刀憑きの青年   作:桐竹一葉

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開幕注意喚起です!この話だけ異常に文字数が多くなってしまいました!
13000と結構なボリュームにです!内容はサブタイ通りの、紅霧異変編ラスボス戦です!
何故章別けしないのか?分ける程の話数ではないからです!←
平均文字数が一気に400近く上がって胃が痛いです!


赤き夜の血戦

「さて、と。折角二人きりになれたのだから、少しは気を抜いたらどう?」

「ぃ、や……そ、んな……」

 

紅魔館三階の大間にて、レミリアはその最奥に置かれた、装飾された椅子に腰を掛けていた。

その光景は玉座宛らで、そんな彼女を前にして園枝が真面に口を利ける筈もなく。掠れて上擦った声を、どうにか捻り出すことしか出来なかった。ふと、園枝は思い出す。幻想郷ではどうも、出会った人物達には直ぐに名乗り名を聞かれたものだと。そして相手は今、名を尋ねようとはしていないように見える。それがどうしようもなく不気味で、恐怖心という炎が更に強く燃え上がった。まるで、死にゆく者の名など聞く必要が無い、と暗に言われているように感じて。

 

「ふふ、まぁ当然よね。遥か格上の相手に遠回しに殺すと言われ、挙句その相手と二人きりで同室にいるんだもの」

 

レミリアは、そんな園枝の様子を見て愉快そうな笑みを浮かべる。強者の余裕というやつか、格下ながら園枝という敵を前にして尚、何の警戒もしていない。例えるならば、レミリアという王が園枝という賎民を前にしているような。しかしそんな態度を見せられても、園枝ではその悔しさを怒りのバネにする事が出来ない。只々身体は震えて、頭は恐怖で塗り潰されて、頭の中では保身の一色。出来る限り抗ってみよう、どうにか一矢報いたい、そんな小さな戦闘意欲すらも無い。

 

「……あ、の」

 

だが、逃げたいという欲求はある。強い生存本能が、恐怖で動けない園枝をどうにか突き動かした。

口先までぶるぶる振動して、喋っていないと歯がかちかち鳴ってしまう。それでも恐怖から逃れようと、どうにか口を動かした。

 

「……僕が、敵わない、事は、分かりました……だから……見逃して、もらえませんか」

 

必死の思いで、どうにか紡ぎ出した園枝の言葉。逃げ出せないかと、一縷の望みを掛けた一言。

 

 

 

「嫌よ」

 

 

 

そんな儚い希望は、酷く冷たい表情をしたレミリアに一蹴された。

予想していない訳ではなかった。寧ろあの口振りから、見逃して貰える確率が低いとは分かっていた。けれども、レミリアが言い放った呆気ない一言は、園枝の希望を打ち砕くのに十分であった。

 

「……弾幕ごっこは、殺し合いじゃ、ないんです」

「聞いたわ。けど、絶対厳守じゃないでしょ?殺したら重い罰則が課せられる事なんて、有るの?」

 

無駄なのか。胸に抱いた一筋の希望は、そんな絶望へと変化していく。心の中で灯っていた仄かな光が、黒い汚水に呑まれ消えていく。恐怖という濁流に心が蝕まれて、何も考えたくなくなる。

正常な思考が異常に、機能していた頭脳が静止し、生きる希望は無に帰し。

 

「……じゃあ、どう、すれば……どうすれば、死なないで、済むんですか……」

 

終いには、殺すと言った筈の相手に、助けを請うた。即ち、どうすればこの場を見逃して貰えるのかなどと、誇りも尊厳も捨て、見た目倍近くも離れたように見える少女を相手に、命乞いをしたのだ。

酷く無様で、酷く哀れ。しかし園枝のそんな姿に、レミリアは尚更笑みを深めて見せた。

但しその笑みは異様に気味が悪く感じて、怖気立ってしまう程恐ろしい、狂気の微笑みである。

 

 

 

「じゃあーー力の限り争って、私を愉しませて頂戴」

 

 

 

祈る園枝へと呆気なく提示された条件。それは余りにも絶望的で、実力差を鑑みるに叶わぬ事であると、一瞬にして悟ってしまうものだった。

 

「そうすれば殺さずに、後遺症も残さない程度で帰してあげる」

 

愉しませるなどと抽象的な表現をしているが、それを成すには今の自分がどれだけ実力不足か、園枝は理解している。突き出された条件は途轍もなく無慈悲で、確率にしてみれば二桁にも満たない成功確率だと推測出来た。

 

「っわ、分かりました……やります、弾幕ごっこ……」

 

