刀憑きの青年   作:桐竹一葉

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実を言いますと、この話は次も合わせて一話にまとめるつもりだったのです。
が、私の技量不足により文字数が嵩んでしまいましたので、分割させて頂きました。
尚、主人公も些か幻想郷に慣れ、最初の緊張が解けていっている、と御考え下さいませ。

如何なる感想もお待ちしております。


人里

「成る程、それでどうにか撃てたのね」

 

園枝が幻想郷に来て早くも四日経ち、その翌日の朝。昨日の魔理沙による指導の事を話しながら、霊夢と共に、外の世界ではまず食す事の出来なかった手作りの朝餉(あさげ)を摂る。

不用意な事をしてしまったかと、話す前は怯んでいたが、どうやら鞘に霊力を込める程度ならば問題は無いとの事だった。曰く、抜刀せず札を破らねば危険は無いらしい。尤も、鞘入りのまま振るというアイデアを話した際は、またも霊夢の失笑を買ったが。

 

「はい。最初は出来るかどうかと不安でしたけども」

 

ふと、園枝は考えていた。世間的に見れば、これはとても羨望される状況なのではないかと。

園枝は斯様(かよう)な考えには至らなかったようだが、霊夢という美少女と共に二人きり生活し、朝を共にするなど、年頃の男であれば幸せな事だろう。しかしどうも園枝は、今も尚表情の硬い霊夢に、そういった思いを抱く事が出来なかった。歳が離れているからか、好みの問題かは知る由もない。霊夢にとっても、百合咲之剣に魅入られたのが園枝であったのは、不幸中の幸いであると言える。そんな彼の下卑(げび)な思考など知らず、霊夢は感嘆の声を上げた。

 

「凄いじゃない。ま、なんだかんだ、魔理沙は教えるのが上手いもの」

「はい。感覚を言葉にして説明して貰えたので、とても分かり易かったです」

 

双方共に、喋る際に必ず口に手を添える為、些か会話の流れは遅い。それでも咀嚼音一つ立てていない辺り、作法を真面に心得ているようだ。箸が椀に当たる軽い音と、蝉のコーラスが場を繋ぐ中、園枝が堪え兼ねて話を切り出した。

 

「……所で、昨日は一体何方(どちら)へいらしていたんです?とてもお疲れの様子でしたが」

 

ふと、昨日の昼頃に帰って来た霊夢の顔を思い出す。酷いとは行かないまでも、見るからに気怠そうな面持ちで、帰るや否や直ぐに入浴し就寝してしまったのだ。まるで仕事疲れしたオフィスガールのような、重たく鈍い動きは、とても本来の歳と見合っているとは思えない程であった。とは言っても、彼は霊夢の実年齢を知っている訳では無いが。

 

「あぁ……何て事ない、妖怪退治よ」

「妖怪退治?」

 

聞きなれない単語を、園枝は反芻する。霊夢は彼に説明していなかった事を忘れていたらしく、

そう言えば伝え忘れてたわ、とこれまた簡潔な説明を施した。

 

「悪事を働いた妖怪を、死なない程度に懲らしめるの。それが私の仕事みたいなものだから」

「わぁ、簡潔……」

 

相変わらず、説明をも手っ取り早く済ます霊夢だったが、無駄がない分園枝でも理解するのは容易である。博麗の巫女という立場が、その業務をする理由となるのだろうか。しかし直接的な関係は無いからと、疑問に思いつつもそれを聞くのは止める。思考を放棄し再び会話を遮断すると、眼前の卓に並んだ料理に箸を持って行った。

 

「(うん、金平牛蒡(きんぴらごぼう)はやっぱり美味しいな)」

 

料理に舌鼓を打つ彼の表情は、最初にあった時よりは幾分(いくぶん)かマシになっている。そんな風に、霊夢の目には映っていた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「今日は妖怪退治の予定も無いし、人里に買い出しに行こうと思うの」

 

