「藍様、すみませんでした。」
スキマ妖怪が冬眠を終え、いよいよ幻想郷にも夏が訪れようとしていたそんな時期、ココ八雲邸にそんな言葉が響いた。
「ああ、大丈夫だよ...橙。誰だって失敗くらいするさ。それに今回も橙が悪いわけじゃないのだろう?」
「ですが..,お仕事を頼まれたのは私です。それを出来なかったのも私です。....それに、もう3回目です。」
なんでも聞いたところによれば、この化け猫は自らの主人に人里にお使いを頼まれていたらしい。らしいのだが、帰ってくる道中に妖精に悪戯をしかけられ物を駄目にしてしまったそうだ。仕方がないのでそんな化け猫の主人である八雲藍は後に人里へむかっている。勿論、そのことをこの化け猫、もとい、橙は知っている。
藍にしてみれば、人里へ向かうことなど大した手間ではないのだが、橙にしてみれば主人の手を不要に煩わせてしまい本当に申し訳なく思っているようだった。
「私は、そんなに気にしていないよ。出来れば頑張っては欲しいけどね...。まぁ、今日の頼みたい仕事も他にないから自由にするといい。」
「...。あの、藍様。一つだけ質問してもいいですか?」
「ん、なんだい?」
「どうして、藍様は私を式神になさったのでしょう?こんな何処にでもいる化け猫ではなくもっと優秀な妖怪に式神をつけることも藍様ならできた筈です。なのに...
なぜ、私に式神をつけたのですか?」
「んー...。そうだな、それに答えるのであれば少し長くなってしまうがいいか?」
「...、かまいません。藍様が話して下さるのであれば何時間だろうとしっかり聞きます!」
「ハハッ、そんなかしこまらなくてもいいよ。そうだな、お茶でも飲みながら話そうか。」
少女移動中...
「さて、では答えを言ってしまう前に少し昔話をしようと思う。」
「昔話、ですか?」
「ああ、私がまだ紫様の式神になる前の話だ。」
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時は今から3000年程前、秋の実りがなくなり本格的な冬になろうとしていたころ、今の中国に1匹の狐がいた。その狐は親を妖怪に食われてしまっていた。狐は元より群れで行動することの少ない生物であるので、その狐は天涯孤独となってしまった。冬眠こそしないものの冬に食べる物がないとすぐに死んでしまう。
幼いながらも必死に餌となる食べ物や木の実を探したが見つからず、もう自分は死んでしまうかもしれない、そう思い始めた時のことだ。山中に妖怪の死骸を見つけたのだ。別の妖怪によって死んだのかはたまた別の理由なのかはわからない。とにかく自らの空腹を凌げるものを見つけたのだ。狐は神に感謝した。
そして、その死骸を喰らった。
この狐は知らなかった。動物が妖怪を食うとその動物も妖怪になってしまうことを。
その冬を乗り越え、夏。その狐は他数匹の狐と共に暮らしていた。狐自体は他の狐たちに抵抗はなかったのだが、他の狐たちは狐に対して少し距離をとっていた。この時、狐はわかっていなかったが自身から漏れでる僅かな妖気が他の狐たちには恐ろしかったようだ。それでも、他の狐たちは狐をのけ者にすることなく日々を暮らしていった。
10年ほどたち、他の狐たちが寿命や病気で死んでいく中狐だけはひとり生き続けていた。自分だけが長生きする理由がさっぱりわからなかったが、ある日人間と出会った際、
「おい!あそこに妖獣がいるぞ!殺せ!!」
そう言われた。自分は妖獣ではない、そう言いたくても伝えることは出来ない。その時は必死に逃げた。わけがわからなかった。
そして、死なないまま100年が経ったとき、狐は自らの尾が増えていることに気づいた。そうなって始めて自分が妖怪なのだと確信した。初めて他の狐たちとの距離感を理解した、初めて人間達の言動を理解した。
更に時が経ち、その狐の尾は9本にまで増えており大妖怪といって差し支えない程の力を持っていた。その狐はもはや1人ではなかった。化け狐達の頭として暮らしていた。頭とは言っても徒党を組んで人間達を襲うとかそんな話ではない。同じ化け狐同士暮らしているだけだった。
そんな生活をずっと続けた。その結果、九尾は愛に飢えた。確かに仲間達との生活は孤独ではなかった。しかし、9本も尾があるのはその狐だけであり、仲間達から寄せられるのは愛ではなく、畏怖や敬意であった。 親からの愛を満足に受ける事ができず、千年以上もの間愛を受けることも与えることもなかった九尾が「愛されたい。」そう思うことも当然のことだったのかもしれない。愛欲は思えば思うほどに掻き立てられていった。一度意識すればそれを紛らわすことはもう出来なかった。
