Another World If -Early Days- 作:山吹 色
慌てて男子寮から出て数分後。
普段では考えられない様なスピードでマウンテンバイクを漕ぎ、人が出来るだけ少ない道を選んで走った僕はようやく学園島へ入る手前まで来ていた。
現在の時刻は……午前8時15分。
制限時間は残り30分。
あと、500メートルぐらいはある学園島へ渡るこの橋を越えればギリギリ間に合うかもしれない。
ちなみにここからでも武偵高の校舎が小さくではあるが見える。
(近いっ……!!)
そう思い、素早くハンドルの右グリップを捻り、左グリップの奥にあるレバーに人差し指を掛けて最大まで手前に引く。
カチャカチャと音を立てながらマウンテンバイクのチェーンが動き、ギア比が変わり、ペダルがより一層重さを増す。
この36段変速マウンテンバイクの前後のギアともに最大の6にセットし、ラストスパートを掛けようとペダルを漕ぐ脚に力を入れる。
退院明けでこんなハードな事をするハメになるなんて思ってもいなかった。
多分、今の体力じゃ途中でバテるだろう。
目には見えていた、そうなるだろうって。
だが仕方が無い。
遅刻して誰かに迷惑をかけるのだけは勘弁して欲しい。
「ハァ……ハァ……」
橋が近づくにつれ、息が荒くなってくる。
(ちくしょう。情けないなぁ……これだけで息が荒くなるなんて)
内心、体力のない自分にそう毒づきながら棒になってしまいそうな脚に鞭を打ち、ひたすらペダルを漕ぐ。
ガシャガシャと、ひたすら漕ぎ続ける。
……そのときだった。
普通ならば声がしない場所から、あろうことか声が聞こえてくる。
『この自転車には爆弾が付いてやガリます』
サドルの下から聞こえてくる、片言で変な口調の女の子の声。
(ボーカロイド、だっけ?巷で人気の。確かそんなのだったと思う。とりあえずそれは置いといて、だ……)
その直後、ロボットを思わせるようなその声は、信じ難いとんでもないセリフを発した。
(……ば、爆弾!?)
信じられない気持ちでゆっくりと右手をサドルの下に潜り込ませると、そこには箱状の物が確かにあったのだ。
信じ難い出来事に生唾を呑む僕。
パニックになりそうなのを抑え、ゆっくりと深呼吸。
いや、パニックにならない方がおかしい。
仮にも武偵高の生徒とはいえ、僕はまだ一般人なんだから。
するとすぐにまたロボットの様な声が聞こえた。
『速度を落としても爆発シヤガリマス。ケータイなどで誰かに助けを求めても爆発シヤガリマス』
え、ちょっと待って下さいよ。
この状況で助けを求めてダメってどういう事だよ!?
しかし、自分なりに冷静に考えたら、誰の連絡先も知らないんだった。
だからどのみち、助けは呼べない。
(こういう時、ぼっちって辛たんだな……)
溜息をつきながら頭を垂れる僕。
とにかく助けは呼べないのなら、自力で脱出するか、誰も見てない場所で一人寂しく爆散するかの二択しかない。
(……まだ死にたくないよぉ!!)
心の中で絶叫する僕。
そんな一人寂しく爆散するなんて嫌だ。
僕は……なんとしても生きるっ!!
そう覚悟してペダルを踏み込んだ、そのときだった。
不意にただならぬ気配を感じ、ゆっくりと背中越しに背後を見る。
ウィーンという機械音と共に、何かが俺を追跡している。
あれは……セグウェイかな?
確か数年前に流行った乗り物だ。
よく見るとハンドル部に、何やらマシンガンのようなものが取り付けられている。
ギラリと黒く光る厳ついマズルフェイス、僕の背中に向けられた銃口。
狙ってる……のか……?
なるほどな……監視か。
無駄な事をしないように監視するためと、もし爆弾で仕留め損なったらこれで殺るためだろうな。
いくらなんでもそれくらいは察する。
いまだ一般人の僕に対してやりすぎじゃないですか?
停まっても、自転車を投げ捨てて逃げてもその先にあるのは死。
くそ、なかなか解決策が浮かばない。
(どうする?どうするどうするどうする……)
必死に漕ぎ続けながら考え続ける。
油断してスピードを落としてもアウト。
何かにぶつかって停まってもアウト。
だったらどうすれば俺は生き延びれる?
