Another World If -Early Days- 作:山吹 色
その後、僕は天野秋義、真田虎政の2人とまるで久方ぶりに再開した旧友のように、仲睦まじく帰りを共にした。
人見知りの僕があそこまで打ち解けて仲良くするなんて、自分でも驚いている。
その直後、入居する部屋が足りないという学校側の通知を受け、僕は仮住まいだった武偵高男子寮の一人部屋から急遽、男子寮別棟の五人部屋に移動する事になった。
まぁ、荷物もあまり無いので移動には手間は掛からなかった。
一人部屋だったのに、最近、空いたという五人部屋に移動した。
部屋は建物の西側にあり、日当たりの良い。
そしてリビングから街の中を一望出来る。
今、ちょうど日が落ちたので夜景が素晴らしい。
こんな最高の立地の部屋に一人で住むなんて思いもしなかった。
一通り、荷物を片付けてリビングにあったふかふかのソファーで横になり、今日拾ったあのバタフライナイフを眺めながらのんびりと寛いでいた。
どうやったらこんな綺麗で艶やかな色合いのナイフが作れるんだろ?
虎政に聞いてみたら良かったかな?
なんて思いながら、スマホのディスプレイのデジタル時計を覗く。
現在時刻は18時23分。
そして何気なくテレビで流れているニュースを見ていると……。
――ピンホーン!
突然、部屋のインターフォンが鳴った。
誰だろうと不思議に思い、慌ててバタフライナイフを仕舞いつつ「はーい」と返事をしてパタパタと小走りで玄関へ向かう。
普通にドアを開けると、そこには赤茶色のツインテールが目印の雑賀 雅が腕を組んで仁王立ちしていた。
肩にはあの狙撃銃『L115A1 AWM』を専用の可愛らしいピンク色のケースに入れて担ぎ、左手にはなにやらマスコットがいっぱい付いた赤いスーツケースを持っていた。
あまりに堂々すぎる登場の仕方なので、さすがに呆気に取られて無言で立ち尽くす僕。
「今日、1日どこにいたのよ?」
「医務室で1日寝てて、その後、先生に校内を案内してもらってたんですけど……どうしたんですか?こんな時間に?」
「あっそう。まぁいいわ。上がるわよ」
「ちょ、ちょっと待ってっ!!あっ!!」
「お邪魔します」
半ば強制的に玄関へ侵入すると、慌てて制止する僕の脇をするりと抜け、何食わぬ顔で廊下を抜けてリビングへ自分の荷物を運ぶ雅。
状況が読めない僕は、ため息混じりにリビングに戻る。
「雅さんっ!?此処は男子寮ですよっ!?こんな時間に訪ねられてもみんなに怪しまれますっ!!」
「うっさいわね。そんなこと分かってるわ。それに今日会った時にタメでいいって言ったでしょ。分からず屋はこれだからダメね」
「……とにかく、ここに来たって事は何かあるんでしょう?用件は何ですか?」
「……ふふふ。ずいぶん察しがいいじゃないの。そうね。あんたに大事な話をしに来たわ」
「大事な話を?僕に?」
L字型のソファーを陣取って座り、今にも中が見えそうなミニスカから伸びるか細い足を巧みに組み、不敵に口元を緩ませ、にまりとまるで小悪魔のような意地悪めいた笑みを浮かべ、そういった雅。
彼女が何を考えているか分からない僕は、混乱しながらも身体はその意志に反して身構えていた。
またしてもにまりと不敵に笑い、立ち上がってソファーの上に上がり、僕を見下ろすような態勢を取ると……。
『強襲科2年・武藤龍輝っ!!あんたは今からあたしの舎弟になりなさいっ!!』
と、犯人はお前だみたいに人差し指をこちらに向け、声高らかに宣言した。
また意味のわからない、突飛なことを言うので再び呆気に取られ、空いた口が塞がらない僕。
舎弟……?
なんで僕が、この威張り腐った凶暴ロリの使いっぱしりにならなきゃいけないんだ?
しかも会ったことがあるとはいえ、曲がりなりにも同じ学校の同級生にだぞ?
……ありえんだろうがよ。
さて、何て断ろうか。
「悪いけど僕は雅の使いっぱしりになる気は毛頭ないです。大変失礼ですが、どうぞお引き取りください」
「な……なんでよっ!?」
丁寧に断ったはずなのに何故か逆ギレされたっ!?
