刀憑きの青年   作:桐竹一葉

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気の利いた題名が考えられず……あれですよね、日常話を二文字で考えるのは、ちょっと辛いですよね。

しかし、文字数が見事にばらけてしまい……今回は9,500文字にまで嵩んでしまいました……
平均文字数が500近く跳ね上がったのには一種回って草を禁じ得ません
分割とはなんだったのか。




異質

「これはまた……遠目に見るより、ずっと広いですね」

「こうも大きい人里と言えば、幻想郷では此処くらいだけど」

 

其処には、かつて外の世界で見た、時代劇のそれに既視感を覚えた。

そこら中に建てられた長屋には、先程も見たように多種多様の店が立ち並んでいる。甘味処の店先に置かれた縁台と野点傘は、もしこの世界でなければ、それこそ時代劇のセットか何かにしか見えない。その建物の間には老若男女問わず、多くの人々が出歩いていた。子供の(はしゃ)ぐ声、老人同士での縁台将棋、店先で客を呼び込まんとする店主、扇で扇ぎ合いながら並び歩く男女。その悉くが明朗な笑顔を浮かべ、雑踏と化している。

 

「その上、この凄い熱気。下手したら、ばててしまうかもしれません」

「そうね。だからこそ、早めに買ってとっとと帰らなきゃならないわ」

 

面倒事が起きる可能性もあるし、という霊夢の呟きは、雑踏の雑音に紛れ、園枝の耳には届かなかったようだ。霊夢は園枝の腕を一度二度突くと、付いてきてと言うように歩き出す。霊夢の背後へぴたりと付き歩きながら、園枝は周囲に視線を巡らし続けた。いざという時の為の住居となりそうな場所は無いか、という思いもあるが、それ以前に単純な興味である。往々にして香る、茶屋に甘味処の料理の匂いは、朝食を摂ったばかりの園枝を、空腹の錯覚に陥れさせる。

 

「やはり、基本幻想郷の文明は、余り進んでいないんですね」

 

彼の基本という言葉には、恐らく河童の事が含まれているのだろう。霊夢もそれを察したらしく、同意を示した。

 

「けど、私はそこまで不自由してないわ。真面な食べ物があって、お茶があって、住む場所があるんだもの」

「うーん、確かに生活自体は、問題無く遅れるでしょうけども。文明の利器に慣れ親しんだ身としては、どうも物足りないと感じてしまいます」

 

すると、霊夢はその利器とやらに興味を抱いたようだった。汗を拭い顔を扇ぎながら、周囲の観察を怠らない園枝に彼女は、どんな物があるのかしら、と問う。

 

「この季節だと、冷房や扇風機ですね。冷房は電気により自動で冷風を送り、それで体表面の熱を奪い涼む事ができます。扇風機はそれより簡素で、プロペラみたいのを電気で自動回転させ、風を起こすだけです」

「じゃあ、その扇風機なら河童でも作れるかしらね?」

「どうでしょうか。河童さんの技術力にもよりますが、仕組みは簡単なので、出来るかもしれません」

 

程度にもよりけりだが、機械に精通する者であるならば、資材さえあれば問題無く作れるだろう。

尤も、電源がこの幻想郷に存在するのかは、今の園枝には分からないが。どうやら霊夢はそれを聞き、既に作ってもらおうと画策しているようだ。電力供給が必要である事を話そうと思う園枝だったが、言い掛けたところで何かに気付いたように、ぴたりとそれを止める。

 

「あの、博麗さん……」

「どうしたのよ」

 

薄っすらと汗を滲ませる霊夢の姿は、艶かしい魅力の感じられた。だが、園枝はそんな彼女の姿にもまるで反応を示さず、振り返る霊夢に耳打ちする。

 

「なんだか、四方八方から視線を感じませんか……?」

 

それは園枝の妄言などではなく、事実であった。道行く人々が、先ず先行く霊夢を一瞥する。

しかし、その後ろに付く園枝を見た途端、二度見の要領でじっと彼を見て来るのだ。

 

「あぁ、分かってるわ。外来人と一緒に人里へ来るのはそう無いから、物珍しいんでしょ」

 

勿論、園枝でさえ分かるような視線に、霊夢が気付いていない筈もなく。園枝はたった今気づいた風だったが、霊夢は最初から分かっていて無視していたらしい。数多の目に晒される事に慣れていない園枝は、気付いた途端肩身を狭めてまた歩き出した。

