「よし、弾幕修行しよう」
魔理沙との最初の邂逅の翌日、再び暇潰し目当てで遊びに来た魔理沙が、勢い良く立ち上がりそう言った。縁側が若干軋み、嫌な音を立てる。暑気に充てられながらも、魔理沙の一声に園枝は血の気が引いた。
「へっ……」
思い立つ日が吉日、などと言うが、これは余りにも脈絡も無く、急である。
だが、用事が有ると朝早くから何処かへ霊夢は向かった為、助けを求めようにも求められない。
抑止力無き今、園枝は仕方なく話の続きを聞く事にした。
「いや、結構真面目な話だぜ?幻想郷じゃあ、妖怪との小競り合いで弾幕ごっこで勝負とか、よく有る話だからさ」
「では、今の内に力をつけておけば、いざという時に対処出来る、と?」
「理解が早くて助かるぜ」
魔理沙の言葉には、確かに園枝も納得出来る箇所があった。外の世界へ帰る事が出来ない今、幻想郷で生きていく為に、その術を身につけるというのは必須であると言えるだろう。郷に入っては郷に従え、と言う諺が有ったが、文字通り郷に従わねばならない。だが、園枝は前提条件が成り立っていない事を知っている。
「でも、僕は霊力や妖力が無いんですよね?」
「そうだな。けど、その刀を使えば別だと思う」
その刀と言われた物、百合咲之剣を見る。どう使えば、と悩むも束の間、直ぐにそれが不可能である事に気付く。封印が施されていても、呪い刀。霊夢も言っていたが、不用意に抜いてしまっては、何が起きるか分からない。好奇心故に刃を抜き、結果大きな厄災を呼び起こしてしまうなど、許される事ではない。しかし、その旨を言おうとした園枝を、魔理沙が話を紡ぐ事で直前で制した。
「大丈夫、刀を抜く訳じゃない。格好悪いが、そのまま使うんだ」
「…………んん!?」
そのままと言えば、詰まりーー鞘に収まったまま、となるだろう。悩む事もない、単純な思いつきだ。
「鞘に収めたまま振り回すんですか!?」
「そういう事」
若干誇らしげーー謂わばドヤ顔を披露し、魔理沙は鼻を鳴らした。確かに、抜いてはいない。
抜かなければ封印が解かれるという事も無いかもしれない。若干の不安要素もあるが、理に適っていない事もない。このままで使えると言うならば、是非も無いのだ。これ以外、現状園枝の戦力となる物は何一つ無いのだから。
「……そうだ!手から出すだとか、そう言った事は出来ませんか?」
「普通はそうだけど、園枝は霊力不足でな。出来る限り霊力消費を抑えるなら、その刀を媒体にして放った方がずっと効率的なんだ」
という訳で、この鞘付き呪い刀を振り回さねばならないようだ。今魔理沙の言った説明の意味は分からなかったが、取り敢えず使った方が良い、らしい。言った通りにするしかないのか、と腹を括り、仕方無く譲歩する。
「……じゃあ、仮にそうして使うとします。しかし、このままでどうやって弾幕とやらを放つんですか?」
既に疲弊を感じさせる声色でそう言う園枝に、魔理沙は何も言わずに振り向いた。その見据える先は、神社の鳥居。すると、彼女は黙々と右手を前方へ向ける。何をするのか、疑問に思うものの、園枝は敢えて何も言おうとはしない。
「見てろ」
そう魔理沙が呟いた時だった。伸ばした右の手から、眩い黄色の星型の光弾が一つ、凄まじい速度で発射される。僅かに風が起き、魔理沙の柔らかな髪がふわりと揺れる。その勢いは止まる事なく、神社の鳥居を掻い潜り、軌道を乱す事もなく一直線上に飛んで行った。
「…………」
園枝は絶句している。百聞は一見に如かず、とはよく言った物だ。園枝は内心、弾幕やら霊力やら、そんな突飛な話を聞いた所で、半信半疑だった。気付けば幻想郷などという場所に居たのも、紫が謎の空間から出てきたのも、魔理沙が空を飛んでいたのも、心の何処かでは、長い長い夢であると思っていた。
「とまあ、こんな感じだな」
