それはそうと、何だか読み返してみると、自分でも展開が急過ぎない……?と思って落涙します。
違和感無く戦闘へ持って行くにはどうすれば……
空は灰色を呈する曇天であった。夏から秋に入りまだ直ぐであるのだが、良い空模様とは言えない。
夕立、という物だろう。現に空からは、怪物の唸る声に似た音が聞こえているのだから。
既に雨は一粒一粒、小刻みに落ちて来ている。直ぐに大雨に移り変わってしまうだろう。
人狼は焦った。漸く回復した鼻も目も、既に園枝が逃げてしまっては意味が無くなると。
雨が降っては、あの血も流れてしまい、血の匂いで追えなくなる。その上、雨自体が園枝の匂いを打ち消してしまうだろう。更に、視界の悪化と聴覚の妨害。園枝からすれば逃げ易く、人狼からすれば逃げられ易い条件だ。
「何処だ!何処へ逃げたァ!」
焦燥感に駆られていた。あの刀からは、尋常ならざる気配が漂っていたのだ。封術か何かで力を押さえ込んでいたのだと人狼は推察するが、それでもあの、秘めた禍々しさは隠せなかったようだ
まるで、心の奥底を闇の苗床にされるかのような、見ているだけで肌の粟立つ気配。
それが人狼を駆り立てる。あれは有ってはならぬ存在であると、あれは破壊せねばならぬ代物であると。今も尚、人狼は神社の周辺を必死に探し回っている。あれが仮に暴走でもすれば、幻想郷自体がどうなるか分からないと、人狼の第六感は告げていた。狼という、優れた感覚を持つ種族だからこそ、百合咲之剣の気配を感じ取る事も出来たし、その危険性を理解していた。
そんな折、人狼の目が、雨と木々の他の何かを捉える。
「む?」
それは、赤い何かだった。人狼の探していた木々の更に奥の方向から、赤い何かが漂って来た。目視出来る、赤い煙のような物。しかし煙と言うには、余りにも濃密過ぎた。例えるなら、液体。纏わり付くように濃密な赤い煙が、木々の奥から人狼の方へ、ゆっくりと飛来する。
「これは……何だ?」
心の中で燻っていた焦慮の炎が、その赤い何かへの疑問へと変わった。見た事もないその物質、ただそれの放つ雰囲気は、人狼も何処かで感じた事があるよう錯覚させた。身近な場所まで来たそれを、
人狼は爪の先で触れる。
「ッッ!」
その瞬間、人狼は凄まじい体捌きと、凄まじい速度で飛び退いた。今いた地面の表面が爆ぜている事から、並大抵の脚力ではない事が窺える。
「何だ……何だこれは!」
肌が粟立つような気配。人狼は百合咲之剣の放つ気配を、そう表した。だが、違う。
「これは、妖力か!?」
漂っていた赤い煙、妖力は、肌の粟立つ気配ではない。触れた身を蝕まれるような、ただ感じる事すら恐怖に直結する、悍ましき邪悪な気配。それが、百合咲之剣の放つ気配。そして、百合咲之剣から放たれる赤い煙の気配であった。先程触れた爪が一瞬、恐ろしい何かに喰い千切られる光景を、人狼は幻視しているのだ。警戒心は僅かにも緩めず、前方を見遣る。
「…………」
居た。雨で視界が遮られようと分かる程度の距離に、隠れていた木々から出て、園枝は立っていた。先程と何も変わらない、傷付いた腕をだらりと下げ俯いたまま、その右手には百合咲之剣を握っている。確かに赤い煙は、百合咲之剣の刀身から漏れ出しているようだった。だがいつの間にかその煙は、園枝自身をも覆っている。
人狼は、園枝の姿を一時たりとも見逃さない。もう加減の出来る相手ではないという事を、人狼は悟っていたのだ。妖力を纏っているからには、最初に会った時の一撃などとは、比べ物にならない威力となっているだろうから。抑、あの赤い煙に触れた時から痛い程に、彼の力なら分かっている。
「貴様、それを抜いたか」
本来人狼は、園枝を脅して刀の特性を聞き出し、それを踏まえた上で破壊するつもりだった。
だが、園枝の予想外の行動と不運により、予定は狂ってしまった。
ならば、と人狼は徒手空拳で構えを取る。腰を屈め、地面に両手をついたその体勢は、外で言うクラウチングスタートであった。両手を加速に使うとなれば、使う武器は牙。
「……試してやる」