されど、0ではない。愉しみの基準が分からない以上、それが絶対失敗であるとも限らない。

1パーセントでも生き残る道があるならば、その残された微かな生に、必死に縋り付く。

それが園枝の考えた事であり、そうする事でしか生き永らえない事を悟ったのだ。

 

 

 

「ふふ、いいわねーーその、怯えた眼差し」

 

 

 

刹那、園枝の首元にするりと、背後から何かが絡み付いて来た。同時に、僅かな風が肩まで掛かった漆黒の髪を揺らす。襟元を正すように優しく、けれどもその手は園枝の細首を確かに握っていた。しなやかで柔らかい、小さな手。それは赤く鋭い爪が生えている。この手は誰の手であろうか。自分の両手は今太腿を全力で握り締めている。この空間には、園枝とレミリアしかいない。ならば、この小さな手はーーレミリアに他ならない。

 

「あ、うわあああああ!」

 

首に添えられた手を振り解き、前へ逃げるように飛び出た。その際先程までレミリアが座ってい椅子を見れば、そこには彼女の小さなシルエットは影も形もなく。振り返った先、今園枝が立っていた場所のすぐ後ろに、レミリアは浮いていた。蝙蝠のような小さな羽を上下に動かしながら、にやにやと嫌らしく笑って。

 

「驚かせてごめんなさい。でも、もう勝負は始まっているわよ?ほら、好きなように掛かって来なさい」

 

言葉には出さずとも、園枝は激しく気が動転して止まない。

今どうやって背後に移動した?視線を外してはいたが、少し大きく動けば分かった筈だろう?抑これだけ早く移動しておきながら、妖力を欠片も感知できなかったぞ?では能力か何かではないか?

尽きぬ疑問が、湯水のごとく湧き出てくる。戦うのに不要な思考が、狂々、狂々と廻ってしまう。

そんな自分の頭を今は不必要と切り捨て、半狂乱になりながら、鞘に収まった百合咲之剣を強く掴んだ。

 

「っあぁ!」

 

よもやその少女に対し、ルーミアの時のような躊躇いも迷いも、其処には一切無かった。

眼前に在るこの少女は、殺すつもりで掛からねば勝負にもならない。そう分かっていたからこそ、

間合いを瞬時に詰め、胸部への刺突というえげつない手段を使う事にも、何のラグも無かった。

身体全体に行き渡らせた妖力を利用し、バネのように脚を使い地面を踏み抜き間合いを詰める。強化された膂力と速力で放たれた刺突は、鞘とは思えない程の鋭い風切り音を立てて、レミリアの胸へと吸い込まれた。

 

「ぐっ!」

 

確実に捉えている。園枝の刺突を真正面から真面に受けたレミリアは、勢いのままに後方へと吹き飛ばされた。入ってきた際のこの部屋の大きな扉を突き破り廊下まで、更に廊下の壁面すらも突き破り、紅魔館の外までも弾き出される。

 

「や……った?」

 

扉を派手に破壊した所為で砂塵が起き、周囲の視界は良好ではない。しかし今の一撃、少なくとも自分の中では、殺すという目的に於いては最高の一撃だ、と自負していた。

脚力だけではなく、膂力や腰回りにも満遍なく妖力を込め、ヒットの瞬間に身体の回転を加える事で更に威力を上昇させた、最高威力の刺突。即ち、腰の入ったパンチを打つ方法を刺突に加えたという事。距離も加速をするには十分な距離で、恐らく今の一撃なら、大岩だろうがこの鞘で貫く事も出来るだろう。

 

 

 

「ふふふ、ふふふふ…………今の一撃、素晴らしいわ」

 

 

 

そしてだからこそ、その高く幼い声が聞こえた時、園枝は一周回って妙な笑いが込み上げて来た。

声は先程までと何も変わりなく、苦し紛れに放った一言などとは到底思えない、艶美な声色。

煙が晴れれば、確かにいた。レミリアは突き破られた廊下の向こうの空中で、羽ばたきながら園枝を見ていたのだ。

 

「……嘘、だろ……」

 

その表情は、その容姿には似つかわしくない妖艶の顔。うっとりと、宛ら愛おしい者を眺める美女の如く、園枝を見据えていた。それが園枝には異様に恐ろしく、レミリアの姿から目を背けたいとさえ感じてしまう。

 

「残念ね、私は吸血鬼よ?高が胸を強打された程度じゃ、痛いで済むんだから。これが私じゃなかったらきっと、弾幕ごっこじゃなくて殺し合いになってたけど」

 

そう、レミリアは吸血鬼なのだ。吸血鬼とは元来不死の存在であると言われている。それは愉しませる、という条件には関係無いのだろうが、しかし確かに今の園枝では、殺す事はとても出来ないらしい。となれば、どうすれば殺せるのか。制止していた脳を廻し、必死に探る。そして即座に導き出された仮説は三つ。脳を粉微塵に破壊するか、身体全体を塵にするか、或いは吸血鬼の弱点と呼ばれる物を使うか。上記の順で難易度もまた高まっていく為、園枝は先ず脳の破壊を試みる事を決めた。