 

「もしかして、この服のせいですかね。皆さん、羽織や浴衣だって言うのに、僕だけ洋服ですし」

「それもあるでしょうね……いっそ、買い換える?地べたに寝転んでたんだから、余り綺麗とは言えないもの」

「あ、僕地べたで気絶してたんですね。確かに、所々解れや傷がありますが」

 

園枝は自分の身に纏う服を見る。白いカッターシャツの袖口には、洗濯して尚落ち切らなかった土の汚れが僅かに有った。肘の部分には擦れて変色している部分も見受けられる。

黒いデニムは色のせいか目立ちはしないが、膝や内部に同じく土の汚れが付着している。

見た所、この生活水準故に農作業をしている里人も多く、汚れ自体はそう珍しくも見られていないようだが。

 

「ですが、お金を持ち合わせていないので……働き口でも見つかれば、買い換えようと思いますがねぇ」

「園枝さんにお金が無いのは知ってるわ。だから、普通の物なら一着くらいは買ってあげるけど」

 

霊夢の太っ腹な発言に、園枝は大層驚いた顔をしていた。此処での衣服の物価など園枝は知らないが、少なくとも食材よりは余程高く付く事は想像に難くない。そんな代物を、出会って間も無い男に買い与えるなどと、とても歳相応の少女の行動とは思えなかった。貧乏学生だった園枝からすれば、

尚更である。

 

「い、いえいえいえ、まだ着れますから大丈夫ですよ?僕の服ごときに出費するのは勿体無いですし、お返しする目処もありませんから」

 

園枝は霊夢の厚意を全力で拒否していた。彼のように、人様に迷惑を掛けてはならない、という思考の持ち主ならば、遠慮するのも当然であるが。しかし、霊夢は呆れた様子で溜息を吐いた。

 

「別に、そのまま返してもらおうとは思ってないわよ。一応、住居を提供してるとは言え、料理以外は大体やって貰ってるでしょう?それのお返しだと思ってくれれば良いわ」

「う、うーん……使用人、という形になるんでしょうか。いやしかし……」

「というか、見窄らしい格好じゃ、私までどう思われるか分からないでしょ」

 

おどおどと躊躇う園枝を、霊夢はその一言で一刀両断する。成る程、と園枝は納得しつつ、それでも申し訳ないという気持ちは燻っていた。その事で悩んでいると、急に霊夢が立ち止まった。

思考を巡らしながら歩いていた園枝は、止まった霊夢の小さな背にぶつかってしまいそうになるが、寸前でどうにか止まる。何事かと霊夢の見遣る方向を、園枝も追従して見遣った。

 

「…………え、呉服屋?」

「そう。彼処で良いんじゃないの?」

 

其処には、大きな木の看板に、華やかな彩色の中呉服屋と書かれた、一際大きな商家が在ったのだ。

園枝も、ある程度はそれについての知識は有る。呉服屋とは、簡単に言えば服屋だ。

しかし、園枝が呉服屋を指した霊夢に驚いているのは、ある理由がある。それは、呉服屋と言うのが、今で言う超高級ブランドに類する店であるからだ。品質もさる事ながら、何故値段が張るかと言えば、その労働力にある。製糸、機織、染色、刺繍と、現代ならば機械で事足りるその作業が、全て手作業で行われているのだ。それ故に品質も高くなり、値段も高まる。幻想郷での呉服屋がどのような物かは知り得ないが、そこそこの値になる事は間違いなかろう。

 

「あの、呉服屋は少し……いや、かなりお高いのでは?」

「まぁ、それなりに値が張るけど。お金には困ってないし、園枝さんへの初期投資だと思って頂戴」

「い、いやぁ、そこまで高額投資されては、気が引けてしまいますね……ははは」

 

言葉の応酬を繰り返しながらも、直ぐに霊夢は呉服屋の中へと入って行ってしまった。

どうやら、園枝の遠慮に遠慮するつもりは、霊夢には毛頭ないらしい。最安値の物でどうにか納得してもらおうと、仕方なくそれについて行き、中へ踏み入った。

 

「うわ……タイムスリップしたみたいだな」

 

案の定、内装は他の店よりも一際凝った物である。棚には丸められた織物が多々敷き詰められており、入り口近くには見本として置かれた、白く美しい着物が目に入った。

触れてみると、予想以上の手触りの良さに驚きを禁じ得ない。

 

