刀憑きの青年   作:桐竹一葉

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誠に申し訳御座いません。リメイク版です。山田です。

タイトルを変更したのは東方呪兇刃ではこの作品の雰囲気よりも、暗く感じてしまう為です。
今作では、それ程殺伐とした雰囲気にはなりません。少しばかり暗い部分は出てきますが。

前作のような、「呪い刀持ってるのに何故か人里へ行く」などといった物語上でおかしいと思う箇所などを修正した結果、完全に別ルートの代物へ変化してしまいました。御了承ください。


始動

八月中旬の生温い風が吹き、蝉の鳴く声と木々のざわめきばかりが辺りを包む。それ以外にするのは、金属のぶつかり合う音に、地面を擦り歩く音のみ。

周りは木に囲まれており、道という道は、何ら整備されていない長い一本道が続いているだけ。

其処はかなりの距離街から離れた場所に在り、交通の便など皆無に等しく、現代人が住まうには少々難しい場所だった。

 

其処には、塀に囲われた巨大な屋敷が建てられている。ある青年は、その屋敷の傍に建てられた、それなりに大きさのある物置小屋を整理していた。其処は青年の、死んだ祖父の蔵であった。(かび)臭く、外は陽光が嫌という程照り付けて明るいというのに、内部は薄暗い。こんな熱暑に包まれながらの臭い遺品整理など、誰しも気乗りしないというものだろう。

 

しかし、彼はある一寸とした理由から、それを何ら嫌がる素振りも見せず、テキパキと、一所懸命に整理していた。吹けば飛んでしまう、そんな表現をするのも吝かではない、か細いシルエットの華奢な身体付きである青年は、しかしながら中々の膂力があるようだ。一目見ただけで重いと分かる、法術にでも使うかのような胡散臭い金属器の大量に入った分厚い木箱を、涼しい顔をして持ち上げている。

 

それらを軽く掻き分け、状態の良い物はないかと物色している。祖父の遺品を売買目的で漁っているかのように見えるが、彼はただ祖父の生きた証、或いは祖父の存在を身近に感じていたいが為に持ち帰るのであって、断じて売り払うつもりなどない。その証拠に、彼は高価そうな金属器など目もくれず、落とせる程度に錆び付いた、鈍い光を放つ小さな金物だけを選別している。

すると中に良い物があったようで、木箱の底から、光輝を放つ金属器を取り出した。それを木箱の中から引き摺り出し、愛車たるセダンをベースにした白いクーペの中に置いた、大きめのバッグに詰める。

 

何故荷運びという車体のサイズを要求される事に、態々(わざわざ)スペースの狭いクーペを選んだか。それは、彼が元々、一人用として使う為に買った車だからであり、決してその作業の為に好き好んで選んだ訳ではない。その容姿から見る限り、青年は余り活発な印象を受けないが、取れる歳になると即座に免許を取得した辺り、穏やかそうな見た目とは違い、実効性がある事が窺える。尤も、少なからず嗜好(しこう)の影響であるとも言えるのだが。

 

「そんな嵩張(かさば)らないし、入り切らないのっていうのは杞憂だったかな」

 

満足げにそう呟き、また作業に取り掛かる。

改めて見ると、早い時間からやり始めていただけあり、既に半分以上は整理され、当初よりもずっと

汚らしさは薄れていた。時折影から赤みがかった蜚蠊(ごきぶり)薄汚れた鼠等も出ては来るが、少年はそんな物を気にすることなく作業を進める。溜まりに溜まった砂埃(すなぼこり)等を箒で振り払い、段ボールに埃のかぶったガラクタを、稀に興味を惹かれる物や持ち帰るのに適した物があれば別の箱へ詰め、その箱を車に積み込む。蔵内部は綺麗とは言えない状態だったのだが、何故か物の保存状態は良好だったのは幸運だった。音を上げる事もなく、只管に青年は蔵を掃除し、整理していく。

 

 

 

 

 

 

「こんな所か」

 

吐息混じりにそう呟いて、汗の滲んだ額をタオルで拭った。見ればその蔵は、最初のガラクタばかりが(ちりば)められた惨状とは打って変わって、高く積み上げられたダンボールのみの、引越したばかりの新居さながらだ。その違いを見るに、少年の努力と根気が窺える。しかしながら、その結晶たる眼前の光景を見て、彼は満足げな顔など一切していない。ただ、ニヒルとも感じられるような悲しげな表情をして、呟いた。

 

 

「……これで良いよね、爺ちゃん」

 

数秒の間、蔵には本来の静寂が戻る。が、それも僅かな時間で、青年はその言葉を最後に、振り返って外へと歩き出した。改めて身体を動かすと、身体中から小気味良い骨の鳴る音が鳴る。これが何故だか、重労働を終えたという彼の達成感を不思議と大きくさせる。そして、疲労で動きの鈍った足を動かし、ゆっくりと蔵の外へ向かった。

 

「それじゃあ……もう帰るね」

 

 

 

 

ーーだが、そう何気なく言い放った彼の独り言は、叶わぬ願いとなる。

 

 

 

 

 

ーー否、よもや彼に帰る場所など、其の時を以て既に喪失していた。

 

 

 

 

 

ーーそれは運命の悪戯か、神の気紛れか、悪魔の訴えか、怪異の前兆か。

 

 

 

 

 

ーーはたまた、強き人の感情が顕現せし異変か。

 

 

 

 

 