人狼はそう呟くと、四肢へと妖力を流し込んだ。この世界に於いて、中級妖怪と呼ばれる存在の妖力量。それは、百合咲之剣の放つ妖力にも、量でならば劣らない程であった。質では敵わないと、分かっている。あれ程禍々しい妖力に質で勝つ事など、出来はしない。
だからこそ、人狼は試さんとしている。今この状態の全力が、どれ程今の状態の園枝を相手取れるか。妖力に続いて、今度は力を込める。獣に匹敵する人狼の身体能力を、全て速度に費やした構え。
それが今、用意を終えた。しかそ園枝は。構え終えた敵を前にして、今も尚微動だにしない。
ただ俯いて、刀を握ったままで。
「ッるァァ!」
四箇所の地面が、一斉に爆発を起こす。べこんと地面の窪む音を立てて、人狼は駆けた。
人狼の速度は、園枝との距離半分にして、
初めの一歩以外、地に足を付ける意味は無い。たった一度の跳躍で、園枝との距離を縮めるだけの距離は飛べる。故に、後は園枝の一挙一動を見逃さない事と、園枝の喉笛を噛み千切る事だけが、人狼のすべき事であった。
ーーかちゃり、と微かに鳴る音。
その時初めて、園枝が動きを見せる。右手の刀を、この高速で人狼が迫る中、正眼に構えたのだ。
その動作は、人狼には非常に緩慢に見え、けれども人狼が辿り着くよりもずっと早く、構え終えた。
人狼は、赤い目を更に光らせる。
来るなら来いと、その刃を凝視する。
この牙を躱せるかと、その五体を見つめる。
そして、距離にして約
人狼は走馬灯じみたその出来事に、一瞬目を奪われる。園枝が今、喋っていたのだ。
この極短時間、カンマ数秒以下の世界で、確かに人狼は園枝の口が動くのを見ていた。
『残念』
刹那、ぱぁん、と乾いた音が木々の中響き渡る。そして次に起きたのは、血の散布。園枝が振り抜いた刃の軌跡に沿って、血飛沫が宙を舞っている。いや、まだ宙を舞う何かが有った。
くるくると回転し、地面に鈍い音を立て落ちた何か。それは、黒い毛だらけの腕。
即ち、人狼の右腕である。根元から丸ごと刮ぎ落とされた腕は、血煙を切断面から放ち、地面を転がった。園枝は迫り来た人狼を、左へ避けると同時に右肩へと刃を立てていたのだ。尤も、刃を立てただけで両断できる程、人狼の身体は柔ではない。
「やはり、貴様……」
園枝の身体を覆っていた赤い妖力は、斬撃の瞬間、たった一瞬のみ、あの右腕一本へと集中していた。詰まり、全体への強化を、あの時は右腕一本だけに回して、人狼の腕をああも容易く両断したのだ。人狼は呻き声一つ上げずーーけれども顔を歪め、通り抜けた園枝の方へ向き直る。
「……うん」
園枝は、酷く穏やかな声を出した。今自分が人狼の右腕を切り落とした事に、何の感情も抱いていないような、緊張感のまるで無い声色。だが、それにより却って、園枝の威圧感は増していた。
「右腕、確と頂きました」
首を背後の人狼へ、百八十度に近い角度を容易く回し、其方を見遣る園枝。彼の顔は、その穏やかな声色とは何もかもが違う、悍ましい表情を浮かべていた。
「……化物が」
人狼が吐き捨てる風にそう言うのも、当然の事だ。園枝はその言葉に、失笑するだけだったが。
「貴方が僕を化物と呼びますか……笑える冗談だ事で」
園枝の目は、赤かった。
否、それ自体はこの幻想郷に於いて、何ら可笑しな事ではない。現に、人狼もまたその鋭い目を、赤く光らせているのだから。しかし、同じく赤いと言葉にするには、その赤い目は余りにも違い過ぎた。
「……まぁ、この眼に驚くのも無理はありませんがね」
園枝は左手で、自分の左目を開く。
それは人狼と同じく、瞳孔が赤いのではない。眼全体が、眼球全てが赤くなっていたのだ。それも、光り輝くような綺麗な物ではなく、数多の血管が全て浮き出たような不気味な目。
「人間がそんな顔を、出来るものか」
だが、違う。それだけではない。それは寧ろ、人狼にとっては些細な事である。
人狼が化物と称した、最大の理由はーー
「出来ますよ。人間だからこそ」
ーー深い深い、狂気に塗れたその笑顔にあった。
