「ほらほら、まだ10分と経ってないよ?」
「知ってるよ!」
宵闇の中、流れ落ちる星屑の如くルーミアの放った弾幕が降り注ぐ。園枝は森の中を駆け回りながら、どうにかルーミアの猛攻を躱していた。ルーミアは只々逃げ惑う園枝に嘲笑を見せつけながら、
上空から一方的に攻撃し続けている。これが既に6分は続いていた。園枝はどうにか木陰に身を隠しながら、猛攻を凌いでいる。ルーミアの高い声は、弾幕が地面を抉り、樹木と衝突する大きな音の中でも、不思議と園枝の耳朶に届いていた。
「うーん、森で戦うのはダメだったかな。貴方には良いだろうけど」
ルーミアの言う通り、この場に於いて地の利が有るのは園枝だ。
どういう訳かと言えば、それは森であるが故に乱立した樹木という遮蔽物に起因する。
ルーミアからすれば地上に乱立した樹木は、園枝の身を守り園枝の身を隠す、タチの悪い障害なのだ。それに、相手の姿が捉えられない為に自分のペースでの攻撃がし難い。
対して園枝からすれば、森の樹木が自分の身を守る盾となり隠れ蓑にもなる上、相手よりも安全に自分の方から攻撃を仕掛けられる。
そんなルーミアにとっては面倒臭い、園枝にとっては都合の良い場所だった。
「はぁ……はっ……そう、だね。偶々だけど、場所が此処で、よかった……」
激しい運動によって乱れに乱れた息を必死に整えながら、園枝はルーミアに応じる。
態々応えて自分の場所を知らせるなど、一見自殺行為にしか見えない。しかし、これは理由があっての事だ。この周辺の樹木は、総じて太く頑強である。それ故、非殺傷に威力をセーブされた弾幕という攻撃手段では、崩すのも穿つのも難しいのだ。多大な妖力を持った妖怪が、その妖力を多く込めて放った弾幕なら、この程度は盾にならない。しかし、相手は下級妖怪の域を出ないのだ。
その程度の妖力で放つ弾幕では、只管同じ箇所に100発でも撃ち込まない限り、崩す事はできないだろう。
「大体、あんな自信を持って啖呵切ったくせに逃げるだけって、どうなのかしら」
ルーミアは弾幕を打ち込み続けながらも、呆れたような声色で独り言ちた。
今の所はただ攻撃に転じる事もなく逃げ惑っている園枝だが、きっと何らかの思惑が有るだろう。
そうルーミアは考えていた。自分を前にして一歩も退くことなく対峙したのだから、と。
「いやぁ……だって、啖呵を切らないと戦闘開始、って感じがしないし……怖かったんだけど、さ」
だが、園枝の放った言葉は、然しものルーミアも予想外だった。一目見るに理知的な印象を受ける青年の事だから、何かしらの策謀があっての勝負だと思っていたのだ。しかしどうやらそれは、ルーミアの買い被りに過ぎなかったらしい。思わず、は?と疑問の念を含蓄した声を漏らし、弾幕を撃ち続ける事も中断してしまう。
「なんって、ねっ」
その瞬間、突如園枝は木陰から姿を現し、ルーミアへと向けて弾幕を放った。
自分が木陰から出て攻撃するだけの隙を伺っていたのだろう。ルーミアが攻撃の手を止めた後数秒も経たぬ内に、園枝は既に鞘へ溜め込まれていた妖力を、鞘を振る事で放出した。
その威力もサイズも、以前神社で試し撃ちした妖力の弾幕とは一線を画する物だ。
僅かに濁った赤い妖力の塊であることは変わらない。しかしそれは、直径2米にも及ぶ繊月の形で、少し掠めただけの枝葉が一瞬で消し飛んだ。オーバーにも思えるその威力の弾幕を、ルーミアは唐突な事で弾幕により相殺する事も出来ずーー
「うわわっ!」
黒い球体によって容易く防がれた。
「……………え?」
その様子に、今度は園枝が呆気にとられ、目を点にさせる。今確かに園枝の放った弾幕は、ルーミアを呑み込まんとしていた。園枝の目には、よもや触れていたようにも見えた。
しかし、その時。黒い球体が高速でルーミアの身体を覆い、弾幕を何事も無かったかのように防ぎ、消し去ってしまったのだ。すると驚く園枝を他所に、ルーミアを覆っていた黒い球体が消える。
その顔は、心なしか園枝への嘲りを含んでいるように見えた。
