Another World If -Early Days- 作:山吹 色
ツンデレな怪物娘こと雑賀雅、小悪魔な妖術師の久音狐太郎、大和撫子な非常勤講師の白百合舞の個性的な3人が、僕こと小動物系男子・武藤龍輝の部屋に泊まるということが確定したそのあと。
リビングから交わされる三者三様の台詞を尻目に、まるで空気のように気配を消して自室へ篭った僕は知識不足を補う為、邪眼の魔女について情報を集める事にした。
彼女が本当に恐ろしいことだけ分かっていても、何も知らない無知な自分では上手く心の整理が出来ない。
それに僕を殺しに来る、ということは熾烈を極める戦闘になるのも目に見えて分かっている。
Sランクの武偵が2人、一応、僕を含めたら3人だがあえて除外して考えてみてもあの状態の彼女たちを見たら不安で仕方ない。
とにかく、少しでも自分たちが有利に進めることができるように務めるだけ。
あの時、あの瞬間みたいに何も出来ないままで終わるのは──まっぴらごめんだ。
そしてかれこれ数時間が経過した。
リビングが静かになった事にも気付かず、ずっとパソコンの前に張り付き、邪眼の魔女についてあらゆる方面から検索して調べては見たのだが──結果的に収穫は無かった。
「ふぅ……美堂蘭──通称『邪眼の魔女』か。裏社会で暗躍する最強の殺し屋。どんな状況でも狙われた者は確実に死を迎えるため、実際に目撃した者はほとんどいない。とある組織に所属しているという。今から数年前、警視庁の危険人物リストにS級犯罪者として認定され、彼を捕まえるために挑んだ各国の特殊部隊やAランク以上の武偵たちがことごとく壊滅。本当にバケモノだな」
僕よりも高い背もたれにもたれかかり、大きくため息を漏らす。
この情報もそうだが、皆口を揃えていう『邪眼』という異能は僕らが生まれる遥か昔から存在しているらしく、その原理を解明した者はいない。
目と目を合わせた者に幻影を魅せる──魔性の瞳。
古くから恐れられ、忌み嫌われ、疎まれてきた異能。
舞先生は簡単に説明したが、詳しく言えばこういうことらしい。
異能に綴られる幻影や幻視の類は術者が対象者に向かって意識の中に外界からは干渉できないような強力な結界を創り出す。
意識するということは脳の働きが関連するので、魔術的な手法で脳にそれを思い込ませる──強制的に記憶や意識に擦り込ませることによって現実と遜色ないリアルな悪夢を生み出す。
言い方を変えたら、催眠術のようなものに近いのだろう。
だが、それらと邪眼が決定的に違うのは、目と目を合わせるだけという最小限の手法と脳が意識するまでの早さ──幻影が発現するタイミングだ。
従来の催眠術なら術者が対象者に対して何かしら意識するための手法と導入するまでの時間が長い。
邪眼の場合、それらがないので現実から幻影に切り替わるタイミングが無いに等しい。
……それでは当然、常人の見分けられるはずもない。
未だかつて、今日に至るまで邪眼をかけられ、自力で解いた者がいないのはそういうことなのだ。
たかだか日本刀1本で立ち向かい、あまつさえ意識の中の結界をぶった斬れ──か。
そもそもそんなことが出来るやつがいたら、そいつこそ“本物のバケモノ”だろう。
しかし、そんな完全無敵な邪眼にもいくつかの制限がある。
使えるのは1日3回まで。
そして24時間以内に同じ相手にはかけることは出来ない。
それらの制限を超過すると術者は死に至る──と書いてあった。
「──そうは言っても、目と目を合わせてからいつ発現するか分からないんじゃ、何回使ったかなんて皆目見当もつかないよ」
僕はマウスを動かす右手を止め、諦めたようにどっぷりと机に突っ伏す。
作戦案は思いつくだけで2つある。
