刀憑きの青年   作:桐竹一葉

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この夢幻が齎すもの

目が覚めたのは、腹部に感じた鈍く、重く、余りにも強力な衝撃によるものだった。

暗く澱んだ微睡みの海から、殴打という行為により、宛ら釣り上げられた稚魚の如く、園枝の意識は微睡みから浮上し、覚醒していた。その痛みから、恐らく腹部を殴られたのだろうと推測される。一瞬にして限界以上に圧迫された腹部が、嫌な音を立てた。肋骨を少なからず損傷してしまったようで、その一撃で正常な呼吸の維持が難しくなる。余りの唐突すぎる出来事には、園枝も理解も思考も追いつけず、只々その痛みに、畳を攀じるようにしてのたうち回った。

 

「ごぶっ……ぐぅ、げ……」

 

自らの口から漏れ出す、血液混じりの吐瀉物。それを思うがままに、その小さな口から吐き出した。

びちびちと勢い良く地面に叩きつけられた体液の混合体は、赤く混濁した黄色い、小さな湖を作り出す。園枝は自らの頭に渦巻く痛みの信号の中、訳が分からない、という混乱が綯い交ぜになっていた。今、腹を殴られて起きたばかりなのだが、そこに混乱の一端がある。

 

「おら、起きたか。石塚のガキよぉ」

 

野太い声、隆起の見られる大柄な肉体、その上に作業着を纏った男。その風貌は少々歳を重ねた者のようにも見えるが、その実顔を見る限りは、そう老けているわけでもないようだ。その男が今、園枝の胸倉を掴んで、無理矢理に身体を起こす。そう、男の言った通り。広い和室の中、畳の上に足をつけて尚、男との身長差は大きく開いていた。園枝は、誰がどう見ても、否定のしようのない、餓鬼であった。

 

「な……ん、で……」

 

それが何故かと言えば、それは至極単純な事。現在の園枝の身体は、少年と呼べる程に小さく縮んでいたのだ。見るに、この男は普通の人間である。それでありながらこの身長差は、普通の園枝であれば先ず有り得ない。園枝本来の身長は、凡そ176糎。だと言うのに、未だ胸倉を掴み、鋭い目つきで見下ろすこの男との身長差は、二倍近くある。それに、今し方辛うじて出した声も、掠れてはいるが、とても本来の園枝とは思えない程に高い。

 

「なんで、だぁ?お前、まだわからねぇのか」

 

忌々しげに男はそう言い放ち、痛みで意識の朦朧とする園枝を突き飛ばした。

その際園枝の目は、確かに捉える。明らかに小さくなった自らの手足に、酷く小さな灰色のシャツに青いデニムを。これは即ち、自分の身体が幼い頃のものになってしまった、と考える他無かろう。

これだけでも、混乱の火種になるには十分過ぎる。突然起きたと思えば幼くなっていたなど、本来有り得ないのだから。しかしこの現状は、園枝の頭を休ませてはくれない。

 

 

 

「お前の母親、あれが原因だってことを」

 

 

 

もう、訳が分からない。それが園枝の現在強く思う事で、いっそ思考放棄して眠ってしまいたい、とさえ願っていた。母親。今確かに男は、母親と言ったのだ。母親だ。母親だと。母親などと。母親と言ったな。母親など、本気で言っているのか。

 

「母……さん……?」

 

自分の母親。そんなものはこの世を生きて来て二十年、唯の一度も園枝は見た事がなかった。

母親、もとい両親は、幼い頃に事故で亡くなってしまったのだと、祖父から聞かされていたのだから。では、これは幼い頃であるという事か。園枝は確信する。これは、ただ自分の身体が退行したのではなく、自分の過去へと戻って来てしまったのだ、と。しかし、その理論は突飛過ぎる。

何故そうなったのかも分からなくては、まるで腑に落ちない。それでも現状では、其処まで考える余裕は園枝にない。

 

「はっ、まさか知らされてねぇのか。薄情だな、お前の父親も」

 

卑しい笑みを浮かべて見下ろす男の顔が、この和室に注ぎ込んだ一筋の月明かりが照らし出す。

父親と言った。母親の次は、父親と来た。もう園枝は、否定の感情を抑え込もうともしなかった。

これは、自分の過去であるのだと、今更になって漸く悟る。これは、園枝の忘却(・・)していた記憶の破片なのだ。

 