 

「さぁ、少しは私にも攻めさせて貰うわ!」

 

するとレミリアは洋館の外から、園枝の元へと一直線に飛来する。もう妖力を出し惜しみする必要も無い。身体の妖力を消さずに、鞘にも多大な妖力を込め、強く振り払った。そして展開された弾幕は、いつの頃か試しに撃ったのとはまるで違い、赤い百合の花弁のような美しい弾幕。

それらが振った鞘の軌跡から、優にルーミアの弾幕に匹敵する数が放出される。

見た事のないそれに自身が驚きつつも、地面を抉るその威力を見て、直ぐにどうでも良い事とした。

見た目などこの際どうだっていい。どんな変化が起きようがどうでもいい。今はただ、この吸血鬼を倒すだけの力があれば、他の事などどうだって良いのだ。

 

「あら、綺麗な弾幕。殿方には似合わないわね」

 

軽口を叩きながらも、レミリアはまるで止まらない。花弁の弾幕の隙間を、その短躯を活かして潜り込みながら、着々と園枝の元へ迫り来る。幾ら密度の高い弾幕を撃とうが、所詮素人のそれ。

量でしか攻められない園枝の弾幕は、レミリアにとっては温く感じられた。真面に妖力での強化を施されていない彼女の細腕は、しかしながら地をも抉る花弁を容易く弾いている。

 

「クソ!ならーーこれだ!」

 

高密度の弾幕を止め、鞘に込めた妖力を赤い斬撃として放った。何度も何度も、レミリアへ向けて鞘を振り続ける。これも厳密に言えば弾幕だが、花弁とはまた違うのだ。この繊月型の弾幕は、花弁型に比べて消費が少なく速度も威力も高い。その代わりに一発一発を当てるのは難しいという、謂わば狙撃銃のようなものだ。花弁型を小銃の乱射とするなら、繊月型は狙撃銃の狙撃。手で弾かれてしまうような小銃の軽い射撃なら、弾かれない狙撃銃の重い射撃に期待するしか無かった。

 

「ふぅん、使い分けが出来るの?中々器用なのかしら」

「随分と!余裕ですね!」

 

室内を高速で動き回りながら、悉く繊月型を交わしている。幾ら威力が高かろうと、それが当たらなくては意味がない。どうにか狙って振っているのだが、それにより軌道が読まれ避けられてしまう。

 

「ほら、行くわよ!」

 

その言葉と同時に、レミリアは室内の壁を足場に、高速で園枝に接近した。集中状態の園枝でも目にも留まらないその速さ、しかし目に見えずとも実戦での対策は考えている。それは、相手の妖力により相手の動きを感知する事。相手の姿が正確に見えずとも、相手の妖力はその相手が強大であればあるほど分かりやすい。だからこそレミリアのその突進にも、園枝は対応出来た。

 

「くっ、あぁぁぁ!」

 

突進の威力を殺さずに放たれた、レミリアの素手による殴打。それは彼女の小さな拳にしては有り得ない威力だったが、どうにか園枝は鞘を盾にする事で、腹部へ放たれていたそれを食い止める。

突進と殴打の衝撃で10米近く動かされたが、確かに両足を付いたままに、彼女の攻撃を防いだ。

流石にレミリアも、こうまで完全に防ぎきるとは思っても見なかったらしく、些か驚いたような表情を見せた。

 

「案外やるわね。その調子で、どんどん愉しませて頂戴!」

「言われずともそのつもりです!」

 

二人の声が廊下にまで響き渡り、同時に駆け出す。そして、園枝は鞘を振り回し、レミリアが躱しいなす。全力の園枝が振るう剣戟を、レミリアは未だ余裕の有る表情でいなし続ける。袈裟切り、左薙、腕を回しての逆袈裟、足の踏ん張りを効かせての逆風、唐竹、右切上、左切上、袈裟斬り、刺突。一切無駄なく流れるように振るわれる鞘は、赤い妖力で軌跡を描きながら、真紅の吸血鬼を打ち壊さんとする。演武にも演舞にも見えるその動作に、レミリアは目を輝かせていた。

 

「一撃が重いわ、人間にしては妙に力強いのね。それに、気迫がある」

「殺し合いも経験済みらしい(・・・)ので!」

 

レミリアは身体のすぐそこで聞こえる、鞘が起こす空気の唸り声を聞きながら、どうにか紙一重で回避している。時折髪の毛や服の一部に攻撃が掠ると、それだけでその一部が削り取られる程の威力。

