Another World If -Early Days- 作:山吹 色
……遠くの方で何かけたたましい音が聞こえる。
まどろみの中、不意に眠気が覚めて重く閉じた瞼をゆっくりと開ける。
水色と白色のチェック柄のカーテンの隙間から注ぐ、朝日が眩しくて1度開いた瞼を閉じかけて無理矢理こじ開け、枕の左側にある目覚まし時計へゆっくり手を伸ばす。
しかし、なかなか目覚まし時計に触れることが出来ず、やっとの事でアラームのスイッチを切ったのは約1分後のことだった。
(今……何時?)
不意にそう思い、上まぶたと下まぶたがくっつくかくっつかないかのわずかな隙間から、小さな手に握った目覚まし時計の針を見る。
現在の時刻は午前7時50分。
(……あれ?確かアラームの設定時刻は確か6時半だよね?)
しばらく寝慣れないベッドの上で考えること数秒。
これがスヌーズだと言うことにようやく気が付き、一旦、胸をなでおろす僕。
しかしそれはつかの間の話。
「え。ちょっと待って。7時50分って完全に寝坊したじゃん!!」
一気に現実に引き戻され、乱れた青と白の水玉模様のパジャマ姿のまま慌ててベッドから飛び出す。
僕は武藤龍輝。
まぁ、見た目は中学生に思われがちな、極度の人見知り&あがり症のしがない一般人だった男だ。
人は皆、僕みたいな小さくて可愛い男の子をショタと呼ぶらしい。
それがコンプレックスなのだが。
とにかくそれはおいておこう。
自己紹介なんてまっぴらごめんだからね。
そのままクローゼットから臙脂色のジャケットと白いワイシャツ、赤いネクタイとジャケットと同色のスラックスを取り出してバタバタと慌てて着替えを始める。
(何でこんな事になったんだろうな……)
思い起こせばだいたい1ヶ月ぐらい前。
1年以上も前に不慮の事故に遭い、奇跡的に一命を取り留めて入院中だった時のことだった。
予想だにしない出来事が起きたのだ。
半ば寝たきりだった僕の病室に担当の女医がいつものように診察に来て、とんでもないことを言ったのだ。
この女医、黒髪赤目の長身美人で手術の腕前は確かなのだが、口が悪い、態度がデカい、自分勝手な事でこの病院では有名らしい。
名前は……そういや聞いてなかったな。
「龍輝。お前、1ヶ月後に武偵高に転校しろ」
なんの前振りも、前兆も説明も無く単刀直入に女医は唐突に言い放った。
……武偵高。
数年前、急増する凶悪犯罪やテロ行為を撲滅する為に作られた職業で、それらは通称『武装探偵』と呼ばれている。
文字通り、『武装をする事』を国に認可された『探偵』なのだ。
そして武偵高とは、より優秀な武装探偵、つまり武偵を育成する唯一の育成機関なのだ。
だが、なんでも金で引き受ける、いわゆる“便利屋”として、世間一般的にその人達に向けられた眼差しはあまり良いものではない。
武偵高に入学する為には、付属する武偵中学で毎日血反吐を吐くような訓練を積み重ね、卒業した者しか入学する事が認められないのが通例。
それぐらい、世間一般の常識だよ。
強いて言うならそれだけ命を危険に晒す可能性が高い職業柄なのだ。
それを当時、まだリハビリもままならない半死人状態の僕にいきなり転校しろだなんて、あまりにも無茶苦茶過ぎる話。
訓練する以前に、剣やら銃やら使ったことも無い、挙句には喧嘩なんてしたことのないひ弱な僕ですよ?
「先生。あなたは僕に『1ヶ月後に死にいけ』とでも言ってるんですか?」
「まぁまぁ、そんな怖い顔すんなよ。心配するな。お前はそう簡単に死なん。何ならオレが太鼓判を押しても良いぞ?」
「先生……冗談が過ぎますよ」
「冗談?至ってオレは真面目だ。それに武偵高の連中にはもう話は通してある」
「は…?」
きりりと鋭い目尻を上げ、真顔で淡々と言う女医に聞いて唖然とする僕。
(本当に自分勝手な人だな……)
なんて心で愚痴るが口には出さない。
そんな勇気なんて微塵もないし、第一に寝たきりの僕が言える事でもない。
この自分勝手な人のおかげで、今、僕は生きながらえているのだから。
こんな人が命の恩人、というのもいささかいただけないが。
まぁ、文句は言える立場ではないのは間違い無い。
「ところで先生。なんで僕が武偵高に転校しなきゃいけないんですか?理由をちゃんと説明してくれないと納得出来ないです」
「決まってるだろ?もともとオレの仕事場が武偵病院だからだ。あと一応、これでもお前の保護者だからな。それに“あれのこと”もあるし」
「う……」
再び真顔で言う女医に、“あれのこと”と強調して言われてたじろぐ僕。
最近の武偵などは『未成年生活保護代理者』という、要は両親がいない未成年者に様々な条件付きで保護者を代理するという資格を持つ者が多くいる。
もし武偵でその資格を持つ場合は、『任務遂行中に何らかの理由で両親がいない未成年者を保護した時、保護した者の任意でその資格が適用される』という決まりがある。