「……ふ、ざけん、な」

 

今迄もそうだが園枝の口は、今宿っている自分の意思とは無関係に動かされていた。

これは詰まり、あの時ーー村落の夢の時と、ほぼ同じという事だ。相違点は、幼い頃の自分に、意識だけが本人と共存しながら、憑依しているというだけだろう。この身体も、先程から一切自由には動かせていない。これでは只痛覚などと言った余計な感覚を共有するだけの傍観者。これなら以前のように、認識されないホログラムのような身体でいた方が、まだ幼い自分の全貌を確と見れる分良かった。しかし実の所、これが確かに自分の身体であるかなどは、抑論理的に確認する必要さえ感じられない。これは以前の自分だと、心の何処かで強く確信しているからだ。

 

「おま、え……なんで、家に、入って、来てんだ……」

 

痛む。人狼に腕を切り裂かれた時よりも、ルーミアに背中を撃たれた時よりも、レミリアに殴られ続けた時よりも、園枝の身体は痛みを如実に感じさせる。幼い頃は、痛覚に不慣れであるからか。或いは感覚が敏感である為か。兎にも角にも、負傷した腹部が途轍もなく痛んで、本来の園枝の意識とは無関係に、瞳が滲み始める。

 

「母さん、と、父さんに、は……何も、するな……」

 

溢れた。この熱の高まった瞳に滲んだ涙が溢れて、両頬をすっと熱いそれが伝い落ちた。

憑依しているーー本来の園枝には正確には分からないが、やはり身体を共有しているだけはある。

幼き自分の感情が如何なるものか、朧げではあるが理解出来るのだ。両親まで自分と同じ目に合わせるつもりかもしれない、という不安。それに対する憤怒。自分はこの男に殺されるかもしれないという恐怖。大きく分けて、この三つ。その感情の内部構造ーー幼い園枝本人の思考の中身までは分からないが、それがどの感情に類するものかは分かった。

 

「もし、何か、し、たら……許、さな、い、ぞ……」

 

それらが混沌を成して、ぐちゃぐちゃに、三色の感情が絵の具の如く混ざり合う。

時折声が掠れて、ひゅ、という小さな呼吸音が混じってしまった。呼吸するだけでさえ腹部が痛むというのに、一言とはいえ喋る。それは園枝の痛覚という火に、油を投入するだけ。

碌な抵抗もこの体格差ではなし得る筈もなく、こうも涙を流し、負傷した状態で言っても、相手にとっては取るに足らない。

もう止めろ、大人しくしておけ、抵抗など出来ないのに。そんな感情だけが本来の園枝には有り、不思議とそれ以外の焦りや恐怖などは無い。所詮は傍観者、そんな意識があるからこそか。

 

「ふはっ、お前みてぇガキが何するんだ?刀持ったって、俺一人も殺せねぇよ」

 

案の定、男には一切響いていないようだった。必死の脅迫のつもりだったのかもしれないが、そんなものは只男の失笑を招くだけである。下卑た笑みが更に深まって、その瞬間に幼い園枝の恐怖心と不安感が一斉に高まり始めるのを、本来の園枝は感じていた。

 

「さて、無駄話も止めるか。実はこの家にはな、俺も含めて八人押し入ったんだ」

 

どくん。今迄も十分強かった心臓の脈動が、痛い程に、更に高鳴っていく。

幼い園枝は、きっと脳内でそれが何を示すのか、必死になって考えているのだろう。この混沌とした感情と思考では、とてもではないが即座に答えを導き出す事は難しいだろう。

だが本来の園枝は、そんな焦燥も不安も知った事ではない。所詮、これは過去であるから。

過ぎ去った変えようのない、或いは変えてはならない不変の時間なのだから、と。

そう自分に言い聞かせるように何度も心の中で反芻し、冷静に分析を進めていた。

 

「……おま、え」

 

一足先に本来の園枝が事情を悟り、その数秒後には幼い園枝もそれに気が付いたようだ。

それを察したか、一層男は愉悦をその顔に浮かべる。

 

「その通り。何、直ぐに手は出さねぇよ。お前の両親なら、今俺の仲間が連れて来るさ」

 

