とある無能力者の生き方   作:異端者

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抗争の実態

 崩れた計画の中で彼女はそれでも笑い続けた。

 薬味久子。

 いや、そもそも崩れたというよりは崩したという表現が正確なのだろうか。

 

「いやー……計画通り計画通り」

 

 端末からの映像は一つの事実を示している。

 恋査の敗北。

 彼女はサイボーグとなった体をズタズタにされ、地面に倒れ伏していた。

 それだけではない。

 天谷慶の本丸となる研究所への侵入。もっと言えば『悪性』の崩壊すら彼女の計画に入っていた。

 

「ま……計画と言ってもこれは自分の欲求を満たすだけの下らないものなんだけど」

 

 そう言って彼女は病院の隠し部屋から堂々と出た。

 もうここは使わない、という決意を込めて彼女は安全地帯を捨てたのだ。

 

「……もしかすると学園都市始まって以来の大事件になるかも」

 

 

――――――――――――――――

 

 ボロボロのナースを見て、『憧れ』はため息をついた。

 隣にいる『善性』と合わせれば、女性をいたぶった双子か何かにしか見えない。

 

「……どうしたもんかね」

 

「ええ、そうですね。時間が、ない」

 

 『憧れ』の言葉に『善性』は口惜しそうに答える。

 それを証明するように、二人の体がサラサラと崩れ始めていた。指先から始まったそれは徐々に体の中央へと侵食していく。

 キッカケは間違いなく垣根帝督が意識を取り戻した事だ。本来、垣根帝督であるはずの彼らがなぜその短い時間を惜しんだのかは彼らにしか理解できないだろう。

 だがそれは人間なら誰でもそうであるはず。人はいつか死ぬし、不老不死などという話を信じる人間はそうそういないはずだ。

 

「……さて、と。後は慶しだいだけどさ」

 

「はい」

 

「なーんか物足りない」

 

「そうですね」

 

「あと一つ」

 

「何かあれば、ですか」

 

 それは垣根帝督の言葉だった。

 すでに彼は目覚めていた。

 

――――――――――――――――

 

「……クソが」

 

 垣根はぐらつく視界に不快感を覚えながらも体を起き上がらせた。

 白を基調とした病室には皮肉を込められたかのように黄色のバラが置かれている。

 花言葉は嫉妬。

 こんな事をする人間は限られているのではないか。

 ふっ、と一瞬だけ時間が止まる。

 それは垣根の錯覚かもしれないが確実に変化は起きていた。

 垣根が座っているベッドの横。そこに一人の少女が佇んでいる。

 木原龍華。

 彼女はピンクのパーカーをボロボロにさせた状態で垣根を睨みつけていた。

 

「……ひっさしぶり。垣根ちゃん」

 

「木原龍華、か。……随分な重役出勤ぶりだな。兄ちゃんが見たら悲しむんじゃないか?」

 

「ばか兄なら能力の使い過ぎで眠ってるよ。アンタの能力をコピーしたせいで、一時的な意識混濁が起きてるだけ」

 

 木原練成の能力は正確に言えばコピーではない。

 彼の能力の本質は『自分だけの現実』を写し取る事にあるからだ。だから、人格にまで影響を及ぼす場合だってある。当然、使いすぎれば能力が意思を持って練成の精神を蝕んでいく。

 もっとも、そのリスクを練成がどこまで気にしているかは疑問ではあるが。

 

「……それは災難だったな。で? 俺に何の用だ」

 

「それがいろいろと」

 

 唐突に。

 垣根の体に龍華の体が覆いかぶさった。

 まだ万全の体調ではない垣根は為す術もなくベッドに背中を預けてしまう。

 

「……何のつもりだ」

 

「悪いけど。今日一日だけはこうさせて……ね?」

 

 潤ったその瞳が垣根を吸い込む。

 思わず見とれそうになってしまう自分を抑え込んで垣根は言った。

 

「どけよ。俺はアイツのところに行かなきゃならねえ」

 

「だーめ。慶ちゃんには死んでもらわないと」

 

「……お前、まさか」

 

 垣根は何かを感じ取る。

 それは殺気のようで、愛情のようで。

 ただ、間違いなく歪んだ何かだった。

 

「……垣根ちゃん。まさか私が、この『木原』がやられた事を忘れると思う?」

 

「二年前、か……」

 

「うん。あの時の恨みは一生消えない、かな……? だってさ」

 

 龍華は自分の腰にある黒い塊をとりだした。

 それは、拳銃。垣根帝督を殺す為の道具。

 それが、垣根の腹に押しあてられる。

 

「……何のつもりだ」

 

「言ったじゃん。恨みは消えないって……あの子を、マリアを殺した罪は今ここで払ってもらう!」

 

 躊躇なく引き金が引かれる。 

 消音の処理が施されていたのか、銃声は一切なかった。

 垣根の腹部が確かな熱を帯びる。

 それは初めての感覚だった。痛いとか、そういうレベルを通り越して、熱い。それが頭を割るように刺激して思考を弱らせる。

 龍華はその様子を見て勝利を確信した。

 いくら第二位の彼とはいえ、目覚めた直後では能力もうまく扱えないだろうし、撃たれてしまっては意味がないだろう。

 

「ハハハハハハハハハハハハ!! やった、殺した! これで殺すべきは後一人だ!! 慶ちゃああああああああああああああああああん!!!!」

 

 垣根がきている患者服の襟首を掴みそう叫ぶ。

 ここまでやった甲斐があった。第四位と戦うリスクを犯した甲斐があった。

 今頃、天谷は木原数多に殺されている。厳密に言えば、彼がいじくった鈴科の手によって。

 だが本来、この計画はここで終わるはずだったのだ。

 七月二十八日の時点で練成と龍華が建てた計画はこの、『天谷慶が死ぬ』というところまでだった。

 そのキッカケになったのは『樹形図の設計者』が破壊された事によるもの。これを利用し、残骸を巡る抗争のどさくさで天谷が死ねばよかった。

 だが事情が変わった。

 垣根が意識を失った段階で、垣根も殺す事に龍華の計画は昇華したのだ。意識が戻っていたのは予想外だったが、結果は変わらなかった。

 木原病理も死に、二年前の事件の中心人物は後一人。

 天谷慶。

 そのはずだった。

 

「……?」

 

 龍華が違和感を感じたときにはもう遅い。

 垣根の傷口がじゅくじゅくと歪な水音をたてながら塞がっていく。

 気付けば、その傷は綺麗に閉じていた。

 

「……どういう事? 人体の再生までできるなんて……聞いてない!」

 

「そうか、なら今から思い知らせてやる。無限に殺される恐怖をなあ!」

 

 直後。

 白い世界が、龍華を飲み込んだ。

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