刀憑きの青年   作:桐竹一葉

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最近、少し全話のサブタイを弄ってみました。特に意味があった訳でもなく、ただの拘りと自己満足です。
因みに更新速度が遅かったのは、最近の立て続けの事情のせいです……こんな作品を楽しみにして頂いていらっしゃる方には、本当に申し訳御座いません。


この痛みが示す事象

「へー……スカーレットさんは吸血鬼なのに、十字架は大丈夫なんですね」

 

「勿論、日光や流水なんかには弱いけれど。大体、何でそんなものにやられなくちゃいけないのかしら?」

 

「えぇ?そうだなぁ……強過ぎる力を抑える為のセーフティー、と言いますか」

 

「確かに、生来私は強い力を持ってたけど。でもそれなら、霊夢なんかにも弱点が有って然るべきじゃない?人間なのにあれだけ力が有って、何の弱点も無いのは可笑しいわ」

 

園枝の起床から一時間程しか経っていない筈なのだが、既に彼はレミリアとの談笑を、何ら変わった様子も無く楽しんでいた。怯えているどころか、警戒する素振りすらまるで見えない。

既に様式となりつつあるが、園枝は最初、自らを姓で呼んで欲しいと話したのだが、案の定レミリアは彼を名前で呼んでいる。逆にレミリアは名で呼ばれる事が多い為、姓で呼ばれるのは新鮮だったらしく、満更でもないようだ。彼女も緩く穏やかな雰囲気で、卓を挟み園枝に笑みを見せている。

尤も園枝の方は怪我で満足に動けない為、布団に寝そべり顔だけを向けての談話だが。

 

「あぁ、あの人は……ちょっと、常識とは掛け離れた場所にいるんでしょうね」

 

園枝は何処か虚無的な口振りでそう零し、紅霧異変の顛末を頭の片隅に思い浮かべた。

園枝が伏し意識を失ったあの後。霊夢は、既に体力と妖力を削られていたレミリアを相手に、一気に畳み掛けようと猛攻を仕掛けたらしい。無論、あの時の園枝よりも数段格上の霊夢では、如何にレミリアと言えど対応し切れないのは明白。結果、霊夢はレミリアの切り札たる神槍を一度見ていた事もあり、首謀者との戦いにしては意外な程呆気なく終わったと言う。

園枝はそれを聞いた当初こそ、自分の意地も無駄ではなかったか、と喜んだものだ。しかし翌々考えてみて、それは前向き過ぎる思考ではないか、という思いもまた生まれてしまう。

自分がいようがいまいが、きっと霊夢なら問題無く解決出来た筈だろう、と。

 

「えぇ、正直侮っていた。流石に人間でありながら、躊躇い無く私達に喧嘩を吹っ掛けるだけあるわ」

「まぁ、以前から経験があるようですし……何より博麗さんは、そういった『異変』を解決するのを生業にしていますから」

「異変……あぁ、赤い霧ね。確かに霊夢の戦い方は、慣れた感じだったわ。貴方は手探りで戦っているような、そんな印象を受けたけど」

「はい、実際手探りでしたね。何せ、ああして戦ったのは二回目ですから」

 

ふぅん、と適当に聞き流そうとしたその時。レミリアが園枝の発言に、突如目を大きく見開いた。

赤い瞳が曝け出されているその姿は、既に敵対していないにも関わらず、園枝を怯ませる。

 

「に、二回目!?じゃああれ以前は一回しか戦った事が無いの!?」

「え、えぇ?そうです、けど……一回目は狼の下級妖怪と、程々に戦いました」

「…………」

 

すると何故かは分からないが、今度はレミリアが肩を落とした。何か失言をしてしまったかと、内心焦る園枝に、彼女は呆れような眼差しを力無く送る。

 

「それ、ほぼ実戦経験皆無って事じゃない……」

「はぁ、まぁそう言えばそうですが。でも、スカーレットさんが考える程、僕は凄い事をしてはいませんよ」

 

訳が分からない、と次にレミリアは肩を竦めた。忙しない人、ではなく吸血鬼だな、という考えが浮かぶもの、それは直ぐ様園枝の頭から消え失せる。何故ならもっと大きな、別のある考えが浮かんだからだ。それは、レミリアの言った実戦経験皆無、という言葉に関するもの。

 

 

 

「僕はあの時ーー少し、おかしかったんです」

 

 

 

園枝の消え入るような、急に雰囲気の切り替わった小さな呟き。レミリアはその発言の意味が理解出来ず、思わず首を傾げる。確かにあれを通常の人間と言うのは吝かだろう。騙されていただけとは言え、殺し合いの最中に悔しがり、剰え笑うような人間、言ってしまえば気狂いはそうそういない。

