刀憑きの青年   作:桐竹一葉

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説明

「さて、先ず何から話しましょう。霊夢からは大雑把だけど、説明は聞いてるのよね?」

「あ、えぇ、まぁ」

 

話し合おうと言ったのは、他でもない園枝の目の前に座る女性、八雲紫である。

なのだが、どうにも段取り良く話が進む気配はない。てっきり話すべき事ならば既に決まっているのかと園枝は思っていたが、その予想は悪い方向へ裏切られる事となった。

 

「あ、あの……もし話す事を決めかねていらっしゃるなら、例の刀の話をお聞かせ願います」

「あ、そうじゃない。紫が乱入したせいで中断されたんだから」

「あぁ、刀の事ね。丁度今さっき知人に見てもらって、少しだけ情報が掴めたの。霊夢も知らないでしょうから、聞いておきなさい」

 

知人、園枝にとっては知る由もない人物だが、霊夢は心当たりがあるようで、あぁ、と納得したような声を出した。寧ろこの地に於いて、園枝の知人などいる筈もないが。

 

「あぁ、でも……園枝さんにとっては少し辛い話になるのだけど、良いかしら?」

「な、辛いって……」

 

辛い話、そう言われては、小心者たる園枝では気が引けるというものだ。

あの刀、触れた瞬間に頭痛を催すような代物なのだから、きっとその話というのは碌でもない事だろう。だが、彼には聞かないという選択肢は無い。未知の世界に来たというこの状況では、如何なる事柄であろうと、知っておかねばならないのだから。

 

「……大丈夫です、聞かせて下さい」

「そう。それじゃあ現物も交えてお話しするわね」

 

現物、その言葉の訳が分からず園枝がそれを反芻していると、またもや唐突にあの空間が開き、紫がその中を弄る。よくよく見てみると、その空間の中には数多の目が覗いているのが窺えた。あの夢を思い出し、園枝は背筋に冷たい何かを感じずにはいられない。

 

「あの、その空間は一体何でしょう?」

「あぁ、説明してなかったわね。これはスキマっていう、私だけが使える空間よ。これを通れば何処へだって直ぐに行けるし、どんな物も簡単に運んだり取り出せる、便利なものなの」

 

そうは言われても、園枝には夢の時の恐怖しか感じられない。あれと何らかの関係性があるのではないかという憶測が浮かぶが、それも所詮は根拠の無い予測。夢の事は今話す事でもない、と自らの早まる鼓動を律した。

 

「ほら、こんな風に、ね」

 

そんな中、ずるり、とでも擬音が聞こえて来そうな光景と共に現れたのは

 

 

 

 

「う、うわっ!それ、それ、刀……あの刀ですよね!?」

 

そう、記憶に新しい、赤塗りに白い花柄の太刀である。話をするとは言ってもその物を出すとは思ってもみなかったようで、園枝は悲鳴じみた大声を上げると酷く狼狽え、後退った。恐怖の再燃している様子を見て、紫はくすくすと笑い、霊夢は再度呆れた目をしている。

 

 

「ふ、触れたら拙いですって!その刀はーー」

「あら、そうだったの?けれど、今は問題ないわ」

 

 

問題ない訳がないだろう、という彼の感情は、しかし直ぐに薄れた。

 

「ーーって……あれ?」

 

抱いていた強い焦慮が、ふとした拍子に揺らぐ。触れてはまたあの痛みが起きる、という恐怖に曇っていた心と目が晴れて行く。

 

「な、何で札が……?」

 

何故なら、心を掴み離さないあの美しい鞘には、満遍なく大量の札が貼り付けられ、その赤と花柄は僅かに垣間見得るだけなのだから。その奇を衒った姿形に目を見開く園枝を、細めた目で見据え笑いながら、紫は話し始めた。

 

「言ったでしょう、問題ない、と。訳あって今はこの札で封印を施してあるから、触れた所で害はないの」

「じゃ、じゃあ……触れた時、頭に激痛が走ったりはしなかったんですか?」

 

おどろおどろしく尋ねる園枝に、こくりと紫は頷く。確かに、封印するのに札を使うというのは、寺院などで呪物などを収める際に、よく聞く方法である。だがそれは同時に、触れて激痛が走るという事象は刀の所為であるという事でもあるのだ。どうやら、園枝の想像以上に厄介で奇怪な物のようで、説明を聞く他ない、と彼はそれ以上何も言わずにいた。その意を紫も察したようだ。

 

 

 

 

「この刀は、ある人物が何者かに復讐を果たす為、その為だけに打たれた物よ。名を、『百合咲之剣(ゆりさかのつるぎ)』」

 

 

 

「百合咲之剣……」

 

あのような美しい刀ならば、それなりに名の知れた物であるのではという園枝の推測は、どうやら外れていたようだ。彼は元より日本刀について詳しいという訳でもないが、著名な代物ならば小耳に挟んだ事くらいはある。しかし、百合咲之剣などという名は、一度たりとも聞いた事がない。

