とある無能力者の生き方   作:異端者

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少女達の決意

「く……」

 

 白井は夜へと移り変わった学園都市の中、病院でようやく目を覚ました。

 

「ようやく目が覚めたね?」

 

 目の前にはいつぞやのカエル顔をした医者が立っている。

 

「ここに運び込まれてきた時は命こそ別状はなかったけど、後頭部を強打して意識不明の状態だった。こんなにすぐ意識が戻ったのは日ごろの鍛錬の賜物かな? ……とにかく今日はもう寝なさい」

 

 外はもう暗い。おそらく完全帰宅時間も過ぎているはずだ。

 

「……ですがッ!」

 

 少し大きな声を出そうとしただけで頭に鈍い痛みが走る。やはり傷は回復しないのか。

 

「安心しなさい。今、君と似たような目的で動いてる人間がいる。何も君が全てを背負う必要はないんだからね?」

 

「……しかし、街の治安を守る義務が私にはありますの」

 

「その義務よりも大切なことが今はある。いいかい? これだけは言っておく。そういう綺麗事を言うヤツこそすぐに死ぬ」

 

 今まで味わったことのないような恐怖だった。殺気とかそういう具体的な感覚ではない。常にどこかで自分を見ていて、隙を見せれば迫りくる……そんな気味の悪い感覚だった。それが、言ってしまえばたかが一人の医者から放たれている。

 

「言っておくけどね?」

 

 カエル顔の医者は怪訝な顔をする白井に向けて強く言い放つ。

 

「僕は君なんかでは想像もできない程の地獄を見ている。……その僕が『行くな』と言っているんだ。これは医者としてではないよ? 地獄を見てきた僕個人としての意見だ。今の君では生きて帰れる保証はない」

 

 もちろん白井が知る由もないが。今回の抗争は超能力者が総出している。心理定規のような経験豊富な大能力者でさえ脇役なのだ。能力以外は普通の女子中学生と大差ない白井が行けば、確かに生きて帰れる保証など無い。

 白井は優秀だ。だからこそ目の前の医者が本気で自分の身を心配して忠告をしてくれていることなど百も承知だ。何より医者の目に迷いや淀みが見えない。

 

「……やれやれ。君のような患者にこんなことは――――」

 

「――――行きますの」

 

 それでもなお。白井は戦うという決断をする。

 こればかりは面を喰らったのか、医者も少々意外な顔をしている。

 

「……僕の話を真面目に、本気で受け取った上での答えかい?」

 

「ええ、そうですの。こんなことで怖気づいて寝ていてはいつまでたってもお姉様には追いつけませんの」

 

「私情に流されるべきではないと思うけど?」

 

「これは……私、白井黒子の、誰にも譲れない決断ですの。例え、例え……」

 

 言葉にできないもどかしさに白井は思わず歯をくいしばる。きっと言葉にさえできなくなるほど白井はあの少女を――――御坂美琴を尊敬しているのだから。

 カエル顔の医者も諦めたのか、ため息をつく。

 

「――――そこまで言うなら仕方ない。ただし……死ぬなよ。死なない限りは必ず助けてやる」

 

「私を誰だと思ってますの? ――――そう簡単には死ねませんわ」

 

 少女は強い決意と共にベッドから地面へと降り立つ。医者が気を使い病室を後にしたので、患者衣から常盤台の制服へと着替える。

 途中、ほんの少しだけ迷った。自分は本当に行っていいのか。行ったとして役に立って生きて帰ることができるのか。おそらく、あの医者は嘘など何一つ言っていないはずだ。

 でも、そんな迷いを吹き飛ばす。やるべきことをやって、帰るべき日常へと戻る。それだけだ。

 

「さあ、参りますわよ白井黒子。必ず生きて帰るために――――」

 

 そう、死ぬわけにはいかない。泣かせてはいけない人がいる。

 そう、逃げてはいけない。やるべきことがまだあるのだから。

 

「――――戦場の一番奥へと」

 

 少女は信念と決意を胸に、今一度戦場へと舞い戻る。

 

――――――――――――――――

 

 御坂の体がグラリと揺れた。広い歩道の真ん中を歩いていたために自分の体を支える物もなく、その小さな体は呆気なく地面へと倒れ込んだ。必死に腕へ力をこめるが、立ち上がれるような気配はない。それもそのはずだ。格上の『悪性』を相手に第一位や第五位の協力があったとは言え、一時間以上も全力を出し続けたのだ。脳も体も限界を迎えてなんらおかしな点はない。

 

(ダメ……まだ、終わるわけにはッ!)

 

 御坂の意思に逆らうように体は鉛のような重みを帯びていく。

 そこに響く声。

 

「あっれー? 誰かと思えばミコっちゃんじゃないっすかよー」

 

 茶髪に白のワイシャツの少年が自身の目の前に立っている。

 天谷慶。学園都市の闇に最も深くかかわり、一部の者なら『幻想殺し』よりも、第一位や第二位よりも注目し警戒する人物。

 しかもこの状況。統括理事会が全力で隠ぺいに当たっている事件の中心人物に当たる御坂に堂々と接触している。このリスクは天谷自身が一番わかっているだろう。その上で、この行動。何を狙っているのか。

 

「ミコっちゃんさ。ちょっとばかし頑張り過ぎたよ。まさか帝督の分身倒すなんてねー。……だからもう休めよ」

 

 天谷の言う事は間違っていない。御坂は第一位の協力があったとはいえ、第二位の破壊に成功してるのだ。これ以上にない功績と言えるだろう。実験の発端には違いないが被害者に過ぎない彼女がここまでやる必要はなかったのだ。

 しかし。

 

「……できるわけ、ないでしょ。私のまいた種よ。自分でやるにきまってるでしょう」

 

 天谷は呆れたようにため息をつく。御坂に何を言っても無駄だと判断したのだろう。

 

「なら、お前はもう『妹達』には関わるな」

 

 驚き息をのむ御坂を軽く手で制してから、天谷は続ける。

 

「別に接触するなっていう訳じゃない。……ただ、あの実験には間違いなく別の何かが関わっている。それはたかが第三位なんて肩書きでどうこうできるものじゃねえんだよ」

 

「……私はあの子たちを守るって決めた。どんなことをしてでも、守るって決めたのよ……!」

 

 必死に立ちあがろうとする御坂を天谷は違う誰かを見るような目で見る。

 

「……わかった」

 

 天谷は折れたように肩を落とす。御坂を説得するのは無理だと悟ったのだろう。

 

「そこまで言うなら、お前には有益な情報を与えてやる」

 

「情報……?」

 

 天谷は力強く頷き、言った。

 

「お前の後輩、白井黒子に関する情報だ」

 

 

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