やっぱりズブの素人じゃ無理なのか……。
諦めかけて漕ぐのを止めようとしたその時だった。
過ぎ行くビル群の一角、高さ20メートル以上あるビルの屋上の、手すりの上に立つ人影が見えた。
赤茶髪のポニーテールを靡かせるその人影。
風に閃く臙脂色のプリーツスカート、襟が紅いブラウスに黒いネクタイ。
淡いピンク色のハイニーソに、黒いストラップシューズ。
背中には大きめのリュックサックと、テニスラケットぐらいの大きさの物を肩に担いでいる。
それが何なのか僕には分からない。
何だろう……物凄く嫌な予感がする。
こちらを見ていたのか、その人影は僕がそのビルに近づいてくるのを待っているようだった。
そして案の定、ビルの真下を僕が通過した時に事態は起きた。
ゆっくりとラケットみたいな物をまるでライフル銃を構える様に体勢を立て直し、手すりを思い切り踏み鳴らして真昼の青い空高々と舞い上がる。
ぐるんと一回転、綺麗にバック宙を決めると、勢いそのままにマウンテンバイクを漕ぐ僕の方へ自由落下を始めた。
20メートル以上あるビルの屋上から飛び降りるなんて、正気の沙汰じゃないよ。
ミニのミニなスカートをパタパタとビル風に靡かせながら、身体を微かに揺らして体勢を微調整し、しばらく自由落下を続け、みるみる地面に近づいてくる。
高度10メートルを切ったあたりで、彼女はその小さな身体に縛り付けたベルトみたいなものに付いたピンを引く。
バサッとリュックサックが大きく開き、武偵高の徽章がプリントされたパラシュートが姿を現す。
少しバランスを崩しながらも素早く体勢を整えると、テニスラケットぐらいの大きさの物を構える。
ギラリと真昼の太陽に煌めく、迷彩柄の攻撃的なマズルフェイス。
小さなその肢体には似合わない、それは大振りなライフル銃だったのだ。
(やっぱり、あれはライフル銃だったのか!?)
それに気付いた矢先、頭上から可愛いらしいが非常に攻撃的なセリフが降り注いだ。
「ちょっとぉそこのちび!!少しでも動いたら死ぬわよ!!死にたくなかったら絶対に動くな!!」
頭上で滞空しながら腹の中から力いっぱい叫ぶ彼女。
「む、無茶苦茶だ!!こっちはそうでなくても動いてなくちゃ爆散しちゃう!!
結局、死んじゃうよ!!」
矢も盾もいられず咄嗟にツッコミを入れてしまう僕。
そうであろう。
彼女は『止まれ』と命令しているんだから。
それに従って今、僕は足を止めてしまったらマウンテンバイクもろとも木っ端微塵になってしまうのだ。
それは明らかに致命的な矛盾だろう。
「この自転車には爆弾が仕掛けてあるんだ!!止まっても速度を落としても爆発する!!だから僕に構わずここから離脱しろ!!下手したら死ぬぞ!!」
犠牲者は少しでも減らした方がいい。
そう最善の判断を決し、腹の中から力いっぱい叫ぶ僕。
こんな理不尽な事に誰も巻き込みたくはない。
そう思ったからだ。
しかし、彼女はいっこうに退く気配がない。
迷彩柄のライフル銃のスコープを覗き、やたら銃口を上下に微調整している。
しかし、そんなことよりももっと気になることがある。
僕にとっては致命的な大、大、大問題なのだ。
本人はスコープを覗くのに夢中なのか、そのことに全く気付いてないだろう。
この際だ、はっきりいっておく。
彼女のミニのミニなスカートが、吹き抜ける風に扇ぎ扇がれて、大いにめくれ上がっている。
つまり、“両サイドに白い可愛らしいフリルの付いた真っ白なパンツ”が丸見えなのだ。
全国の健全な一般男子諸君は大いに喜ぶべきところなのだろう。
僕もあの可愛らしいパンツを、その目に焼き付けておきたいところだが、そうはいかない。
それは僕にとって“鬼門”なのだ。