どうにか思い出せないかと記憶を探っていると、先程まで何も喋らず、自ら持ってきた煎餅を齧っていた霊夢が、初めて口を開いた。

 

「もしかして、その鞘の花って百合の花なの?」

「えぇ、多分そうね。百合には色んな種類や色があるけれど、純白の百合は数えられる程度しか無いわ」

 

どうやら紫は、花についての知識がそれなりにあるようだ。だが、その程度は園枝も既知である。

白百合と言えば、タカサゴユリ、テッポウユリ、ニワシロユリが主に挙がるだろう。その中で、刀がまだ鍛造されていた時代に、日本で最もポピュラーだった百合は

 

「テッポウユリ、でしょうか」

 

そう呟くと、紫が少しばかり驚いたように目を見開いた。対照的に、霊夢は何を言っているのかわからないようで、はぁ、と変わらず気怠げな声を上げるだけだが。

 

「中々察しが良いわね。私も時代や国を元に考えると、鞘に描かれているのはテッポウユリだと思うの」

「ねぇ」

「シーボルトが復活祭に際して、日本から持ち帰った花でしたか」

「ちょっと」

「そう。持ち帰った後、イースターリリーとして親しまれたらしいわね」

「おーい」

「花言葉は純潔、無垢、希望……正に聖なる花に相応しい物ですが、何故そんな美しい花を復讐の為の刀に?」

「…………」

「さあ、私もそこまでは知らないわ。もしかしたら何かの意図がーー」

 

 

 

 

 

「長い!いつまで話してんのよあんた達!」

 

刹那、少女の出した声とは到底思えぬ様な、外にまで響き渡る程の怒声が、園枝と会話を交わす紫の

言葉を掻き消した。予想外の声量に、園枝は疎か、以前より付き合いがあるであろう紫でさえ驚いていた。

 

「す、済みません……知った話になると、つい……」

 

「御免なさいね、霊夢。少し無駄話が過ぎたわ」

 

二人して謝ると、霊夢は溜息を一つ吐いて、諭す様に紫に言う。

 

 

 

「話すべきはそんな事じゃないでしょうが……刀の特性について、話さなきゃならないんじゃないの?」

 

 

 

「特性?」

 

霊夢の言葉に園枝は首を傾げるが、紫は途端に表情を陰らせた。何処か重々しい雰囲気を醸し出すその様子から、話すべき事というのは先程言っていた、辛い話とやらだろう。百合咲之剣が尋常ならざる刀であるのは、彼とて初めて見た時から重々承知である。今更聞かなくて何になる、と自らを奮い立たせ、紫の話を待った。

 

「……さっきも言ったように、この刀は復讐の為の刀。即ち、人の憎しみや怒りを基に作られた物、という事になるわよね?」

「はい、そうなりま……」

 

そこで遅れて、彼も紫の言わんとする事について察しがついたようだ。どの様な訳があるかは知れないが、人の怨恨が、文字通り打ち込まれた刀など、正に呪物であろう。そして、人の黒く醜い感情を多量に吸い込んだ刀とは、所謂『妖刀』となる。

 

 

 

「まさか……」

 

 

 

いつしか園枝の額には、うっすらと汗が滲んでいた。背に一筋の冷水を落とされたかのように、ぶるりと震えが来る。彼は呪物の恐ろしさをその目で見た訳ではない。しかし、この非現実的な一日を鑑みるに、呪いというのが決して空想や妄想の類でない事を、心の何処かでは理解していた。園枝にとって考えたくもない事だが、大抵呪物、もとい妖刀という物は、大きな力を与えると同時に、決して避けられぬ滅びの道を主に歩ませる質の悪い代物だと聞く。

 

 

 

「えぇ、多分貴方の考える通り」

 

 

 

無意識の内、彼は口内に溜まった唾液を音を立て飲み込んでいた。

呪いというのは、総じて厄介であると彼は見聞した。曰く、人から人へ移ろい行く物であると。

曰く、主を着々と蝕み行く物であると。さすれば、彼は拙い状況に置かれているのだ。

 

 

 

「園枝さん。貴方は、この刀に呪われているの」

 

 

 

綺麗な薔薇には棘がある。かつてこれ程までに、園枝はその諺を実感した時があっただろうか。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「ちょっ、なんか倒れちゃったけど」

 

些か焦った様子で、霊夢は気絶した園枝を見る。呪われていると紫が宣った途端に、園枝が驚いた表情のまま、背後へ倒れてしまったのだ。息はしているので死んだという事はないだろうが、急に意識を失われては、如何に霊夢とて多少は驚くというものだ。そこまでショックだったのか、と紫の方を向くと、首を横に振る。

 

