Another World If -Early Days- 作:山吹 色
……あれから何時間経ったろうか?
微睡む意識の中、そう感じた時にはもう既に何時間か経っていた。
全身に妙な寒気と胸に何か詰まったような物を感じ、息苦しくてゆっくりと閉じていた瞼を開ける。
……どこまでも透き通る真っ青な空と燦々と降り注ぐ陽の光。
その中をさながら泳いでいるかのように飛ぶカモメの群れ。
ざざーん、ざざーんと時折、聞こえる波が打ち付ける音。
ゆっくりと辺りを見回すと、見渡す限りコンクリートの消波ブロックの山。
(此処は……?)
あまりにも脈絡のない展開に頭が付いてこない。
状況を整理するためにゆっくりと深呼吸して身体を起こそうとしたら、急に何かが食道を駆け上がり、まるで噴水のように口から盛大に吹き出した。
荒々しい塩気に満ちたその液体は、どうやら海水のようだった。
しばらくむせた後、胸のつっかえも取れたらしくすごくすっきりしている。
ゆっくりと身体を起こし、自分の身体を見下ろす。
……全身ずぶ濡れだった。
なるほどな。
その結論を導き出すのは容易だ。
確か僕はあのあと、訳のわからない女の子に衝突され、挙げ句に爆風に巻き込まれてパラシュートごと吹き飛ばされた。
案の定、僕達は橋から海へ落ちたんだろう。
……なんだ、簡単じゃないか。
さしずめ此処は天国か。
はたまた地獄か。
僕は……結局波に飲まれて気を失い、そして死んでしまったのだろう。
誰かから聞いた話によると天国か地獄に行く前は三途の川を通るらしいが、三途の川って川じゃなくて海なのか?
なんて疑問が不意に頭に浮かんでくる。
それじゃあ、あっちに見えるのは天国……じゃなくてなんで武偵高が見えるんだ?
待って待って。
此処は一体、どこなんだ?
「へっくち!!」
そんなことを思った時、背後の消波ブロックの陰からやたらと可愛らしいくしゃみが聞こえた。
おっかなびっくりしながら振り向く僕。
「……誰かいるの?」
「……」
「もしもーし?」
「に、にゃーん」
「……なんだ、ただの猫か」
可愛らしい猫の鳴き真似をする声の主に、僕は素っ気ない返事をして気づかない振りをする。
本能で危険を察知したのだ。
もしもあの彼女が僕と一緒に橋から海に落ちたと言うのなら、だいたいの想像はついている。
……透けているのだろう、ワイシャツやら何やらが。
それで可愛らしい下着が露わに。
だから僕が消波ブロックの陰を見に行ってしまったら最後、僕の中の冷徹な獣――プロフェシーがまた目覚めてしまう。
それどころか、再び海に落とされかねない。
今度こそ死ぬのはゴメンだ。
僕は自分の保身を優先し、何事もなかったように立ち上がり、辺りを見回してこの消波ブロックの山を越える道を探す。
濡れたこの防弾制服は実に重い。
それを着たまま、この消波ブロックの山をよじ登るのは苦労するだろう。
「ち、ちょっと!女の子1人を置いてけぼりにする気?」
再び背後の消波ブロックの陰から声がする。
ゆっくり振り向くと、陰から恥ずかしそうに小さな顔が覗いていた。
「な、なんだ……やっぱり居たんだね」
「や、やっぱりって気付いてたなら声掛けなさいよ!!お、女の子1人を置いてけぼりするなんてサイテーな男ね!!」
「声ならかけたけど?返事が動物の声だったから違うかなって」
「うー…///」
「出てきにくい事情があるんだね?大丈夫、代わりに戻って助けを呼んでくるよ。だから大人しく待ってて」
そういいながら微笑み、目の前に迫り出したブロックの角を掴んでありったけの力を込めて自分の身体を持ち上げると、反対側に足を掛けてブロックをよじ登る。
その僕の顔を見た彼女は、何故か気恥ずかしそうに顔を背ける。
そしてこんな無茶振りを言って来た。
「10分!!10分で戻ってきなさい!!じゃないと海にたたき落とすわよ!!」
「なんてそんな無茶振りを……」
「良いから早くしなさい!」
「ハイハイ」
そんな無茶振りに溜息を漏らしながら、ゆっくりと消波ブロックをよじ登って行く。
10分で戻れる分けないだろう。
リハビリ上がりの僕には辛すぎる。
ようやく頂上に着き、辺りを見回して愕然する。
そこは何も無い、まっさらな更地が広がっていた。
此処はどうやら武偵高の南東側に新たに作られた人工島だったのだ。
徒労に終わったと、座り込んで落胆する僕の上空を飛行する何かに気が付いた。
何だろう……?
