刀憑きの青年   作:桐竹一葉

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今回は、本編の内容ではありますが、少し内容が違います。それ故、題名も変えてあります。


わからない

「これ、は……」

 

住んでいた集合住宅でも、博麗神社でもない。記憶にさえ無い未知の場所に、園枝は何時しか立っていた。其処は、村落、と一般的に呼称されるであろう場所。

周囲には小さな田畑が、いつであろうと変わらず照る太陽が、そして、諸手で数えられる程度の古めかしい家屋が在る。そう広い空間ではなく、数分歩けば村の端から端まで辿り着ける事だろう。

村は生い茂った木々に囲まれているようで、都心部から隔絶された場所である事が窺える。

 

幻想郷に来る前までは、県内ならばそれなりに発展した地で暮らしていた園枝に、この場所はまるで見覚えが無かった。若しかすれば、幻想郷の最果てにでも有る隠れた集落ではないか。そう考えたが、翌々周囲を見回してみれば、その可能性は零であった事に気付く。

 

「一応、現代なんだ……」

 

環境は、幻想郷の人里にも劣らぬ程に自然が多い。しかし、立ち並ぶ家屋は時代を感じさせる茅葺屋根の造りではなく、外観はとても綺麗と言えるものではないものの、現代的な造りをしている。

そして、時折目に入る荷運びか出荷にでも使うであろう小型のトラクターや、コンバインやカルチベーターなどといった農業機械がちらほらと見られた。農作物を作って生活しているのだろう。それ以外に何もないこの場所では、そうする他ないだろうが。

 

「取り敢えず、見回ってみよう」

 

畑道に一歩踏み出す。その瞬間、自分の身体に何か、筆舌に尽くし難い違和感を園枝は覚えた。

気に掛かって自分の手を試しに見るが、やはり異常はない。何故か衣服は藍色の浴衣だったが、それは傷も綻びも無く綺麗なままだ。外の世界でありながら、衣服は幻想郷で買った物。

 

「幻想郷から帰って来た?」

 

ひとりごちるが、それでも歩みは止めない。今はどうも、自分の考えが及ぶ状況ではない、と早々に思考を放棄し、きょろきょろと忙しなく首を回す。見渡す限りの田畑と万緑に目は休まるが、園枝は何の収穫も得られない事が不服なようだ。その証拠に、眉を顰めている。

 

「僕、こんな短気だったっけな……」

 

ゆっくりとした時間を過ごすのも良いが、今の彼はそうしている程心の余裕が無かった。

理由は本人も今一分かっていないようだったが、例えるならその心は、急ぎ用事がある時に何か時間を食う出来事が起きたような、そんな不安が彼の余裕を消し去っている。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

すると少し先に、老婆が小規模な畑の一つで、此方に背を向けて農作業をしているのが見えた。

何分、特筆すべき特徴はない。作業着を着て、頭に頭巾を被り、ゴム製の長靴を履いている。それだけだ。この場所に似合った、居て当然の存在だ。農業機械が有りながらそれを使わないのは、それだけこの畑が小さいからだろう。ほんの七平方米(7へいほうメートル)の小範囲なら、態々機械を使うのは得策ではないのだから。

 

「……」

 

何かしら悩んでいるような表情のまま、その老婆の元へ近付いていく。履いている革靴と地面が擦れて音が鳴るが、それを意に介さず作業を続けていた。畑道の出切る限り近くから、耳が遠くとも聞こえるようにと、大きい声で話し掛ける。

 

 

 

「あの、少しいいですか?」

 

 

 

しかし、反応をしない。気付いているが無視をしているのではなく、本当に届いていない様子だ。

少し恥ずかしがりながらも、園枝は咳払いを一つすると、もう一度話し掛けた。

 

「失礼、少々宜しいでしょうか」

 

