刀憑きの青年   作:桐竹一葉

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こういった平仮名5文字のサブタイでは、少々特殊な物を扱います。
お読み頂けると、後々の物語に影響が与えられるかと。俗に言う伏線という奴ですね。
あと今更感満載なのですが、この短期でのUA2000突破感謝申し上げます!お気に入りも27と、大変嬉しいです!感想なども、私なりに精一杯長文で返しますので宜しくお願い致します!←


靉靆と莞爾、綯い交ぜの日常
もうひとり


「本当に……何だ、これ」

 

目が覚めた時、園枝は深淵の中にいた。一切の光も無い、完全なる闇の世界の中。首を動かすも、その視界に何も捉えられず、耳を澄ましても聞こえるのは自らの呼吸と鼓動のみ。酷く静かで、酷く物足りない。つい先程まで自分の中にあった激情も、激痛も、今は何一つ存在していなかった。

この空間は、いつしか見た悪夢を思い出す。然し乍ら、今この場には虫も骸も目も無く、有るのは何故かこの闇の中はっきり見える自分の裸体に、広がる闇の世界のみ。最初はいつ悪夢が再来するのかと慄いていた園枝だが、次第に何も起きない事に気付き気が抜けていた。

 

「ただ、何も無いんだったら早く帰りたいなぁ」

 

そうぼやきながら、特に考えも無く闇の中を歩く。この場にいても意義は無いし、この場はどうもいると不安に駆られる気がした。故に、その漠然とした暗い感情を掻き消すために、只々歩き回る。

ある筈もない、見える筈もない出口を探すように、一歩一歩不確かな闇の地面を踏みしめて。

この不可思議で居心地が悪くて、絡み付くような不気味な気配を感じるこの世界から、早く出なくては、と焦燥に駆られて。

 

「ったく、ずっと此処にいろっていうのかな」

 

 

 

「いいや、直ぐ帰れるさ」

 

 

 

 

園枝は暫しの間、その声に応える事も、その声を疑問に思う事も、その声のした方に見向くことも出来なかった。至極無表情で、何気ない動作で歩みを続けている。それは確かに、今歩いている園枝の口から漏れた言葉では無かった。

 

「ーーーーあれ?」

 

ふと、その声の後数歩歩いて立ち止まる。ぴたりと歩む両脚が止まって、目が段々と見開かれていく。今しがた起きた出来事に、抱いていた違和感が着々と膨れ上がっていく。

自分は今声を発しただろうか?自分の心の声は外に出るようになったのか?今自分は口を開いただろうか?今自分は一言しか発していない筈だろう?ならば何故ーー

 

「……僕の、声?」

 

園枝はそう呟いて、声のした方向、背後へと向き直った。

 

「ひでぇなぁ、無視かよ」

 

其処には確かに、園枝以外の人物がーー否、これはよもや、以外などと呼べるものだろうか。

背丈は174程度の、服を着ていたなら細身に見える体型。しかしその実、中々に筋肉質な肉体であった。筋張った腕、微かに浮き出た僧帽筋、力まずとも隆起のくっきり現れた腹筋、折らずとも盛られた上腕二頭筋、陰影の分かり易い前腕屈筋群、大腿直筋や外側広筋、腓腹筋もまた見事に膨れている。絞りに絞り抜いた身体、そう見えるが、園枝はそんな印象など受けられなかった。

白百合の如く純白の、肩まで伸びた細く長い直毛の髪が動く度に揺れる。その双眸は赤い、けれどもレミリアのような煌々と輝くのではなく、どろりと滲むような暗い赤。

丸っこい輪郭をしていて、瞳は大きく鼻と口は小さい。本来の年齢よりも、些か幼いように見える。

この青年の姿。今その口から発した声は園枝と同じ。これは即ちーー

 

 

 

 

「ぼ、僕のーー僕と、同じ姿?」

 

 

 

 

今迄歩いていた黒い髪に黒の目の園枝に、声を掛けた白い髪に赤い目の園枝。

白髪の園枝は、にやりと、寒気のするような不気味な笑みを浮かべた。

 

 

 

「当たり前だろうよ。俺はお前だぜ?」

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「ま、取り敢えず座れよ」

「え……あ、うん」

 