じっと見つめ、観察するとどうやら僕の周りをぐるぐると旋回している。
一機ではない、三機ほど順繰りに飛び回っている。
上部にローターがあり、非常にコンパクトな造りの飛行メカ。
信号を模したのか、三機とも緑、赤、黄の三色に塗装されている。
見た事があるな……あれは確かドローンって言ったはず。
よくカメラを付けて空中から撮影したりする時などに使うやつ。
最近では軍事用の武装が施された無人ドローンとかいうのが世間で騒がれていたが、それよりは小型のようだ。
遠巻きによく見てみると、下部に何やら銃口らしきものが見えた。
僕はその光景に目をうたがった。
(畜生っ!!武装セグウェイの次は武装ドローンかよ!!)
空を劈く銃声が響き渡ると同時に、僕は間一髪で回避行動を取って弾丸を避けると、なすがままにそのまま立っていた堤防から更地の方へ転げ落ちる。
態勢を立て直しながら咄嗟にショルダーホルスターに納めた拳銃『S&W 40 shorty』に手をかけるが、ふと思いとどまる。
(拳銃……そういや一回も使ったことないんだよな僕)
実戦経験がないという不安と、撃っていいのかという躊躇いが、僕の思考を鈍らせた。
その一瞬、動きが止まったのを見計らってか低空で飛行していた三機のドローンが僕の周りを囲み、一斉に銃口を向けた。
(しまったっ!?)
ドローンの下部に付けられた銃の引き金が、内蔵された機械仕掛けの歯車によってゆっくり引かれようとしている。
それが今の緊迫した状況の中、僕にはすごく遅い、スローモーションの中にいるように目に写った。
この感覚……まさかヒステリア・プロフェシー!?
スローモーションの中、銃口の上にぼんやりと浮かび上がる数値、銃弾が発射されてから自分に到達するであろう時間、各ドローンと自分との距離などが一気に頭の中で計算され、ある答えを導き出す。
頭の中にはもうその
どうやら未だにごくわずかに甘く掛かっていたらしい。
僕の中にいる冷徹な獣はまだ目を覚ましたままだったのだ。
もう考えている暇はない。
仕方ないんだ、一か八かでやるしかない。
そう言い聞かせて右手をショルダーホルスターからククリ刀の方に移動させ、逆手に持ち替えて瞬く間に抜き放つ。
――ブワァッ!!
動いた速度と衣服が空気と擦れたことによる摩擦で、濡れた制服に摩擦熱が帯び、一気に蒸発して白い煙のようになった蒸気が僕を覆った。
その場で飛んできた弾丸の弾道を、まるで見えているような手捌きで遮るように大きく一回転する。
――ギンッギンッギンッ!!
