今世紀エヴァンゲリオン   作:イクス±

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お待たせしました。

今回の話はぶっちぎりで過去最長なので、時間があるときにゆっくり読むことをお勧めします。

内容としては、前半が日常? で後半が戦闘? です。
本来なら別々に投稿するはずだったものを、変な意地張って1話に押し込んだので、場面が飛んだりしますが、ご了承くださると嬉しいです。

では、ゆっくりお読みくださいね!


……あ、あと何故か『魔法少女リリカルなのは(無印)』についてのひどいネタバレがあるので、お気をつけて!


第拾七話 「碇シンジ:オリジン」

違う、と感じた。

 

第一回機体相互互換試験という、エヴァパイロットがいつもとは違うエヴァに乗った場合の変化や互換性を調べる実験に置いて初号機に乗ったレイは、零号機とは何かが決定的に違うと感じていた。

 

……温かい。

とても温かい。

私は、この温かさを知っている。

これは家族の……

 

 

「レイ、初めて乗った初号機はどう?」

 

 

リツコの呼びかけによって我に返り思考を中断されたレイは、乗ってみて思ったことをそのまま素直に答える。

 

 

「お兄ちゃんの匂いがする、温かい」

 

 

結果として、レイは初号機と普段を上回るシンクロ率を叩き出し、『とある計画』を裏で企てている身としてそれはかなりの朗報であったのでリツコは喜んだが、それに反するようにレイの気持ちは沈んでいた。

 

あの温かさを知ったからこそ、猶更に感じてしまう。

自分は零号機にまともにシンクロできていないと。

自分は、零号機に嫌われているのだと。

 

 

その数分後、今度はシンジが零号機に搭乗する実験が行われていた。

エントリープラグに入ってLCLの注入も終わり、あとは実験を開始するだけという状況でシンジは静かに自身の気持ちを振り返る。

 

シンジが思い出すのは前回の使徒戦で感じた気持ち。

使徒がNERVを攻めてきているというのに何もできなかった、という悔しさだった。

 

NERVの設備を全て掌握しようと攻め込んできたコンピュータウィルスのような使徒は、リツコの機転や職員の奮闘によってなんとか対処されたが、その時チルドレン達は安全のためにNERVの外へ放り出されていた。

もちろんシンジも適材適所という言葉は知っているし、わかってもいるのだが、今まで襲来してきた全ての使徒との戦いに関わって来た身としては、何もできなかったことに悔しさを感じずにはいられなかったのだ。

 

故に、とシンジは高ぶりだす気持ちを一旦落ち着かせ、冷静になる。

 

シンジはこの機会に「レイがアクセルシンクロできない」という問題を完璧に解決するつもりでいた。

この零号機とのシンクロでその原因を掴み、解消することで汚名(と言っても自分で勝手に思ってるだけだが)を返上するつもりでいたのだ。

 

数秒後、零号機とシンジ、共に異常が無いことを確認し終わったリツコの合図に従ってシンジは静かにシンクロを始める。

そして零号機の中の人にコンタクトを取ろうと、いつもの感覚で意識をエヴァの深い所に向けていたシンジは、引きずり込まれるようにあっさりとその意識を失った。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

「パ、パイロットの意識、消失を確認!!」

 

「なんですって!?」

 

「はやっ」

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

緊急事態にも関わらず、アスカが思わず口に出してしまうレベルの速度で意識を失ったシンジは、白一色の空間で目を覚ました。

 

 

「……すごい」

 

 

オサレな死神漫画の背景のごとく、何処までも真っ白なその景色にシンジは思わず小学生並の感想を漏らしながら軽く辺りを見回す。

 

そんなシンジを死角から静かに見つめる小さな影があった。

それは、綾波レイをそのまま5歳くらいまで幼くしたような姿をした少女だった。

 

不意にくるりと振り向いたシンジはその少女を視界に収めると、目を見開いた後に少し首を傾げる。

 

 

「(レイ……なんか小さくない?)」

 

 

二人の距離はそれなりに離れていたので、判断が遅れただけであった。

 

視線が交差した二人は、お互いがお互いに向かって歩き出す。

シンジは少女の詳細を確認するために、そして少女は自分の欲しいものを手に入れるために。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

「零号機動き出しました!」

 

「シンジくんは!?」

 

「気を失ったままです!!」

 

「アレは……何をしてるの?」

 

「何かに、手を伸ばしているように見えますが……」

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

お互いがお互いに向けて歩いているため、すぐにその距離は縮まりシンジの目の前に迫る少女。

ある程度の距離を詰めたところで、シンジは立ち止まる。

 

 

「……ちっちゃいなぁ」

 

 