「多分、この刀に触れた時の激痛とやらが、まだ響いてるんじゃないかしら。無理にこっちに来た訳だから、園枝さんへの負荷もあるんでしょうね」

「あぁ……あれには驚いたわ。何か可笑しいと思ったら、結界の一部がぐちゃぐちゃになってたんだから」

 

思い出すのも嫌になるようで、彼女は忌々しげに、今度は傍に置かれた刀を見た。

百合咲之剣、人の怨恨を吸収した、人に仇なす呪い刀。製作者がどのような恨みを、誰に抱いていたのかは、この幻想郷に於いても知る者はいないだろう。

 

「けど……」

 

霊夢の目は、何処となく猜疑心を孕んでいるように見えた。その視線は、変わらず百合咲之剣を見据えている。彼女は、ある疑問を抱かずにはいられなかったのだ。

 

「そうそう、霊夢にちょっとした相談があるのだけど」

 

その疑念は、紫の呼び掛けに遮られる形となった。増して、紫からの相談事など、得てして真面な、

もとい楽な事柄ではないのだ。ならば、霊夢の表情に嫌悪感にも似た感情が露わになるのも無理はない。

 

「大体あんたの頼みって面倒ばかりよね……ま、一応聞いてあげるけど」

 

しかし、霊夢はそれを無下にしようとは考えない。博麗の巫女という立場故という事も無論あるが、それ以前に八雲紫には、霊夢もまた同じく世話になっているのだ。霊夢は、幻想郷の誰よりも公平に物事を考える。言うなれば、借りは返す、である。

 

 

 

「園枝さんを、貴女の元に置いておいて欲しいの」

 

 

 

ん?と、今までの彼女らしくない、歳相応の可愛らしい声が発せられた。

 

「あー、詰まり?どういう事よ?」

「あっらー?分からないかしら?」

 

にやにやと賤しい笑みを浮かべる紫を、霊夢は思い切り叩いてやりたくなる。

それでも、その真意を聞いて見なければ分からない。こうもうざったい笑みを浮かべていても、もしかしたら自分の思う事とは違うかもしれない。そんな希望的な観測が、霊夢の胸中を支配する。

 

「あー、分かった分かった。あれでしょ?私に色々と教えてやれとでも言うんでしょ?」

「それもあるけど、私の言った事とは違うわね」

 

更に深い笑みを浮かべる紫に、思わず霊夢は札と針を投げそうになる。

深い笑みではなく不快笑みじゃないか、そう思うも束の間、自分の考えている事が解なのではないか、という思いが、怒りを塗りつぶした。

 

「あー、それじゃああれね。私の所有物として自由に使えって事ね」

「それは流石に無理がないかしら……」

 

錯乱して、思わず思ってもない事を口走ってしまう。然しもの紫も、その笑みは愉悦から困惑の色に変わっていた。普段冷静でいる霊夢が、まるで加虐趣味の女王が如き失言を口走ってしまったのだから当然だ。

 

「詰まりね、暫くこの神社で、彼の面倒を見て欲しいって事」

 

痺れを切らした紫が、平然とそう言ってのけた。面倒を見る、と言えば、それは大した事に思えない。だが、相手は年頃の青年、霊夢もまた年頃の少女である。これが他人の愛玩動物などであれば、霊夢は面倒臭がりながらも引き受けてくれた事だろう。だが、その対象は愛玩動物ではなく、人間の異性。幾ら霊夢でも、今ばかりは冷静を取り繕う事適わない。

 

「は、ちょ、何でよ!?別に私の所じゃなくてもいいじゃない!」

 

 

 

「分かっているでしょう、霊夢」

 

しかし、困惑する霊夢に紫がたった一声を発するだけ。それだけで、霊夢の訴えはぴたりと止んだ。

言いたい事はまだまだある様子だが、紫の発する厳正な空気がそれを許さない。この幻想郷に於いて、必要不可欠な存在たる大妖怪の威圧感が、仄かに滲み出ていた。それにより霊夢は、どうにか言いたい事をぐっと押し留めている。

 

「彼には常に目を光らせなきゃならない。私と貴方が直様立ち会えるようにしなければ、どうなるかも分からない。他の箇所に移すにしても、私は兎も角、貴女では直ぐに辿り着くことが出来ない」

 

そう、それは霊夢も分かっていた事だ。この石塚園枝という青年は、よもや安全とは一概に言えない、不発弾とも呼ぶべき存在と化している。紫と霊夢、幻想郷最強に位置する二人が何時でもどうにか出来るようにしておかねば、何が起こるか分からない。だからこそ、紫はその決断を下したのだ。

ああして巫山戯た態度を取っていようと、それは必ず彼女の明晰な頭脳に裏打ちされている。

 

 

 

「あぁもう……分かってるわよ」

 

それを全て理解していた霊夢は、力無くそう答えた。

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