次に感情が動いたのを察知したのは、身体の熱が突如として跳ね上がった瞬間の事だった。

肥大化したその感情は、憤怒。この冷静さを欠いた幼い園枝ではきっと、直ぐ、という言葉の意味を理解出来なかっただろう。しかし本来の園枝には、何故だか理解出来ていた。だからこそ無意識の内に、冷静だった精神に焦燥が生まれ始めたのだ。幼き日の自分に、感情が重ね合わされていく。

両親が。幾ら見た事もない人物であるとは言え、歴とした自分の両親が。若しかすればーー或いは。

そんな危機感が、本来の園枝にまでも大きな不安と焦燥感を齎す。

 

「ふ、ざけ、ん、な……」

「ふざけてねぇよ」

 

滲ませるよう口にした言葉は、男によって即座に返された。幾ら口で言っても、この男には意味を成さない。しかし、このままでは両親がどうなるか分からない。では、今この場でこの男をどうにかすれば良いのか。否、それは出来ない。したくとも、出来ずはずがない。只でさえ腹部を負傷して、話すにも儘ならないこの身体では、ほんの僅かな抵抗さえ出来はしない。それは、どちらの園枝も分かっているのだろう。分かっているからこそ、彼は只々歯を食い縛った。自分の無力さを噛み締めるように。自らの無力を嘆いた。自らの無力を呪った。自らの弱さが許せなかった。

着々と、段々と。黒い感情が沸沸と、心の奥底から湧き始める。本来の園枝の感情までもが、幼き日の彼と同調していく。

 

 

 

「おい、連れて来たぞぉ」

 

 

 

そして、胸中が黒に塗れかけた時。別の男であろう低い声が、男と園枝のいる和室の襖障子を隔てたその先から聞こえて来た。その瞬間、園枝の心拍数が劇的に跳ね上がる。これは、本来の園枝と幼い頃の園枝、どちらの心情によるものか。幼い頃の園枝が、両親を心配してのことか。或いは本来の園枝が、この危機的状況の中ですら抱いた、両親というのが如何な人物かと、妙な緊張感からのことか。

 

「おう、そんじゃ入れ」

 

ぐちゃぐちゃに乱れた園枝の心身を他所に、襖障子は勢い良く開かれた。ぱん、と縁の当たる音がこの静寂に包まれた部屋には、厭に響き渡る。

 

「な……」

 

そして、その襖障子の開いた先。連れて来られた、両親であろう人物の姿。それはーー

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

「ーーっあぁ!」

 

刹那。園枝は絶叫じみた声を上げて、勢い良く跳ね起きた。今までにない程に上体の筋力を使ったその動作は、寝起きとは思えない程の俊敏なもの。今は額に掻いた汗も、身体に巻かれた包帯も関係無い。素早く布団を跳ね除け、立ち上がろうとした所でーー

 

 

 

「…………ぁ、ぇ、は?」

 

 

 

漸く、自分の身に起きた異変に気付く。

 

「……ふ、とん」

 

そう。今し方自分が跳ね起きた場所は、布団の上だった。その布団は、やけに見覚えのある物。

というよりも、使い覚え、という程に身に覚えがある。

 

「……ほ、うた、い」

 

身体に纏ったその包帯にも、使い覚え、があった。何せ、全身に僅かではあるが血が滲んでいるのだから。しかし、今し方激しい動きをして見せた時の事。園枝は自分の身体に何の痛みも訪れなかった事に、そしてそうでありながら包帯を巻かれている事に、違和感を覚える。

 

「…………夢、だったか?」

 

ふと、室内を見回す。既に外は夜の帳が下りており、空にはいつもと変わらずに月が煌煌と輝いている。靉靆な室内には開いた襖障子から差し込む月明かりだけが唯一の光で、そのせいで視界は良くない。汗ばんだ肌から躊躇いなく包帯を剥がせば、何故だか傷は癒えていて。眠っていた前まではいた紫とレミリアは、よもや姿も見えず。——先程の夢では、結局両親の姿を目にすることも出来ず。

 

 

 

「……はぁ。本当、何で異変終わりにまで疲れてるんだか」

 

 

 

疲弊を前面に押し出し独り言ちるが、そんな彼の疑問に答えてくれる人物などその場にはいない。

只一瞬だけその小さな声が誰もいない室内に響き、その後直ぐに耳の痛くなるような寂静が押し寄せるだけ。考えるべき事が多い上に、その内容は至極難解と来た。これでは園枝が参ったような面持ちになるのも、無理はなかろう。