間を空けて尚の事畏まった言葉遣いで言うが、変わらず反応はない。もしかしたら、別の人物を呼びかけていると勘違いしているのでは、と考え、試しに口調と内容を変えてみる事にした。

 

「おばあちゃーん、ちょいといいかい?」

 

砕けた口調で大声を発するが、結局反応はない。

その事から、彼が抱いていた疑問が、段々と確信に近付いていく。

 

「(けど、推測は推測だし……)」

 

それは、これが夢であるからか。

或いは、老婆が無視をしているだけか。若しくは、存在を人に悟られない技術を、いつの間にか体得していたか。

さては、老婆は耳が遠い、又は聾か。

まさか、此処は死後の世界なのではなかろうか。

 

「……阿呆らしい」

 

浮かんだ推測を、そんな事はどうでもいいと一蹴。更に老婆に歩み寄る。

草履のままで畑に踏み入り、乾いた土が足に被さり土に隠れていた蚯蚓が絡みつき、不快感に更に眉を潜めるが、止まらず老婆へ近寄った。そして、背後から回り込んで老婆の前へ立つ。

 

「もし、御老体」

 

老婆の顔に彼は顔を近づけ声を掛ける。鼻と鼻がぶつかる距離といっても過言ではない程の接近。

普通なら、どんな人間でも一瞬は何らかの愉快な反応を見せてくれる事だろう。

 

「…………」

 

しかし、反応はない。それはやはり、見えているが見えないふりをしている、という様子ではない。

本当に見えていないような反応で、微小な瞼の動きすら見えなかった。視線はずっと畑、地に向けられており、彼が視界を遮っているにもかかわらず真面に作業を続けられている。手は邪魔者を排除せんと動くことなく、地面に接している。

 

「……じゃあ、試してみるか」

 

そう言って、作業を続ける老婆の頭に触れようとする青年は、一見何をしようとしているのか、誰も分からないだろう。或いは、老婆に何かしでかすつもりか、と勘繰り、止めようとするかもしれない。

 

 

ーーしかしながらこの現状に於いて、例え誰であろうと、彼を目視する事は出来ない。

 

 

 

「あぁ、やっぱりだ」

 

しかし、園枝の手は老婆に触れる事能わなかった。

触れんとすると、その手が老婆の身体をすり抜けてしまうのだ。分かりやすく言うならば今の彼は、他人には存在を認識されないホログラムの身体でいる、といったところだ。それでも、何故か土を踏む事は出来たりと、環境には干渉出来ているが。

 

「不便なのか、便利なのか……」

 

浴衣という現代では余り見ない格好で、未知の場所を歩き回って散策しても怪しまれないのは、彼にとっても都合が良い。しかし同時にこの場所についての説明が聞けない事、此処が何処であるかを聞けないというのが、彼にそう言わしめる。

 

「まぁ、多分夢かなんかだろうな……」

 

嫌に鮮明なその眼に映る景色と老婆から眼を背け、また畑を踏み荒らして畑道に戻る。

また探索しようとすると、今度は未知の先の家屋から、老人の話す声が聞こえた。どうやら、何者かと話し合っているようである。声のする方向に耳を傾けて歩んで行くと、其処には作務衣を来た小柄な老人と、一人の男が話し合っているのが見えた。

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

刹那、園枝の心に、得も言われぬ感情が沸き上がる。

 

長い間会えなかった者に会えた時のような、感動のようでもあった。

長い間探していた仇に遭遇した時のような、激憤のようでもあった。

長い間一緒にいた人物を失った時のような、寂寞のようでもあった。

 

それらが混同して、混沌として、綯い交ぜになってーー

思わず心の臓を胸の上から握り締めてしまう程に、感情が騒めいていた。

 

「なんだ、あれ……一体誰だ?」

 

その男は優しげな風貌で、何処となく見覚えがある気がした。

得も言われぬ感覚が彼の胸中を駆け巡る胸に爪を立てる。呼吸はその男を見ただけで荒び、苦しくなる。後ろで結わいた少し長めな髪に、どこか似合った丸眼鏡、白い半袖のワイシャツ、駱駝色のチノクロスパンツ。