そうして蔵の扉を閉じて、身体の節々から骨を鳴らしながら帰り支度をしようとした矢先のこと。

 

「っわ!な、何?」

 

ガコン、と、中身のある硬い入れ物が勢い良く落下したような音が、広さのある蔵の中に木霊し、その音は外にまで聞こえる程のものだった。一瞬、積み上げた段ボールが崩れてしまったかと辟易するが、直ぐにそうではない事を察する。積み上げた物などダンボールしかない蔵でしたその音の違和感に、既に少年は気付いていた。何故なら、幾ら重い物を入れようと、段ボールは落下した所で斯様な音はする筈が無い。増して、積み上げられたダンボールが崩れ去った音ならば、今の様に一度きりではなく、他のものも連鎖して音が立つ筈なのだ。

 

夏場の朝方だと言うのに、青年の心に少しばかり不安が募った。まさか霊障か何かでは、と小心者の少年は、思わず中に入り、確認する事を躊躇(ためら)ってしまう。だが、彼は好奇心旺盛でもあった。数十秒程突入を渋っていた彼も、遂には決心を固めた。確かな足取りで扉の前の立つと、僅かに間を空けたが、決心をして勢い良くその扉を開け放つ。

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

しかし、そこにあったものは、幽霊でもダンボールでもない。

ただ一つ、その汚れていた蔵には見合わない、美しいとすら思わせられるような、一切汚れのない細長い木箱が倒れているだけだった。

 

 

 

「こんなの、あったけ?」

 

恐る恐るその木箱に触れてみると、やけに質の良さそうな木を使っているのが見て取れた。

序でに、触って解ったのだろうが、少年はそれを梁の上から落ちてきたのだと推測した。

何せ、丁度梁の形に埃がついておらず、箱の落ちてきた真上から少しばかり砂埃が落ちてきているのだから、そう判断する他無いだろう。ならば何故それ以外には、傷の付いた痕跡も、長年放置され黴た様子も、全く風化すらもしていないのか。それは、彼には知りようのないことであるし、彼自身そう興味はない。そんな材質だったのだろう、と適当に脳内で理由付けた。が、なんてことは無いものだったという安堵と共に、何故態々そんな場所に置いてあったのか、人に落ちたらどうするつもりだったのか、色々と疑問が浮かぶ。そこで少年は、まず何よりの疑問を解消しようと考えた。即ち、中に何が入っているのか。

 

「どれどれ、落ちたせいで傷付いてなきゃいいけど……」

 

箱の切れ目を見つけ出すと、早速爪を差し込んだ。中々開けられないその箱にもどかしさを覚えるが、そのまま暫しの間爪で開けるのを試みる。すると、僅かではあるが、段々と隙間が開いて行った。それを見てこのまま行けると踏んだ青年は、更に力を込める。

爪と指の間が変色し、指に痛みすら感じ始めた頃。

 

「うわっ!」

 

それは、急に結合力を弱め、青年の行き場を失った腕の力は、そのまま強く箱を両脇に弾き飛ばした。木箱のが地面にぶつかる軽やかな音と共にしたのは、がしゃん、という重々しい金属の音。

それに反応し、青年は音のした方向へ徐に顔を向ける。

 

 

 

 

「う……わぁ」

 

木箱の中から姿を見せた、門から差し込む光に当てられる物。

それはまるで打たれたばかりの、重厚かつ荘厳とすら感じさせられる様な日本刀だった。

 

「これ、真剣かな?すごい綺麗な状態だし、拵からして模擬刀ってこともなさそうだなぁ」

 

一言で表すならば、華美。

鞘も含めれば、その長さは凡そ百十糎ともなる。刀身のみならば、八十五糎(85センチ)。詰まり、二尺七寸。赤塗りの滑らかな鞘には、白い百合と思われる花弁が所狭しと描かれており、幾何学的な紋様に見えなくも無い。下げ緒は品質の良さそうな白い糸で出来ており、つい最近作ったのではと思える程に、固すぎず柔すぎない絶妙な手触り。柄にあしらわれている金具は、恐らく(いぶ)した銅だろう。

派手過ぎず地味すぎずを体現しているその太刀。普段そういった美術品に興味など湧かない少年が、その時初めて何かを、美しいと心から思えた。

 

「……そういえば、刀身はどうなってるんだろ」

 

可笑しい、青年は自分ですらそう感じていた。何時もとはまるで違う、ただ刀を見ただけだというのに、彼の心は昂りを隠せない。(さなが)ら、目の前の美女が(あで)やかな肢体を晒し扇情されているかの如く、彼の心は高揚している。刀身すら未だ見ないその刀に見惚れながら手を伸ばし、柄を握った。

 

 

 

ーーしかし、その刀は見目麗しき美女などではない。謂わば、美女の皮を被った化物。

 

 

 

 

「……ぃ」

 

 

 

 

瞬間彼の頭を、虫が蠢き、這いずり回り、脳髄の隅々までも()まれているかのような、体験したことのない凄まじい痛みが頭を襲った。のたうち回ることすら出来ないような、悲痛な叫びすらあげる事すら許さないような、脳髄が破壊されると錯覚する程の苦痛。何が起きたかを考える余裕も時間もなく、青年の意識は一瞬にして刈り取られ、数秒刀に触れていた手は、直ぐに力をなくして、刀をどうにか掴んだまま地に落ちた。

 

 

 

ーーそれは、未知なる地を生きる定めであると同時に、彼を主役にした物語の始動を示す、合図でもあったのだろう。

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