「こ、これは高いだろうな……値段しっかり見ておかなきゃ」

 

そう心に決め、奥の方で何やら物色している霊夢とは別の方へと出向いた。

すると、店主であろう老婆が、園枝の方へ視線を移す。

 

「いらっしゃい。坊ちゃん、あんた外から来た人かね?」

 

老婆の呼び方に、思わず園枝の表情が崩れる。坊ちゃんなどという歳ではないが、と苦笑するものの、直ぐにまたいつも通りの、愛想良い笑みを浮かべた。その声は、見た目相応の嗄れた低い声だった。乾いた白髪を退かしながら、そのギョロリと見開いた双眸が園枝を捉える。

 

「はい、ついこの間ですが。彼方にいらっしゃる博麗さんが、僕に一着買い与えてくださると仰いまして。僕としては、このままでも良かったのですが」

「ふむ、余り良い品ではなさそうだがね?」

 

園枝の顔から、身に付けたシャツに視線が映る。やはり衣服に精通する者だけあって、そう品質の良い代物で無い事は分かるらしい。外の世界では野口英世を二人出せば買える程度の値段だったが、

彼にとって服など着れればどうでも良く、デザインなどそう考えてはいない。この服も、ただ使い勝手が良いからと適当に選んだだけである。

 

「えぇ、まぁ。そうそう服には気を遣わなかったもので」

「いけないねぇ、坊ちゃん。あんた美丈夫なんだから、服にだって気ぃ使わにゃ」

 

ケタケタと笑う老婆に、園枝はそんな事ないですよ、と苦笑を浮かべながら応えた。彼は自分の顔立ちを客観的に考えた事はなく分からないが、園枝は美丈夫ではなく、あどけない少年のような顔と言った方が良かろう。即ち、童顔である。この顔のせいか高校生と間違われる事もよくあり、大学に行く度に高校生と間違われ、その都度貴方達と同じ歳ですと律儀に返していた。懐かしい思い出に浸っていると、老婆がそう言えば、と呟く。

 

「博麗嬢に服買ってもらうっても、あんたらどういう関係なんだい?そこまであの子が他人に関わるのも、珍しい事だから気になってね」

 

老婆の目には、心なしか強い好奇心が宿っているように見えた。園枝は、歳を食った女性は、どうも

人の事情を気にかける事が多いのを知っている。だからこそ、長話も程々にして、とっとと安物を買って帰ろうと考えた。

 

 

 

「そうですね……一応、博麗さんの神社に住まわせて貰っています。今の所は、居候となってしまいますが」

 

 

 

園枝は、何気なくそう言った。そう、悪気もなく、また考えも無かったのだ。

それを聞いた瞬間、老婆は元々開いていた瞳孔を、更に大きく開く。驚いたかのような表情に、一体今の発言の何処に、と園枝は首を傾げていた。

 

「……同棲中かい?」

「同棲、とも言えますが。使用人みたいなもーー」

 

 

 

「そうかいそうかい!あの博麗の巫女にも、ようやっと春が来たのかい!」

 

 

 

しかし、老婆は少々勘違いしてしまったらしい。何を言っているのかと呆気にとられる園枝に、老婆はやあねぇなどと言っては、頰に手を当て頭を振るう。この歳の女性では、流石に見てて辛いものがあった。

 

「あのー、何か誤解されていらっしゃーー」

「いいよいいよ、みなまで言わんでも。そうさね、博麗嬢も年頃だからね。幼妻とはよく言ったもんだよ全くね」

 

絶対に何か誤解されてるな、と園枝は確信した。一人捲し立てるように何かを喋る老婆の、言葉の機関銃には、彼も苦笑してやり過ごす他ない。やれ馴れ初めはどうだっただの、やれ出逢ったのはいつだだの、やれやる事はもうやったのかだの、童女趣味なのかだの、訳の分からない質問が園枝に集中放火され続ける。

 

 

 

「だぁれが……幼妻よ」

 

 

 

刹那、園枝の背後から禍々しい気配が湧き上がった。それと共に発せられる、この世のあらゆる凶兆を孕んでいるかのような、地獄の底から響くような、そんな声。背筋に走る寒気に、ぶるりと身体を震わせた。その声の主は、まごう事無き霊夢である。しかし目の前の老婆は、そんな彼女に少しも怯まず、穏やかに微笑んだ。

 

