済みませんでした!
今回はちょっと、心理(を表す)描写が少な過ぎました……本当ならこういう類のシーンでは、もっともっとそういう描写を増やさねば臨場感(?)が出せないのに……しかも言葉が一々同じ使われ方でワンパターン……
もしご不満が御座いました場合、是非感想にて不服と批判をぶちまけて下さいませ。全て出来る限りの対応でお返事させて頂きます。今回は速度を重視しました、余裕ができ次第修正いたしますので。
「…………ん」
闇黒に覆われていた視界が、段々と茶色い木製の天井を認知した。ふと首を回してみると、外は既に暗く、夜である事が分かる。傍に置かれた丸行灯の灯りを頼りに、身体を起こして室内を見回した。
「……神社、か」
見慣れた部屋だ。自分の住んでいる部屋と、全く同じ造りの和室。未だぼやけて見え難い目を擦り、
どうにか立ち上がろうとする。すると動いた際に、足元の方で金属質の音がした。
掛けられた布団を押し退け見れば、赤い百合柄の鞘の刀、百合咲之剣が目に入る。足元に置いて寝てしまったのか、と惚けた頭のままそれを手に取りーー
「……あっ」
ーー瞬間、園枝はある事に気付いた。
「人狼……人狼は!」
先程まで、園枝を殺さんとしていた人狼は、いつの間にかいなくなっていた。自分が今死んでいないというのも、園枝には疑問となる。だが、今はそれどころではない。そう思い立ち、百合咲之剣を構えながら、神社の襖障子を勢いよく開け放つ。夜分の静かな神社には、園枝の声と襖障子のぶつかる音が響き渡っていた。
「人狼!何処だ!僕は此処にいるぞ!」
必死の形相で叫びながら、長い廊下を駆け回る。月明かり以外の灯りの無い縁側を、全力で駆け回る。もしも一人でいる時なら、人狼に襲われた後である事に気付いた時には、一目散に逃げてしまっていた。だが、今は夜。即ち、霊夢が帰って来ているかもしれないのだ。
「何処にいる!僕は此処だぞ!殺してみろ!」
もう夜だ。人狼は去ってしまったかもしれない。と言うより、園枝が生きて神社で寝ている時点で、色々と可笑しな状況だが。もし霊夢が人狼と鉢合わせすれば、どうなるだろうか。霊夢は博麗の巫女という立場にあり、その実力は高いと言われているのは既知だ。しかし、それでも少女。あのような人外の化け物、それも彼処まで強力な妖怪が相手では、どうなるか分からない。
「いないのか犬っころ!此処だって言ってるだろ!」
確かに園枝は、自分の命を捨ててまで、人を救いたいとは思わない。それでも、自分の見知った人物が殺されるというのは、何故か考えただけでも、彼にどうしようもない嫌悪感を抱かせた。
自分のせいで人を殺してしまう事に耐え得る程、園枝の心は強靭ではない。
強い思いが身体を動かしていた。縁側を半周し、境内の方へと差し掛かる。
「五月蝿い!」
その時、園枝の後頭部に重い一撃が下った。
「いッ!」
一瞬彼には、何が起きたのかを理解できなかった。が、反射的に声が出てしまう。
後頭部の鈍い痛みに、思わず足を止め蹲る。呻き声まで漏れてしまっているが、それも仕方なかろう。大幣を振り下ろされ、鉄のような音を立てて頭に叩き付けられたのだから。
しかし、彼はふと思い出す。今の五月蝿いという声。それが、聞き覚えのある声である事を。
その途端、痛みも忘れて背後へ振り返る。
「全く、こんな夜更けに騒がないで!」
「……博麗、さん」
ガミガミと説教を仕掛ける霊夢を見て、園枝は、ほっと一息吐いた。力んでいた百合咲之剣を握る手を緩め、胸を撫で下ろす。霊夢はそんな彼の様子に怒りの炎を大きくしてしまったらしいが、園枝はそんな彼女に、にへらと笑うだけだった。
「いやぁ、良かった。何もないですよね?」
「今寝る所だったのに、園枝さんの音と声で目を覚ましたけど」