「愛されたい」その一心で九尾は人間に化け妖気を隠し、人間世界に入り込むことを決心した。化けること自体はできるが、人と結びつく以上、出身など様々な情報を隠すことは出来ない。
そして、どうやって人の世に紛れるか考えていたある日のことだった。山中の道で容車(女が移動に用いた馬車)が落石にあったと聞いた。その話を聞いた時、狐は閃いたのだ。その乗っていた女に化けて人間世界にはいり込めるのではないか。思いつくや否やそれを実行にうつした。調べたところ死んだ女は当時の王の妾であった寿羊という娘だった。
九尾の狙い通り九尾は寿羊として王の寵愛を受けた。しかし、そんな生活は長く続かず国は責められ、九尾は捕まり、処刑されることとなる。しかし、人を殺すつもりの刃で九尾を殺すことはできなかった。確かに深い傷を負いながらも九尾は人間世界を離れ身を隠すこととなった。
しかし、本当の自分への愛ではないとはいえ、他者からの愛の味を覚えた九尾は人の世を忘れることはできなかった。その後、何度も繰り返し人間に化け人の世にまぎれた。しかし、化けた時のあまりの美しさ故に必ず人のあいだで話題となり、最終的に王と呼ばれる者達の妻や妾となった。
であるが故に、国どうしの争いに巻き込まれることで、長く暮らしていくことは終ぞ叶わなかった。そこで九尾は、場所を移す事を考えた。どうやら近頃、東にある島国から遣いが頻繁にやってきているそうだ。それに目をつけた九尾は身を隠し遣唐使の還り舟に乗ることに成功する。
島国、日本に着いた九尾は早速行動を始める。自らの情報や、日本の文化を学ぶ為、人に化ける時に赤ん坊に化けた。子に恵まれない夫婦の家の前で泣きながら蹲った。九尾を見つけた夫婦は神様からのめぐみだと感涙し九尾に藻女(みずくめ)という名前を与え、大切に育てた。
貧しくはあった夫婦の家だが、藻女は夫婦からの愛を受け幸せに暮らしていた。毎日、藻女は畑で父の手伝いをして外に出、母はそんな2人を家で夕餉の準備をして待つ。そんな生活をしていた。
「こんな生活が一生続けばいいのに。」
そんなことを思っていた。しかし、その生活は不意に崩れていってしまう。
その日もいつものように父と2人畑仕事をして帰る時のことだ。何時もなら家に向かう道で、家から夕餉の匂いが立ち込めて今日のご飯はなんだろうねと父と2人話ながら帰っていたのだが、その日は飯の匂いがしなかった。その代わりに、何だか鉄臭い匂いと妙に生臭いような匂いが立ち込めていた。不審に思った2人は走って家へ向かった。
近づくにつれその気持ちの悪い匂いは濃くなっていった。いよいよ家の前についた時には匂いのきつさのせいで少しクラつくほどであった。母の名を呼びながら家に入っていくが返事はなく、匂いがまとわりつくばかり。いつも飯を作っている場所に母の姿はなく作りかけの汁物だけが残っていた。
そして、居間に向かう。居間に入ると飛び込んできたのは赤色であった。普段3人が座る床には大量の血と、普段母の使う包丁が首に刺さった半裸の男、そしてその男の衣服、そして母の衣服が散らばっている。普段3人が食事につかう卓の上には裸の母が力なく足を広げ、血を流して横になっている。母から溢れる白い液体が生臭いの原因だとすぐにわかった。隣では父が胃液を吐いている音を響かせている。藻女は頭が回らずただ呆然と立ち尽くすのみであった。
後に今回家を襲ったのは数人の山賊で、娘と父親が畑に出るのをみやり、母親を襲ったのだが、母親が抵抗した際、持っていた包丁でひとりを殺害逆上した残りの山賊達が母を殺したということがわかった。分かっただけで理解はできなかった。その一件以来父は心を壊してしまった。働くことはままならず録に会話も出来ない状況になってしまった。
藻女一人で2人が生活する分のお金を稼ぐ必要があった。ちょうど藻女が18の時である。藻女は朝廷で後の鳥羽上皇に仕える女官として働いた。藻女は朝廷で働きながらも父を甲斐甲斐しく介護したが、父が心を取り戻すことは終ぞなく、母が死んだ1件から2年後自宅で首を吊って死んだ。
藻女は分からなかった。なぜ自分の周りではこうも幸せは遠のいていくのか。満足いくまで愛を与えられることが何故できないのか。もしかしたら自分は九尾の妖狐なのではなく、九尾の疫病神なのかもしれないとも考えた。そして、藻女は愛することと愛されることを諦めた。
