黒い翼。それは確かに大きな何かを含んでいる。それはわかる。
しかし一方通行自身すら理解できないものを一科学者が解析しきれるのだろうか?
普通に考えればあり得ない。
「……アレは、オマエなンざに理解できるモノじゃねェだろ」
「ああ、そうだろうな。お前がそう言うんだからそうなんだろう」
練成はその事実を呆気なく認めた。
そして同時に彼の表情にはわずかな自信も見て取れる。
俺達『木原』ならできる、と。
「……冗談じゃねェ。その過程で俺に何のリスクも発生しないはずがないだろォが」
「まあな。俺の計画なんて病理から見れば穴だらけ。木原数多なら爆笑するレベルだとは思う。……それくらいに俺は無能だよ。それは認める」
だけど、と練成は空に浮かぶ月を見上げながら言葉を続ける。
ほんの一瞬だけ、練成の瞳が光った事に一方通行は気付かない。
「……俺は妹を、龍華を救いたいんだ。ただそれだけなんだよ。……アイツは二年前の『あの時』から壊れちまった。確かに俺は関係ないし、悪くもないかもしれない。だけどな……それで俺がアイツを見捨てられる理由にはならなかった」
一方通行はその言葉に自嘲するような何かを感じ取る。
最初は疑いを持った。『木原』の一族である彼にそんな情緒があるのか、と。
だが、その疑いはすぐにほとんど拭い去られる。
彼は、泣いていた。
両頬を涙で濡らす彼は、もし一方通行が異性ならば一瞬で虜になる程綺麗で、触れただけで壊れるんじゃないかと思うほど脆いように見える。
「……なあ、お前ならわかるだろ? 世界で自分を理解してくれるたった一人の人間を失う事がどれくらい辛いか。お前なら想像できるだろ?」
思い浮かぶのは、あの幼い少女。
自分が殺してきた少女達よりもさらに幼い存在。
――――もし彼女が、打ち止めが死んだらどうなるのか
考えただけで背筋が凍る思いだ。
(……いつから俺はこンなヤツになったンだか)
思わず自分をバカにする。してしまってから気付く。
この思考回路は目の前の男そっくりじゃないか、と。
そしてその心を読むかのように木原練成はゆっくりと告げる。
「だから――――協力してくれるよな?」
――――――――――――――――
木原練成は幼いころから自分の考えを貫ける少年だった。
だから『木原』という異常な枠組みの中でもそれなりに常識を持った科学者として育っていく。
そんな彼に与えられた天賦の才は『原石』。正に天から授かった宝と言えた。
しかし、それが軋轢を生む。
天才、なんて評価をされる大抵の人間はそういうものに関わるだろう。練成にだってその程度の覚悟はあったし、それでも信念を曲げる気は全くなかった。
「大丈夫。兄きは正しいよ」
どんなに辛いことがあっても、妹のその一言で練成は立ち直れたのだ。
でも、それも『二年前』に終わった。
妹はそれをあまり深く語ろうとはしない。だから練成も深くは問いかけなかった。
あまり過保護すぎてはいけない。彼女にも彼女の世界がある。
だがそれが失敗。
「……兄きは甘すぎる。もっと徹底的に潰さないと」
妹はいつの間にか『木原』に染まっていた。
練成がどこかでブレーキ役になり続けなければ、彼女は本当に人を破滅させて自分もそうなるという最悪の結末を迎えていたかもしれない。
そして練成は決心した。
たとえどんなに傲慢だとしても、身の丈に合わないとしても。
全てを自分の思い通りにしてみせると。欲しいものは全て手に入れて見せると。
それこそが『木原』らしい思考だと気付かずに、彼は自分自身の罠に堕ちているとも知らずに。
――――――――――――――――
そもそも『二年前』に何があったのか一方通行は知らない。
その頃の彼は無目的に実験を行い、無目的に向かい来る敵を『反射』だけで倒していた。
しかし、その常識もいつの間にか崩れ去っている。
ある無能力者は能力の相性を持って『反射』破り、自分の下にいるはずの第二位も一方通行に理解できない力を振るった。
そして、今。
その理解できない何かを一方通行に教えようとする人間が現れた。
木原練成。
この誘いの裏には確かに思惑があるだろう。
だけど。
もしこの力を知る事で守れるものがあるなら。
一方通行はどんな危険な場所にだって飛びこめる。
「……聞かせろ」
「聞かせるって程のものでもねえよ。ここまでは俺の仮説に基づいて動いてるだけ。……そこのところを実証しようってだけだしな。……あー、面倒くせえ」
軽い調子で背伸びをし、練成は笑った。
やっと戦える。
やっと自分の一番大事な存在を救える、と。
誰が一番救われるべきかも理解せずに彼は前進する。二度と戻れない程、奥へと。