じとっとした視線を半眼で送る霊夢。無事ではあるが、気分を害してしまったらしい。
「え、あっ、済みません……」
霊夢の言葉に、今更園枝は自分が大声を張っている事に気が付いたようだ。無意識のうちの行動だったのだが、それでも迷惑である事に変わりはない。霊夢に申し訳ありません、と頭を下げると、
霊夢も怒りを鎮めた。呆れた風に、仕方なく納得した。そんな風であったが。
「……あぁ、そうだわ。少し話があるんだけど、良いかしら?」
「えっと、寝る所でしたのに、宜しいのでしょうか」
「というか、園枝さんが起きるのを待ってたのよ。ほら、こっちに来て」
そう言う事か、と納得する。どうやら元々話はあったようだが、園枝が寝ていたせいで話せなかったらしい。ぺこぺこと頻りに頭を下げながら、霊夢の歩く方へと追随する。部屋に入るのかと思いきや、霊夢はそのまま縁側に沿って歩いていた。
「あの、何方へ?」
「……見せたい物があるのよ」
そう言った霊夢の顔は、仄かに輝く月の光に照らされていて。その表情は、何か深刻に悩んでいるような、只ならぬ気配が感じ取れる物であった。何時に無く真剣な彼女の纏う雰囲気に、思わず園枝は息を呑む。そのまま霊夢は、縁側の角を右に曲がった。
「これよ」
霊夢が角の向こうから、声を掛けて来る。何だろうか、と、霊夢の元へと急ぎーー
「ーーーーえ」
ーー境内の、見るも無惨な惨劇を見た。
「……え、これは?」
余りに予想外の光景は、園枝の言葉を抑制するには十分な物。弱い月光であろうと分かる、その傷跡。数多の深い切り裂かれた跡、抉り取られた跡、焼け焦げた跡。それらが整い、綺麗だった境内を荒らしに荒らしていた。まるで、怪物同士が争い合ったかのような痕跡。
「……心当たりは、あるかしら」
酷く静かな声色で問い掛ける霊夢に、園枝は慌てて首を横に振った。当たり前だ。
こんな事を、自分如きが出来るはずがないと。そう彼は考えているのだから。
地面をこうも深く切ることも出来なければ、抉る事も出来なければ、焼く事もできやしない。
先ず園枝の浮かんだ疑問は、これは誰がやった事なのか、という事。だがその答えを、園枝は一瞬考えた後、直様導き出した。
「……そうだ!人狼!人狼ですよ!」
人狼。聞き覚えのない単語に、霊夢は言葉を繰り返して、首を傾げる。
そこで園枝は、今日の朝に起きた出来事を、詳らかに話した。霊夢がいなかったが、手紙を見たので掃除をしていた事。掃除をしていると、突如背後に狼男、人狼が立っていた事。そしてーー
「右腕を深くやられて逃げーーーー」
そう。園枝は確かに、右腕を深く裂かれていた。
「深くやられ、てーー」
あの激痛は、思い出すだけでも身震いしてしまいそうになるし、あの恐怖もよく心に刻まれていた。
「……深、く?」
しかしながら今の園枝には、右腕の負傷など一切有りはしなかったのだ。話していて今更ながら、
自分の裂かれた筈の右腕が無傷である事に、気がついたらしい。それを察した途端、自分の右腕を珍しそうに、非常に不可思議だと言う顔で、眺めだした。
「……少し、聞いていい?」
「あっ……は、はい。問題御座いませんが」
霊夢がそんな園枝を見て、またもや静かに。本当に静かな声を発する。
三百六十度、四方八方から舐め回すよう眺めていた右腕を、急ぎ下げた。
「園枝さんはーー刀を、抜いたの?」
ぴたり、と。腕を眺める目は静止する。禁止事項だった、百合咲之剣の抜刀。それをやってしまったとなれば、言葉を返すのに些かの間が空くのも、彼では当然の事だ。ただ園枝は何かを言い掛けて、その度また口を閉ざしている。言い訳から入ろうとして、そんな事は無駄だと核心を言おうとして、