しかしそれでも、レミリアは焦らない。所詮こんな短絡的で単調で単純な攻撃では、自分を殺すことは出来ない、と分かっているから。

 

「博麗とやらの戦いも見てて楽しかったけど、貴方は貴方で違う面白さがあるわね」

「あの人と比べられる程強ければ良いんですがね!あれを見てそんな自信は沸きませんよ!」

 

あれというのは、咲夜との勝負だろう。確かにこの戦いは、あれには遠く及ばない。

ルーミアとの戦いよりは遥かに高度であるし、この戦いも十分高度で白熱した戦いだ。

それでもあの神懸かり的な戦いには、どうしても辿り着けない。それは、レミリアに対し園枝の実力が付いて行けていないから。未だ本気にさせられないが故に、あのような激戦たり得ない。

 

「あの巫女は、確か妖怪退治の専門家なんだっけ?そりゃあ、あの程度は出来て貰わなきゃ困るわ」

「はっ、僕では役不足でしょうね!でも、負けたくはないんです!」

 

次第に、レミリアからの攻撃が加わり始めた。徒手空拳と雖も相手は吸血鬼、少女と雖も相手は吸血鬼、鬼の名を冠する怪物。豪、と空気が唸り、その都度放たれる小さく、それでいて強力な拳。

それを鞘による攻撃で弾くと同時に、攻撃へ転じる園枝。しかしレミリアはそれすらもいなし、或いは躱し、殴打を叩き込む。現状はそれの繰り返しだった。木と拳がぶつかり合う音、しかしそれは並大抵ではなく、一発一発の攻防の度に破裂音のような音が室外にまで響く。

 

「実力差は分かっている筈だけど?それでも勝ちたい、と」

「えぇそうですよ!さっき博麗さんも!あのメイドさんも言ってましたからね!お前の実力じゃもう無理だって!」

 

次第に、園枝の語気が荒くなり始めた。先程までの恐怖も絶望も薄れて、代わりに今の彼の心を埋め尽くしている感情は、大きく強い悔しさという感情だ。霊夢と咲夜から直々に言い渡された、戦力外通知。幾ら実力者達にそう言われようと、園枝の心はどうしても納得してはくれなかった。

あの時ほど、悔しいと思った事はない。あの時ほど、強くなりたいと思った事はない。

 

「力なんて要らないと思ってた!けど違う!とんでもなく悔しくって!苛立って仕方ない!自分の弱さが醜く感じて来たんです!」

「私には分からないわね。吸血鬼として生まれた私は、生来強い存在だったもの」

「そうでしょうね!でも僕は凡夫の人間!生まれが特別な訳でも!才能がある訳でもない!」

 

当の園枝も、もう何故自分がこうまで必死になって叫んでいるのか、分からなかった。

ただどうしようもない程に、荒れ狂う大海の如く心が荒ぶるのだ。抱いた激情は文字通り身を焦がし、血が沸騰して皮膚が発火したような錯覚を覚える程のもの。そこには恐怖も、怖気も、絶望も無い。只々、無力で無様な自分への巨大な憤りが在った。

 

「それでも納得出来ないんですよ!」

 

振るう百合咲之剣の妖力が、更に増していく。先程までとは段違いの攻撃の重みに、しかしレミリアは、寧ろ愉しそうに笑っていた。度重なる凄まじい攻防の衝撃と余波で、強固な筈の部屋は半壊している。爆発音が太鼓のように地を鳴らし、破裂音が銃声のように耳朶を劈く。

攻撃の重みで身体の芯をも揺さぶられ、熱戦と激情の相乗効果により、園枝の身体は火照りに火照っている。

 

「あんな少女達が次元の違う戦いを繰り広げる中!僕は全力を尽くしても貴方に弄ばれてる!」

 

身体に込める妖力が、底無しにも思えるまでに膨れ上がる。とてもここに来た当初の、弱小妖怪に類する程度の妖力量ではない。大妖怪、黒狼やレミリアにさえ匹敵する程の莫大な妖力を、五体と刀にのみ込めて繰る。踏み締めた床が減り込み、振るった腕が高圧の風を起こし、振るわれる鞘がその速度にブレて見える。これは今持ち得る彼の全力。リミッターの中での全力ではあっても、リミッターを解くような真似はしない。

 

「それが!それが堪えきれないくらい悔しい!」

 

だがそれは、決して人外と化してしまうという恐怖からではない。この刀を抜いてしまえば、確かに勝てる見込みはある。今の自分より強くなる事は確かなのだから、確率はそれだけで大なり小なり上昇する。しかしながら、それは同時に『逃げ』でもある。正気を保った自分では敵わないから、完全に他社の力に身を委ね、勝ってもらう。そんな事は、考えただけで頭がどうにかなりそうだった。