制限である3回まで邪眼を使わせ続けて封じるか、その見境のない意識の結界とやらを九字兼定でぶった斬るか。
前者は3回使わせ続ける以前に一瞬で勝負が着いてしまい、作戦とは言い難い。
後者はそもそも結界が見えないからわからない。
バトルの天才といわれているだけあって葛城教官が言ったような数で攻めても、返り討ちにされるのは見え据えている。
現に、とある国では彼女を捕まえるために、特殊部隊1000人以上総動員しても『邪眼を操り、兵士の頭に被ったヘルメットごと軽々と握り潰し、まるで悪鬼の如き強さを発揮した彼女の前に生き残った者は誰一人もいなかった』と資料には書いてあった。
「やっぱり勝てないのか……どう足掻いても」
今できるだけの情報を集め、整理したところで何も対策が思いつかなかったことに僕は絶望感を覚える。
「なに弱音吐いてんのよ!バッカじゃない!」
突然、背後で大声を出され、びっくりした拍子に僕は男とは思えない情けない悲鳴と共にバランスを崩して椅子から転げ落ちる。
び、びびびびっくりしたぁ……。
心臓が口から飛び出るかと思った。
ゆっくり振り返ると、そこには先程までいなかった雅が、可愛らしい犬歯を剥き出し仁王立ちしていた。
「ほんっっっとに情けない男ね……いい?今からあたしが世の中で1番嫌いな事を3つ言うから、耳穴かっぽじってよく聞きなさい!」
「……は、はぁ」
「1つ!やる前から諦めること!2つ!努力しないこと!3つ!自分自身を信じないこと!」
「……」
「その3つは無限にある人の可能性を……皆に平等に与えられ、誰しもが生まれ持っている力を否定してしまう世の中で1番嫌いなことだわ。もしも次あたしの前でそんなこと言ったらその瞬間、アンタのそのすっからかんな頭がなくなってると思いなさい!分かったかしら?」
唖然とへたり込む僕の前に彼女ははにかみながら屈み、その小さな指でコツンと僕の額をつつく。
初めは突然のことで何が何だか分からなかったが、今その意味がようやく理解できた。
これが彼女なりの励まし方なのだと。
人付き合いの苦手な彼女が、初めて送る精一杯の叱咤激励。
珍しいものが見れたおかげか、先程までの沈んだ気持ちが消え失せていく。
「いい目付きになってきたわね!さすがはあたしの
「これといって情報が皆無。どのデータベースもほとんど同じ事しか書いてないからお手上げだね」
「ふーん、ちょっと見せてみなさいよ」
「!?」
「失礼しまぁす……ふむふむ」
彼女は何食わぬ顔で椅子へ座り直した僕の膝の上に座り、カチカチとキーボードとマウスを操作する。
ちょうど僕の顔の前に彼女の後頭部が来るので、ディスプレイがいい具合に隠れてしまっている。
何をしてるのか気になり、ゆっくりと横から覗こうかと頭を動かしたら髪の毛から仄かに香る女の子特有のあの甘い匂い。
柔らかいお尻の感触が今、膝の上にある。
このままでは完全にヒスってしまうので慌てて頭を引く僕。
早く逃げ出したいのだが、雅が堂々と僕を椅子にしているので逃げ出せずにいる。
健全な男子諸君なら目から血が滴るほど嬉しい状況なのだろう、これは。
ヒステリア・プロフェシーという難病を抱えた僕にとってある種の耐え難い拷問でしかない。
早く退いてくれぇぇぇぇ!!
そんな心の声も虚しく、ただただ座られている。
「うーん、なかなかないわね……」
「そ、そのようだね」
「もういっそのこと、警察のデータベースにでもハッキング掛けてみようかしら?」
「ちょ、それだけはマジで勘弁してくださいよっ!?もしもバレたら捕まるのは僕ですからねっ!?」
「するわけないでしょ?冗談よ冗談」
こちらを振り向きながらニッと犬歯を見せて笑う彼女。
それを見て小さくため息を吐きながらやれやれと頭を振る僕。
あなたの冗談は冗談にまったく聞こえないんですが?