しかし、あの時、という言葉に、レミリアは違和感を覚えたのだ。まるで、あの時だけがそうだったかのような口振りに。それを言及しようとしてーー

 

 

 

「そう。あの時の園枝さんは、少し様子が可笑しかったわね」

 

 

 

二人の間の上方から聞こえたその声に、レミリアの問い掛けは中断を余儀無くされた。

瞬間、園枝は上空からの声の主が何者か悟り、レミリアは一瞬ぴくりと反応を示した後、素早く声のした方を向いた。ふと上を見上げれば、その空間には紫色の別空間が開いている。その中からは美しい金の長髪を持つ美女が、上半身だけを顕にしていたのだ。

 

 

 

「あぁ……八雲さん。お久し振りです」

 

 

 

そう。このレミリアと園枝だけかと思われた空間にはいつの間にやら、いつしか出会った紫の姿があった。園枝は以前のように取り乱す事など無く、至極平然とした様子で、空中から見下ろす紫に頭を下げる。彼女は感心したように声を上げ、扇を持った手で小さな拍手をして見せた。

 

「もう全く動じないなんて、意外と図太いのね。進歩なのか思考放棄なのか、分からないけれど」

「そうですね……恐らく、後者かと。この数週間で今まで持っていた常識やらは、粗方捨てざるを得なかったので」

 

幻想郷に来たのもほんの二週間程前なので、紫との再会は二週間ぶりと言っても良いだろう。

以前と変わらず胡散臭い雰囲気を纏っている紫だが、園枝は今回、彼女から何らかの違和感を少なからず感じ取っていた。しかし、それを口にしようとはしない。秘め事の有る相手に、その存在を悟られた、と思われてはならないと考えたのだ。その秘め事が何かなど園枝には知る由も無いが、それでも態々相手の核心を突く必要は無い。

 

「……いや、誰よ貴女は。どうやら妖怪みたいだけど」

 

すると、レミリアはいつの間にか立ち上がっており、臨戦体勢を取っていた。自然体のようではあるが、その実いつでも攻撃に転じる事の出来る構え。慌てて説明をしようとする園枝だが、考えてみればレミリアとしては至極当然の問いである。面識のまるで無い女性が、突如空間を裂いて現れたというのだから。尤も、そんな事象を目の当たりにしても尚一切驚かない辺り、園枝との精神力や胆力の違いが窺えた。今でも思い出すのが憚られる程に、恥ずべき動揺ぶりを見せつけていたのを園枝は思い出す。が、やはり警戒心はあるようで、敵意を孕んだ眼差しを空中の紫へと向けていた。

 

「貴女が、今回の異変を起こした張本人ですわね?」

「えぇ、その通りよ」

 

説明の一言目を喉元まで出し掛けた際に、紫の言葉によってそれも中断される。

レミリアの性格から、否定などはしないとは園枝とて思っていた。小一時間程ながら、そこまで一対一で話し合っていれば、多少は相手の人柄や性格も把握出来るというもの。

しかし、この険悪な空気は拙い。紫はいつも通り、胡散臭い笑みを浮かべているだけだが、レミリアは違う。今し方言った紫の言葉もあるだろうが、やるなら来い、と言わんばかりに闘気を放っていた。

 

「ふふ、ご安心を。こんな所でーー抑、貴女と敵対するつもりは毛頭ありませんわ」

 

しかし紫は、初っ端から敵ではない、と両手を顔の横に上げてアピールし始めたのだ。

さしものレミリアも予想外の言動に呆気に取られて、身を刺すような威圧感も無くなっている。

すると紫は、スキマの中からするりと滑るようにして、畳の上へと降り立った。

ふわりと細い身体が浮いた刹那、仄かに花のような芳香が園枝の鼻腔を擽る。それは大人の魅力、という奴だろうか。女性への関心の薄そうな園枝をもってして、胡散臭ささえ無ければきっと魅力的な女性なのだろうな、と動作一つで思わせた。しかし、それで胸が高鳴ったり、妙な気持ちになったかと言えば、首を横に振らざるを得まい。

 

「お初にお目にかかりますわ。私、この幻想郷の管理者の八雲紫という者です」

 

それを聞くや否や、レミリアは警戒心よりも濃い、猜疑心をその紅い双眸に宿らせていた。

見るも華やかな美女の、恭しく滑らかな西洋風の挨拶。右手を胸に当て、足を交差させながら軽く頭を下げる。園枝は一瞬、美しい絵画を眺めているような、浮世離れした物を見たような不思議な感情を抱いた。しかしそんな紫に対しても、レミリアが態度を軟化させる事は無い。