 

「苛立って!苛立って!苛立って仕方ない!この弱さがムカついて仕方ないんだよ!」

 

勝ちたい。目の前で今も尚笑う余裕の有るこの吸血鬼を、倒してやりたい。せめて、自分の手で。

刀に力を借りていようと、まだ今なら自分の手で勝てたとは言える。しかし一度抜いてしまえば、もう口が裂けても自分で勝てた、などとは言えない。そんな事は、この場でレミリアを満足させられず殺されるとしても、絶対に嫌だったのだ。

 

「あはははは!漸く鍍金が剥がれ落ちてきたわね!」

 

見るも恐ろしい、鬼の形相とは言い得て妙な園枝。彼に対し、レミリアは未だ笑い掛けていた。

仮にも人間の身でありながら、吸血鬼たる自分を相手に肉弾戦一本で、高が刀一本で此処まで張り合える。そんな存在がどうしようもなく愛おしく感じて、笑わずにはいられない。園枝が怒り叫び力を強める程に、レミリアは笑う。レミリアは園枝が豹変し始めた辺りから、既に妖力による身体強化を施していた。それでも園枝の一撃は、下手をすれば骨を折られかねない威力。幾ら瞬時に再生するとは言っても、園枝の攻撃一発一発が積み重なれば、再生が追い付かず、何かしら折れた身体で対峙しなくてはならなくなる。

 

「そうよ!男なら力が無い事を嘆くくらいしてみなさい!私のような怪物に翻弄されるのは悔しいでしょう!?」

 

そんな事は、レミリアとて許せなかった。これだけ面白い人間との戦いを自分の慢心や油断、傲慢で

終わらせたくはなかった。

 

今の戦いは、弾幕ごっことは到底呼べたものではない。美麗な物は欠片もなく、夥しい量の血が飛び、弾幕も撃たず己の肉体と武器のみで殴り合う。そんな戦いは弾幕ごっこでも何でもなく、ただの殴り合い、喧嘩だった。しかし、レミリアは満足している。弾幕ごっこでもなんでも良い、自分を楽しませてくれる戦いが出来るなら、どんな方法でも良かったのだ。

 

「あぁそうだな!最高に悔しいよ!恐怖も忘れて怒りに塗れて殺意を漲らせて!それでもまだ届かないこの現実がうざったくて仕方ねぇんだよ!」

 

咽頭が枯れ果てそうになり、自分の発する叫声で喉頭がじりじりと痛み、時折入るレミリアの咽喉への一撃で吐きそうになる。いや、血反吐ならもうとっくに吐いている。鮮紅色のものだけではなく、

暗紅色の黒が混じった血までもが、破損に破損を繰り返している床に撒かれていた。

園枝とレミリアの打撃の応酬は、一見園枝の方が若干相手にヒットしているように見える。

しかしその実、その稀に入る一撃は、レミリアの行動に支障をきたすだけのものではない。

寧ろレミリアの拳と脚が、園枝の五体を着々と苦しめている。

 

「うざったい!うざったい!うざったい!これだけやっても勝てない!こんだけ当てても倒れない!

何で俺に攻撃が入る!何で!何でだよ!これじゃまだ足りない!まだ弱いままだ!」

 

今し方放った園枝の叫びは、強い憤怒の中に僅かに悲痛な何かが感じられた。

痛みではない。確かに今の園枝は何箇所か骨に皹も入っており、右脇腹の肋骨はレミリアの蹴りで完全に折られている。骨折と叫声により呼吸は掠れて、それも又吐きそうになる理由の一端になっていた。しかし、それは違う。園枝の悲痛な叫びは、感情に関する深い何かが感じられた。

 

「いいえ、貴方は喜ぶべきよ!私を相手に此処まで生身で戦えるのだから!」

「巫山戯るな!慰めなんぞ要らねぇんだよ!要るのはお前への勝利だけだ!」

 

レミリアの高揚が浮き彫りになっているその言葉を、園枝は吐き捨てるようにそう返す。

言葉を返す際には、決まってその口から微量の血が飛び出していた。

これが園枝の生来の祥であったのかは、誰一人知り得ない。しかし、少なくとも今の園枝は、負ける事が嫌っていた。極度の負けず嫌いなのだ。慰めも、同情も、加減も要らない。そんな物は全て肥溜めにぶち撒けてやりたいとさえ思う程に。全力を出し切り、全力を出させ切り、その上で勝つ事で、今園枝は満たされるのだ、と自ら悟った。

 

 

 

 

「良いでしょう」

 

 

 