だが、今その疑心は確信へ変わる。此処は間違いなく、現にして幻想の郷なのだと。自分は、普通の生活を止めてしまったのだと。
「は、ははは…………凄い、です」
園枝は光に少しばかり目を痛めながら、繕いきれていない、ぎこちない笑顔を浮かべた。
ーーーーーー
「さて、そんじゃレッスン1だ。先ずは、体内の霊力をしっかり認識する事から始めるぜ」
「認識とは言っても、如何すれば?」
魔理沙は人に物を教えるのが新鮮なのか、得意げな表情をしながら人差し指を立てた。年頃の少女とはいえ、まだまだ子供。人に教えるという行為に、一種の愉悦を感じるのだろう。それは、自らが相手より上に立っているという思考によるものではないか。そう考えた時、何て事を考えているのか、と園枝は自分の小汚い思考を振り払う。
「方法自体は単純。自分の身体のーーじゃあ、右手。右手に意図して血液を多量に送るように、しっかり集中してイメージしてみる事だ」
そんな事で、とは思いつつも、言われるがままに意識を集中させた。次は、血液の循環を右手に。
巡り巡るそれを、この五指に、掌にのみ集めるように。
「んー、まだだな。一回目を閉じて、心臓から送られる血を右手にのみ集中させる感じだ」
言われるままに、目をゆっくりと閉じた。
残るものは、木々の僅かな揺らぐ音、微風が耳をつく音に、自らの鼓動と呼吸音のみ。
只々仄かに温かい物を、掌へ。
鼓動にのみ耳を澄ませ、その他全ての雑音を遮断。意識を右手一点に完全集中し、血液を巡らせるのではなく、掌に全てを移すーー
「おっ」
「あっ」
ーーその時魔理沙が声を上げるのと、園枝が声を上げたのは、ほぼ同時だった。
慌てて目を開けた園枝は、今迄自分が感じていた違和感に、首を傾げる。
「あの、今……少しだけ、右手が温かくなった気が」
そう。今一瞬だけではあるが、右手に確かな温もりを感じたのだ。暖房や陽光による物とは根本的に違う、まるで人の体温の様な、優しい温もり。言葉にするのは難しいものの、強いて言うとするなら、そう表す他無かろう。園枝本人のみが分かる感覚なのだから。
「そうそう、今は出来てたぜ。と言っても、こんなのは序の口だけどな」
軽い驚きに見舞われ、今迄温もりに包まれていた右手を見た。いつもと変わらない、色白で余り大きいとも言えない手だ。今さっきは温かったのだが、丁度魔理沙と共に声を上げた刹那、それも無くなっていた。
どうやら魔理沙は、疑問に思っている様子を察したらしい。
「今ちょっと温かかったのが、霊力が集まった証拠で、成功すればちょっと光るんだ。園枝にしては結構多めに霊力を込めてたし、変化はよく分かったろ?」
「はい……けど、外の世界じゃこんな事では出来ないと思いますけど」
園枝の言うように、外の世界でもこれに似た方法があった。その目的は霊力を認知するのとは別であるが。例を挙げれば、両手を前に出し、右手が上、左手が下、その逆に右手が下、左手が下となるよう、何度も上下で回転させるという方法。それを実践すれば手を回した奇跡で描いた円の中心が、少しだけ温かくなる。そんな物だ。しかし、実践した園枝曰く、そんな物は思い込みに過ぎないのだ。
だが、今のは違う。思い込みやプラセボ効果などという、チャチな暖かさではない。
人の肌に包まれたように、確かな熱が宿っていた。
「外の世界じゃ、霊力なんてもう無いだろ?外の世界じゃ存在しない力を、其処で使える筈が無い」
「えっと……簡単に言えば、幻想郷だからこそ出来る事だ、と」
「やっぱり理解が早いな。助かるぜ」
和かに微笑む魔理沙に笑顔を返すが、何も完全に理解した訳では無い。園枝の脳内は、それに対する思考で溢れていた。
外の世界には霊力が存在しないと言うのは分かる。しかし、だからと言ってイコール使えないとなるのだろうか、と。常識に囚われないと誓ったばかりだが、どうも園枝は物事を理屈で考え過ぎる癖があるらしい。