 

「ふぅん……貴女がこの世界の管理者、ね」

「あら、何か?」

「さっきの空間を操るタイプの術、或いは能力か。それは確かに便利だけどーーとても管理者とは思えないわね、その程度の妖力じゃ」

 

在ろう事か、レミリアは紫を相手に、暗に弱いと言ってしまった。なんて失礼な、と内心慌ててレミリアを止めようとする園枝だったが、確かに彼とて、紫の実力を知っているわけではない。何よりレミリアの言う通り、今紫からは大した妖力は感じられないのだ。人狼と同じ程度の、中級に位置すると思われる程度。故に、管理者とは言っても、特別強い力を持っているわけではないのかもしれない、と園枝は考え始めた。

 

 

 

「これなら、信じて貰えるかしら?」

 

 

 

そして次の瞬間、それは大きな間違いであったと知る。

 

「っぐ、う……」

 

思わず園枝は、口から苦悶の声を漏らした。突風が髪を揺らし、卓すらも動かす。

突然重力が数倍にも重くなったような錯覚を受け、空間すらもその圧力には軋んでいるように思えた。酷く空気が淀んだ気がして、息をするにも辛い。まるで一瞬にして酸素が毒素に変化したような、それだけの威圧感。未だ治癒しない傷を持つ園枝には、それが途轍もなく苦痛だった。

ただ苦痛なのではない。恐怖が、園枝の心に生まれた。微動にも痛みを覚える諸手は小刻みに震えて、頰の傷など気にもならず歯ががちがちと音を立てる。

 

「ッ……成る程。隠してただけだったみたいね」

 

理由は単純な事。今し方紫が、莫大な妖力身体から放出したからだ。今までそれなり程度の量だった妖力は、今では一目見てレミリア以上だと明瞭に分かる程に釣り上がっている。詰まり、意図的に妖力を抑えていたという事だろう。流石にこれだけの力は予想だにしなかったようで、レミリアも冷や汗を滲ませて、若干ぎこちない笑みを浮かべている。

 

「えぇ。力をひけらかすのは好きではないけれど、下に見られるのは困るもの」

 

対照的に、紫は相変わらず胡散臭い笑みを浮かべていた。しかし今ではその微笑も、何処か恐ろしく感じてしまう。それだけに紫の妖力は凄まじく、ただ解き放っただけで、敵対者でないにも関わらず、園枝の心に恐怖を植え付けた。

 

「っいってて……あの、急に妖力を、解放するのは……」

「あっ、御免なさい」

 

今頃になって痛覚が働き始めた園枝に、慌てて紫は妖力を抑えて謝罪する。抑制にかかった時間はほんの数秒で、波が引くような勢いで、妖力という荒波は紫の中へと引いていった。

重圧から解放された園枝は、ふぅ、と深い吐息を漏らす。嘘のように身体が軽く感じて、漸く八雲紫という存在を知った。遥か高みに位置する、正に大妖怪と言うべき者。あの力なら、成る程この幻想郷の管理を務めるのも頷ける。

 

「ま、実力を隠してたっていうのは分かったわ。それで、要件は何よ?」

「あ、そうだったわ。すっかり忘れてた」

 

いつの間にやらあの優美な雰囲気も崩れ、畏まった口調も止めていた紫に、レミリアと園枝は苦笑を浮かべた。妖力を解放したあの一瞬は、それこそ悍ましい化け物にさえ思えたものだが、今では気の抜けた美女である。やはりこうして多くの側面があるからこその、彼女の胡散臭さなのだろう。

 

「実は、園枝さんに大事な話があるの。話しておかなければならないと思って。直ぐに終わるわ」

「え?僕に、ですか?」

 

紫はそう言って扇を広げた。園枝に対しての大事な話と言えば、恐らく、十中八九は百合咲之剣

に関する事だろう。どうも嫌な予感や不吉な感じを覚えるが、聞かないという選択肢はない。

紫がレミリアの方へ僅かに視線を送ると、その意図を察したのか、直ぐに彼女は日傘を持って立ち上がり、襖障子を開けた。

 

「園枝は真面に動けないでしょうし、仕方ないから席を外してあげる。終わったら来て頂戴、後でまた話しましょう」

「え?は、はい」

 

レミリアは未だ昇ったままの太陽から日傘で身を守り、襖障子を閉める。その小さな影は小さな足音と共に、徐に境内の方へと縁側を歩いていった。その後、数秒間の静寂が場を支配する。

その足音が離れていった事を確認すると、園枝の方から口を開いた。

 

「そ、それで……大事な話というのは、一体なんでしょうか」

 