すると、レミリアが一度間合いを開いた後、そう呟く。その瞬間、今まで熱湯宛らだった空気が、即座に冷え切った。太陽の中が一瞬にして絶対零度となった瞬間は、さしもの園枝でさえ一時は、闘争心も勝利への渇望も憤怒も忘れてしまっていた。空気が、空間が変質したと言える。この凍て付く感覚は即ち、遂に吸血鬼の全力が露わになったという事。児戯に現を抜かしていた少女は、遂に本気を出す事にしたのだ。頭に昇った血は降ろせずとも、それは尚更この場の寒気を如実に園枝へと伝えている。レミリアの短躯から漏れ出している桁違いの妖力が、園枝の本能に本気であると訴え掛ける。

 

「一度、たった一度だけ、私の全力を見せてあげる。貴方を一人の敵として、認めるわ」

 

正直な所、今の園枝でさえそんな彼女の姿には僅かに、極僅かではあるが、戦慄してしまった。

頭で妖力がどうこう力がどうこう考えるのではない、本能へ訴え掛ける恐怖が放たれている。

背筋に冷たい水が伝うような感覚がして、一度だけぶるりと身体を震わせてしまった。

屈辱も屈辱。相手が全力を出した瞬間、今までの激情をも忘れて怖気付いてしまったなど、気が狂いそうな程に屈辱的。

 

 

 

 

「っははは……く、はははははは!感謝するぜ吸血鬼!」

 

 

 

 

だが、今度は園枝が笑った。大口を開けて、野蛮に。

屈辱的でありながら、何故笑うのか。それは至極簡単な事で、それ以上に嬉しいからだ。

相手がこの一時だけは、全力を尽くしてくれる。この一時だけは、自分を一人の倒すべき相手として見てくれる。それがどうしようもなく嬉しくて、屈辱をも吹き飛ばしてしまった。

笑いが止まらず、嬉し涙さえ滲んでしまう。好敵手という言葉が、ふと園枝の脳裏に浮かんだ。

何故全力を出してくれるのか。この際そんな事は些細な問題である。全力を出したレミリアにさえ打ち勝てば、それは強者の証明となるのだから。

 

 

 

 

「私の全力で放つ神槍、受けられるなら受けてみなさい!」

「来いよーー真正面からぶち壊してやる!」

 

 

 

 

そして、レミリアの妖力が彼女の小さな右手に収束されていく。その様は、まるで実を結び行く花のようで、美しいとさえ思えた。粒子のように小さい妖力が、段々と右手の中で形を成して行く。

だが、園枝も準備を欠かさない。

 

ーー今だけは、全て忘れてしまえ

 

園枝の思いに応える形で、不思議と彼の身を灼いていた激情達は、鎮まっていった。

煮え滾る熱湯が、即座に冷めていくような奇妙な感覚。それと同時に、半ば停止状態だった脳を再起動させる。脳を使う理由は、言うなればイメージ。脳内の伝達物質が超高速で回転し、脳内の想像図は神速で展開される。

 

 

ーー精神集中の極致、無我の境地に身を浸し

 

 

ーー敵の放つ冷気も妖力も敵意も意に介さず

 

 

ーー意識を傾け介するは己の肉体のみ

 

 

ーー全ての妖力。否、全ての力を集中させ

 

 

ーーそれら全てを己研ぎ澄ました心が如き刃と成す

 

 

ーーあの吸血鬼にさえ、死を連想させる兇刃

 

 

ーー絶対的な死。死の恐怖に踊り狂わせん

 

 

 

「…………嗚呼、それは」

 

 

 

この時を以って、園枝は一つの技を編み出した。必殺技ーースペルカードとも呼ぶべきか。

それが園枝の高回転し続けた脳内の中で、形となったのだ。然すれば、後は単純明快である。

脳内の想像図を基にしての、妖力による構造、構築、模倣。

この僅か数十秒で出来たそれらを妖力によって、精神世界からこの現実世界へと投影する。

刀、刀、刀。夢想すべくは、抜き身の百合咲。自身を蝕みし兇刃、百合咲之剣。

重花丁子の波紋は赤き月に煌めき、反り返った二尺七寸の厚い白刃が館内の惨劇を映し出す。

園枝は今、抜刀していない。手に持ったたった一本の百合咲之剣は、抜いていない。

 

 

 

「なんて、素晴らしいの」

 

 

 

見惚れてそう漏らしたレミリアの視線の先。園枝の背後より少し上方の空中にて。

其処には、幾千の輝きがあった。自分へと鋒を向けられた、その刀達。それらは紛れもなく、園枝が手に持つ刀と同じ代物であった。その質は、少々違う。園枝が持つ本体程の禍々しさ、美しさ、妖力は感じさせない。しかし確かにそれらは、瓜二つの百合咲之剣だ。