「ふー……まさかあれが作戦の内とは思わなかったわ。でも、惜しかったわね」
「な、なな、何、今のは…………」
見るからに狼狽え震える指先を向けて来る園枝に、先程の攻撃で本当は肝を冷やした事も忘れ、ルーミアはにやりと笑いかける。
「ふふん。今のは『闇を操る』っていう私の能力よ。普段は人間を逃さない為に使ったりするんだけど、こうやって防御にも使えるの」
闇を操る。字面にすれば単純なようにも思えるが、どうもその能力が如何なるものかを推測する場合、それは理解が難しくなるだろう。言葉通りの意味なら、精々闇を広げたり、闇の中を普通に動けるなど、その程度に思える。しかし今の効果を鑑みるに闇を操るというのは、闇を具現化させ、闇を形作り、闇を硬質化させるなどといった、戦闘に応用可能な能力なのだろう。妖力は下級妖怪並だが、いかんせん能力が強い。以前霊夢に、白狼は妖怪の実力ではどんな位置付けになるか、と尋ねた事がある。すると霊夢は、下級妖怪の中でも下の中程度だと言っていた。ルーミアの妖力量は見る限り、凡そ白狼の二倍。量だけなら十分相手取れるレベルの筈だった。しかし、あんな能力があるというのは誤算中の誤算である。
「そ、そんなの……アリかい?」
「寧ろ弾幕ごっこじゃ、自分の能力を上手く使うのが鍵だと思うの。自分の持った武器を使って、何が悪いの?」
「うっ……それもそうだね……あぁもう、どうしようか」
自分よりも年下ーーに見える少女に論破され口を噤み、園枝はこれからどうすれば良いかと対処法を考え始めた。園枝は先ず、妖力を出来る限り使わないでおく、という制限を自分に設けている。
理由は一つで、この先でも敵に遭遇した場合、今の内から消耗していては勝てないからだ。
下級妖怪を相手にしてこの様では、会う可能性が無いわけでもない異変の首謀者、或いはそれに準ずる程の実力者と会えば、抵抗すら出来ず蹂躙されるだろう。そう考えると、こんな所で無駄に使おうとはどうしても思えなかった。園枝の妖力は、所詮残留した仮初めの力。本来持ち合わせた者なら当然の、消費した妖力の自然回復も、園枝のものでは回復速度が段違いに遅いのだ。
通常の妖怪の回復速度を1とするなら、園枝は約5だと言う。即ち、通常の妖怪が3分で回復する妖力を、園枝は15分でやっと回復するという事。霊夢が異変解決に向かう前、そう言っていた。そしてふと、霊夢の言った頼まれたという台詞を思い浮かべる。
「(あぁ、あんな格好付けて任せてとか言ったのに、これじゃあ一生の恥だ。けどどうしよう、何かしら弱点でもあれば……)」
必死の形相で思索を巡らせながら、頭上から降る弾幕を走り避けていく。次第に疲弊のせいか、動きが鈍くなっていくのが自分でも分かった。現に今では、段々と身体の一部に掠めたり、足元の地面に撃ち込まれている。そんな焦燥感は、逆に思考を乱してしまう。そう分かってはいても、焦らずにはいられなかった。
「(どうする?どうする!?あの闇は無理矢理攻撃で破れないのか?いやけど、仮に出来たとしても多大な妖力を消費してしまう!それにあれで決めるつもりで撃ったからもう残量が少ない!さっきより更に早く不意を撃つか?いや、さっきの攻撃は自分でも満足出来る程だったのにそれでも仕損じた、増してあの手が警戒されて隙も出来ない今じゃ……)」
先程整えた息が、また乱れて来る。足が縺れて、移動速度は格段に落ちた。疲弊が遂に毒のように園枝の身体へ回り、動きを鈍らせた。
「ーーっごぁっ」
刹那、園枝の背に衝撃が走る。どうやら数撃たれた弾幕の内の一つが、背中を捉えたようだった。
無防備かつ警戒していなかった背中を撃たれた為に、意図せずして肺から息が絞り取られる。
衝撃に負け、園枝は勢い良く地面に倒れ込んだ。どうにか顔を守るが、落ちていた枝葉によりついた手を傷付けてしまった。
「(っっいっつぅぅぅ……非殺傷とは言っても、ちょっとした痣になるくらいの威力はあるんじゃないかな、これ……あんまり、ゲーム感覚の決闘とは思えなくなってきた)」
苦しみに咽びながら、よろり、と緩く遅い動作で立ち上がる。まだ継続するのは不可能ではないが、