諦めたとは言え名残惜しさからなのか、藻女はそれからも朝廷で働いていた。なんの為にと聞かれても藻女は答えられないだろう。自分でもわかっていないのだ。ただ無心で働いていた。そうして過ごしていると、その美しさと博識さに惹かれたのか、鳥羽上皇と契りを結ぶことになってしまう。藻女自身はそんなつもりはないが、上皇の命である。断ってしまえば人の世で生きることすら叶わなくなる可能性もあった。そうして藻女は契りを結び、名を玉藻前とした。
仕方なく鳥羽上皇と契りを結んだ玉藻前であったが、本人にその気がないことは鳥羽上皇もわかっていた。だからこそ鳥羽上皇は結んだ後になって必死に玉藻前にアプローチを繰り返した。ここまでアプローチされることに慣れていない玉藻前の決心は揺らいでしまった。
「この人ならば私をずっと愛してくれるのではないのだろうか。」
一度揺らいだ決心は再びピンと張る事はない。いつしか藻女は鳥羽上皇を心から愛してしまうようになった。
10年ほどそんな生活が続いたある日、鳥羽上皇が病で臥せってしまう。医者に見てもらえど原因はわからなかった。何も手を出せぬまま時が経ち、いよいよ鳥羽上皇の命も怪しいとなってきたころ、鳥羽上皇が玉藻前を話があるといって呼び出した。
「お呼びでしょうか上皇様。」
「....あぁ、玉藻か。呼び出して済まない...。...見ての通り、もうわかると思うが、私は長くない...。上皇となり、玉藻のような...、美しい妻もとった...。私の見立てだと...その妻も私を愛してくれている筈だ...。」
「何を馬鹿なことを仰るのです。私はあなた様を愛しています。筈などと...悲しいことは言わないでください...。」
「あぁ...。済まない...、だが、死ぬ前に...聞いておきたかったんだ。なぁ...もう一つだけ、聞いてもいいだろうか...。」
「...ええ、なんでも仰って下さい。」
「玉藻よ、私に...隠してる事があるだろう...。それを教えて欲しいんだ...。」
「か、隠してることなど...」
「10年もずっと...見てきたんだ。...心から愛した相手が何かを...隠してることくらい、私にだって分かるさ...。」
「...。」
「...玉藻に悪意がないこと...それは分かっているんだが、どうにも...死ぬに死にきれなくてな...。」
「.......。」
「ダメだろうか...。まあ」
「ひっ、一晩!一晩だけ...考えさせて下さい。」
「あぁ...。ありがとう...。」
玉藻前が鳥羽上皇に隠していること、それは勿論玉藻前が九尾の妖狐であるということだ。勿論玉藻前は明かすつもりはなかった。確かに鳥羽上皇に対して隠し事があるというのは心が傷んではいた。しかし、何よりも玉藻前は怖かったのだ。自らが九尾の妖狐だと知った鳥羽上皇が私を嫌うことを恐れたのだ。漸く手にした幸せ
を自ら捨てることはあるまい。そう思い今迄隠していたが、鳥羽上皇に悟られてしまった。愛する人に死んでも死にきれないとまで言われてしまうと玉藻前も考えてしまう。
「もしかしたらあの人にならば、真実を明かすことができるかもしれない。」
そうして、玉藻前は人払いをすることを条件に自らの秘を鳥羽上皇に見せることとした。
晩が開け、人払いを済ませた鳥羽上皇の寝床に玉藻前は来ていた。
「今から私の秘をお教えします。私が例えどんな姿であれ、あなた様を愛していることは変わりません。そこをお忘れなきよう...」
「あぁ...分かっているさ。私だって玉藻が...どんな姿でも愛しているよ..。」
「あぁ、ありがとうございます。玉藻は本当に幸せ者でございます。」
そうして、玉藻前は数十年ぶりに変幻をといた。美しい顔は変わらない。しかし、その頭にある狐の耳と、九本もの尾が、彼女が人外であることを主張していた。
「驚かれましたでしょうが...これが、私の本当の姿にございます。」
「...ハハ、なんと...ある程度のことでは驚かないつもり...だったが、まさか狐を嫁にもらっていたとは...。」
「幻滅...したでしょうか...」
「馬鹿を言うな...。こんなに...美しい狐の嫁さんを貰えて...私は幸せ者だよ...。やはり...私は秘密を知った今でも...お前を愛しているよ...玉藻。」
そう、玉藻の不安は全て杞憂に終わったのだ。やっと、本当に愛してもらうことができた。その思いから玉藻前の頬には涙が伝う。
「...はい。わ、わたしも」