 

 

ーー赤き月、赤き館、赤き血、赤き瞳、赤き体、赤き心

 

 

ーー赤き世界に浮かぶ、幾千もの兇刃

 

 

ーー形容するなら其れは、『真赭の徒花』

 

 

ーー血という花弁を狂い咲かせ、命という実を結ばせぬその刃

 

 

「穿て」

 

 

ーーそれが今、小さな吸血鬼へと降り注いだ

 

 

「素晴らしい!素晴らしいわ!私も全力を以ってして、貴方を迎え穿つ!」

 

レミリアの右手にはいつの間にか、ある物が握られていた。

それは、彼女の体躯の四倍程も長い、赤の槍。

規格外の妖力が込められた銛のようなその槍には、周囲に赤い波動が渦巻いていた。

妖力で模られながら、神々しささえ感じられる、神話にさえ現れるような神の槍。

波動が空間を軋ませる程に強く発せられており、それは迫り来る幾千の刃、そしてその向こうの佇む園枝に向けられた。

レミリアという強力な吸血鬼が、全身全霊を以ってして創り上げた、園枝の為の槍。

 

 

「スピア・ザ・グングニル!」

 

 

それが今、幾千の刃へと飛び立った。迫り来ていた刃の一本が、神槍に触れる。刹那、拮抗すらも許される事なく、百合咲之剣の内一つは掻き消された。余りにも呆気なく、人が蟻を踏み潰すかのような蹂躙。

 

「いえ、まだです」

 

しかし、蟻は時として人をも殺す。一匹では弱くとも、蟻は幾千と集い他の生物を食い散らかす。

一本では何の意味もないと即座に理解した園枝は、大量の刃を一箇所へ、完全同時に集中砲火させる。集中させた場所は勿論、神槍の紅蓮の鋒。全方向からたった一箇所へと、全ての百合咲之剣が降り注いだ。

 

「多勢に無勢ーーけれど、拮抗しているわね」

 

レミリアの呟き通り、園枝の死力の結晶と彼女の全力の結晶は、完全に拮抗していた。

甲高い金切り声の如き衝突音が、館内に響き渡る。ぎちぎち、ぎりぎり、耳を劈くようなぶつかり合う音。

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

それが、何方から漏れ出した苦悶の声であったかは、定かではない。しかしその拮抗は確かに、

崩れようとしていた。

 

 

 

「たった一本の槍に……押し負けてるって言うのか」

 

 

 

どうやらそれらは、園枝の言葉であったらしい。時間にすればたったの10秒程度の、極僅かな短い時間。それだけが拮抗を維持していた時間であり、10秒後には既にそれが崩れようとしている。

百合咲之剣の一本一本が、段々と押し負け、集中させておきながら消され始めたのだ。一本が掻き消される度に、見た目とは違い、ばしゅ、と煙になって消えたかのような音がする。それが今や幾度となく音がして、鳴り止む事を知らない。

 

「っ負ける、な……」

 

既に園枝の身体は、限界をとっくに振り切っていた。幾ら感情でカバーしようとしても、完全には仕切れておらず。意図せずして、園枝は地面に膝を付いてしまった。あの『真赭の徒花』には、園枝の現存する妖力が全て込められている。と言うより、あの量と質で創り上げるには、最低でも全妖力を振り絞らねばならなかった。

 

「……勝つんだ」

 

祈りを込めた声が、園枝の口から放たれる。しかしその声も、刃が蹴散らされ消える際の音に掻き消されてしまう。園枝の心には、再び暗い感情が芽生え始めていた。それは、絶望。

 

「これだけ、やって……勝てないなんて……」

 

闘争心や憤怒により赤に染まっていた精神が、段々と絶望という漆黒に塗り潰されて行く。

出せる限りの力を尽くして、文字通り満身創痍にまでなって、未だ嘗てないほどに心も体も脳も酷使した。それでも尚、遊びを一時止めただけの相手に、負けてしまう。そう考えていると、どうしても心の中が仄暗くなっていってしまった。思わず俯いて、床を見る。荒れに荒れた床は、自分の精一杯の尽力の証でもある。それを見ていると、どうしても涙が滲んでしまった。結局自分では敵わない相手だったのか、と。

 

 

 

「これ、は……」

 

 

 

しかし、そうして俯いていた園枝の耳に、レミリアの驚きを隠せていない声が届いた。

何事かと徐に顔を上げようとした時、ふと彼はある異変に気が付く。煙になり消えたような音だけではない、何かに皹が入るような、聞き覚えのない音が聞こえたのだ。そして、まさか、とそれへの期待を抱きながら、突如頭を上げる。

 

「……あ、あぁ!」

 