即答される内容が彼女の頭の中では違ったらしい。
「んじゃあえて言おうか雅。僕は今日、武偵高に転校して来たばかりで校則とか何も知らない。だからいきなり舎弟になれとか言われても無理なの」
「なら、交換条件よっ!!あたしがあんたに武偵高の事をいろいろ教えたりするわ!!その代わり、あんたがあたしの舎弟になるの!!どうよ?」
「却下です。それは先生に聞いたりすれば解決する。それとこれとじゃ互いの交換条件に釣り合わないので」
「う、うーんと、ならもう一つ交換条件追加!!一緒に練習したり、特訓したりするから!!だからあたしの舎弟になりなさいってば!!」
「却下です」
半ば逆ギレしながらそういう雅に、冷静な対応をする僕。
女の子の使いっぱしりなんて嫌に決まってる。
男ならなおさらだ。
僕にも男のプライドってものがある。
仮になったとしても、僕にはヒステリア・プロフェシーと言う名のこの世の女の子全員を敵にしてしまうぐらいの核爆弾を抱えているんだ。
だから女の子と関わり合うなんて僕にとって鬼門でしかないんだよ。
メリットなんて何にもない。
あるのはプロフェシーを使って女の子を酷く傷付けてしまうと言うことだけ。
なんてこんなこと、彼女に言っても仕方ないのは自分で分かっている。
だから断るしかないんだ。
「悪いけど今日は帰ってください。僕は君の舎弟には絶対になりません」
「……っ。あたしに付いて来るぐらいの実力を持つ奴なんてそうそういないの!!今までだって全部無理だった。それが今日、ようやく見つかったのよ!」
「良かったじゃないですか。何ならその人に頼めばいいじゃないんです?」
「それがあんたよ!武藤龍輝!!」
「……アハハハ、それは明らかに勘違いですね。僕にはそのような実力はありません。何せ今日が初めての実戦のようなものですからね」
ぎりぎりと奥歯を噛み締め、僕の方をその可愛らしいつり目をさらに釣り上げて睨む雅。
内心、すごくビビりながらも凛としたその態度を崩さない僕。
そうさ、今の僕では彼女についていけるような実力や実績は皆無に等しい。
ましてや年下である一年生のレベルにも満たないのは無論承知している。
だが、彼女が見たと言っている武藤龍輝は、プロフェシー状態の僕を意味しているのだろう。
三方向から放たれた弾丸を斬り払い、遠隔操作していた武装ドローン三機を瞬く間に破壊した僕。
あれは異性に対する性的興奮が引き金になって発動する、ゲームで言うならいわば
そりゃあ、強いと思われても仕方ないが、実はこの地点で僕の彼女に対する反論は詰んでいた。
彼女が言う僕も、今の姿の僕も紛れもない事実だからだ。
ここで彼女に論破されたらいやがおうでも、僕は舎弟にされてしまう。
落ち着いて考えよう僕、まだ逃げ道はあるはずだ。
「何か気に食わない理由でもあるのっ!?」
「何故、僕なのか知りたいという理由があります」
「いいわ。答えてあげる。“あの時”のあんたはあたしが知っている数多くの武偵の中で類を見ないほど強かった。あんな戦い方をしたのはあんただけよ。これなら“あの人”を助けられる!他に理由はないわ」
「あ〜……あの時はたまたまで今は違います。君の思うほど僕の実力はないんですよ。今はね」
「今は?あの時みたいに戦えるのは何か条件があるっていうの?ねぇ、教えなさいよ!」
ずいずいとその人形みたいな可愛らしい顔を近付けて来る雅に、それに合わせてずるずると後退する僕。
しまった……墓穴を掘っちまった。
あまりにキツく問い詰められてつい口を滑らせてしまった。
言うまでもなくここからどうやっていいわけするかまったく考えてない。
そのままずるずると後ろに下がり続け、とうとう僕は壁際に追い込まれてしまう。
そして……どんっ。
唐突に右手を壁に当て、さらに顔を近付けて来る雅。
さすがのビビりな僕はびっくりして壁を背に座り込んでしまう。
……はて?
このシチュエーション、どこかで見た事があるな。
言いようのない威圧感に困惑する中、ふと思い出してしまう。
壁ドンの男女逆転バージョン!?
逆壁ドンかっ!?