 

「夢、だけど……若しかしたら、()が関わってるのかもしれない」

 

汗に濡れた髪を手で掻き上げて、布団から抜け出して立ち上がる。園枝の頭に浮かぶのは、ある人物だった。白雪の如く白い髪を持ち、血のような暗い赤の目で、自分と同じ存在だと宣った、自分と同じ姿。以前見た夢の中で会った、あの不気味な青年である。とてもあれが、自分だとは思えなかった。単なる妄想の産物である、と片付けたいのが本音だ。が、今となってはどうもそう否定出来ずにいる。

 

「彼はまるで、僕も知らない僕の事を知っているようだった……」

 

次に浮かぶのは、自分の過去。

 

 

 

「僕は、自分の事さえ分からないのに」

 

 

 

あの時夢で言われた通り、今の園枝には、ある一定の期間の記憶が完全に抜け落ちていた。

それは、祖父と暮らし始めた頃の前から。より正確に言うなら、12歳未満の頃の記憶が、一切合切思い出せないのだ。パズルのピースが、その一部分のみ綺麗に剥ぎ取られたように。記憶という膨大な数のパズルにて、園枝の幼少の頃の記憶というピース群が、元々なかったかのように欠落してしまっていた。今まで20年を生きて来て、自分の知る自分は半分にも満たない期間だけのもの。けれども、それを恐ろしいだとか、気にかかる事は決して無かった。忘れていたそれに今まで然したる興味は湧かなかったし、何よりも、それはどうも知ってはならない気がした。

 

「……あれはまさか、思い出せなかった僕の記憶なのかな」

 

推論を述べてはみたものの、それはまだまだ突飛なものである事は、園枝本人も重々承知である。

今までその忘れていた記憶はどうなっていたのか?何故記憶を忘れていたのか?何故記憶を忘れていながら、それに気づく事ができなかったのか?あれは本当に自分の記憶なのか?何故自分の過去だと直感できてしまったのか?何故ーー

 

「ーーっはぁ、くそ。そんなの、分かる訳無いじゃないか」

 

そこまで疑問を列挙しながらも、園枝は頭を振ってそれらを脳内から掻き消した。

浮かび上がる疑問に対して、その答えは何一つ出せなかったからだ。抑答えは疎か、その手掛かりとなる事柄さえ園枝は知らない。これでは考えるだけ徒労に終わると、早くに思考を切り上げたのだ。

尤も、何故だか今は身体がやけに怠い事も、切り上げた要因の一つだろう。起きてから今まで、どうも身体が重く感じるのだ。その上、心なしか頭も痛む。疑問ばかりが浮かんでしまうが、それらに費やすだけの思考は、今や発揮出来ないでいるようだ。

 

「……ん?」

 

鈍く痛む身体と頭を休めようとした時、暗がりに慣れた園枝の双眸が、部屋の片隅に置かれた何かを捉えた。丁寧に畳まれた、衣類のような。色は藍色で、質の良い布を使っているのだろう。月光に照らされるそれは、微かに光を反射しているようにも見えた。

 

「……あ、森近さんに頼んだ着流し!」

 

それは、以前香霖堂で修繕を頼んだ、霊夢に買い与えられた藍色の着流しだった。

足早にそれに近寄り手にとってみると、畳まれていたそれが広がって、全貌を明らかにする。

継ぎ目など一切見当たらない、買ったばかりの頃と何ら変わりない布地。触り心地も凹凸などは微塵も感じられず、前と変わらない手触りの良さ。焼き焦げた跡も完全に無くなっており、近くから見てもその仕上がりは、違和感など一切感じられなかった。

 

「す、すごい……これ、本当に直したっていうのかな」

 

疑いたくはない、霖之助のような良識人を疑うなど、決して本意ではないのだが。それでもこれには、そういった感情を抱かずにはいられない。

 

「ん?今度は何だろう」

 

するとそんな着流しの中から、一切れの紙片がゆっくりと落下した。それを畳に落ちる前に素早く掴み取り、何か書いてあるのかと気になって、折られているそれを徐に開く。其処に書かれていたのはそう多くない、九成宮醴泉銘の達筆な文章だった。これは恐らく、霊夢の書いたものだろう。

 