それでも言ったらどう思われるかと逡巡して。故に、園枝は暫しの間、何も話せはしなかった。
霊夢はそれについて何も言う事無く、ただその黙秘を、肯定と受け取ったようだ。
「言っておいた筈、なんだけど」
「……はい。申し訳御座いません」
だから園枝は、謝罪を述べる。今の彼には何れにせよ、その程度しか出来はしないのだから。
大の男が、人との約束事一つさえ守れやしないなど。そんな自嘲の念を抱きながらも、園枝は霊夢の言葉を待った。
「……この荒らされた跡。これは、園枝さんの言っていた人狼がーーそして園枝さん自身もまた、やった事よ」
「…………はい?」
霊夢の言葉に、園枝の顔は解れた、と言うより脱力し、間抜けた面立ちと化す。
園枝は、霊夢が言った事を理解し切れずにいた。勿論、これをやったのは人狼であるとは、元より考えていた。あの状況では、人狼くらいにしかこんな事は出来ないのだから。
「……あの、え?これ、……僕も?やったと?僕がこんな?」
だが、まさかこの惨状を引き起こした要因に、自分までもが含まれるとは思わなかったのだろう。
見るからに困惑して、それを誤魔化すように笑いながら、霊夢に問う。自分の知らぬ間に、自分が戦っていたと言うのか。なんとも可笑しな話に、霊夢は園枝を律するよう口を開いた。
「多分だけど。刀を抜いた後、園枝さん自身は気を失ったんじゃないかしら」
「……確かに、其処からは記憶がありませんが」
「そうでしょうね。私が帰った時、園枝さんはーーーーぐちゃぐちゃの肉塊相手に、ずっと刀を振るってたもの。普通なら、そんな事出来る筈がないわ」
何の躊躇もなく霊夢はそう言う。暫し、その言葉について悩んだ末に、それが人狼を指すのではと悟った。そして、驚くべきであるその場面で、ただ園枝は参った風に、天を仰いで吐息を漏らす。
園枝には、霊夢の言葉に色々と理解が追いつかないようだ。二日目か三日目頃の、説明を受けたばかりの日を思い出す。が、今はその時よりも、頭の中は混乱していた。そう、普通ではない。普通ならそんな事出来る筈がない。だが、園枝の持つ百合咲之剣は、園枝を普通でなくしてしまった。
外面は、思考の末の疲弊故に、大した変化も見られなかったが。自分が肉塊ーー人狼であろうーーそれを相手に、刀を振るっていたなどと言われ、あぁそうでしたか、などと簡単に返せる訳がない。肉塊と霊夢が表現したのは、園枝とてなんとなくでも分かっていた。既に切り刻まれ、原型すらも止めていなかったのだろう。記憶がない間に起きた事となれば、それは俗に言う『キレた』という現象か、或いは百合咲之剣によるものか。彼に答えは導き出せなかった。
「………………もう、逆に驚けませんが。そんな狂ったような事を?」
「えぇ。痛い……だったかしら。そんなような事を呟きながら、何度も何度も。確かに喉は裂けてたし、腕も傷ついていたし、身体中かなりの怪我だったけど。どうもあれは、そう単純に痛みに苦しんでる様子じゃなかったわ」
両手で顔を覆い、瞠目する。もう何が何やらと、起き抜けの園枝ではこんがらがるだけの話だった。
脳の使い過ぎか、頭痛が生じてしまっている。痛みと困惑で、園枝は思わず顔を顰めた。
人間が喉を裂かれれば、普通は死ぬ。裂くという表現からして、園枝の傷はそう生易しいものではなかっただろう。腕の傷も、あの裂傷と出血では、失血死も考えられなくはない。それが、今はこの
様だ。園枝はもう驚けず、只々顔を歪めて自分の身体を見てみた。
「…………どうも、傷見当たりませんね。確かに腕に食らった傷通り、浴衣は裂けてる。だけど、腕の裂傷は跡すら残っていない。喉も裂かれた筈が、痛みもないし不自由なく声も出せるーーしかもこれは。成る程成る程。先程まで冷静ではなかったのがよく分かります。服自体ボロボロでしたね」