「おや、博麗嬢。めでたいね、赤飯でも炊くかい?」

「いらないわよ!」

 

そんな霊夢の燃え盛る憤怒の火も、老婆にかかればいとも容易く鎮火されてしまった。

老獪という言葉をこうも体現している人物を、園枝は未だかつて見た事がない。こうして言い合うのを見るに、前々から二人は付き合いがあるのかもしれない。霊夢と老婆の言い争い、もとい霊夢が怒鳴るのを老婆が受け流している、そんな光景を感心しつつ見ていると、霊夢が抱えた藍色の浴衣に園枝が気付く。

 

「あの、それは一体?」

 

サイズからして、霊夢が着れる程小さくないだろう。園枝の問いに、喋り疲れた顔をしながらも、霊夢はあぁ、と受け答えた。

 

「園枝さんにはこれが良いかと思って」

 

そう言うと、霊夢は手に持った浴衣を広げて見せる。濃淡の一切無い、藍一色のそれは、光に当てると僅かにそれを反射した。揺蕩う生地は、一目見ても柔らかく、風通しが良い物だと分かる。

美しい、園枝はただそう思った。先程触れた、入り口にある白い浴衣にも劣らないそれは、高い値が付いている事が容易く想像出来る。

 

「お、旦那に贈り物かい」

 

霊夢の手から浴衣を取ると、老婆は手慣れた所作でそれを木箱に詰めていた。早い訳でも、精密という訳でもない。しかしその所作は、長きに渡り洗練された、匠の技術を思わせるものであった。

やはり、長い間生きた人物というのは、得てして何かしらの素晴らしい物を持っている。よく喋るこの老婆もまた、例に漏れない。

 

「違うっての、しつこいわね。ほら、これでいいでしょ?」

 

浴衣と所作に見惚れる園枝を他所に、霊夢は老婆の細く皺だらけの手に、幾つかの金を置いた。

老婆は額を確かめると、良し、と頷いて、木箱を布袋に詰める。それをじっと見ていると、急に老婆は園枝に目を向けた。

 

「坊ちゃん、名前は?」

「えっと……石塚園枝、と申します」

「園枝か。そんじゃあ園枝、博麗嬢をしっかり幸せにしてやるんだよ」

 

阿呆らし、と冷たい声で霊夢が言い、園枝は只々苦笑する。此処に長居しては拙いと思ったのか、

霊夢は園枝を引き摺るように、店を出て行った。最後に見た老婆の笑顔と振られた両手は、不思議と園枝の心を落ち着かせた。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

「それと、後これも……あれも良いわね」

「あの、博麗さん……非常に荷物が多くなっていくのですが」

 

呉服屋を出て数分後、八百物屋にて。浴衣入りの布袋を背負った園枝は、両手に数々の食材を抱えていた。ただでさえ暑いのが、荷物持ちという労働によって悪化して行く。既にその園枝の顔は、ピロカルピンを使ったかのように汗だくだった。これでもし浴衣を着ていたら、きっと買ったばかりだというのに汗臭くなってしまっていだろう。周囲の人々は、雑用として扱われる園枝に、同情の目を向けていた。

 

「後は……これくらいかしらね。それじゃあ、私は支払って来るから、荷物でも纏めておいて頂戴」

「ひぇぇ、重い……」

 

酷な扱いをされながらも、園枝は文句を言う事なく荷物を纏め始める。その上、店内では邪魔になるからと、態々日の照りつける外でだ。だがその分園枝には、あの高価そうな浴衣を買って貰ったという、何より住居を提供して貰っている恩がある。これ位しなくては、寧ろ園枝自身の気が収まらなかった。

 

「あぁ、やっぱりエアコンは偉大だなぁ……当然の様に店に設けられてたけど、今漸く大事な物だって分かる」

 

熱気に頭をやられたのか、少し呂律が回っていない口調で園枝はそう呟く。時折目に入りそうになる汗を掬いながら、せっせと纏め、どうにか持ち運べる程度のサイズには収まっていた。

それを見て大きく息を吸い、また大きく息を吐く。生温い空気はお世辞にも快いとは思えなかったが、外の世界よりも余程美味と感じた。排気ガスも何もないこの世界の空気は、外よりも澄んでいるのだろう。その時、目の前を何かが通り過ぎて行った。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