白髪の園枝が、ただ指をぱちんと鳴らす。それだけで、突如闇の中から円形の小さなテーブルに、円形のチェアが生えて出て来た。白と黒の四角形が点々と描かれている、小洒落たデザイン。白髪の園枝に続き、黒髪の園枝も腰を掛ける。裸体では格好が付かないという事で、先程も同じように白髪の園枝は衣服を用意してもらった。無論、同じようにずぐずぐと黒い闇の中から出てきたのだが。

黒髪の園枝は、今まで着ていた霖之助の服ではなく、霊夢に買い与えられた藍色の浴衣。

白髪の園枝は、一々着る服を考えるのは面倒という事で、園枝と同じ浴衣の赤いもの。

姿も衣服も似ている二人が向かい合って座っている光景は、どうにも可笑しい。

 

「んで、元気してたか?」

「え?えっと、うん……まぁ、元気だし、楽しくもあった、かな」

「ほぉー、そりゃ重畳」

 

頬杖をつきながら、白髪の園枝はにやけながらそう言った。何気なく指を鳴らすと、今度はテーブルの中からティーポットとティーカップが出てくる。ティーポットから手早く紅茶を注ぎ込むと、白髪の園枝は注がれたカップを手に取り、口につけた。

 

「……えと、便利だね、それ」

「ん?あぁ、これか。此処ならお前も使えるから、試してみろよ。例えばこの紅茶も、想像すりゃ茶葉だって自由に変えれる」

 

因みに俺が飲んでるのはジョルジって奴でさ、と講釈を垂れ出した白髪の園枝に、黒髪の園枝は適当に話を合わせておく。その実、頭の中では具現化のイメージを巡らせていた。

今出してみようと考えたのは、煎茶。博麗神社でよく出された、あの出涸らしの茶。

試しに湯呑み、そしてその中に入った茶、その味を想像し、座標をテーブルの上と念じると、指を一度鳴らしてみた。

 

「う、うわ……本当に出た」

「ははは、随分驚いてんな」

 

すると本当にテーブルの中から、神社でよく飲んでいたあの茶が出てきたのだ。

薄められている匂いも、少々使い古された形跡のある湯呑みも、しっかり再現されている。

試しに手に取ってみると、あの温さまでもが同じ。これには驚くのも無理はなかろう。

 

 

 

「まぁ、此処は俺とお前の精神世界だからな。よく知った物、簡単な物なら、こうして出せる訳だ」

 

紅茶を飲みながら、平然と白髪の園枝がそう言った。

 

 

 

「……な、何だって?精神世界?と言うか君と僕の?」

 

そして、その言葉に驚くのもまた、無理はなかろう。

もしも、もしもその言葉が嘘偽りの無い真実であったとするならば。

それは詰まり、この白髪の園枝と黒髪の園枝は、全くの同一人物であると言えるのだから。

確かに、容姿はほぼ完全に同じだ。髪は白く目は赤いが、それ以外は時折鏡やら水面やらに映る黒髪の園枝の姿と変わり無い。それでも、同一人物であると信じるには足りなかった。

幻想郷という超常の場所を知った今、姿形を完全に似せられる程度は、例えされても有り得るな、程度にしか思えない。だが、此処は両者の精神世界だと言う。

 

「言ったろ?俺はお前なんだ。同一人物だよ、紛れもなく。だからこそ精神世界で共存出来てるし、

お前も俺も具現化が使えるのさ」

 

頭を殴られたような、強烈な衝撃を黒髪の園枝は感じていた。もう常識など捨て去った筈だったが、

流石にこれには理解が追いつかない。幾ら姿形が似ていようと、幾ら精神世界で共存出来ていようと、目の前のソレと同一人物などとは、到底思えなかったのだ。

 

 

 

「……き、君みたいな、そんな恐ろしい感じ。絶対に僕からはしないよ」

 

 

 

黒髪の園枝が精神世界に来た時から感じていた、漠然とした不安や居心地の悪さや不気味な雰囲気。それはきっと、目の前の自分擬きが原因だったのだと、園枝は出会った瞬間に悟っていた。

 

「はは、何言ってんだよ。俺の何が恐ろしいって?」

 

そう言って、白髪の園枝は笑う。これだ、と黒髪の園枝がぶるりと身体を震わせた。

この白髪の園枝が浮かべる嗤う顔が、どうしようもない程に悍ましく、そして気分が悪くなるのだ。

激しい嫌悪感と恐怖感。その二つを、笑み一つで黒髪の園枝に与えに来る。

我ながら、そう悪くもない顔立ちだとは思っていた。幼いが、形や部品自体は整っているとは思う。

だがそんな顔が、白髪の園枝は微笑むだけで、醜悪で不気味な悪魔の微笑みに変わるのだ。

屈託のない笑いなどではない。寧ろ含蓄だらけ、凶兆すらも感じさせる、狂気を孕んだ気色の悪い笑みである。

 