「早く教えなさいよ?出来るならあたしも『手伝って』あげるから!その条件を教えなさいよ!」
それを聞いて僕は合わせていた目を咄嗟に反らしてしまう。
そりゃあ、僕からしてみれば爆弾発言だ雅さん。
つまりは僕を性的に興奮させるという意味だぞ。
でもさすがにそこまでは言えない。
言えるはずがない。
逆壁ドンされてただでさえ恥ずかしいのに、さらに恥ずかしいことなんて言えない。
つーか言うつもりはない。
だが、この相手はなかなか折れなさそうだ。
「なんか言いなさいよ……」
「んじゃ一つ提案がある、あります」
「……提案?良いわ。言ってみなさい」
「僕と勝負して、役立たずだって証明すれば舎弟の話は無しって提案はどうでしょう?」
「……つまりあたしに勝って役立たずだって証明できなければあたしの舎弟になるってこと?」
「う、うん」
こくこく頷く僕を見て少し考える仕草をする雅。
……な、何言ってんだ僕は。
確実に『フルボッコだどん!』じゃないか。
今朝だって加減無しの飛び踵落としを食らったのに。
咄嗟に自分の口から出た言葉に後悔する。
でも良いんだ。
これで負けてしまえば彼女にそれ以降付き纏われる心配はないはず。
もしも彼女に勝てるとするならば、それは僕がプロフェシー状態にならない限り有り得ない。
完全な負け戦だ。
男のプライドが危うい気がするが、腹を背には変えられない。
しかも帰りの道中、秋義達からちらっと聞いた話だと、雑賀 雅はインターンの頃から狙撃科でトップに居座り続けていると言う伝説の
武偵としての実力を表す『ランク』とやらが武偵高に数人しかいないと言われる最高レベルの『S』らしい。
それは1個中隊と同等の戦闘力を有すると虎政が言っていた。
つまり、一人で1個中隊を退ける戦闘力があると言うことだ。
ましてや武偵なりたてのひよっこがこんな怪物娘に勝てるはずがない。
「面白い事を考えるわね!良いわ。その提案、乗ってあげる」
「良かった……」
「ただし!言ったからにはお互い全力で戦う事!手を抜いたとみなしたら反則として強制的に舎弟にするからね!覚悟しておきなさい!」
「……分かりました。僕も言ったからには全力で挑みます」
「それで勝負の内容は?タイマン?」
え……?
しまった、勝負とは言ったものの内容を考えていなかった!
どうしようどうしようどうしよう。
「……タ、タイムトライアルなんてどうでしょう?」
「タイムトライアル?」
「う、うん。つまり、どれだけ先に早くクエストをクリアできるかってことだよ。クエストの内容やパーティーのメンバーは一切問わず、どちらか先にクリアした方が勝ち」
「あぁ。それ良いわね。単純明快だわ」
「よし。それで異存はないよね?勝負はえーと3日後の自由履修の時で」
納得したように頷き、ふたたびソファーの元の場所に戻って座る雅を見て胸をなでおろす僕。
これでフルボッコから逃れられる。
あとは今の状態の僕で全力で勝負して負けるだけだ。
「用事は済みました。さて、お引き取りねが」
「ちょっと何言ってるのよ。あんたが舎弟になるまで泊まって行くに決まってるでしょ」
「……え?」
「舎弟になる人物と共同生活して絆を深めるの!そうしないといざって時に上手く連携が取れないでしょ!まぁ、あたしはずっと
「……あの、どういう意味ですか?」
あまりにびっくりしたのでもう一度聞き返してしまった僕。
泊まるって、ここ男子寮なんですけど!?
男子寮に男女2人共同生活とか、バレたら追い出されるよ!?
あ、そうか。
あのスーツケースはお泊りセットだったのか!
「そ、それはいくら何でもまずいんじゃ」
「これはあたしが決めた事よ。口出ししないで」
「いや、ここは僕の部屋なんですけど」
「何か文句でもあるの?」
「……いえ。何でもありません」
あの威圧感にさらに殺気が交じる雅。
途中まで言いかけたが、これ以上言って機嫌を損ねさせたら殺されると察して言うのをやめる僕。
可愛いのか、怖いのか分からない人だなこの子は。
はぁ……反論すら出来ないなんて情けない。
そう思いながら雅と距離を置いてソファーの端っこにこじんまりと座る。
そんな僕を横目で見て、ふと雅は思い出したように聞いてくる。
「ねぇ?そういえば夕飯は?」
「実はまだ食べてないから、今から作ります……」
「え?あんた、まさか料理できるの?」
「それなりにはできます。馬鹿にしないでいただきたい」
「へえー。じゃあさ、デザートにあたしへおっきなシュー・ア・ラ・クレム作って」
シュー・ア・ラ・クレム?
聞いたことがない言葉だな。
どこの国の言葉で一体何の食べ物だろう?
「あの、シュー・ア・ラ・クレムって何の食べ物ですか?」
「だから
「……シュークリームですか」
「そんな間の抜けた顔で見ないで!フランス帰りの帰国子女だから仕方ないでしょ!そんな間の抜けた顔で見られるとアホが
「アホは
流暢なフランス語と日本語が混ざり、まるで某有名人のフランス語バージョンみたいな喋り方になっていた雅を見て笑いが込み上げて来るが抑えろ。
死にたくなかったら、抑えるんだ僕。
そう自分に言い聞かせながらソファーから立ち、水玉模様のエプロンをしてキッチンへ向かう。
今日は焼きそばとコンソメスープ、注文に預かった
そう思いながらキッチンに立つ僕。
その姿を面白そうに見つめる雅。
これが僕と雅のちょっとわけのわからない奇妙な共同生活の始まりだった。
――to be continued!!