納得し兼ねている園枝に、早くも魔理沙は中指をも立てた。
「じゃ、レッスン2。今やったイメージの対象を、次は刀に移す。霊力を込めるんだ」
「あっ、はい」
縁側に置いた百合咲之剣を手に取ろうと手を伸ばす。
「っ……」
だが、その手はいつまで経っても、柄を握らない。取る直前に、ぴたりと手が止む。
不意に、思い出してしまった。初めて触れた時の、凄まじい激痛を。
「うぅ……」
分かっている、園枝も分かっているのだ。
封印されているのだから、触れた所で問題はない事を。しかし、あの痛みを思い出すと、どうにも取る勇気は出なかった。
「ん、どうした?」
「……触れられない、です」
はぁ?と、魔理沙は声を上げる。一応は持ち主である筈の園枝が、その所持する刀に触れられないなど、訳が分からないに決まっている。だがもしあの痛みを知れば、魔理沙も触れない事はなくとも、
躊躇う事位はあるだろう。それだけにあの痛みは、凄まじかったのだ。
「あ、そうだ。それなら、私が其奴で手本を見せてやる」
魔理沙の閃きに何を言ってるのかと思うも一瞬、園枝の手の前にあった百合咲之剣を、魔理沙が横からぱっと奪い取った。急な行動に、園枝は怯んで動けない。だが同時に、安堵の感情も芽生えていた。見た所、魔理沙もまた触れて問題が無い様だからだ。確証は得られずとも触れる勇気は出た園枝は、実践しようとする魔理沙を凝視する。
「よっ」
軽い掛け声。それと共に、百合咲之剣が光を帯びた。赤い鞘に、白煙が如き仄かな光が纏わり付いている。園枝は柄にもなく、暑さも驚きも忘れ、目の前の美しいそれに魅入っていた。ほいほい、と声に出しながら、魔理沙は輝く鞘を徐に振るった。鞘の動きに合わせ、園枝の目も同じ動きをする。
だが数秒もすると光は霧散し、通常の鞘に戻る。
「私の場合は魔力ってので、霊力とは違うが、成功すれば同じようになる」
「へぇー……魔力と言うのも、霊力と変わらないんですか?」
その問いに、魔理沙は頷いた。確かに、園枝にも魔力とやらの温もりは、霊力に通ずるものがあるとは感じていた。だが、園枝にはどうも、霊力とは違う何かが感じられた。言葉に起こすには難しいその感覚。彼の感じた印象を表すなら、霊力は微かに漣が立っている水。魔力は一定間隔で波紋が広がり続けている水、そんな感覚だ。霊力と魔力、似て非なる力の相違に、園枝は僅かに興味を抱いたらしく、魔理沙から差し出された刀を取る勇気は高まっていた。
「そうそう。私は慣れてるから簡単に出来るけど、園枝まで簡単に出来るとは思わない方がいいぞ」
しかしそこで、魔理沙は意地悪くそう言った。園枝は彼女の言葉に、ぴくりと肩で反応を示す。
ふと見てみれば、その顔は卑しい笑みへと変わっていた。これは俗に言う、舐められている、という奴だろう。
「……はは、大丈夫ですよ」
どうやらその人柄に反して、園枝は魔理沙が思った以上に意地っ張りだったようだ。
心なしか、彼の穏やかな笑顔が、僅かに引き攣っているように見える。
先程までの躊躇などとうに忘れ、素早く刀を手に取った。痛みがない事への安堵をも忘れ、また目を閉じる。
「……ふぅ」
一息吐いて、意識を鞘に集中させる。血液を心臓から右手へ、右手から柄へ、柄から鞘へと、流し込むように移動させるイメージを働かせた。自らの血、即ち生命を、鞘へと流し込み、留める。
「(あぁ……掴めて来たな)」
心の中でそう思おうと、最早集中は途切れない。
既にその鞘は、淡く青い光を発していた。先程の魔理沙と同じ、温もりの光を。ただ、次に同じ失態を繰り返しはしない。園枝は、先程自分の込めた霊力が霧散したのは、自らの集中力が途切れた事であると推測していた。ならば、目を開かねばいい。只管に、尽きるまで霊力を込めていれば良い。