 

 

「…………へぇ、気付いてたか。流石に半分俺なだけあって、そこまで鈍くもないみてぇだな」

 

 

 

今漸く、黒髪の園枝はある事を悟った。この白髪は、自分ではないのだ、と。

自分と同じ姿の、しかし中身は全く違う化け物であると。それは、その言葉と共に白髪から発せられた、重苦しい圧力故であった。剥き出しの脳味噌に手を掛けられているような、そんな錯覚すら覚える程の。その圧力だけで、呼吸をもし難くなり、立っている事さえ辛くなる。この闇の空間諸共が、軋んでいるようにも思える。

 

「っくぅ……」

 

園枝の目には今、白髪の姿が違って見えていた。自分とは、似ているようで全く異なる存在なのだと。その背中に、巨大な蜘蛛のような姿を幻視してしまった。それは白髪がしている、園枝を見る目が原因だろう。獲物を狙う蜘蛛のように恐ろしく冷たい、そして研ぎ澄まされた刃のような。

けれども白髪の赤いその瞳には、何やら強い感情が垣間見えた気がした。

 

「お前は知らねぇーーいや、覚えちゃいねぇだろうがな。俺はお前をずっと恨んでいたんだ」

 

それは、強大で濃密な怨恨。呪怨であった。血色の瞳が、憎悪の炎を燃やしながら、園枝を見据える。それは、見つめられているだけで可笑しくなりそうな、強過ぎる感情が確かに感じられた。

園枝は身体の震えを止められない。その気迫、その威圧感は、宛ら捕食者の様に。

蛇に睨まれた蛙、その言葉を二人は呈していた。だが園枝とて、一度は修羅場を見た事はある。

この程度で怯えたまま、何も言えないなど許せなかった。どうにか震える口先を動かして、怯む心に喝を入れる為に大きな声を発する。

 

「僕は、僕は君との関わりなんて無かった筈だ!僕は君なんて知らない!」

 

必死の形相で捻り出した言葉。それは、一時白髪の行動を止めさせ、呆気に取らせる事適った。

目の開閉を繰り返し、威圧感も消えたままで園枝を見詰める。

 

 

 

 

 

「っはは……っくはははははは!こりゃ傑作だワ!」

 

 

 

 

 

しかし次の瞬間、白髪は大きく笑い出したのだ。大きく口を開けて、嘲りすら混ざったような笑みを浮かべ、高く嗤う。何を笑っているのか、園枝にはまるで分からず、その状況に理解及ばず、次に目を開閉させたのは園枝だった。その嗤う声は全くもって自分と同じ、自分そのものの声である。

だと言うのに、白髪の発するその声に、自分の心が荒ぶるのを園枝は感じていた。白髪に嗤われるというのが、無性に苛立ちを感じてしまうのだ。

 

「何が可笑しいんだ!」

「何がって!だっておめぇよぉ!自分の人生を振り返ったかのような口振りだったからよ!ひゃはははは!」

「それの何が可笑しいって言ってるんだろう!」

 

園枝も苛立ちを抑えられず、語気を荒げて白髪に問うた。すると白髪は、突如高笑いを止めた。

否、意図して止めた様子ではない。何処か呆れたような、参った風に雪のような純白の髪を手櫛で掻き上げた。一つの溜息と共に、マジかよ、と小さく零す。

 

「お前、まさか疑問に思わなかったのか?」

「……何がだよ」

 

不意に、白髪が再び笑みを浮かべた。但し、それは嘲るような不快なものではない。

 

「そんなら、少し聞きてぇなぁ」

 

悪巧みをしている最中のような、何かしら嫌な思惑を巡らせているであろうものだった。

全身の毛が逆立って、思わず息を呑む。ごくり、と大きい音と同時に、白髪は徐に口を開いた。

 

 

 

 

 

「お前、幼少の頃の記憶なんてあんのかよ?」

 

 

 

 

 

白髪の言葉を聞いた時。その瞬間だった。その言葉を意識に介しただけで、決して意味までは理解出来なかった筈だ。それだけ一瞬の、僅かな時間だ。

 

 