やはり見たことはない。二十年間の記憶にない、未知の人物だった。

 

「(じゃあ、この感覚はなんだ?)」

 

恋をしたなどという事は無い。だが園枝の感情は、まるで恋い焦がれていたかのように騒ぎ立てる。

園枝の苦痛など知らずに、老人と男は和気藹々と話を紡いでいた。

 

「ありがとうございました、こんなに貰ってしまって」

 

にへらと腑抜けた笑みを浮かべ、丸眼鏡の優男は頭を下げる。恭しい態度だったが、どうにもこの男では丁寧さに欠けるように思えた。老人はそんな優男に、明朗快活に笑いかける。

 

「ええよ、そんな感謝せんで。出荷出来ない野菜引き取ってもらえるんだ、寧ろこっちが感謝したいくらいだよ」

 

どうやら、商品には成り得なかった野菜を、優男に渡していたようだ。幻想郷に来る直前のご時世では、以前のように、業務上余った食物を無料で分け与えるのはし難くなってしまっている。

尤も、園枝が知っているのは一部のファーストフード等に限り、斯様な野菜などまでがそれを適用されるのかは知らないが。

 

「でしたら、みんなでこの野菜食べませんか?僕が料理しますが」

すると、男が思い付いたように顔を上げる。老人は薄っすらと髭の残る顎を摩り、頷いていた。

「ふぅむ、そりゃいいわ。よし、そうと決まりゃさっさと仕事終わらせて、ぱーてーとしようか」

「あはは、言えてないですよ」

 

見れば、その優男の腕の中には、ビニール袋に入った沢山の野菜が抱えられている。

どうやら、貰い物の野菜を調理して村人の皆で食べようと画策しているようだ。

見た目だけではなく、中身までも優男であるその男の微笑みには、何処か懐かしさを感じさせられる。

 

「(一体、なんなんだ……あんな人、唯の一度も見たこと無い筈なのに)」

 

霞みがかった記憶に頭を疲弊させられる。どうも園枝は、今の自分の記憶が曖昧になっている気がして仕方なかった。妙な気持ちに胸を押さえながらも、その様子を出来る限り観察せねば、と強く思う。老人と優男の会話は一区切りついたらしく、老人は別方向へと向き直った。

 

「それじゃあ、また後でなぁ」

 

老人が軽く手を振りながら、別の方向にある畑へと歩き出す。それに続いて、優男も反対方向へ。

 

「えぇ、また後で」

 

半ば呆然としながらその光景を眺めていた彼は、はっと意識を取り戻すと、急いでその後に続いた。

何かが、今の自分のぼやけた記憶に、その男が深く絡んでいる。そう、彼の勘が囁いている。

自分とは、大きな関係性があると。

 

「ふぅ、今日は沢山貰っちゃったな」

 

唐突に、男が独り言を呟いた。一瞬、自分に向けられた言葉かと勘違いして吃驚する彼も、すぐにただの独り言だと気付いて、一瞬でも心踊った自分に呆れてしまう。男の行き先を目で追って見てみると、そこには一軒の古い屋敷があった。他より造りは古いが、規模はそれなりに大きい。

造りが古くとも外装は中々小綺麗にされており、質の良い建築物である事が窺えた。

どうやら、彼はそこに用があるようだ。

 

「でも、お陰でみんなとパーティー出来っ…………」

 

すると、彼の呟きが途端に途絶えた。その行動に、何か起きたのかと周囲を注意深く観察する。

しかし、何もなかった。あるのは変わらない情景だけ。ならば、彼のその行動は何に起因するのか。

 

「……そうか、彼女は、出来ないよな」

「…………彼女?誰だ?」

 