園枝の期待は、確りと叶っていたのだ。翌々見れば、百合咲之剣の群集の中垣間見える神槍に、僅かながら亀裂が走っていた。兇刃が衝突している箇所から広がり、少しづつだがその範囲は広がっていっている。時を経る度に、その神槍が音を立てて軋んでいた。

 

「行け!打ち破れ!」

 

心の底からそう願いながら、崩れた姿勢のまま拮抗を見届ける。体勢を立て直す必要はない。

どうせこれで競り負けてしまうようなら、もうどう足掻こうがレミリアには勝てないと察しているから。否、よもや今の体と妖力残量では、足掻くことすら出来ない筈だ。

 

「頼む!勝ってくれ!」

 

ただ只管に、強く強く祈る。ぼん、と消えて行く音も、びし、と皹割れて行く音も、園枝には厭に鮮明に聞こえる。だがその音は、どうにも消える方のペースが早いように感じてしまった。

ぼん、ぼん、ぼん、ぼん、と一秒に三本程も掻き消されている中、皹の音は十秒に一回程度の頻度。

園枝は思わず、目を背けてしまう。直視するのが、どうしようもなく怖かった。負けてしまうのではないかと、思いたくはなかった。俯いて歯を食い縛り、音をなるべく気に掛けないように努める。

それでもその大音は、園枝の耳朶を打ち続けーー

 

 

 

 

 

ーーぼう、と風を受ける音と共に、急激な加速の気配がした。

 

 

 

 

 

「あぁ…………駄目だったか」

 

今の今まで衝突していた空間を見遣れば、既に幾千の刃は消えていた。そして其処に残っていたのは、赤い神槍。いや、其処にはもう残っていない。今は、園枝の方へと迫り来ている、といった方が正しかろう。

 

「……勝てなかったなぁ」

 

園枝は静かに目を閉じ、敗北を悟った。膝から徐に崩れ落ち、身体を臥せる。もう、何もする気力も体力も無かった。回避行動も取れず、後出来るのは、迫る神槍に身体を貫かれる事だけである。

 

 

 

「あー……悔しいや」

 

 

 

しかし園枝の言葉には覇気も含蓄も無く、その心は不思議と蒼穹の如く晴れ渡っていた。

園枝は神槍着弾までの間、極僅かな刹那の時間で、ある事を考える。

きっとこうも晴れやかな気分なのは、全力を尽くし、全力を出してもらえたからではないか、と。

園枝の目標は勿論、レミリアに真っ向から抜刀せず勝つ事だった。しかし、最初から心の何処かでは、このままではどう足掻いても敵わない事は分かっていたのだ。だからこそ苛立ちは募って、激情に駆られてしまったのだろう。だがそんな相手に、一回のみとは言え本気を見せてもらえた。

一人の敵として認めてもらえた。ならばよもや、この戦いに悔いは無かろう。

だからこそ、園枝は快い気分なのだ。

身体へ酷使に酷使を重ねた所為で、既に重体を呈している。

喉は攻撃されたのに加えて叫声で、既に荒れきっている。

しかしその心は酷く静穏で、只この人生も終わりか、と諦観だけがそこにあった。

もう風を切る神槍の音は、すぐそこまで来ていて。疲弊と痛覚で薄れ行く意識に、身を委ねんとする。

 

 

 

 

 

「よくやってくれたわ」

 

 

 

 

しかし、その時であった。先程聞いたであろう、ある少女の声が聞こえてきたのは。

 

「……少しはお役に、立てましたか、ね……?」

 

園枝は一度だけ僅かに目を開き、ふっ、と穏やかに微笑んだ。倒れ伏す彼の前に、強い霊力が溢れ出す。この霊力は、先程銀髪の少女と共に感じた力だった。冷たいような感じがして、けれどその実仄かな温かみが有って。そんな霊力は、園枝の知る限り一人しか持ってはいない。

 

 

 

「えぇーー十分よ」

 

 

 

博麗霊夢は迫る神槍を前にして、地に臥した園枝の前へ立ちはだかった。




はい、一応私的には気合を入れて書きました。
「いや多すぎるでしょう……」と思われてしまうやもしれませんが、これはあれです。
やっぱりラスボス戦だからこそ、量を多くしたかったのです。後伏線とかも盛り込んだり、と。
ルーミア戦に比べてずっと戦えるのは、レミ嬢が主人公の土俵で態々戦ってくれたからで、本気で殺すつもりなら勝負にもなりませんでした。

分割しろって?はい仰る通りです、申し訳ございません。
宜しければこの話などにアドバイスの一つでも宜しくお願い致します。

因みに、これ以降はまた暫くの間、和気藹々とした雰囲気に戻ってしまうかと思われます。
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