任意でというので資格を適用しなかった場合は、もちろん児童施設に送られる。
この資格は武偵の他に、稀に医師や警察官などが持っている事もある。
まぁ、他にもいろいろ誓約や手当による国からの給付金があるらしい。
しかし、これが適用されるのは満20歳以上の資格取得者だけで、適用期間がその保護した未成年者の年齢が満15歳以上で、満18歳になるまでの3年間有効なんだそうだ。
多分、僕の場合は不慮の事故に遭って両親を亡くし、女医が未成年生活保護代理者の資格を持っている為、適用されることになったわけだ。
それはいい。
別にそれはいいんだ。
問題は女医が強調して言った『あれのこと』なのだ。
「ヒステリア・プロフェシー……あれは何度も言うがオレじゃどうにもならん。自分で制御するしかないのさ」
……ヒステリア・プロフェシー。
奇跡的に一命を取り留めた僕に、神から与えられた代償。
過去の記憶を失うだけじゃ飽き足らず、神さまは僕にとんでもない特殊能力をさずけたのだ。
この忌むべきチカラの発現条件は、僕が異性に対して性的な興奮を覚えた時に発現する。
まだ心も体も幼い純粋すぎる僕にとって、異性の下着や水着姿をちらっと見ただけでも刺激が強すぎていとも簡単にスイッチが入ってしまうのだ。
ヒステリア・プロフェシーの最大の特徴は様々な状況、変動変化、確率を脳内で瞬時に演算し、導き出したその答えをもとに“数秒先の未来を予測して垣間見る”こと。
そしてそれに伴って身体能力が急上昇、常軌を逸した動きが出来たりするようになる。
だが、メリットも大きい分、デメリットも大きい。
タチが悪いことに、1度スイッチが入ると半日以上もヒステリア・プロフェシーが続くことがあり、最大の欠点は“異性に対してすごく冷たい態度をとる”ということだ。
そのせいで入院中、たびたび異性を泣かせたりするので、なかなか友達が出来ずにいたのだ。
この忌むべきチカラの存在を知っているのはこの女医だけである。
バラされたくないし、これ以上誰かを傷付けて嫌われるのはイヤだ。
「分かりました……そこまで言うのなら武偵高に転校します」
「おー。さすがぁ。いやぁ理解が早くて助かるよ龍輝」
急に笑顔でそういう女医に、唇を尖らせる僕。
まぁとにかくリハビリを続けて、早く動ける様にならなきゃ。
そう思い1ヶ月頑張ってリハビリを終え、今日が初登校なのにもう遅刻なんてありえない。
昨日、転校の手続きをする為に武偵高に行き、渡された書類に書いてあった僕の所属する学科の名前。
それはなんと卒業率97%の悪名高き、あの『強襲科』だったのだ。
そのせいもあり、昨晩、恐怖と不安で寝れなかったのが今朝になって祟ったらしい。
……まさか寝坊してしまうとはね。
それもこれも全部、あの女医のせいだ。
ワイシャツの袖口に隠れる手、さらに上に来た灰色のセーターも手が隠れる始末。
急いで揃えた制服なのでサイズの合わない、ぶかぶかのスラックスをわたわたと履き、ベルトを締めてもゆるゆる。
初めて付ける拳銃をしまうためのショルダーホルダーとナイフホルダーに、戸惑いながらもなんとか付け終わり、後ろにあるテーブルに向き直る。
そこには1丁の拳銃と、1本の小剣が置いてある。
あの人からの入学祝いならぬ転校祝いだそうだ。
昨日、この男子寮宛に届いたらしい。
送り主の名前が書いてないので中を見ると小さな手紙が入っていたのでそれで分かった。
ゆっくりと刃が内側に反った不思議な小剣『ククリ刀』をその小さな手で握り、恐る恐る持ち上げてみる。
思ってたよりもずしりと重い。
目測でだいたい1キログラムぐらいかな。
(こ、こんなもん携帯してるのか!?武偵高の生徒は!?)
それをナイフホルダーに戸惑いながらもなんとかしまい、次に手にしたのは拳銃の方だった。
ステンレス製で脇に『S&W 40 shorty』と掘ってある。
意外と小ぶりだけど重いんだなこれ……。
そう思いながらエアガンのセフティーと同じ要領で慎重にセフティーを掛け、ゆっくりとショルダーホルダーにしまう。
……ぼ、暴発とかしないよね?これ?
おっかなびっくりの初体験を終え、その上に臙脂色の防弾ジャケットを着る。
一段落して壁に掛けてあるし時計の針を見ると午前8時を指している。
よし、ここからなら自転車で行けばなんとか間に合うはず。
慌てて部屋を飛び出し、玄関をくぐり抜けるとそのまま一気に駐輪場まで向かい、あの人から譲ってもらったマウンテンバイクにまたがる。
勢いよく駐輪場を飛び出すと、全速力で漕いで武偵高のある学園島へと向かった。
――僕はこの遅刻を後になって一生呪うことになる。
なぜなら、空からとんでもない少女が舞い降りて来るのだから。
……to be continued.