パフォーマンスの低下は著しい。このまま続けた所で、ジリ貧の挙句無様に負けるだけだろう。
「(じゃあ、どうしようか……)」
極度の窮地に陥った園枝は、弾幕が降り注ぐ中、木に凭れ掛かり瞠目した。
どうせなら体力の回復に努め、思考を鎮静化させよう、という魂胆だ。
「(あれ、そう言えば……弾幕ごっこじゃ、スペルカードっていうのが有るんだっけ)」
すると彼の脳内に、一筋の光明が差す。
弾幕ごっこというのは、非殺傷かつ美しさも競い合うスペルカードルールという決闘法に基づいている。そしてそのスペルカードというのは、簡潔に述べれば必殺技だ。紙に技名を記し、発動時はそれを持ち技名を宣言する事で、スペルカードという必殺技は使用可能になる。
何も紙自体に力があるのではなく、それは宣言する為だけの物。スペルカードによる必殺技たる弾幕は、いつでも自由に放てるのだ。ただ宣言せねば必殺技を使ってはならない、というルール故。
「(スペルカード、か。魔理沙さんは確か、多くの霊力等を使用する、高威力かつ広範囲への強力な攻撃って言ってたな)」
それがどのような規模でどのような威力であるかは、未だそれを見た事のない園枝には分からない。
弾幕が今も尚轟音を立てているが、今の彼はそんな事など意にも介していなかった。
「(大規模攻撃って事は、それだけ溜めやらの隙も大きい筈。それなら、その隙を突けばいけるかな?でも相手が思い通り撃ってくれるとは限らないし、第一どうやって空中で、闇にも防がれない攻撃を放てばいい?妖力の消費を抑えたまま、気絶させるだけの一撃……)」
そこまで思考を巡らせた所で彼は不意に、ん?と声を出す。弾幕により起きる砂塵の中、園枝は周囲へと視線を向けた。
「(今ルーミアは上空10米程にいる。周囲は樹木だらけ。樹高は5米程だ。まだ鞘に込める程度の妖力は十分ーー)」
すると突然、園枝の顔が歪む。痛みに歪めているのでも、困って歪めているのでもない。
笑みだ。額に冷や汗を流しながらも、その顔は確かに笑みを浮かべていた。大胆不敵、そう形容するのが最も適しているだろう。
「……試してみよう」
そう呟くと同時。園枝は何を考えたか、自ら木陰から飛び出してきたのだ。ルーミアは自ら姿を現した園枝に驚きつつも、やっと諦めたか、という顔をしている。その思考は筒抜けで、どうも園枝は緊張感やら焦燥感が軽くなっていくのを感じていた。
「ねぇ、君も弾幕ごっこをする位だ。スペルカードは有るだろう?」
「スペルカード?有るけど、それがどうかしたの?」
やはりそうか。園枝は無意識の内に笑みを深めてしまいそうになったが、意図や作戦を悟られ警戒されては拙い、と慌てて顔の動きを抑制する。百合咲之剣を青眼に構えると、彼は声を張り上げた。
「今から僕はスペルカードを使う。君も余り長引かせたくはないよね?だから、互いのスペルカードに真面に当たるか、撃墜されたらそっちは負け……って言うのはどうかな?」
「ふぅん……良いよ。ずっと逃げられても困るものね」
好し、と園枝は頷いて返す。
「(後はーー自分の力を信じるだけ、かな)」
ルーミアは上着のポケットから一枚の紙を取り出した。それに倣い、園枝も紙を取り出す。
が、その内容は白紙である。これは行く前に霊夢から譲り受けたただの紙で、これに技名を記入して初めてスペルカードと成り得るのだ、詰まり、今園枝が持つ紙はまだスペルカードではない。
しかし、流石にこうも離れていてはルーミアも気付かないようだ。
「さて、それじゃ……一二の三、で同時に行こうか」
「了解、と言っても無駄だろうけどねー」
園枝を侮るような態度で、ルーミアがカードを構える。だが、園枝の心にはそんな安い挑発などまるで響きはしない。何故なら、心のどこかでは、どうにも負ける気がしなかったからだ。
ーーそれはこっちの台詞だよ。
「じゃ、カウントしよう」
「お好きにどうぞ」
負けないとは思っていても、やはりこんな瞬間は緊張感が生まれるというもの。