それはともかく、早く僕の膝の上から退いてくれませんかね。
もういろいろとやばいんです。
勘弁してください。
「
「……まぁ、これだけ調べたわけだし、行ったところで結果は見えてますけども」
「何言ってるの?考えるよりも先に行動!実行あるのみよ!」
「少しは考えて行動してください、少しは」
「うっさい!」
不貞腐れたように叫ぶ雅。
どうやら彼女は物事を熟考して選択肢を絞り、それに基づいて段取りを組んで動くというよりも、なりふり構わず思ったことは即実行に移すタイプらしい。
我慢強く耐え忍び、獲物の隙を突いて射殺す狙撃の達人──一撃必殺の射手。
曲がりなりにも狙撃科のエースとは呼ばれてはいるが、それとは真逆な性格だ。
こんな性格でよく狙撃科のエースなんて呼ばれるよな。
そういう風に思えてしまう。
だが、彼女の実力は本物だ。
性格やその他もろもろ、いろいろと問題があるだろうがド素人の僕が見ても解るほどに彼女の射撃の腕は確か。
同年代とは思えない、血のにじむ様な特訓をしてきたのだろうとさえ思えるほど、狙撃銃を握る彼女のか弱く小さな、それでいてどこか逞しげな背中がそう物語る。
遊ぶことやオシャレとか、今流行りの少女らしいことは全て捨て去り、その狙撃銃に全てを懸けた。
彼女を膝の上に乗せてその小さな背中を眺めながら、そんな思いに更けているとある疑問点が突然頭の中に浮上する。
──彼女は目撃者さえ居ないと言われるほど仕事を完璧にこなす残虐卑劣な暗殺者なのに、なぜあのタイミングで僕を生かしたのか?
彼女がその気ならば僕ら3人を相手にしたとしても、資料の通りの実力なら簡単に皆殺しに出来たはず。
あの時、彼女へ銃を突きつけた雅の先制にビビるようなタマには思えないし、それだったらなぜあんなにあっさり身を引いたんだ?
それに秋義も殺す気ならば、あの一撃で仕留めることだって出来た。
だが事実、重傷を負ってはいるが彼は生きている。
今回、その点がいくつか見た資料の記述とは矛盾している。
……なぜ生かした?
なぜ僕らをまとめて始末する、絶好の
そのことを何気無しに、膝の上に座る彼女に意見を求めてみた。
「……そうね。龍輝の言う通り今回の行動と調べた資料が矛盾しているわ。彼女が噂通りの凄腕の暗殺者なら、あたし達3人が集まっていて一網打尽に出来るこんなおいしい機会を逃すわけがないもの。もしもあたしだったらそうするわ」
「そうなんです。これは何か裏があるような気がするんですよ」
「裏ね……なるほど。あんたにしてはなかなか的を射た着眼点だわ」
「問題は『なぜこのタイミングで生かしたのか』なんですよ。それさえ分かれば彼女が何を考えているのか分かるような気がするんです」
「裏を返せば『いつでも殺せるから覚悟しておけ』みたいな精神的な攻撃なのかしらね?それか別の目的があるからそれが終わるまで泳がせてるだけか……ほんっとに分からないわ」
何故かうれしそうにそう言いながら膝の上からぴょんと飛び降りる彼女。
どうやら珍しく僕が彼女へ意見を求めた事が、何より相談された事がよほど嬉しかったようだ。
雅が言ったように僕らに対するプレッシャーをかける為の精神的攻撃か、はたまた彼女の別の目的を達成する為に生かして泳がせてるだけか。
……そもそも何の為に?
何にしろ、彼女の行動や思考に関する決定的な情報をつかめてない僕らにはこれ以上調べる手段がない。
結局、いろいろ考えるだけ考えて最終的にどん詰まり。
振り出しに戻っただけだった。
「……疲れた」
僕は小さく呟いて大きくため息を漏らす。
「そうね。これ以上考えても何もわからないわ。今日はゆっくり休みましょ」
「はい。相手が動くまで待って見るしか無いみたいですし。まぁ、彼女が動く前にこちらが先手を打てればいいんですけど」
「大丈夫。あんたなら出来るわ、きっと」
「あはは」
「みんなお風呂に入ったから後はあんたの番よ。さっさと行って来なさい」
どうやらそういうことらしいので、僕は着替えを手に更衣室へ向かう事にした。
──このあとまさか、あんなことになるなんて。
───────to be continued……