食事も終え、お互い食器洗いをしていた時。隣で椀を水に流す霊夢が、そう言った。こんな蒸し暑い日に外出など、霊夢は好まないと思っていた園枝は、少しばかり面食らった顔をしている。

 

「はぁ、買い出しですか」

「そう、買い出し」

 

水道から流れる生温い水が、ステンレスのシンクに反射して跳ねた。こうも暑いせいで、水道水はいつもの冷たさを失ってしまっている。最初はステンレスや水道という、外の世界となんら変わりない技術に驚いたが、霊夢が言うにはこれは河童が作った物であるとの事。河童と言えば相撲が好きで、皿が乾くと干涸(ひから)びるという事しか知らない園枝は、それを聞いた為に河童のイメージが曖昧になってしまった。

 

「…………え?まさか付いて来いと?」

「一人で行くのにそんな事言う訳ないでしょ」

 

それもそうだ。妖怪退治に行っていたという昨日も、起き抜けにただ言ってくるとだけ言い残し、そのまま何処かへ向かってしまったのだから。それはそうだが、何故自分まで行く必要があるのか、という問いも、霊夢は想定していたようだ。

 

「一度に多く買った方が、手間も省けるでしょ?園枝さんの分が増えたから、前より食材やらが必要になったの」

「あ……そ、そうですね。済みません」

「あぁ、別に悪意が有って言った訳じゃないのよ?少しくらい増えても問題はないから、謝る必要はないわ」

 

そうは言われても、園枝はそんな事を言われ気にしない程、太い神経を持ち合わせていない。

些細な事でも負い目を感じてしまう彼は、よく言えば弁えており、悪く言えば繊細過ぎるのだ。

そして、そんな事を聞かされて尚、そうですか行ってらっしゃいませ、などと抜かす事は出来ない。

 

「分かりました。穀潰しなりに、出来る限りお役に立ちますので……」

「い、いや……そんな卑下しなくて良いわよ。それに、これは買い出し以外の目的もあるの」

 

霊夢の真意が察せず、園枝は手の水気を払いながらどういう事かと尋ねた。

 

「幻想郷で暮らす以上、人里の事は少しでも知っておかなきゃならないわ。その為の案内も兼ねての事よ」

 

成る程と、園枝は手を叩く。今は刀のせいで、神社から自由に外出する事叶わないが、仮に外出可能になった時、自分が移り住むかもしれない場所なのだ。出来る事なら一人で暮らした方が霊夢も自分も良いと考える園枝は、彼女の意見に賛成的だった。

 

「確かに、それは大切ですね。では、何時頃行きますか?僕は何時でも構いませんが」

「そう。それじゃあ、境内に出ましょうか」

「え、はぁ」

 

行きましょうか、ではなく、境内に出ましょうか、という言葉に、園枝は違和感を覚える。

しかし行かない訳にもいかないので、手の水気を払いながら境内へ出る霊夢の後ろへ付いた。

霊夢は下駄を履き、園枝は革靴を履いて境内へ出る。

 

「うわっ、やっぱり今日も暑い……」

 

室内でさえあの暑さなのだから、太陽が燦々(さんさん)と照る境内が暑いのは当然だ。

しかし、霊夢は文字通り涼しい顔をしている。忍耐力故なのかと不思議そうにその顔を見ていると、霊夢が急に振り返り、両手を差し出した。

 

「手、強く握ってて頂戴」

「は、はぁ……分かりました」

 

急に両手を差し出した物だから、金でもせがまれたのかと勘違いしたが、どうやら違ったらしい。

訳も分からず言われるままに、霊夢の小さな両手に、自らの骨張った両手を重ねて握った。少しばかり躊躇いもしたが、彼女は平然としているので、園枝もまた気を使う必要はないと悟る。

 

 

 

「さ、行くわよ」

 

 

 

その瞬間、園枝の身体に異変が起きた。足に込められていた力が、急に必要無くなったのだ。

握られた手が上に引っ張られ、肩に僅かな負荷が掛かる。

 

 

 

