とある無能力者の生き方   作:異端者

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模索する解答

「はっはっは。この程度ではわらわの壁は破れんぞ?」

 

 美空は挑発するように囁く。体こそ十歳そこそこだが、その瞳が帯びる光は少女のものではない。

 

「全く、いつから私をそんな目で見るようになったのですか?」

 

「最初からじゃ、ボケ」

 

 美空は軽くため息をつくが、病理は気にしない。

 

「……そもそもあなた達の目的が不透明ですね。木原数多に味方する理由もないでしょう」

 

「理由……例えば、百合子かの?」

 

「ああ……なるほど。そういえば、彼女は……」

 

 第一位の『ベクトル操作』を使えるのは本人と鈴科の二人だけだ。……もっとも鈴科の場合、異能力者相当程度で『反射』しか再現できないのだが。

 

「こちらとしても、交渉材料は欲しいからの。百合子だけは守り通さねばいかん。……レオン、いつまで寝ているつもりじゃ」

 

「……人使いが荒いんですよ。美空様は」

 

 レオンがふらふらと立ち上がる。右手を握りしめ、軽く横に振ると、目の前のアスファルトにわずかなヒビが入る。

 

「病理様……見せて差し上げますよ。実験動物の意地を」

 

 黒のシックな執事服を脱いで、放り投げる。さらにはネクタイも外し、ボタンを三つ開ける。

 

「……私に色仕掛けですか?」

 

「御冗談を。……殺すという宣言ですよ」

 

 レオンは十字架のネックレスをつけている。それすらも外す。

 

「……キリスト教には汝、隣人を愛せよ。という教えがあってですね……本来、他者を傷つけるのは趣味ではないのですが」

 

「じゃあ私の隣人は帝督クンと慶クンだけですね。……まあ、元々あなた達も途中から邪魔以外の何物でもないんですけど」

 

 レオンは病理が言い終わるかどうかというタイミングでベクトルを生成する。当然、ベクトル単体は視認できる訳ではないし、速度も遅いはずがない。車いすの病理に避ける機動力はないはずだ。

 しかし。

 ギュルン! という音と共に、病理の車いすが急加速し、放たれたベクトルを避ける。

 

「……とんでもない車いすじゃな。体への負担はどうなっておる?」

 

「ないですよ。そこまでは速くないです。初速から自転車並みの速度は出ますけど」

 

 自転車の速度よりはレオンの『ベクトル操作』の方が速い。しかし、病理には彼女らの能力に関するデータがあり、それをもとに最適な避け方をはじき出せるのだろう。

 病理は軽く自分の肩をもみながら、

 

「本当に、今の私は殺し合いなんて年齢ではないんですよ。結婚も視野に入ってくる年齢なんですから」

 

「とっくに過ぎているでしょう」

 

 やれやれ、と病理は理解しようとしないレオンに呆れを見せる。

 一方、美空。

 

(……それにしても厄介じゃの。こっちの手は筒抜け。しかし、病理めの『未元物質』がどこまでの際限があるのかわからん。そもそも、際限とやらが存在するのかもわからん)

 

 綺麗に整えられた茶髪を夜風になびかせながら、美空はゆっくりと目を細める。

 守るべき人がいる。きっと彼女にとってはそれだけなのだろう。美空の中にはそれほど重たい懸念というのはない。

 それでも、気になるのは『未元物質』の性能だろう。今のところ、『newgunner』一つに留まってはいるが、それ一つしか使えないという保証もない。

 

「……さて、病理。お主の手札は何枚じゃ?」

 

「五千枚」

 

「死ね、このクソ野郎」

 

 子供騙しのような返答に美空は思わず額に青筋を浮かべる。

 レオンはゆっくりと瞼を閉じ、

 

「……病理様。私はやはり理解できない。あなたはもっと残酷な人間だったはずです。人を傷つけ、いたぶり……そうやって、生きてきた。そう生きるべき人間だったはずです。なのに、何故……」

 

「どうしたんですか? 唐突に。私はずーっと同じですよ。今までも、これからも……」

 

「あなたの今までに私達は含まれていないのですね?」

 

「はい」

 

「……そうですか。なら、もういいです。言葉は抜きにしましょう。――――お互いのために」

 

「ええ」

 

 素っ気なく病理が答えた直後だった。

 無数のベクトルが未知の物質と激突した。

 

――――――――――――――――

 

 ビルの屋上から彼らは地上を見下ろしていた

 

「さて、お前はどうする?」

 

 『憧れ』。子供なら誰もが抱く感情。大人ですら抱く感情。垣根帝督のそんな一面が表出化された個体は、ゆったりと『善性』へと語りかける。

 

「……あなたは全てをわかっているように話しますね。少し、怖いです」

 

「恐怖……か。悪い感情じゃねえよ。むしろ、誰もが持っているからこそ、人は道を踏み誤らない」

 

「気持ち悪いですね。……何だか壮大な一人言に聞こえます」

 

「葛藤……という表現が適切かな?」

 

 そう言って、『憧れ』はゆっくりと地上のある地点へと目を向ける。

 

「それにしてもアイツは本当によくやるよ」

 

「……別に明確な理由はないのでしょうが。それでも、二年前のことですね」

 

「悲劇に対する嫌悪、か」

 

 小さく感じなくもない、と『憧れ』は嘯く。もっとも、それ自体はどこかにいる黒髪にツンツン頭の少年に似ていなくもない訳だが。

 

「さあて、行こうか」

 

「では、行きましょうか」

 

 二人の垣根帝督はゆっくりと呟いた。『悪性』がいない今、何が垣根帝督なのかをはっきりさせる必要がある。いつまでも、あの肉体を眠らせている訳にはいかないのだから。

 夜空に一つ。流れ星が流れた。

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