「っと……『直し終わったから霖之助さんが返しに来てくれたわ。園枝さんを心配してたみたいだし、起きたら私も含め顔くらい見せなさい』……か」

 

どうやら園枝が眠っている間に、霖之助も神社に来ていたらしい。その文を読んで、漸く園枝は霊夢が紅魔館へ行っていた事を思い出す。既に夜更けなのだから、帰って来ているのも当然だろう。

何やら園枝は、皆に申し訳ない、という思いを抱いていた。

 

「はぁ……自分で取りに行って、今度代金を払うって言いたかったのに。それに博麗さんも帰って来てたのに、僕一人呑気に寝てただけなんて……」

 

つい居た堪れなくなって、園枝は緩慢な動作ながらも立ち上がる。この文言通り、先ずは霊夢に顔を見せねば、と思い立ったのだ。夢の話について手掛かりになることがあれば聞き、呑気に眠っていて申し訳ないと謝罪をせん、と。

 

「何か聞けると、助かるんだけど」

 

襖障子を開けて、縁側へと出る。開けた際に仄かな温もりの、乾いた心地よい風が、園枝の肌を撫でた。

来た頃は初夏だったのが今ではもう仲夏頃か、と感慨深く思いながらも、霊夢のいるであろう部屋へと歩みを進める。霊夢の使っている部屋は、最近本人から聞いた為に既知だ。園枝のいつも使う部屋の縁側を右へ進み、角に沿って曲がった後の、数ある部屋の中の手前から三つ目。気怠げかつ緩やかに歩く園枝の足でさえ、数十秒で辿り着けるこの距離。今の彼の状態からすれば、好都合である。

 

「博麗さん、いらっしゃいますか?」

 

頭の片隅に残留した疑問を少しでも解消出来ないかと、本当なら何もせず躊躇い無く押し入りたいところだったが。幾らそういった事を気に掛けていない様子とはいえ、霊夢は歴とした少女である。

何か他人には見せたくない何かを部屋に隠していないとも言い切れない為、念の為こうして確認するのだ。が、返事は無い。ノックの音を静寂の奔流が呑み込んだ。

 

「いない、かな?」

 

聞こえていないだけなのでは、などと希望的観測を抱いた園枝は、在ろう事か逡巡の間も無く襖障子を開け放った。普通の少女であるならば、この場合。何を入って来てる、と怒りを露わにするだろう。或いは、デリカシーが無い、と呆れながらに思われてしまうだろう。或いは、入って来るな、と少女らしく顔を赤面させ、初々しい反応を見せる可能性もある。しかし園枝には、そのどれもが当てはまらなかった。

 

「……あぁ、そうか。寝ちゃってたか」

 

何故なら、霊夢は眠っていたのだから。いないと思われた彼女は、部屋の中央に布団を敷き、その中に身を包めていた。このそれなりに広い部屋の中、少女が一人眠っているというのは、どうにも変わった光景である。

その光景にどこか物悲しさを覚えてしまって、今すべき事を浮かべてそれを抹消した。

 

「寝てるのを起こすのは……流石に、なぁ」

 

勿論、本当なら聞き出したい。今直ぐ肩を揺すって無理矢理に起こし、何か夢の事について手掛かりになりそうな事をしらないか、と問い質したかった。けれども、霊夢の寝顔を見ていると、そんな気さえ薄れてしまう。いつも幼さの残った容姿とはかけ離れた、冷静な態度を取っている彼女。しかしながら、今こうして布団の中で眠る霊夢の寝顔は、相応の少女らしい、穏やかなものだった。これを身勝手一つで壊すのは、幾ら何でも酷というもの。

 

「仕方ない、か。殊更急ぐ訳でもないし、日を改めよう」

 

何も今日、今急いで聞かずとも、明日がある。明日起きたら、目の醒めた霊夢からゆっくりと聞き出せば良い事。そう自分に言い聞かせ、逸る気持ちを押し殺した。そのまま音を立てず、起こさぬようにと静かに自分の部屋へと戻ろうとした——

 

 

 

「……え」

 

 

 

——その時天井に向けられた霊夢の顔が、微かに光り輝いた気がした。




伏線が露骨?主人公がおかしい?行動がキモい?周りのキャラを再現出来ていない?
はい、全く持ってその通りで御座います。全ては私の技量不足故で御座います。申し訳御座いません。
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