「うわ、ちょ、浮いてますけど……」

 

 

 

そう、浮いていた。未だ飛翔距離はそう高くないが、園枝と霊夢の両足は、地へ着いていない。

霊夢が浮き、その霊夢が園枝を引っ張り上げる事で、園枝も浮いているのだろう。

その時園枝は、漸く霊夢の考えを完全に理解した。行くわよ、という言葉の後に、自分が持ち上げられ浮いている。それはつまりーー

 

「手っ取り早く、飛んで行くわ」

 

「あ、あはは…………本当ですか」

 

そのまま高速で上空へ飛ぶと、ある方向へと一直線に飛び出した。この速度を地上で体感するとすれば、大して早いとは感じなかろう。しかし、その場は地上ではなく空中。空から見下げる景色の流れ行く様は、園枝に本来以上の速度を体感させていた。

 

「こ、ここここ、これ……落ちたら死ねる高さですよね?」

 

現状、其処から見る地上はかなりの高さとなっている。目測では、(おおよ)そ二十米といったところか。その半分であっても、通常の人間では致命傷を免れない。増して、園枝はその二倍の高度を、飛びながら味わっているのだ。怯えるのも当然である。

 

「大丈夫でしょ……多分ね」

「ふ、不吉な事を仰らないで頂きたいのですが……離さないでくださいね!絶対ですよ!?」

 

言葉を濁した霊夢に、園枝は吊り下げられながら叫んだ。尤も、この状況で下ろせなどと喚いて暴れては、自らの命を捨てるだけであると理解している為、必死に下を見ないようにしている。

そして、上を向いていたとすれば、園枝の目に入る物は地上ではない。今上で腕を取り、飛んでいる霊夢の胸部である。装束の上からでも二つの果実の膨らみが分かり、この歳ではそれなりにある方に類する。だが、やはり何処まで行っても歳相応のサイズであった。

 

「(……やっぱり、こんな落ち着いてても少女なんだなぁ)」

 

そんな二度目の下卑な思考を巡らしていると、急に霊夢の手を掴む力が強まったのを感じた。

胸部とは違い、その握力はとても歳相応の少女の力ではない。成人たる園枝でも、これ程の力はそう出せなかろう。急に訪れたその痛みに苦しみながら、けれども落ちないよう微かに悶える園枝に、霊夢は途轍もなく冷たい声を発した。

 

「言っておくけど、気付いてるから」

「はい誠に申し訳御座いませんですからどうか御力を弱めて頂きたく存じます非礼を詫びますのでどうか、ぁ、ああぁ……」

 

園枝の一息で発せられた長い謝辞を聞くと、漸く霊夢は力を弱める。しかし霊夢の視線は、いつもよりもずっと冷たい物に変化していた。身体の芯まで冷え渡るようなその顔に、園枝は愛想笑いで応対する。下心は無いのだと説明したかったようだが、今の彼女に何を言っても無駄な事は、園枝もなんとなしに分かっているだろう。

 

「そんな事より、景色でも眺めたら如何かしら。私の無い物を見るよりも……ね」

「い、いえ、決して無いだなんて事は無いと僕は思います。外の基準で考えると、博麗さんは寧ろ中の上程度はあるのではとーー」

 

言い掛けて、と言うより言い終わる前に止めた。再び両手に掛かる圧力が強くなった事を感じ、この話題は止めなければと察したようだ。しかし、言われた通り景色を見ると言うのも、中々難しい。

一般的な範疇であるが、園枝は高所に恐怖感を抱き易いのだ。恐怖症とまでは行かずとも、この高さでは彼も恐怖を感じずにはいられない。支えているのは霊夢という一人の少女だけである事もまた、恐怖の原因となっている。

 

「でも、下を見るのは、やっぱり少し怯んでしまうと言いますか……」

 

現に園枝の両手は、この暑さ故ではない汗が滲み、ぶるぶると生まれたての子鹿宛らに震えていた。

みっともないわね、と呆れながらも、霊夢の声には少しだけ、憐憫の念が含まれている。なんだかんだ、彼の恐慌ぶりを哀れんでいるのだろう。

 

