とある無能力者の生き方   作:異端者

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わずかな思惑

 天谷は研究所内部へと足を踏み入れていた。

 無能力者である彼が単独で入るのはリスクがあるが、何となく天谷はここで負ける気がしなかった。今ならどんな相手にさえ勝てる気がしていたのだ。

 ギラギラと血走った赤い目をぎょろつかせながら、天谷はより深部へと入っていく。

 

「……さーて。出てこいよ、木原数多ァ」

 

 罠などは一切見当たらない。まさかここまで攻められるとは思わなかったのか。それとも可能性を考慮してもあえて用意しなかったのか。ここの答えによって展開は変わる。

 研究所内部は人が二人ほど通れる通路が長く続いており、所々にドアがある。最奥部に主体となる実験施設があるわけではなく、区画は地下にまでひろがっている。

 そう。

 地上に見えている部分からは考えられない程の規模で広がっている。

 

「なーにを隠してるンだか……」

 

 見渡す限りに不自然な点はない。強いて言えば、天谷が昔いた研究所を思い出してしまう嫌悪感はあるのだが、そんな事を気にしているような状況ではなかった。

 右手がぐっと握りしめられる。銃は持っていなかった。必要性は感じない。相手は自分自身がこの手で殴り飛ばす。そうきめていたからだ。

 五分ほど歩いて、地下区画への入り口を発見した。隠れ蓑にするための空間にも関わらず、いかにもな会談が暗闇の奥へと続いている。

 ゆっくりと会談を踏みしめても、奥へと音が響いてしまう。そういう構造にして侵入者を察知したいのか。そもそも監視網に穴を作ったり、こういった対策を打ってみたりとわかりにくい警備状況ではある。

 

(あるいは……)

 

 別の理由がある。セキュリティを緩めなければいけないような絶対的な理由。

 そして天谷は辿りついた。

 大きく重々しい扉だった。防音を施してあるのか中の気配はうかがえない。

 ゆっくりと扉を押し開けていく。

 

「おいおい、マジでここまで来るのかよ。……ホント、うぜぇガキだなぁ、オイ」

 

 そこには金髪に白衣。顔に刺青を入れた男が立っていた。

 木原数多。『木原』一族の中でもかなり黒い部分に属するであろう人間。

 絶対的な敵対者に天谷は冷たく言い放つ。

 

「テメェと話しあいなんて展開はない。……わかってるな?」

 

「ハァ? おいおい、実験用のマウスと本気で会話する人間なんかいねえだろ?」

 

「……テメェ!」

 

 天谷が強く一歩を踏み出した。本来ならどちらか、あるいは両方が銃器を所持するのが定石だ。

 だが、彼にはわかっている。木原数多は絶対に銃器を使わない。少なくともこの研究所内では。

 天谷はかわされた拳を見つめ、舌打ちして言った。

 

「……オマエの目的は最初から『樹形図の設計者』なんかじゃなかった」

 

「……、」

 

 木原は何も言わず、無機質な表情で天谷の言動をうかがう。

 そこに漂っている不気味さを無視して天谷は言葉を続けた。

 

「イヤ、違うな。正確に言えばオマエには『樹形図の設計者』はあった方が効率のいい物ではあったンだ。……だが、必要って訳じゃなかった。オマエが一番必要としたのは百合子だった! アイツの『ベクトル操作』は第二の一方通行を生む手掛かりになってる。アイツがいなけりゃァ、実験は始まらねェ!!」

 

「ああ、そのとおりだ。そのとおりだぜえ!」

 

 数多は両手を広げて笑う。

 少し広めの実験室に彼の笑い声だけが甲高く響いた。

 

「……あー、でも面倒だなあ。あんま知られたくなかったんだ」

 

「まァ、なンにしても百合子は返してもらうぞ」

 

「無理無理。実験は結構進んでんだ。アイツの人格がまともに残ってるとは思えねえ」

 

「……どォいう意味だ」

 

 確かに鈴科が何らかの実験の被検体になっているのは確実だろう。それは天谷も想定済みだ。

 だが人格まで気にしなければならない程の実験をしているとは思えない。

 すでに圧倒的な力として『ベクトル操作』を扱う一方通行と違って、鈴科の能力はせいぜい異能力者どまりだ。制御しやすいだけに慎重に実験を進めるのが定石だが……。

 

(コイツにそんなセオリーは無意味、か。さすが『木原』だな)

 

 呆れは覚える。だが、それが相手の流儀なら否定もしない。

 天谷にとっては何が正しくて、何が間違っているのかなんてどうでもいいことだから。もしこの実験が百年後に一億の人間を確実に幸せにする、と言われても天谷は行動を曲げない。この実験を止めたらあなたが死にます、と宣告されたところでその気持ちは揺るがない。

 芯の強さ。それは天谷の確実な強さだった。

 

「……オマエがここで何をしたのかなんてどうでもいい。何をしたかったのかなんて興味もない」

 

 ただ、と天谷は言葉を続ける。

 

「自分がやらかした事に対する清算だけはきちっとやってもらうぞ! 数多ァァァァアアアア!!」

 

 天谷が叫んだ、直後

 科学者と無能力者の拳がまじりあった。

 

――――――――――――――――

 

 『人的資源』プロジェクト。

 二年前とは違う形で進行していたこの計画は重大な欠陥を抱えていた。

 いや、違う。

 首謀者はあえて、その穴を用意していた。

 

「さーて……シリアルナンバー02だっけ? 慶ちゃんは何をしたかったのかなー?」

 

 病院の隠し部屋で、女性は笑った。

 

 

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