二つの力が同時に躍動する。先手をとったのは白井だった。鉄矢を素早い演算で結標の脇腹へと転移させる。
だが、結標は笑いながら一歩後ろに下がった。それだけで鉄矢は虚しくも空を切り、地面を転がっていく。
「やっぱり空間系の能力はちょっとしたブレで全てが台無しになるわね。……白井さんのように繊細な武器を扱っている場合は特にね?」
結標の言っていることは事実である。
そもそも白井の使う『空間移動』には幾つかのポイントが存在する。
重量、距離、そして座標である。特に座標は、鉄矢を使い相手を拘束する方法を取る白井にとってはもっとも重要な項目だ。それがわずかにでもずれれば、攻撃は当たらない。
「……しかし、それを素でかわすのは至難の業。ここは素直に褒めさせていただきますの」
「あら、ありがとう。アナタって思ったより、イイ人なのかしら?」
「……少なくともあなたに言われたい台詞ではありませんの」
深くため息をつく。
結標は白井なんて遊び相手程度にしか見ていない。そもそも、彼女の赤く光る目には何か意味があるはずだ。もし、何らかの力を使用する際の副作用だとすれば……。
だが、じっと見つめる白井に結標は悠々綽綽と告げる。
「そんなに見つめないでよ。私だってこの力を使うのには随分と勇気がいるんだから。……そう、ね。一つお話をしましょうか」
結標は笑みを崩さずに語る。
「私はとても才能あふれる人間だった。数少ない空間系の能力者でしかも大能力者。客観的に見ても優れた人間だったわ。少なくともこの学園都市ではね」
「……その優秀な人間がなぜこんな汚いことをしていますの?」
結標は首を横に振る。
「今のアナタにそこまで語る意味はないわ。……それじゃあ遠慮なく――――行くわよ」
直後だった。白井の足元が消えた。
「!?」
一瞬驚くものの、白井は冷静に対処する。連続でテレポートの演算式を組み上げ、地上へともう一度降り立つ。
「……今のは?」
誰がやったかなど明白だ。結標淡希しかいない。見れば彼女の両目の赤の光は輝きを禍々しく強めている。
とてもまともな状態とは思えなかった。
「あなた……何を、なさっていますの?」
「フフ……本当は力なんてくだらないおもちゃとはおさらばするつもりだったんだけどね」
笑う結標は見せつけるように、白井を見つめる。
「……『未元物質』と言ってわかるかしら。私は悪魔に魂を売ったわ。まあ……それで仲間が救えるなら構わない」
白井はその様子を見て、思った。
結標は優しいのだ、と。御坂美琴と同じ人間なのだ、と。
ふっ、と体の力を抜き夜空を見上げる。きっとこの夜空の見え方も違うのだろう。
「……結標さん。私は勘違いしていましたわ。アナタはわかりやすい程の悪党で、それを倒す私こそが正義の味方なのだと。……ですが違いましたわね」
「……どういう意味かしら」
探るように問いかけた結標にほほ笑みかける。
御坂もこうしただろう。その程度の行為でしかない。
けど、それが誰かになにかの変化をもたらす。そう信じているからこそ白井は『風紀委員』として活動し続けている。
「正義と悪は私にもアナタにもありませんでしたの。私はお姉さまのため。アナタは仲間とやらのため。……誰かのために行動していながら勧善懲悪が生まれるのは矛盾していますわ」
「……何が言いたいのかしら」
問いかける結標に白井は力強く告げた。
「……こんな下らない争いから、アナタを日常へ帰して差し上げますわ」
鉄矢を投げ込む。結標はそれを危なげなくかわしながらも、その表情は何かを恐れるような怒りを帯びていた。
「やってみなさい……できるものなら!!」
――――――――――――――――
「……さーて。どうしたもんか」
さほど悩んでもいないのに呟いてみる。目の前では二人の空間移動能力者が戦っている。座標から座標へと飛び、座標へ飛ばす。そんな少女二人の戦いだ。
「……ったく」
すたすたと何の躊躇もなく二人の戦いへと近づく。
一瞬、夜風に茶髪が靡いた。
「……そんじゃ、始めますか」
ポツリ、と言葉を漏らした直後だった。
広い研究所の敷地、その一角で小規模の爆発が起きる。
「何が!?」
真っ先に反応したのは結標だ。研究所の敷地内で何かが起きた。それだけで、結標の中に不安が広がる。爆発したのは三か所。規模自体は小さく、ある程度の強度を誇る研究所を外側からのごり押しで破壊できるとは思えない。
だが、結標には不安要素が芽生える。
(白井黒子を倒すのに時間をかけすぎた? ……もし、第一位やあの木原兄妹にここがばれたら私一人じゃ防げない!)
だが、結標の心配は杞憂に終わる。目の前に現れたのはたった一人の無能力者だったからだ。
天谷慶。今回の騒乱の何故か中心に立っている少年。
「いやー爆弾とか自作してみた。……やっぱ爆竹みたいなヤツになちゃったけど」
「フフ……心配して損したわ。アナタ程度なら一瞬で……」
軍用ライトを天谷へと向ける。これで、地面に転がっている白井の鉄矢を転移させる。たったそれだけで全てを終わらせられるはずだった。
にも、関わらず。
「ごちゃごちゃとうるせえぞ。ここは大人しく眠っとけ」
天谷は全速力で結標の懐に飛び込むと、右手をそっと結標の腹へとあてがった。その手には掌より少し大きい程の黒い塊……スタンガンが握られていた。
バチバチ、と電流が結標の体へ迸り意識が奪われる。通常、スタンガンは護身用に作られているため精々、体を一瞬のけ反らせる程度の威力だ。しかし、天谷は躊躇なく改造している。
しなだれかかった結標の体を抱きかかえ、優しく地面へと寝かせた。
「……随分と紳士的な方ですわね」
茫然と、一瞬の攻防を見ていた白井がようやく口を開いた。
天谷は白井に歩みより、ポンポンと頭をたたく。
「お前のおかげでここがわかった。……サンキューな」
頭にのせられた手を振り払いながら、白井は問いかけた。
「私はアナタの為に……」
「ああ、わかってる」
天谷は引き裂くように笑った。
懐かしい感覚だ、とは思う。こんなに獣のように血が煮えたぎるのは。
「俺の復讐が始まりそうなンだよ」
それは、兆候だった。