己の疑問、目の前の少女の大きさを知るのに十分な距離まで近づいたからだった。

しかしシンジは立ち止まったが、少女は立ち止まらない。

最近レイがあまりすることの無くなった無表情のまま、とてとてと近づいてくる少女をシンジは微笑ましいものを見るような目で見つめながら、膝立ちになった。

小さな子供と接するときは、まず目線を合わせるのが大事。

ネットで得た知識であり、二年ほど前には低学年と話をする時に実践していたシンジは、ごく自然に少女を受け入れる体勢に移行した。

 

やがて、シンジの元に辿り着いた少女は何も言わずに、そして吸い込まれるように抱き着き、シンジも優しい顔をして少女の頭を撫でるのだった。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

「……止まった?」

 

「シンジくんは!?」

 

「依然気を失ったままです!」

 

「何が起こってるの……」

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

何も無い世界でシンジに抱き着き、大人しく撫でられている少女の話をしよう。

ずばり、この少女の正体は「一人目の綾波レイ」である。

 

かつて、その姿よりも幼い精神をしていた綾波レイは、その無垢さ故に命を散らすこととなった。

その魂はあらゆる情報を削ぎ落としてから、NERVの奥深くに存在する予備の肉体に乗り移り、そこで新たに二人目の綾波レイ、今のレイとしての生が始まった。

 

しかし、一人目のレイは消えたわけではなかった。

僅かだが、レイの中にそれは残っていたのだ。

とはいえ雀の涙よりも遥かに小さなそれは、二人目の生きていくうえで得る情報がある程度積み重なれば、あっという間に押しつぶされ消えてしまう様なものだった。

 

だが、結果として彼女は消えることは無かった。

そのまえに、零号機の起動実験が行われたからだ。

 

誰の魂も入っていない、シンクロする何かなど何処にもいない、ぽっかりと穴が空いたような状態のそれとシンクロを試みることとなったレイ。

その時に、一人目のレイは零号機の中へと入り込んでしまったのだ。

空いた穴を埋めるように。

 

結局、最初の起動実験は失敗に終わった。

しかし、零号機という誰も害するものがいない自分だけの場所を得た一人目のレイは、少しずつではあるが自我を取り戻してその存在を強固なものにし、二回目の起動実験でレイは見事に零号機とのシンクロを成功させた。

『自分自身』というシンクロに置いて最高クラスの相手を得たレイは、それから零号機とのシンクロ率はシンジとアスカには遠く及ばないレベルではあるものの、安定した数値を叩き出し続けた。

 

しつこいようだが、相性が良いのだ。

これ以上ないほどに……そして、双方の感情など関係なしにシンクロができてしまうほどに。

 

そう、一人目のレイは今現在のレイにあまり良い感情を抱いていないのだ。

理不尽な出来事によりあっと言う間に死んでしまった自分と違い、掛け替えのない家族を得て楽しそうに毎日を過ごす二人目の自分。

そしてその様子をシンクロする度に見せつけられ、相性が良すぎる故に拒否することもできない。

レイを通して自我と感情を得た彼女にとって、それはまさに拷問だった。

どうして自分に拷問を行う人物を好きになれようか?

レイがレイを嫌うのは、道理であった。

 

もちろん、レイにもう一人の自分を苦しめたいなどという感情が微塵も無いことは、シンクロしている彼女もわかっている。

しかし、だからといって許せるような事ではないのだ。

だが許せないからといって彼女ができることはほとんど無い。

いくらレイが望もうとも、アクセルシンクロするのを拒否し続けること、それくらいしか彼女にできる抵抗は無かったのだ―――

 

 

 

    ―――今までは。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

「あっ! 零号機、再び動き出しました!!」

 

「今度はなに? アレは何をしてるの!?」

 

「……私には、自分を抱きしめているように見えますが」

 

「俺も、そう見える……」

 

「どういうことなの……?」

 

 

「……ねぇレイ、シンジは大丈夫なの?」

 

「きっと、大丈夫」

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

「……お兄ちゃん」

 

「へ?」

 

 

そのあまりにも突然な言葉に、僕は思わず変な声を出した。

そしていつの間にか宙に向けていた視線を下に戻すと、抱き着いた状態のままこちらを見上げる少女と目線が交わった。

 

 

「……お兄ちゃん」

 

「……どうしたんだい?」

 

 

思わず「あ、幻聴じゃ無かったんだ」と口に出しそうになったのを何とか堪え、僕は少女に笑顔で応答する。

すると少女も、それに続くように花が咲いたような笑みを浮かべ口を開いた。

 

 

「大好き」

 

「……あぁ、僕も大好きだよ」

 

 

やはり幼女はイイ。

さっきの倍ぐらいの勢いで少女の頭を撫でながら、シンジはしみじみとそう考えていた。

 

