とある無能力者の生き方   作:異端者

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唐突な死を、あなたに

 正直にいえば、想像以上だった。

 結標の目の異常な赤を帯びた光。白井黒子の参戦。木原兄妹による第四位の撃破。『悪性』の破壊成功……。ここまでの事象が確認できるとは思えなかったのだ。

 そして、最後に一つ。

 

「……、」

 

「申し訳ありません、病理様」

 

 木原病理は地面に仰向けに倒れていた。それだけだった。レオンはそれをつまらなそうに見下ろした後、美空の方へ振り向く。

 

「……どうされますか?」

 

「殺せ。どの道、こやつもあそこのオリジナルもわらわ達には不要じゃ。……いいな?」

 

「かしこまりました」

 

 執事服の内から拳銃を取り出す。

 

「……銃の取り扱いには不慣れです。あまり痛い思いをされたくないのなら、どうか動きませぬよう」

 

 静かに言って、銃を頭へと突きつける。病理を殺せば、次は海鳥だ。

 

「……?」

 

 撃とうとして、違和感を覚える。

 病理の右腕がもぞもぞと動いているのだ。

 本来、垣根帝督の所有物である『未元物質』を木原病理が完全にコントロールすることなどできない。それは絶対だった。

 だが。

 

「フフ……どうして考えなかったんですか?」

 

 蠢く右腕が徐々に形を変える。これまでのように何かを射出するための銃口とは全く違う形へと。

 右腕から侵食していく『未元物質』に電流のような痛みを感じながら、それでも病理は笑っていた。

 

「この力が、第二位という程の力を持つこれが! 右腕ごときにおさまるはずがないじゃないですか!!」

 

「……ッ!」

 

 レオンが銃を持っていない左腕を基点にベクトルを生成しようとするが、もう遅い。一度、呪縛を解かれた『未元物質』は病理の意思すら無視して、ただ暴走する。

 白へと空間が埋め尽くされるのを見て、自分の体が凍っていくような音を立てていくのを聞いて、病理は静かに思った。

 

(……死にたくなかったです)

 

 まさか、自分の育てた能力者がここまで強いとは思わなかった。

 美空のベクトル誘導は全ての攻撃を受け流していたし、レオンのベクトル生成は『未元物質』とさえ拮抗していた。そこまで育てたのが自分だと思うと、科学者の一面が喜んでいるのもわかる。

 それでも、最後まで病理は思っていた。

 

――――死にたくなかった

 

 直後。

 美空にもレオンにも受け止められない程のベクトルが空間を掌握した。

 

――――――――――――――――

 

「……ぅあ」

 

 ぐらぐらと揺れる視界の中、黒夜海鳥は起き上がった。

 目の前には仰向けに倒れているレオンと美空がいた。

 

(……私じゃねェってことは病理がやりやがったな)

 

 しかし、肝心の病理が見当たらない。黒夜をおいてどこかへ移動した可能性はあるが……。

 

「……? 何だあれ」

 

 夜のためはっきりとは見えないが、白い人型の何かが佇んでいる。

 ぼうっとした光を放つそれは黒夜に気付く。

 

「……あれは」

 

 黒夜の目もまた見開かれた。

 そこに佇んでいたのは木原病理だったからだ。

 全身が白に染めっているため、服などの区別はつかない。だが、ふわふわとした形をかたどった髪のようなもの。そして真っ黒に染まった目から識別できた。

 

「おいおい……何の冗談だ」

 

 ゆっくりと歩み寄ってきた病理に問いかける。

 病理はわずかにほほ笑んで、答えた。

 

『……どうやら、「未元物質」に肉体が飲み込まれてしまったようです。意識の方もじきに消滅するでしょうね』

 

「……どォいう意味だ」

 

『言った通りです。私、死ぬんですよ』

 

 何て事のないように語る。あるいは『一人の人間を完全に飲み込む』という現象を残して死ねる事に満足感を抱いているのか。やはり、これが木原病理の真実なのか。

 

「違ェだろ……」

 

 だが、黒夜は拳を強く握りしめながら否定した。

 

「お前はそンなモンで満足するような女じゃなかっただろォが!」

 

『ええ、そうですよ』

 

 病理は呆気なく認めた。

 

『確かに……すごく悲しいです。まだやりたい事がたくさんありました。でももう涙がでてこないんです。表情も変えられないんです。今の私は、動く屍ですよ』

 

 何もできない。人間らしさの喪失。それこそが病理が淡々としている理由だった。次は自分の意思で動けなくなり言葉を発することすらできない。

 そんな中で、病理はそれでも口を動かしていく。最後の最後で必死に、世界へ爪痕を残そうとしているようでもあった。

 

『私は慶くんも帝督くんも大好きでした。……何人もの人間を「諦め」させ、自分すらもそうしてきたのに。あの二人だけは捨てきれなかった。……本当、私も女だと思いだしたのはつい最近のことのようにも思えてきますよ。……ですがね。私は死ぬ。もう、死ぬんですよ』

 

 病理は無表情のままだ。言葉は真実なのに、今一つ黒夜へは響かない。

 その体ががくりと崩れ落ちる。時間が迫っている。伝えられることは少ない。でも、彼女は何も変えられない機械のように凍りついていくだろう。

 だからこそ、海鳥は最後に聞いた。最後まで一緒にいれば、自分が泣いてしまうような気がしたから。

 

「……アイツらに、何て言っとけばいい?」

 

『ありが……とうございます。では……そうですね。「ありがとう」でいいです』

 

「……本当に、か?」

 

『遺言が愛の言葉ってのはいけ好かないんです。……個人的に、ですけど』

 

「そォか。じゃ、私はもォいくぜ」

 

『ええ、最後にお話しできてよかったです』

 

 黒夜は後ろを向く。それが引き金となったのか、病理の白い体が風にのって崩れ去っていく。

 それでも、最後に。

 

 木原病理は心から笑っていた。

 

――――――――――――――――

 

「……病理、やめろ」

 

 そして。

 病室の白い天井へ虚しく手を伸ばしながら、金髪の少年は目覚めた。

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