それは、誰かを思っていた故であるようだ。優男は悲しげな表情に変わり、つい俯いた。

男の言う『彼女』、それが誰であるかは、園枝には分からない。だが様子を見る限り、彼と深い関係を持つ人物である事が窺える。ならば、その人物も、自分に深く関わっているのでは。彼はそう考えた。だから、今も尚歩みを進める男の背後についているのだ。

 

「でも……あいつなら、きっと喜ぶんじゃないかな」

 

優男の呟きを聞いた園枝は、顔を顰めて溜息を吐いた。幸い園枝の存在は認識されていない為、それが優男に届く事は無い。

 

「(またか……いい加減、状況をややこしくするのはやめて欲しいな)」

 

男の言う『あいつ』の指す人物、これもまた彼が調べねばならない人物に該当するだろう。

しかし、この誰とも意思疎通を図れないこの状況下に於いて、彼が他人の事を調べ上げるには限度がある。情報を他人から聞き出せないというのは、それだけ不便なのだ。増して、此処は村落。

他人同士の結び付きや関係性は、普通よりも幾分か密だろう。だからこそ、人に聞けないというのは非常に都合が悪いのだ。

 

「(でも、知ってどうするんだ……)」

 

その事実に参って、髪をかきあげる。仮にこうして調査を続け、知りたい事を全て知ったとして、

その後どうすると言うのか。今更悟った最大の問題に、辟易から来る二度目の溜息を抑えられなかった。幻想郷に戻れもせず、かと言って現代に帰ったら誰にも認識されていない、という有様。

今自分が歩む道が、暗闇に向けて作られた道である事に、不安が掻き立てられた。

 

「いや……大丈夫、きっとどうにかなる」

 

それよりも現状だ、と思考を切り替えるも、其方は其方で現状手詰まりだ。

時が経てば分かることもあるだろうが、今の園枝には調査を進める事しか出来ない。

未だ謎の残るこの優男に、『彼女』と『あいつ』。聞いただけでも三人もの重要そうな人物がいては、参ってしまうのも無理はない。

 

 

 

「きっとあいつも……園枝も喜ぶだろうなぁ」

 

 

 

「……………………は?」

 

今、奴は何と言った?そんな小さな疑問が頭に伝達し、激しく駆け巡った。小さな疑問は巡り巡る毎に大きさを増し、次第に園枝の脳内全てを占める程にまでとなる。心に続き、頭までもが混乱し、彼は限界に近付いていた。あの優男が言ったのだ。園枝と、自分の名を呼んだのだ。

 

 

 

「(あの人と俺が、会った事があるっていうのか!?いつからその名を知っていた?何処で、どうやって、どうして知った?)」

 

 

 

「(どういった関係があった?今もなんらかの関係があるのか?)」

 

 

 

「(そんな筈はない!俺はーー)」

 

 

 

「俺?」

 

混乱していた意識は更に加速し、脳の回転が付いて行けなくなっていくのは彼でも理解出来たようだ。限界を、超えてしまった。ある異常を察した園枝の目が、張り裂けんとする程に開かれている。

 

「俺って……何だ?」

 

澄んだ水に墨を一滴垂らしたかのように、彼の思考が、意識が、視界が暗くなっていく。

精神と思考が限界を超えて、稼動音が静まって行く。今まで熱を出しながら回転していた思考と、

今まで混ざり合いながら騒めいていた感情は、もう止んでいた。

 

「俺は……何者なんだ?」

 

杯に注がれた水が地震に曝されたかのように、彼の口が、腕が、足が震えている。

喉が日照りにあったよう異常に乾いて、目で洪水が起きたよう涙が流れて、息は首を握り締められたよう絶え絶えで。もう、あの優男に付いて行く事も出来なかった。自らの意思に反して脱力する肢体は、膝を地につけた。園枝は、震える掌で顔を押さえる。

 

 

 

「僕って…………何だ?」

 

 

 

刹那、村落は音を立てながら崩壊していった。




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