玉藻前がそれ以降の言葉を紡ぐことはできなかった。何故なら玉藻前の喉から刀が生えていたからである。
「...カッ...アッ....ェア!」
夥しい量の血が玉藻前を濡らしていく。
「ふん!やはり貴様が原因だったか!怪しいとは思っていたが、まさか九尾の妖狐だとはな!」
そう言って玉藻前から刀を抜き去った男の名は陰陽師、安倍晴明である。原因不明の病の理由を探るため上皇の側近が内密に宮中に潜ませていたのだ。そして、一早く玉藻前に何かあると踏んだ晴明はずっと玉藻前を見張っていたのだった。
「!ま、まて、そやつは...!」
「上皇様はこ奴に化かされていたのですよ。病もこ奴が原因でしょう。今からこ奴を滅しますのでどうぞご安心ください。」
「...ガ!ゴボッ!...ヂ、ヂガ....」
「女狐め上皇様を陥れた事を後悔しながら死ぬがいい!」
玉藻前は九尾である。その力は酒呑童子にも勝るとも劣らない程の力である。しかし、相手があの晴明である事、自身が既に致命傷を負っていること。この二つを考えれば、いかに九尾と言えども逃げるしかなかった。
九尾の姿のまま玉藻前は必死に逃げ去った。そして那須野(現在の栃木県那須野)へ隠れて傷を癒そうとした。
しかし、追ってはすぐに大量の軍を率いてやって来た。一度目の進行はなんとかやり過ごしたものの、何度も責められ最後には玉藻前は首と胸に矢を受け、長刀で切り捨てられた。それと同時に玉藻前の体は一つの石となった。
その石は殺生石と呼ばれ周囲の命を奪う石であった。晴明達陰陽師もその石をどうすることもできなかったのだが、南北朝の時代になり玄翁という和尚がやってきて、殺生石をバラバラにした。
こうして鳥羽上皇を死に至らしめた九尾の妖狐は完全に死んでいったのである。
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「とまぁ、ここまでが一般的に知られている白面金毛九尾の狐の最後だ。」
「それってやっぱり藍様の事ですよね?」
「あぁ勿論。だが、橙も知ってる様に私は生きている。実はな、この殺生石の欠片を集めて再び私を復活させてくれた方がいるんだ。」
「...もしかして」
「そう。紫様だ。人と妖怪が暮らす世界を作りたいとから手伝えと私に言ってきたよ。フフ、懐かしいな。」
「藍様の生い立ちは分かったのですが、あの...それが一体なんの関係が?」
「まあ、慌てるな。私が復活してから紫様に今までの私の経緯を話したんだよ。そしたらね」
[貴方は私の式神よ。だから、私は貴方を愛してあげる。でもね貴方は私に畏怖を持たなければならないわ。式神から愛される事が主人の役目ではないもの。だからね、藍。今でなくてもいいわ。けれどいつか貴方も愛する側にまわらなくてはならないわ。そうして初めて貴女は過去を清算できる。私の式神なんだからいつまでも過去を引きずる様な弱虫では駄目よ。]
「そんな風に言われたんだ。でも当時私はそんな風に前向きには考えられなかったよ。そうして、式神を作らないまま幻想郷ができたんだ。」
「...。」
「そして橙に出会った。橙を見た時な、感じたんだ。この子なら私は愛することができるかもしれない。魔が差したわけじゃない。本当にそう感じた。一言で言えば...そうだな、一目惚れみたいなものじゃないかな。だからね、橙。つまるところ橙を式神にした理由というのは私の過去を清算する為なんだ。...どうだろう、私は橙に愛を与えられているだろうか?」
「...え、あの...その。」
「藍〜?ご飯まだ〜?」
「ああ、はい今作りますね。じゃあ橙そろそろ時間だ今日は遅いから一緒に食べていくといい。」
そう言って藍は席を立ち、出ていこうとしたその時、橙に呼び止められた。
「あ、あの!藍様!」
「...?」
「わ、私ちゃんと、愛されてます!藍様は強いひとです!そ、それで私紫様の言ってる事一つ間違っていると思うんです。」
「なんだい?」
「式神は確かに主人に敬意を払って畏れています。でも同時に私は、あの、その...藍様が大好きです!!勿論紫様だって大好きです!藍様も紫様が好きですよね?」
「...ッフフ。あぁ、ああ、勿論だとも!私は橙も紫様も大好きだよ。二人とも家族と思ってる!偉いぞ!橙!!」
「ねえ、藍?」
「なんでしょうか紫様。」
「なんで私のご飯だけ少ないの?」
「式神に間違ったことを教える主様には、ちょっとした罰が必要だと思ったので。な〜橙?」
「そうですねー!」
「訳が分からないわ...」
九尾の妖狐は幸せだった。