音すら消して、この身体と刀にだけ意識を費やせば良い。
そんな短絡的な思考だが、推測自体は当たっていた。目を開き、雑音を拾い、温もりに驚いたから途切れてしまった。
「(けど、これじゃ駄目だ)」
今魔理沙がして見せた時は、見る限りでは園枝程集中する様子も見せず、開目し喋り、剰えそれを振っていた。それを今可能にしようとは思えない。だがーー
「うん……目は、開けられました」
ーー少しでもそれに近付きたい。園枝の心には何時しか、先程までは有り得なかった向上心が芽生え始めていた。
「お、中々やるな。そんじゃ後は簡単。それを抜き身だと思って、全力で空を切るんだ」
何時もよりも穏やかな精神状態である事を実感しながら、園枝は無言で頷く。
目を開け、会話を意に介して尚、放つ光は途絶えない。ただ魔理沙の言う通りに、空を見上げ、柄に左手を添えた。そして、構える。それは、敵の右足から左肩へ切る、右切上と呼ばれる太刀筋を可能にする構えだ。
「……行きます」
その一声の後、構えた刀を鞘諸共、腰からから額の位置まで全力で振り抜いた。鞘に収めたままの為に、その風を切る音は大きい。刀の素振りと言うよりは、音も形状もバットの素振りと言った方が正しかろう。
だが、着目すべきは其処ではない。振られた赤い鞘の描いた軌跡、そこから放出されし物こそが、彼の成し遂げた成果の結果である。
「おー、見事見事。様になってるな」
それこそが、青い光の軌跡から放たれた、三日月状の青い光だ。サイズはそう大きくもなく、人の顔二つ分程度の幅しかない。だが確かに、園枝が振った刀から、それは放たれていた。
言うなれば、三日月状の弾幕。魔理沙が見本として放った星型の光弾とは、形状も大きさも色も異なる物。
「う、わぁ」
本来の勝負ならば、この何十倍もの数を撃たねばならないのかもしれない。撃ち合うと言うからには、きっとこうも時間を掛け、集中していては勝つ事は不可能と推測される。
百合咲之剣を媒体とした上での、その上たかが一度の成功では、まだ実践に程遠い。
「出来……た」
それでも、自分があの光を放った。その得も言われぬ感動は、少し遅れて彼の心を昂らせる。
何時からか忘れていた、感動という感情。再び抱いた、霊力とは違うその温もりに、彼は無意識の内に頬を緩めていた。既に鞘の光は、集中が途絶え消えてしまったが、それでも成功だ。
「出来はまぁまぁって所だな。素人にしては悪くないぜ?」
魔理沙の褒め言葉を噛み締める程、今の園枝は他に意識を向けられなかった。
傍観者たる魔理沙は勿論、放った本人である園枝までもが驚いている。寧ろ、本人は目を点にしてるのだから、これでは様になっているとは言い難い。それでも、確かに成し得た。
一切霊力など馴染みのない園枝が、第一歩を踏み出せたのだ。そして、まだ成長する事が出来るかもしれない。そんな園枝の期待が、彼の胸を膨らませる。
「今、出来ましたよね?ははは……やりましたよ、やったんですよ?見てました?見てましたよね?いや本当に、凄いです」
「ちょ、詰め寄りすぎだっての……それにそういうのは、自分で言うもんじゃないと思うけどなー……」
だが、魔理沙はそれ以上何も言わなかった。なんだかんだ彼女も、園枝の気持ちを少しは理解しているのかもしれない。手に残る温もりを確かめながら園枝は、もう何度目になるかも分からない実感を得る。それは、自分が常識外の世界に身を置いているという事。それとは別に、予想ーーこの世界で送る未来に、ある思いを同時に抱いていた。
「……案外、楽しくなる、かな」
期待を含んだ小さな声は、青い三日月の霧散と共に、晴れ渡る蒼穹に消えた。
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…………良い感想だと、尚嬉しいのですが←