「なら、見ざるを得ないようにすればいいのよね」

「ちょ、っと……それは御遠慮したいのですが」

 

園枝の必死の抵抗も、霊夢には効果が無い。ぶつぶつと拒否する園枝の言葉を無視し、霊夢は飛翔する角度を僅かに傾けた。ひぇ、と成人男性とは思えぬ情け無い悲鳴を上げ、園枝の目線が前方から下方へと移る。それは、前のめりになる形、詰まり園枝の頭が強制的に地上へと行く角度であった。

 

「どう?怖いかしら?」

 

霊夢の狙いは、園枝を実力行使で下を向かせ、強制的に黙らせ何もさせない事にあった。

彼女の狙い通り、園枝は下を向いて何も言わない。だが、彼が黙ったのは、どうやらそれ以外が原因らしい。もし見たくないとすれば、普通ならば全力で地上を見ないようにするか、目を閉じるかするだろう。しかし、園枝はそのどれにも当て嵌らなかったらしい。

 

 

 

「…………綺麗ですね」

 

 

 

先程までの巫山戯た雰囲気はいつの間にやら消え失せ、彼はその眼下に広がる景色に心魅せられていた。茂る万緑は彼方まで続いており、この高さでも周囲が山々に囲まれている事は見て取れる。

一度、長い深呼吸をした。それも、肩を動かさない為に胸式ではなく、腹式呼吸で。長く腹に息を溜め込み、ゆっくりと溜まった息を吐く。緑に囲まれた地の有する、芳しく優しい木々や葉の薫りは、園枝の鼻腔へと行き届いた。

 

「そうか。僕を落ち着かせる為に、見せて頂けたんですね。お心遣い感謝します」

 

気が付けば、園枝の恐怖による震えも、発汗も止まっていた。無論霊夢はそんな気遣いをしたという事はなく、園枝が霊夢の考えを勝手に想像しているだけである。しかし、今更否定するのもどうかと考えた霊夢は、まぁね、とだけ返した。するとそんな彼女の目に、木々の中に拓かれた広い空間が映る。園枝も移ろいゆく景色の中で、此処から少し先に在るそれを見付けたようだ。

 

「まだ少し遠いけど、あれが人里よ。人が大勢いるから、問題は起こさないでくれると助かるわ」

「確かに、人が沢山いますね。道具屋、甘味処、茶屋、宿場と色々あって面白そうな」

「…………まさか、此処から中が見えるっていうの?」

 

驚いたと言うよりは、呆気に取られながら聞いて来た。そういえば、と園枝は、自分の身体について説明が遅れていた事を思い出す。

 

「僕、視力は4程有りまして。障害が無ければ、一(キロメートル)先の鼠も見えますよ」

 

もし現代の視力の度合いに、現代の距離の度合いが分かる者が居合わせていれば、園枝の言葉には疑いを持たざるを得なかいだろう。現代日本では視力2ですら高い部類であると言うのに、彼はその倍の視力を持っていると宣ったのだから。しかし霊夢は、距離と言えば粁ならぬ里、視力に至っては数値化も出来ない時代と、類似した環境を人間である。

 

「……へぇ、よく分からないけど凄いのね」

 

それ故、園枝の言動に疑いを持つ事も無かった。(そも)、目の前でその眼力の片鱗を見せられたのだから、信ずるに値するのだ。いえいえ、と謙遜していると、ふと彼の目にはある字が目に入る。人里のある店に掲げられた、木の板に黒い字で書かれているその名前。景色へ向けられていた意識が、次は其方へと変わった。

 

 

 

「道具屋……霧雨店?」




文字数は、出来る限り一話につき五千字以上を目指していきたいと考えております。
一話が三千字なのは……外の世界の描写を多くし過ぎても、幻想郷を舞台としたこの拙作では意味を為さないと思いまして……はい、断じて手抜きなどではなくてですね……

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