保っていたそれなりの関係も捨て去って。

 

「そうだな……全てが終わったら華々しく散るってのも悪くないかもな。そんくらいなら最後に付き合ってやってもいいぞ?」

 

「なら、勝手にすればいいじゃない」

 

 もしかすると。二人は何かと戦い続けなければ生きていけない人格なのかもしれない。ただ、それは第二位という巨大な個の戦力と大能力者にある絶対的な壁が敵のスケールを変えているだけで、その違いは気にする程でもないはずなのだ。

 しかし、少なくとも心理定規はその相手を垣根帝督と設定してしまった。こうなれば後戻りや妥協などという選択はできない。あったとしてもプライドが許さないだろう。

 

「そして、死んじゃえばいいのよ。私達が何度も見てきた人間みたいに」

 

「第二位を殺せるヤツなんていねえよ。むしろその確率はお前の方が高いんだぞ?」

 

 心理定規は自分の中に生まれる感情がよく理解できた。これは嫉妬だと。楽しそうに日常を味わっていた垣根に対する嫉妬なのだと。

 それだけに余計に歯がゆい。垣根と別れ、一人になった後も、少し高級なソファに座りながらそればかり考えていた。

 

(誰が……?)

 

 答えは出ている。垣根と一緒にいた茶髪の少年とそれといた少女だろう。なら、少しくらい確かめる価値はあるのではないか。

 そんな思い付きだけが心理定規の頭をよぎった。

 

 

 それから三日が過ぎた。何も起こらない。

 だが、変化はあった。

 

「……あなた、もう殺さないんじゃなかったの?」

 

 心理定規は怪訝な顔をして垣根を見る。

 

「うるせえな。できるだけって意味だよ。あれはこっちが見逃したのに不意打ちしたむこうが悪いだろ。正当防衛って言葉くらい知ってるだろ?」

 

 そんな心理定規を無視して垣根は紙の束にペン一本で挑んでいく。

 

「……何やってるの?」

 

「見てわかんねえか? 数学だよ数学」

 

「そんなのする必要ないでしょう」

 

「あー……うっせえな。暇つぶしだよ、暇つぶし。趣味は勉強ってヤツだ」

 

「だからそんなのする必要ないでしょう」

 

「まあな。……暇なんだよ。ったく、アイツらいねえと本当にやることないな」

 

 垣根が単純作業のように、本当に暇そうにしているので心理定規は聞いた。

 

「……その、会えないかしら? あなたが前に会っていた人に」

 

「構わない……とは言うんじゃねえか? ただな、お前の能力を鑑みればアイツにどんな探りを入れるかわからねえ。だから、乗り気にはなれねえな」

 

「別に何もしないわよ」

 

 そう、何もしない。今は。

 心理定規は心の中でそうつぶやいた。

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