 

 

「ーーう」

 

 

 

 

しかしその言葉を聞いた瞬間に、園枝はある違和感を覚えた。胸に穴が空いたかのような、奇妙な喪失感。そしてそれに次いで、その穴から黒い何かが流れ出したような、不快感。

 

「…………幼少の、頃」

 

漸く意味を飲み込んだ園枝は、白髪の問いを反芻する。幼い頃の記憶、そう白髪は宣った。

そして、記憶という名の海の中へ、白髪へ覚えていた恐怖も忘れて潜って行く。

 

「幼い頃…………昔」

 

幼い頃。それはとても抽象的な表現で、具体性に欠ける。白髪の言うそれがいつの話か、どんな話かなど理解出来なかった。だが、園枝は今、白髪の言葉を理解し始めようとしている。

 

「…………昔?僕の、過去?」

 

幼い頃。園枝はそれを生まれた時から、即ち原初から遡って考えようとしてーー追憶という潜水を止めた。

 

「僕…………の、過去?子供の、頃?」

 

最近という浅瀬から、原初という深海へ潜ろうとした時、園枝はある異変に気が付いたのだ。

 

 

 

 

「記憶……が……無い」

 

深海という場所が枯渇し、枯れ果てていた事に。原初という有らねばならない筈の存在が、自分の中から欠落していた事に。原初が抜け落ちていた事に。

 

 

 

 

「だよなぁ?当然だよなぁ?寧ろ、何で今まで気に掛けなかったんだよ?まさかクソジジイの仕業か?」

 

白髪の問いに、園枝は答えない。答えられる精神的余裕が、一切無い。

次第に、園枝の身体ががたがたと、最初は小刻みだったのが、大きく震え始めた。

白髪はそんな園枝の様子を一瞥し、ふっ、と鼻で笑う。

 

「訳は分からねぇが、どうやら今まで細工が施されてたみてぇだな。だが、無駄なんだよ。俺を使った時点で、てめぇはもう後戻りーーいや、逃げる事なんざ出来やしねぇ」

 

彼の言葉には、節々に怒りや憎しみなどといった、強く黒い感情が感じられた。

しかしそんな白髪に意識を傾ける事もせず、園枝は頭を抱え、身体を震わせ、蹲った状態で、ぶつぶつと何かを口走り続けている。狂ったように、などとは言えない。園枝の様子は、狂っている様ではなく、狂っていた。麻薬に浸り脳を壊した中毒者宛らに、何度も何度も何度も、小さい呟きを繰り返す。

 

「昔、昔、昔…………記憶?僕の、僕の幼少の頃は……いつ?存在が確認できない、僕の幼い姿。何だった……それは、何だった?齢1……2……3……4……5……6……7……8……9……10……11」

「あー無駄無駄。てめぇの記憶なら、12までは無くなってるんでな。だが俺はーーいや、言っても聞けねぇか」

 

闇の空間の地に額を擦りつけ、譫言を抜かし続ける園枝を傍目で見ていた。弱い奴だ、と。

 

「この程度で取り乱すかよ……成る程、逃げ出したのも頷けるぜ」

 

白髪が忌々しげにそう吐き捨てると同時に、突如上方から妙な音がした。

ぱきり、と。硝子に皹が入ったような、この場では有り得ない音。試しにティーポットやカップ、テーブルやチェアまで確認してみる白髪だったが、皹割れた痕跡は無い。

すると彼は何かを感じ取ったように、具現化した物全てを指を鳴らして消し去った。

 

「どうやら、もう時間みてぇだ。本当なら最初に油断させて、ここでやっとくつもりだったんだが…………まぁ、何れは次が訪れるだろ。寿命はまだだし、焦る事もねぇ」

 

すると白髪の言葉に応じるかのように、突如全方位から硝子に皹が入るような音が響く。

どうやら、それはこの空間自体から鳴っている音だったらしい。白髪は一層不快で、かつ深い笑みを浮かべて、蹲る園枝の前へと歩み寄った。

 

 

 

「てめぇは不完全だ。てめぇは相応しくねぇ。てめぇは狡猾で卑怯なクソ野郎だ。だからーー何れは返して貰うとするぜ」

 

 

 

暗黒一色だった深淵の世界は、音を立てて崩れ去る。




ちなみに、アルビノ版主人公は物語に直接関わる事はありません。
その為、そういう意味では主人公と同じ存在だと御考え下さいませ。
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