それは、腰までも届く、青いメッシュの入った長い銀髪。歩く度に戦ぐその髪は、一本一本が艶やかで、透き通るように美麗であった。園枝は呆然としながらも、その髪を只管に凝視していた。

だが、ふと園枝は気付く。その髪の人物が、段々と自分から遠ざかって行く事に。

何故かは分からなかった。当の本人たる園枝でさえ、それが何故かは分からない。

だが確かにその心はーー

 

 

 

「っ……ま、待って下さい!」

 

 

 

ーー髪の主に、動かされていた。慌てていた為に、予想以上、想定以上の声が出てしまったのだろう。園枝の発した声は、周囲一帯の里人達を鎮める程に大きかったらしい。園枝の呼び止める声は、髪の主は疎か、周囲の人々さえも立ち止まらせていた。四方八方へ巡らされていた数多の視線は今、全てが園枝に注がれている。

 

 

 

「あ……えと、申し訳ありません。其方の、銀髪の方に、少し……」

 

 

 

園枝は、里人達の奇怪な物を見るような視線に気が付いたのだろう。正気に戻ったのか、慌てて自らの奇行を誤魔化し、髪の主の方を指差した。何事かと最初は驚いた顔を浮かべていた里人達も、園枝の差した人物を見るや否や、直ぐに元の活気を取り戻して行く。つい衝動的に行動した事を後悔しながらも、騒ぎにはならなかった事に内心安堵した。

 

「全く、急に何だと言うんだ。私は、君とは一度も会った事が無いと思うんだが」

 

仕方ない、という感情を表に出しながら、髪の主たる女性は園枝へと歩み寄って来た。

六面体と三角錐の隙間に板を挟んだ、赤い文字にも見える紋様の描かれた奇抜な青い帽子。

大きく胸元の開いた、上下一体型の青い服。短い袖は白く、半円を幾つか組み合わせ、白で縁取られた襟を持つ。胸元には赤いリボンが着けられ、スカート部分には幾重にも重なった白のレースがついている。霊夢や紫、魔理沙に出会っている時点であまり言えないが、全体的に変わった服装だった。

すると、園枝の舐め回すような視線を察したのか、その端正で美麗な顔を歪める。

 

「……何のつもりだ」

「あっ、いや……な、んと言うか……えっと」

 

言えなかった。と言うよりも、言える筈が無かった。呼び止めた園枝本人でさえ、その理由が分からないのだから。今も目の前で戦ぐ、長く美しい銀髪。どうしてもそれに目が行ってしまう。

用があるのか、無いのか。その女性は口には出さずとも、視線でその意思を訴えていた。

何も自分だって、呼び止めたかった訳じゃない。そんな言い訳も、目の前の女性には言った所で何の意味もない事は、彼も分かっていた。

 

 

 

「……そ、その髪を見たら……何か、衝動的に」

 

 

 

「はぁ……?」

 

勿論、園枝の意味不明な言葉に対し、慧音は困惑した表情を浮かべていた。大した理由どころか、理由にもならない事で、ああも必死な声色で人を呼び止めるのか、と。しかし女性には、園枝の様子はまるで嘘をついている風には思えなかった。

 

「……ふぅ。全く、可笑しな奴もいた者だ。何かが重大な用事が有るのかと思えば、そんな事か」

 

だから彼女は、取り敢えず警戒を解く事にした。どうせ人里の中では、大した事も出来やしない。

そう考え、一度園枝の緊張を解す事にする。

 

「い、いえ……何でしょう、何故かは分かりませんが……どうしても、気になって仕方なかったんです」

 

依然として園枝は、おどおどとした態度のままだった。しかし、女性としては逆である。園枝のおどおどとしたその態度こそ、彼女からすれば気になって仕方ないのだ。大の男が女の前で斯様な態度を取るなど、と彼女にはどうも気になってしまう。

 

「あー、一応名乗っておこう。私は上白沢慧音という者だ。君は?」

「へ……あ、っと、石塚園枝です」

 

急に名乗りを上げられ、反応に遅れながらも、園枝はどうにか言葉を返すことが出来た。

園枝と言うんだな、と、慧音と名乗った彼女は頷いている。しかし今し方やった自らの行動を棚に上げ、園枝は何だろうこの人、と困惑していた。すると、慧音は園枝の肩に手を置く。突然の事だったので、思わず身体が強張り、軽く跳ねてしまった。

 

「いいか、園枝。男児たる者、そう気弱な態度を取っていてはならん」

「…………はい?」

 