傍に正座した紫にそう問う。しかしながら、紫はその問いに何も答えはしなかった。

何故無言なのか、沈黙という答えならざる答えに、園枝は小さな不安を覚えずにはいられない。

見れば彼女は無表情だった。それがどうした、とも思えるが、普通ではないのだ。

気を抜いた時の無表情とは違う、無機質で、何処か冷徹な感じさえするような、冷たい無表情。

 

「…………園枝さんは、両親の事を覚えてるかしら」

「へ?」

 

何を言い出すかと思えば、紫は園枝に、父母の事についての話を持ち掛けた。

急にそんな、意味の分からない問いを投げかけられ、園枝も困惑を隠せずにいる。取り敢えず何か言葉を返そうと、その返す言葉を思索してーー

 

 

 

刹那、園枝の身体にある異変が起こった。

 

 

 

「ーーっっぅぐっ」

 

頭の中を掴まれたような、例えようのない痛みが、園枝の頭に走る。突如訪れた痛みに、身体の傷も忘れて頭を抱えた。それでも、一向に痛みは引かない。布団も押し退け痛みに這い蹲り、小さく呻く園枝。

 

「昔の自分がどんな存在(・・)だったか、覚えてるかしら」

「ぁ…………ぎぃっ、ぐ、ぅ、ぁぐぅぅぅぅ、ぅ」

 

だがそんな園枝に対して、紫は酷く冷たい面持ちをして、言葉を紡ぐ。すると紫が問いを投げかけ

た矢先、一層園枝が苦しみ、悶え始めた。先程よりも呻き声が大きくなり、這い蹲るどころか、のたうちまわると形容できる程に苦しんでいる。

 

「……推測は当たっていたようね」

 

しかし、それには可笑しな点があった。あれだけのたうち回っていながら、包帯には全く血が滲んでいないのだ。今朝レミリアの声に反応して走った時は、包帯を替えたばかりでありながら、また直ぐに包帯を替えねばならない程度には出血していた筈である。だと言うのに、これだけ全身を使って動き回っているというのに、一切血が出ている様子はない。冷徹な顔に僅かな思案が垣間見えたかと思うと、紫は今も呻き動き回る園枝の包帯を掴み取り、服の間から勢い良く引き剥がした。

 

 

 

「やはり、傷が治っている……」

 

 

 

その剥ぎ取った後には、通常となんら変わりない、園枝の肌が露わになるだけだったのだ。

レミリアとの戦いで負った筈の、打撲の痕跡や切創などまるで無い。確かにレミリアと話している時の園枝は、全く傷は完治していなかった。包帯の巻ききれなかった箇所に、僅かながら傷跡が有ったのだから。しかし今では、そんな傷など見る影もない。即ち、今の数分でーー若しかすればこの一瞬で完治した、という事になる。

 

「いっぎ、ぃぃぅぅぐ、く、くぅぅぅぅっ、いぅ、ぐ、くくっ」

 

冷静な思考を巡らせる紫の耳朶を、園枝の滅茶苦茶な呻き声が打つ。声量自体は大したものではなく、精々この部屋の正面なら外でも聞こえる程度の大きさ。しかし園枝の様子からして、それは声量を抑えているようだった。必死に歯を食い縛り、その隙間から出来る限り抑えた声を漏らしているのだろう。その顔は、脳が訴えかける痛みをそのままに浮かべてはいない。目を血走らせながらも、何かに必死に抗うかのような顔だった。

 

「……御免なさい。取り敢えず、今日はもう寝て頂戴」

 

 

そう呟くも束の間。一瞬にして扇を畳んだ紫は、素早い所作で園枝の後ろ頸を手刀で弾く。

手刀を放つ際、その時だけは紫の冷徹な無表情という鉄仮面が、憐憫の情に歪んでいた。

 

「ーーぁ」

 

見事に決まった手刀。それは、のたうち回る園枝にも的確に当たり、彼の意識を即座に刈り取る。

 

 

 

「ーーぉ、し、ぃ」

 

 

 

そんな彼が最後に浮かべた表情は、深く、深く。先程までの痛みなど無かったような、狂的なまでの愉悦に浸ったような、凶兆すら感じさせられる微笑みだった。




最後の方の急展開(?)は、はい……酷い出来です。申し訳ありません。
こうしとけ、という要望や改善点が御座いましたら、どうぞ感想にてお知らせ下さいませ。

さて、もう20話を超えていましたが。今の所、物語の大筋は決まっています。とても書きたいシーンもあります。ですが、それに続くまでの過程が辛いですね……。この作品の山場は、もう少し後になりますね。
異変が関わってきます。
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