大きな金属音を響かせ、三方向から迫る弾丸が自分に到達する時間まで調整し、ほぼ同時に全て斬り落としたのだ。
回転した勢いで身体をバネのようにしならせながら右手に握るククリ刀を、滞空するドローン一機目掛けて投擲する。
滑らかに放たれたククリ刀は勢いよく回転しながら黄色のドローンに向かって飛んでいく。
その間、左手でショルダーホルスターから40 shortyを素早く抜き取り、投擲したククリ刀の側面を狙って
力がない僕は逆に
回転するククリ刀の刃の側面に見事着弾した弾丸は、火花を散らして弾き返り、反対側にいた赤色のドローン、そしてその隣にいた緑色のドローンのローターを的確にぶち抜いたのだった。
黄色のドローンはククリ刀が本体のど真ん中に深々と突き刺さり、三機揃って墜落して来た。
よろよろと力無くその場に座り込み、僕は左手に握る拳銃を見る。
(撃ったんだ……あの瞬間に……僕が倒したんだ……これを)
まだ制服と空気抵抗の摩擦熱で蒸発した水分が、僕の体から立ち上っている。
僕は言いようのない虚無感と脱力感に襲われる。
戦闘中の極限状態、生きるか死ぬかの生死の駆け引き。
一生、感じる事は無いと思っていた。
初めて感じた戦闘中の臨場感に酷く動揺する。
あれがドローンじゃなかったら……もしも人間だったらと考えると、ゾッとしてしまう。
握る拳銃は恐怖と不安から来る震えにカチカチと音を立てていた。
「何よ……何だったのさっきのはっ!?」
ドローンの放った銃声に驚き、身体中泥まみれになってブロックを慌てて上がって来た彼女は目を丸くし、力無く座り込む僕に問う。
その手には、あのライフル銃を握っていた。
おそらく彼女はブロックの影からあのライフル銃でドローンを狙撃しようとした所、スコープに一瞬でドローンを壊滅させた僕の姿が写ったのだろう。
彼女は一部始終、見ていたのだ。
……正直、見られたくなかった。
ただ単純に、怖がられるだろうと思ったからだ。
「……ごめん。僕にも正直わからないんだ」
「へぇー。初めてあんな戦い方を見たわ。あんた一体何者なの?ただのインターンじゃないわよね?」
「うん。武藤龍輝。
「え……なんだ同い年じゃないの。……ってちょっと待って、もしかして一般校からの転校生ってこと!?しかも
「は、はいっ」
ガンガン質問してくる気迫に満ちた彼女に気圧され、ビクビクしながら小声で話す僕。
それを聞いた彼女は何か考えるような素振りをしながら僕をじろじろ見る。
そういう僕は彼女を見ることが出来ず、視線を別な方に反らしていた。
なぜなら見えるからだ。
透けたブラウスから、露わになった彼女の下着が。
せっかく落ち着いたプロフェシーがまた目を覚ましてしまう。
すると華のJKには似合わない、黒電話の呼び出し音が響き渡り、彼女は慌ててスマホをポケットから取り出して通話ボタンを押し、耳に当てる。
あ、そうだ。
僕のスマホ、大丈夫だろうか。
慌ててポケットの中に手を突っ込み、スマホを取り出す。
嗚呼、びしょびしょだ。
今、起動したらもう使えなくなるだろうからゆっくりとポケットに戻す僕。
乾かせば何とかなる……はず。
話は終わったのか、彼女はスマホを戻しながらこっちに向き直る。
「もう安心しなさい。先生が迎えに来るそうよ。あ、自己紹介がまだだったわね。あたしは
「は、はい。コチラこそ」
「……?何よ?目をそらして。話す時ぐらいこっち向きなさいよ」
「無理です……見たら僕、死んじゃいます」
は?と言ったような表情で僕を睨みつける雅。
僕はおっかなびっくりしながら、ゆっくりと彼女の制服を指差す。
それにつられて雅はゆっくりと自分の透け透けになったブラウスを見下ろし、一瞬で顔を真っ赤にして胸を両手で隠す。
咄嗟に僕は彼女から距離を取り、後ろに回れ右。
見てないことを全力でアピールする。
だってホントに見てないですからね僕。
「龍輝。見たでしょ?///」
「見てません!!神に誓って!!」
「嘘よ!絶対に見た!」
「見てませんてっ!!」
「この変態っ!!龍輝みたいな変態には鉄拳制裁っ!!」
……ドカッ!!
問答無用、とはまさにこの事だ。
彼女に背を向けて無防備な僕の脳天に凄まじい衝撃が走る。
――飛び踵落とし。
僕よりも若干背の低い彼女だが、勢いよくジャンプし、足を上げて僕の脳天に打ち込んだのだろう。
鉄拳制裁、いや、鉄脚制裁の間違いでは?
なんてツッコミながら電源の切れたパソコンの如く、フェードアウトしていく意識に全てを任せたのだった。
僕が目覚めた時、この一連の事件が夢オチであることを心から祈ってます。
そんなわけないよね?
――to be continued!!