天谷の言葉に御坂は思わず目を見開いた。
なぜここで後輩の名前が出てくるのか。御坂には見当もつかない。
「白井黒子はどうやら結標淡希と交戦したようだな。……ま、結果は言うまでもなく敗北だ」
「どういう……こと?」
「それが偶然。結標が協力してた組織が監視ネットワークに引っ掛かってな。それで白井が急行。その組織は外部の人間だったようで何とかなったがな」
「……それを、早く言いなさいよ」
御坂はふらふらと立ち上がる。
天谷が嘘を言っている可能性は充分にあった。しかし、白井がこの一連の抗争の一端に触れてしまった場合の行動も天谷の言葉と一致している。彼の言葉を一概に否定しきれるわけでもない。
「アンタを信じる訳じゃない。……全く、最悪よ。自分の蒔いた種がこんなに大きくなるなんてね」
「安心しろ。お前の蒔いた種を育てたヤツが悪い」
「……気休め程度にはなったわ」
どうせ一生背負うつもりだろうが、と天谷はため息をつく。客観的に見れば御坂は完全な被害者である。天谷としても彼女には一刻も早くリタイアしてもらいたいところなのだが……
(言って聞く女なら、とっくに帰ってますよねー)
彼女の目から強い意志は消えない。この分では意識を奪わなければ止まらないだろう。しかし、天谷としては御坂を傷つける理由はないし、こんなことでボロボロの少女を傷つけるのは気が引ける。
(使いたくはなかったが……)
天谷は申し訳なさそうに目をそらし、頭を粗雑にかく。そして、囁くような声で言った。
「いいか、お前が背負うって決断を否定する権利は誰にもない。……俺だって同じ立場ならそうする可能性は充分にあり得るからな。ただな、人には限界がある。いくらお前でもできないことはあるんだよ。超能力者って言ったって所詮は人間だ。現にお前はすでに限界を迎えてる」
「そんな言い訳みたいな理論が……ッ!」
「通る。いいか、何度でも言う。お前は被害者だ。何も抱え込むなとは言わんが、限界は知っておけ。……たかが第三位が踏み込んじゃいけない領域ってのもある」
「……無能力者のアンタに言われたくない」
「心配するな。自覚はある」
天谷は二コリと笑う。その笑みは何よりも優しく、御坂へと響いた。
「だから、さ。祈っててくれよ。俺が無事に帰れるように」
「……イヤ」
「そう言うと思ってた」
天谷慶の向かう先は一つ。少女が守りたい人のもとへ。
――――――――――――――――
「初春……結標淡希の行方はどうなっていますの!?」
白井は第二十三学区を目指していた。
『慌てないでください。依然、二十三学区に留まっているようです』
無線越しに初春の声を聞きながら、白井は考える。
(……私と第二十三学区で交戦した段階で目撃情報となることは必至ですの。……にも関わらず彼女は第二十三学区に留まり続けていますわね)
結標は大能力者である。すなわち演算能力が高い。単純に言えば頭のデキはかなりいいと言えるだろう。その行動にどれだけのリスクが伴うかは重々承知しているはずだ。
(……この行動の意味はその場所にリスク以上の見返りが存在すると考えるのが妥当なはずですの。それは……?)
おそらく、そのリターンこそが彼女の行動の原動力となっている。逆に言うと、それさえ奪ってしまえば今回の事件は解決するという訳だ。
と、なれば。怪しいのは結標が『受け取る予定だった』と語っていた。その受け取る物こそが壊すべき何かなのではないか?
「…………」
ここに来てようやく何かの一端に触れた。白井にはそう感じられた。事件の真相を突き止めたのだ。
それなのに。
(この胸騒ぎは何ですの……?)
胸の中で何かがぐるぐると渦巻いている。いわゆる嫌な予感というやつだ。それも直感的な何かではない。これには理由がある。
(……冷静になりませんと。普通に考えれば、外部組織まで招いておいてこんな短絡的な……私という一介の『風紀委員』ごときに見破られる程度の計画で終わりますの? ……こう言っては『風紀委員』失格になるのでしょうが、私が首謀者なら念入りに保険をかけますわ)
第二十三学区を目指しながらも、一つの疑念を消すことができなかった。
――――――――――――――――
天谷は自動販売機で買ったコーヒーを啜りながら、ゆったりと第二十三学区を目指していた。飛び出すように向かった白井とは対照的な動きである。
「……なるほど、ね」
天谷がゆっくりと動いているのには理由があった。罠を確認するためである。御坂との約束を反故にしているとも言えなくもないが、焦って動く局面でもない。『悪性』の撃破という吉報は天谷にも入っている。流れは間違いなく天谷サイドにきているのだ。だからこそ、ここで流れを止める訳にはいかない。
「ここで『お前』が出てくるのは予想外中の予想外だよ」
第一位は出た。第二位の分身も出た。第三位も出た。第四位も第五位も戦った。学園都市が誇る怪物たちを出しつくしても『予想外』と評価する程の相手。
「――――恋査」
第一位から第六位という怪物の能力を宿すナース服の女性は天谷の前に立ちふさがり、呟く。
「……『人的資源』プロジェクト。最終段階への移行を確認。これより、天谷慶を舞台から除外させるべく行動を開始します」
恋査の背中から蝶の羽のようなものが生える。
直後。爆音と共に怪物の力がたった一人の無能力者へと襲いかかる。