よもや、半ば自暴自棄のヤケクソである。自分の理解の及ばない事が多すぎて、逆に冷静さを取り戻したらしい。畳み掛けるような園枝の口振りに、霊夢は若干だが驚いているようだったが、園枝は気付いていない。心赴くままに、手と足を動かしてみるが、痛みも無く。声を出しても痛みは無く。
「…………では、傷はどうなりました。其処までの怪我なら、治癒に数ヶ月はかかりそうな物ですが」
至極当然の疑問。霊夢は予想していたらしく、直ぐに口を開いた。
「私が帰った時に、園枝さんは人狼を切るのを止めたわ。そして、急に倒れた。それで身体が傷だらけだったから、治療しようと思ったらーーーーほんの数秒で、全部治ったの。傷がぐちぐち、なんて音を立てて、塞がっていったわ」
「…………はぁ」
それは納得を意味する返事でもあり、困惑の中浮かんだ、人間じゃないな、という考えによる嘆息でもあった。百合咲之剣を抜く覚悟位は、出来たつもりだった。呪いによる後々の被害も覚悟の上だったし、人間から離れたナニカになる事も想定外ではなかった。
「自分が其処まで人間離れすると…………結構、ショックですね」
園枝は縁側にへたり込み、力無くニヒルな笑みを浮かべる。境内に残る傷跡、中でもあの斬撃の跡。
霊夢の言葉を信ずるに、あれこそ戦いの中で園枝がつけた傷であろう。
あんな怪物と戦いを繰り広げ、その末に殺した。挙句、その亡骸を痛い痛いと言いながら切り裂き、
受けた傷を数秒で完治させる。
脳内で字面にされた自分の行動は、園枝にショックを与えるのに十分だった。
百合咲之剣の何が影響したかーー視線を送った霊夢が首を振った事から、誰も分からない。
だが、何らかの要因である事は確実だ。寧ろそうでなければ、園枝こそが非人であるという証明に他ならない。それだけは認めたくなかった。だからこそ園枝は、全て刀のせいなのだ、と全て決定付け、思考を放棄する。
「……霊夢さんは、怖くないですか?そんな化け物が目の前にいるのに」
徐に首を曲げ、園枝は力無い声でそう呟いた。本心では、否定を欲している。そんな事ないと、誰でもいいから言って欲しい、そんな気分だった。園枝の虚ろな眼差しが、霊夢の目を射抜く。
粘液のようにどろりとして、絡み付くような錯覚を覚える、粘ついたその双眸。
霊夢にはその目が、とても暗くーーそれでいて、救いを欲している事が分かっていた。
「そんな事で怖がってちゃ、妖怪退治なんて出来ないでしょ。そりゃあ、ちょっと気味悪かったけどね」
だから、敢えて偽るのは止めた。情をもってして偽れば、園枝の助けを乞う気持ちには応えられない。そう理解しているからだ。霊夢の高い声は縁側にも、荒れた境内にも響いている。
宵闇に包まれた夜は酷く静かで、彼女の通る声は一層届き易く。園枝は霊夢の言葉を聞くと、俯いて、静かに笑い出した。
「…………感謝します。それと、変な事を聞いてしまって、済みません。想定内とは言え、参ってしまったもので」
彼の目には、少しばかりの光が宿っていた。それが月明かりを映しているからか、霊夢の言葉に少しだけ救われたからか。誰にも分かりはしない。ふと、園枝は自らの手に握られた刀を見る。
「……もし、また何度か抜刀してしまったら…………一体どうなるんでしょうね」
年老いた老体の如く、掠れた声が園枝から漏れた。霊夢は園枝の隣に座ると、その様子を一瞥を投げる。園枝の震える手は、柄を握り、鍔を鞘に強く押し付けていて。そんな彼に、霊夢は小さな嘆息を一つした。
「もう、それは止めなさい」
それ。霊夢の放った言葉は、厭に抽象的なもの。けれども園枝は、それというのが何を示すか、理解しているようだ。幾重の意味にも取れる彼女の曖昧な言葉に、しかし園枝は何も言わずに頷いた。