いつの間にか、雨は大降りになっていた。肌を打つ冷たい水滴を一身に受け、人狼と園枝は対峙し合う。切り落とされた腕は既に血を流し尽くし、木々の傍に転がっていた。園枝の様子を、改めて人狼は観察する。狂気の笑み、真紅の目、禍々しい妖力ーーそして先程の腕を切った際の、妖力の超高速移動。今のままでは勝てない。そう人狼に判断させるに、園枝の力は十分たり得るものだった。
「良く分かった。もう、探るのは止めだ」
瞬間、人狼の妖力が膨れ上がる。そして変化は、それだけに留まらなかった。
長かった黒い体毛は更に長くなり、密度までもが高まっていく。
鋭利な爪と牙は、鉤爪と呼ぶべき凶器へと変わっていく。
元来筋肉質だった身体が、更に膨張していく。
それに乗じて、失くなった筈の右腕が、付け根からぐちぐちと瑞々しい音を立て、生えてくる。
黒く長い尻尾が、めきめきと軋むような音を立て、生えてくる。
漏らす声は既に人間の声ではなく、威嚇する獣のような唸り声。
辛うじて人体だった物は今、身体を変形させて、本来の姿へと戻り行く。
「成る程、奥の手があったんですね」
園枝は、相変わらず笑ったままだった。笑ったままで、力の強まっていく敵を前にして、刀も構えずに観察していた。面白い種族だと、ついつい園枝は深い笑みが溢れてしまう。
「ゴァァァァッ!」
ーー空気を伝播して、園枝は心臓すら揺さ振られる感覚を味わった。
そして、人狼は遂に変化を終える。否、よもやその姿は、人狼と呼ぶ事能わない。
黒い体毛を持った、体長
それが今、園枝へと視線を向けている。より鋭くなった目は、獲物を狩る獣のそれに酷似していた。
園枝は思わず、身体をぶるりと震わせる。
「…………凄い」
身体を震わせながら、園枝は呟く。震えているのは、やはり恐怖故であろうか。いや、違う、と黒狼は理解している。雨に濡れ凍えているのでも、眼前に現れた死を前に怯えているのでもなくーー
「凄い!凄いや!ははは!なんだそりゃ!?それが正体かよ!」
ーー恍惚の深い笑み。眼前の未知なる存在への興味が、園枝の好奇心を疼かせたのだ。
狂っている。黒狼はただ静かにそう判断し、脚に妖力と力を込めた。膨れ上がった筋力と妖力。
その両方を、四足歩行に特化した身体で利用し、跳ぶとする。それがどれ程の速度になるかなど、
黒狼自身でさえ未だ知り得なかった。生まれてものの数百と余念。幻想郷と言う狭い世界で、黒狼は同じ歳の他の妖怪と比較して、圧倒的に力が有った。幻想郷は、遥か古の外の世界程に殺伐とはしていないのだから、皆力が衰えるのは当然の事。だがそれを置いても、黒狼には才能があった。
だからこそ、人間などという脆弱な種族が、この世界で強いとされる事が許せないのだ。
「そうだ!貴様ら人間など及び付かぬ、これこそ種の差だ!弾幕などという児戯に現を抜かす、人間擬きの小妖怪どもとは違う!殺す為の身体だ!」
博麗の巫女、白黒の魔法使い、紅魔館の従者ーーそれらが黒狼は、どうしても認められなかった。
弾幕ごっこなどというお遊びの実力で、まるで妖怪よりも強いのだと思われている、と。
黒狼は、幼い頃から同種も人間も食らってきた。勿論この幻想郷にも、強大な妖怪はまだ残っている。それらの内、花の大妖や鬼と死合を共にして、勝つ事適わずとも生き残って来たこの身体。
それなりに修羅場を潜り抜けた者だからこそ分かる。
「はは、そうかよ。なら、僕も殺すつもり?」
園枝の背後に、濃密な死の気配が存在するのを。黒く蠢く物が、その背後に憑いているのを。
この身体で尚、死を暗示させられる狂的な威圧感。されど、黒狼が抱く感情は恐怖ではない。
後百年でも経てば、この世界では大妖怪にもなれたであろう黒狼。それが今、ただ一人の人間相手に、強い感情を抱いていた。
ーー憤怒も恐怖も、貴様の狂気を浴びて消えていた。
ーーよもや刀など、どうでもよくなってしもうたわ。
ーー初めて見た、純粋な殺し合いを期待させてくれる人間。
ーー刀の力であろうが、奴の意思でなかろうが、関係ない。
ーー弾幕などという小細工も無く、正面から殺し合える人間。
ーー殺意を殺意で返してくれる人間。
ーー之ぞ僥倖と言う奴か。
ーー貴様の刃も、殺す為の物なのだろう?