偶然にもそれが視界に入った時にはもう手遅れだった。
身体の芯からフツフツと湧き上がる血流。
それが全身の毛細血管をたどって隅々まで行き渡り、僕の中に眠る獣である“あれ“を覚醒させてしまった。
予見の冷獣『ヒステリア・プロフェシー』を呼び覚ましてしまった。
ヒステリア・プロフェシーは口調や性格、一人称がガラリと変わってしまうのだ。
心の中では僕でも、発せられる一人称は『俺』になってしまう。
さらに景色や物、それに伴う数値が具体的に記され、まるでゲームのプレイ画面のように景色と数値が合成されて浮き上がる。
その数値を無意識のうちに高速で演算してありとあらゆる可能性を脳が導き出し、統合して予測した結果を僕に垣間見せる。
もちろん、人間としてのステータスであるスリーサイズや体重、身長、体脂肪率などの数値や無機物の名称だったり数値も見えたりする。
彼女のライフル銃『L115A3
ボルトアクション式とは、セミオートと違い、1発撃つ度に薬莢の排莢は手動でするしかなく、連射が利かないタイプのライフル銃の類いを指す。
中でも
イギリス軍が正式採用した最新鋭の狙撃銃でもある。
全長1250mm、総重量7200g。
射程距離を伸ばすためバレルを20mmぐらい延長させ、全体的に重しを入れる改造を施し、それでリコイルを殺しているのだろう。
パワーのない女の子らしい改造の仕方だな。
今の僕、ヒステリア・プロフェシー状態の僕はあれを“見ただけ”でその情報が脳に入ってくる。
あの体勢からでは確実に安定はしない。
今の風速、僕と彼女との距離、パラシュートの高度、場所や障害物などその他もろもろの条件を加えて演算し、見えた数秒先の未来で例え引き金を弾いて撃ったとしても、まず僕にはカスリもしないだろう。
もしも当たるとするなら、それこそ天文学的な確率になる。
はっきりいって彼女さえも今の僕を助ける事はできないのだ。
それこそ絶対的に、絶望的に。
「やめとけ!!そこからじゃ俺を助けるなんて“不可能”だ!!神様でもない限り俺を助けるなんて無茶なんだよ!!何も付き合う必要はねぇ!!だから今すぐ離れろ!!」
「何言ってんのよバカ!!私の辞書に不可能の文字は無いのよ!!それにあんたは必ず助けるわ!!武偵憲章第2条!!仲間を信じ、仲間を助けよ!!あんたも同じ武偵なら分かるでしょ!!だから信じなさい!!」
「分かるわけねぇ。つーかどんだけ自信あるんだよ……まぁ、俺に結果は“見えてる”んだけどな」
「グダグダ言ってないでさっさと漕ぎなさいよちび!!死にたいの!!」
「ちびなんて、パンツ丸見えのテメェだけに言われたくないわ」
真下を走る俺にそう指摘され、可愛らしい童顔を林檎のように真っ赤にして慌ててプリーツスカートを押さえ込む。
そしてこんな状況でギャーギャーギャーギャー喚き合う、子供みたいな喧嘩が始まってしまった。
……何してんだよ僕。
確かにさっき言った通り、僕の未来、結果は見えていた。
僕が助かる可能性として高いのを、あえて挙げるなら3つある。
1つ目は今から通る橋から上手いこと爆弾付きマウンテンバイクだけを海へ放り投げる。
次に、武装セグウェイを自力で破壊し、走ったままサドル下の爆弾を自力で解体すること。
最後の3つ目はマウンテンバイクと同じ高さの障害物にぶつかり、上手いこと爆風に巻き込まれつつ、死なない程度に吹っ飛ぶこと。
……それぐらいしかない。
どちらにしても助かったところで大怪我は免れないだろう。
そんなことを考えていると、もう橋へ差し掛かるところだった。
……もう選択の余地はないな。
高かったであろうこのマウンテンバイクを海へ投げ捨てる!!