そして、予想外の言動。中世的な言葉遣いにも勿論驚くべきものがあったが、それ以前に、こうも美しい女性から、男児のなんたるかを教えられるとは思わなかったのだ。

 

「何も、高圧的な態度であれと言う訳ではない。優しく在ると言う事も、生きて行く上で必要だ。

だが、時には凛々しく、勇ましくーー即ち、凜然とした態度を取らねばならん」

「は、はぁ」

「でなければ、相手に蔑視されてしまうやもしれないだろう?必要な時に応じて、臨機応変に使い分けねばならないのさ」

 

理解は出来るが、どうにも小難しい事ばかりを言ってくる慧音。何時の間にやら園枝から何用かを聞き質す事も忘れ、まるで講義で熱弁する大学教授宛らの様子である。しかし、存外彼女のその行動により、園枝にとっても良い方向へ向かう事となった。聞いている内に、緊張や困惑が和らいできたのだ。

 

「左顧右眄していては、人に軽んじられてしまうからな」

「……旗幟鮮明、公明正大、そして温厚篤実を旨としろ、という事でしょうか」

「おぉ、中々難しい言葉を知っているな。その通り、それらに重きを置いた生き方を心掛けるんだ」

 

貴方の熱弁に少し対抗したかっただけです、などと口が裂けても園枝には言えなかった。結局彼には、慧音の言う通り左顧右眄し続ける生き方しか出来ないらしい。彼女の言った生き方を諦観しながらも、表面上は感心したよう頷いていた。

 

「しかし、君は外来人みたいだが。今まで君の顔は、ここいらでは見た事なかったぞ。一体、何処で生活しているんだ?」

 

またこれか、と。園枝は表情には出さずとも、心内では辟易していた。質問の仕方は異なっても、答え自体は変わらない。また何か誤解されるのだろうか、と考えると、園枝はどうにか誤魔化せないかと案を出そうとした。

 

 

 

「………………な、何?」

 

 

 

その時である。園枝の考え事を遮る形で、唐突に慧音が声を上げた。その声色は、誰かの言に対し疑問を抱いた風なものではない。例えるなら、何か可笑しな物を見つけ、驚き唖然としているような、そんな声色だ。凛とした顔付きが抜けた面構えに変化し、慧音の双眸は園枝を正確に捉えている。

 

「あの、何か有りましたか?」

 

人当たりの良い笑みを浮かべて、園枝は問い掛けた。だが、慧音は何も言わない。硬直したままで、

淡い色の瞳を園枝に向けているだけだ。何かあったのかと危惧し、園枝は慧音に近寄ろうとする。

 

 

 

「君は、一体何者だ……?」

 

 

 

その時であった。慧音が呆然として佇んだままで、園枝に向けてそう呟いたのは。

動きを見せた園枝はぴたりと動きを止める。

 

「え?……っと、何の事でしょうか?」

 

再び、園枝の表情には困惑の色が浮かび上がった。慧音の問いには、どのような真意があるのか。それが分からないからだ。何処から来たという事が聞きたいのか、種族を聞きたいのか、それともその他であるか。里人が異様な雰囲気に気付かず、園枝と慧音二人の間や背後を通っていく。

 

 

「園枝さーん、そろそろ行きましょー?」

 

 

その時、二人のいる場所から少々離れた所から、園枝には聞き覚えのある声が聞こえた。

呼称と声で、それが霊夢である事はすぐに分かった。この妙な雰囲気に堪えるのが面倒になった彼は、慧音に時宜を一つする。

 

「そ、それでは、お呼びがかかりましたので、今日はこれにて失礼致します。またお会いしましょう」

 

そう言い残すと、園枝は足早に去って行った。その後、霊夢の咎めるような声と、園枝の謝罪する声が聞こえたが、今の慧音ではそれについて考える事など、到底出来ず。流れ行く里人の波の中で、彼女は只立ち尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

「何故……何故、歴史が無いんだ?」

 

一人残された慧音は、ぽつりとそう呟いた。




今回は、少しだけ主人公の変わった一面をアッピルしました。

ふと思ったのですが、主人公の境遇って、存外不幸中の幸いですよね。
原作では、普通外来人の大半は死んでしまうようで。主人公も例の刀が無ければ保護もされず野垂れ死んでた訳ですから。

まぁ、刀が無ければ普通に生活し続けられたんですけどね……
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