「ーー当然だ」
雷雨に見舞われる木々の中。
死を前にして、黒狼は地面を強く、強く踏み抜いた。
ーーーーーー
霊夢が妖怪退治を終えたのは、酷い夕立が止んだ後の事。人里近くに出るとされる、虫型の弱い人食い妖怪を、死なない程度に撃って殴って脅した後、夕立にばったりと当たってしまい、止むまでの間を人里で過ごしていた。
「ったく、参ったわね。もうとっくに昼過ぎだし、園枝さんが料理出来れば良いんだけど」
人里から離れた空を飛びながら、霊夢はひとりごちる。園枝が料理を出来ない、という話は聞いていないが、余り経験は無さそうに見えた。あれでは、本当に簡素な料理しか作れないだろう。
霊夢の鋭い勘は、以前からそう告げていた。少し申し訳ない事をしたか、と頭を掻く。
「……ま、まぁ。ちょっとした手土産も有るし、ね」
そう言って、手に持った紙袋を見た。中に入ったもみじ饅頭というのが、霊夢が気紛れで入った菓子屋で売っていた物。これがまた試しに一個買ってみると、霊夢は驚いた。ふわりとしたカステラ生地はそれだけでもほんのり甘く、程良い甘みのあんは上品と形容出来る物。初めて見た物で気になったのが、大当たりだったらしい。妖怪退治の謝礼で懐の潤っていた霊夢は、衝動的に三箱買ってしまった。一つは自分用、一つは園枝用に、一つは来客用として。
「私は好みだけど、みんなはどうかしら?」
夕立終わり特有の涼風を受けながら、神社へ飛ぶ。先程まで灰色だった曇天は、今や橙色の夕焼けに
変わっていた。そして、神社も間近になった頃。
「……は?」
霊夢は今まで、風に細めていた目を、大きく見開いた。飛行していたのが、思わず一瞬で停止する。
既に目に見える距離に有った博麗神社の境内。其処は、見慣れた小綺麗な境内などではない。
まるで妖怪同士が殺し合ったかのような、凄惨な傷跡が辺り一面に残っていた。
「な、何よあれ!」
焦心に駆られ、帰り際とは段違いの速度で下方へと飛行する。近付けば近付くほどに、残された傷跡が凄まじい物である事が明瞭になっていった。その上、近付いて見て、初めて分かった事がある。
「こ、これ……何よ、何でこんな、血が……」
そう。境内には、夥しい量の血液が散乱していた。境内に足を付け、先ずは傷跡を探る。見た所、跡には主に二種類有った。
一つは、鋭い何かで抉り取られたような、深く荒れた断裂の跡。
一つは、鋭い刃物で撫で斬られたような、深く整った断裂の跡。
それ以外には、勢い良く叩かれたように陥没した跡に、炎で焼いたであろう焦げた跡。
正に激戦であったのだろう。残された痕跡が、戦いの凄まじさを物語っていた。
「……まさか、爪と刀?」
霊夢はふと、そう口にする。こうまで強力な爪を持った妖怪と言えば見た事はないが、黒い人狼の若い妖怪がいるとは聞いた事があった。霊夢の知る強力な妖怪に、こんな爪を持った者はいない。
故に、爪の跡はそれであると仮定する。
それよりも、この刀の跡。
「切り口が綺麗過ぎる……違うわね」
刀が残した跡は、見るからに達人、腕に立つ剣士がやった事だと考えた。
一瞬、百合咲之剣を持った彼の姿が浮かんだが、それは違うと首を振る。彼ではどう足掻いても、こんな跡をつける事など出来ない、という理由だ。霊力での強化無くして、これだけの跡をつける事は不可能。しかし、園枝は強化に費やせる程、霊力を持ってはいないのだ。霊力で強化していない斬撃では、幾ら刀が業物だろうが弾かれるだけである。
ーー……だ……い……だ
「……今の声は?」
他の跡について探ろうとしていると、何処からか、小さくではあるが声が聞こえた。余り高くはない、男の声だ。何かを繰り返し言っているようにも思える。霊夢は声のする方向、神社の脇の木々を見た。
「薙ぎ倒されてる……まさか、奥に」
途端に目は鋭くなり、思考は疑問から警戒心へと変わる。即座に札と
徐に木々の倒れ、直線上に道の拓かれた方へと歩み出した。