強く脈打つ心臓を鎮めながら、園枝は口を開けた。
「一」
喉がからからに渇いて、唇がぺたりとひり付く。今になってこの肌を刺すような戦いの雰囲気を、園枝は実感した。
「二」
撃たれた背中は今も滲むように痛んで、動く度に痛覚へとそれを訴えかけて来る。しかしそれもまた今の園枝には、大した障害たり得ない。
「三」
カウントの終了に両者同時に動き出す。かと思いきや、先に動いたのはルーミア。それも園枝より、圧倒的に早く動き出していた。
「夜符『ナイトバード』!」
初動はカードの宣言、そして次は手を園枝の方へ翳し、大量の青い弾幕を展開する。
確かに、それが大規模な必殺技と呼ぶに値する技である事は、一目瞭然だった。今までとは妖力の量が違い過ぎる。そしてだからこそ、園枝はカード名を宣言する事もなくーー
「フッ」
駆け出した。しかしその速度は、先程までの比ではない。見れば園枝の両足からは、赤いエネルギーが漏れ出している。妖力だ。詰まり、足にのみ妖力を込める事で、妖力消費を最小限に抑えつつ、移動速度を格段に引き上げたのだ。風をその身体で切りながら、凄まじい速度で走る。本来は戦闘中ならば、身体全体にかけねばならないが、幸い今は攻撃に当たらないことを前提に動いている。故に、速度に必要な足以外への妖力はいらなかった。
「え、えぇ!?ちょっと、何してるのよぉ!」
ルーミアが園枝の突発的行動に意表を突かれているが、そんな事は気にしない。
園枝が今意に介するのは、ルーミアの真下にある樹木だ。幸い、ルーミアは丁度いい位置に浮かんでいる。これならば、と笑みを深めた。
「いよ、っと」
そのままの速度を維持したまま樹木へと駆ける。スペルカードの準備に止まるルーミアは、園枝の姿を見失っていた。彼は今、自分の真下にある樹木を駆け上がりーー
「やっと近付けた」
その天辺から飛び跳ねて、ルーミアと同じ空中にいたというのに。
「ーーは、はぁ!?何で此処にーーというかスペルカードは!」
跳躍の勢いに従い浮遊した園枝に、ルーミアが顔だけを向けて困惑を言葉にしだした。
これが地上であれば、もう少し説明をしてやりたかった園枝だが、生憎と今はそんな余裕が無く。
「御免!」
「あうっ!」
ルーミアの脳天に、赤い妖力を漂わせる百合咲之剣の鞘が、強く叩き落された。
ーーーーーー
「ふぅ、終わったぁ……」
手加減した一撃とはいえ、無防備な頭部へ妖力を乗せた唐竹割り。
ルーミアはあの後気絶してしまい、仕方なく園枝が介抱する事となった。どうやら命に別状も無く、後遺症も、目に見える外傷も無く、唸りながらも眠っている。
「御免よ、騙す形になってしまって……それに、結局弾幕での勝負も出来なかったし。まだ未熟だったみたいだ……」
作戦自体は簡単だ。隙の多いスペルカードを誘発させ、飛行出来ないからと近くの木から飛び跳ねて空中へ上がり、驚いて防御の出来ない所を鞘で加減して殴り気絶させる。ただそれだけの、単純な思い付きである。
「しかし……なんだか、こんな少女を殴るって、後味悪いなぁ」
人食いの妖怪だとは分かっていても、容姿がこんな普通の少女では、多少なりとも心が痛むというもの。園枝は申し訳なさそうな表情をしながら、木陰に寝かせたルーミアを一瞥した。とても人を食えるとは思えない、幼気な可愛らしい顔。眺めていると、自分の使った手の汚さや酷い所業を実感してしまって、園枝は目を背ける。
ーーそれに先程まで抱いていた、いつもの自分とは何かが違う。そんな気持ちの悪い違和感を思い出してしまいそうで。
「……それじゃあ、さようなら」
答えの帰ってこないままに、園枝は霊夢達の向かった方向へと歩き出した。
少女の頭を大の男が容赦無く鞘で殴る。考えてみて下さい、悪の所業ですね。
自分でも書いていて「うわぁ、下衆じゃないか……」と感じました。しかも全然弾幕ごっこ出来ない主人公。
「そんな妖力無いし行けそう」→「うわ弾幕効かない直に殴ろう」
これはひどい(確信
ちなみに最後の所、ルーミアをじろじろ見てたのはロリコンだからと言う訳ではありません。