もったいないが僕の命とは引き換えることはできない。
儚く散る地上の花火になるか、蜂の巣されるかの二択を選ぶのはごめんだ。
「おい中学生!!俺は今からこのマウンテンバイクを海へ投げ捨てる!!爆風に巻き込まれたくなけりゃ高度を上げろ!!」
「ち、中学生!?言わせておけば下着を見るだけじゃ飽き足らずまたアタシを侮辱する気?良いわ、辞世の句でも聞いておこうかしら!!」
「生憎、俺は閻魔大王に嫌われてるんでね。どのみち死ぬつもりはないし、だいたいにして辞世の句なんていう必要がねぇんだ」
「うー、あったまに来た!!そんなに鉛玉をご所望ならいくらでもくれてやるわよ!!」
「はっ、やめときな!!いくら神様が味方しでも俺には絶対に当たんねぇ!!」
嫌味タラタラにでかい声で叫ぶ僕に一歩も引かずに食いかかって来る彼女。
相変わらず性格の悪い最低の特殊能力だ。
すると怒り心頭の彼女は何の躊躇いもなく、LA115A3を僕の銃口を向けた。
ゆっくりと引き金に指を掛け、スコープ越しの僕に標準を合わせた。
まさか……撃つ気か?
「あと少し……もうちょっと。3、2、1!!」
ドゥウンッ!!
凄まじい轟音を轟かせ、マズルフラッシュが赤く散る。
リコイルでバランスを崩し、ふらふらと揺れる彼女。
あの射角、風速、数多の状況を含めた上でなおかつ不安定なパラシュートの上での狙撃では僕には当たらない。
……撃ち損だな。
「!?」
しかし、ここから予想もしないことが起きる。
……今、垣間見えた数秒先の未来。
ゆっくりと移りゆくスローモーションな景色の中、空を裂いて飛ぶ338ラプアマグナム弾はマウンテンバイクに乗る僕から反れて後方の武装セグウェイを貫通して大破させ、その直後にアスファルトを穿つ。
それから……だ。
アスファルトを穿った338ラプアマグナム弾はあろう事に前方へ跳ね返り、通り過ぎた僕のサドル下の爆弾の起爆装置を見事に撃ち抜いたのだ。
そもそも跳弾自体、見るのは初めてなのに、あの足場もない踏ん切りの利かない不安定なパラシュートにぶら下がった状態で、なおかつ狙撃するのでも至難の業のはず。
跳弾させるという誰も考え付かない無茶苦茶な方法で僕という人質がいる、サドル下に隠れた爆弾を撃ち抜いた。
それを垣間見た僕は唖然とする。
……名付けるならこれは
運が味方したのか、はたまた神様の意志なのか……。
とんでもない怪物少女だな。
感心するのもつかの間、乗っている僕もただでは済まなかった。
サドル下へ着弾した直後、跳弾とはいえどもあまりに強烈な衝撃が下から上へと襲い掛かり、後輪が浮き上がる逆ウィーリーみたいな状態になり、思い切りバランスを崩したのだ。
跳弾することすら予見出来ずにいた僕に、こんな事まで把握出来たのだろうか?
……答えはノーだ。
なので対処法を考えておらず、転倒しそうになりながらも何とか持ちこたえようとする。
もしこれで爆弾がちゃんと破壊されていなければ転倒した瞬間に花火になってしまう。
もちこたえろよ、お願いだから!!
その瞬間、僕の後ろから一迅の猛烈な突風が吹き抜けて行った。
今は何も障害物の無い、海風がよく通る橋の上だ。
ちょ、まさか……!?
僕の脳裏に最悪な光景が過ぎり、案の定それは起きてしまった。
「うわぁ、コントロールが利かないっ!?ちょ、ちょっとぉ!そこのドちび!避けなさいよ!」
「無茶言うな!てか、こっちに来んな!」
「それこそ無茶!早く避けなさいよ!」
「「あー、ぶつかるぅ!!」」
先程の狙撃のリコイルでバランスを崩し、更に突風で追い撃ちを掛けられて完全にコントロール不能に陥っていた彼女。
追い風に流され、みるみる高度は落ち、その下を一生懸命走っていた僕へ文字通り『追突』してしまった。
パラシュートに引かれ、僕にぶつかった彼女はそのまま咄嗟に僕にしがみつき、爆弾付きマウンテンバイクの拘束から引き剥がす。
速度が落ちたマウンテンバイクは、宣言通り轟音と共に木っ端微塵になった。
そして硬いアスファルトの上に2人とも勢い良く墜落し、爆風でパラシュートが引っ張られてもみくちゃになりながらも無様に引きずられて行ったのだった。
…………To be continued!!