一歩一歩近付くのに比例して、聞こえる声も大きくなっていく。一歩一歩を慎重に進みながら、警戒を怠らない。
ーーや……い……だ
凡そ十歩程歩み寄った時、その声に聞き覚えがある事に気付いた。霊夢はまさか、と呟くと、警戒も忘れ走った。髪を振り乱し、その声のする方へ。その声は聞き覚えがあった。一直線上に拓かれた道を走っていると、一際大きく拓いた場所に何かが動くのを、霊夢は見た。
「園枝さーー」
「いやだ」
霊夢の、確認の意で呟かれた言葉は、園枝の声に打ち消される。其処で動いているのは、確かに園枝だった。そして園枝の前には、何かの肉塊が置かれていた。
「いやだ、いやだ、いやだ」
今にして、漸く霊夢は、園枝が何をしていたか理解する。手に持っているのは、既に鞘から抜かれた、百合咲之剣だった。細く長い繊月に似た形状の刃が、血煙を浴びながら振り下ろされている。
何度も、何度も、何度も何度も何度も。
「そ、園枝さん……?」
「いやだ、いやだいやだ、いやだいやだい、やだいやだい、やだいやだ、いやだいやだいやだ、いやだ」
磨き上げられた鏡の如く煌びやかで、周囲に存在する物を全て鏡面には映し出されている。長さ二尺七寸に及ぶ繊月は、血染めになって尚夕陽を照らし光輝を放っていた。
夕陽の橙色と、浴衣の藍色と、肉塊の黒色と、周囲の血色。
「いやだぁいや、いやだよいやぁだいやいだいいやだいいいたいやだい」
肉塊は、もう元がどんな形態の生物であったかも分からなかった。ただ一つ、妖力が感じられる事から、肉塊が元妖怪である事は分かる。それも、可也の実力を持っていると見て間違いない。
「ぃぃぃやややいぃだいぃぃや、だやいいいだいやだやだいや」
当然ながら、元妖怪はどれだけ切られても、突き刺されても動かなかった。それでは、この惨劇を起こしたのは、あの妖怪と園枝だというのか。そんな推測が浮かんでも、園枝の異様な行動に、霊夢はどうしても動く事が出来なかった。
「いたいいいいたいやだいたいたいいいやだ、だ、たたいだやいや、だやいぃや」
只呆然とその光景を見ていた霊夢は、その時園枝の身体が、満身創痍である事を察した。
見れば園枝の浴衣は、爪で引き裂かれ、焼かれた部分もあり、境内の跡と一致している。
確定的だ。あれらは、園枝と妖怪の戦いで起きた事なのだ。
「いづっぢぢぢいだ、いいいたたたづすううういやだたたいいいただたたた」
声が可笑しい。時折掠れるような声が出て、空気諸共言葉を吐き出しているかのよう。
霊夢の身体は、震えていた。目の前の異常な光景に、予想だにしない人物の異質さに。
その間にも園枝は刀を振る。その都度振るう右腕から、肩から、腹から、背から、脚から血が噴き出し、妖怪と園枝の血溜まりが大きく広がっていた。
「園枝さん!」
霊夢は、どうにか恐怖という呪縛を解き放ち、境内にまで響き渡る程に大きく、彼の名を叫んだ。
すると、ぴたり、と園枝の身体が止まる。今まで忙しなく肉塊を刻み続けていた身体は、一声に制された。
「…………博麗、さん」
徐に、園枝は掠れた声と共に、霊夢の方を振り返った。その貌は、とても冷たい、深い悲しみを纏うもの。夕陽に照らされる園枝の顔は、霊夢にはとても儚く、憐れなものに感じられた。
「……園枝さん、それ……」
霊夢は震える指先で、園枝の顔を指す。正確には、顔の少し下。喉だ。
園枝の喉笛は、深く引き裂かれていた。恐らく、妖怪の鉤爪により負傷したのだろう。
どろどろと尽きる事なく漏れ出している血を、彼は一切気にする素振りもなく、霊夢の姿を視界に入れると、静かに瞠目した。
「またいつか」
打って変わって平静な声色の言葉を最後に、突如身体の力を失い、肉塊の方へと前のめりに倒れ込んだ。
狂的表現がチープ?はい、本当にそうですね……
展開も強引だし……嗚呼、これが文才の無さというやつですか(悟り
何でしょう。あの、潜む狂気というか、なんとなしに分かる隠された狂気?と言いますか、そういうのを表現したいとは思うのですが……私の技量不足でしかありません……