別に僕はロリコンではない。

ただ、可愛い存在として愛でているだけなのだ。

その純真無垢さから溢れ出す光に、あらゆるサブカルチャーに塗れた、世間一般に汚れていると称されている心を晒し癒されているだけなのだ。

いわば、洗濯だ。

ミサトさんは入浴を命の洗濯と言っていたが、幼女を愛でるというのは僕にとって心の洗濯なのだ。

あぁ、やはり幼女はイイ……

 

緩んだ笑みを浮かべながら同じく緩んだ頭で、そんな緩んだ思考をループさせるシンジ。

そんなゆるゆるなシンジは、少女の抱きしめる力がどんどん強くなってきていることには気づいていたが、その力が普通の少女の域を脱していることには気づけないでいた。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

「一体何が起こって、あ、え!? プ、プラグ深度に異変!!」

 

「深度上昇! 危険域へ近づいていきます!!」

 

「緊急停止はできないの!?」

 

「ダメです! 先ほどから試していますが、全く……!」

 

「シンジくん! 目を覚まして!! シンジくん!!!」

 

 

「ね、ねぇ……ホントに、大丈夫なのよね?」

 

「大丈夫」

 

 

「お兄ちゃんなら、大丈夫」

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

碇シンジは守備範囲の広い男である。

 

別にシンジが野球に置いて守備担当だとか、恋愛対象が上から下まで何でもいけるだとかそういう意味ではない。

特殊な事情に置いての、シンジが許容できる範囲のことだ。

 

彼自身にそのことを問いかけたら、まず間違いなく「使徒と出会ってからは常識を投げ捨てた」みたいなことを宣うだろうが、それは間違いだ。

シンジはこの第三新東京市に来た時からおかしかった。

未知の怪物を見て、ネタを叫びながら逃げる余裕のある奴が普通なわけが……

 

……いや、これはまだ語るべきことでは無いか。

少し、時期尚早だった。

 

とにかく、重要なのは碇シンジが特殊な事情に対しての耐性を持ち合わせているということだ。

彼は非常識を「受け入れる」ことで対処してきた。

 

巨大な怪物が街を襲っていることを受け入れた。

ガンダムよりでっかい人型決戦兵器の存在を受け入れた。

自分が戦い続けなきゃいけないことを受け入れた。

母のクローンの可能性がめちゃくそ高い美少女を受け入れた。

異常なまでに勝ちに拘る勝気美少女を受け入れた。

自分を利用しようとしたとか言ってるけど、未遂なうえに色々と助けてくれた保護者を普通に受け入れた。

明確な拒絶をしたのはエヴァの中にいる母親の存在に気づいた時だけで、それですら理性で動揺を抑え込みやがて受け入れた。

 

変に考え込んで自滅したり、動揺し行動が遅れ取り返しのつかない事態になったりしないようにまず「受け入れる」……なんて大層なことをシンジは考えちゃいないが、事実として彼はそうやって今までの困難を乗り越えて来た。

「受け入れる」ことこそが、この非常識がまかり通る世界では実に有効or効果的だったのである。

 

 

しかし、それは「有効or効果的」なだけだ。

 

 

「お兄ちゃん大好き」

 

「僕もだよー」

 

 

相も変わらず素敵な笑顔を披露して抱き着く少女と、返事を返しながら優しく撫で続けるシンジ。

シンジはこの白く何もない空間と自分に好意を示し抱き着いてくる少女のことを、あっさりと受け入れた。

だからこそ彼は、目の前の少女に殺されかけていることに気づけない。

 

もう一人の自分に幸福を齎した目の前の存在を二度と逃れられない奥深くまで引きずり込み、自分も幸せを得ると同時にもう一人の自分からソレを取り上げることで復讐を果たす。

そんな思惑を以てして少女が自分に抱き着いていることに、シンジは全く以て気づいていない。

シンジの腹に顔を擦り付けている少女の顔が、笑顔という仮面を脱ぎ捨てゾッとするような無表情を浮かべていることにも気づけないのだ。

それは、角度的な問題だが。

 

 

「お兄ちゃんは、私が大好き」

 

「うん、そうだね」

 

 

少女が自分の心を癒す天使ではなく、地獄に引きずり込もうとしている悪鬼の類であることを察することができずにいるので、シンジは迷うことなく返事をする。

普段の彼なら、この不可解な空間に来たところで流されつつも頭の中に一部だけ冷静な部分を残し、そこで冷静に分析だのなんだのをするのだろうが、眩しい笑顔により隅々までドロッドロに溶かされた脳味噌では、もはやそんな芸当は不可能だろう。

 

 

「お兄ちゃんは私の家族」

 

「うん、僕達は家族だ」

 

 

返事をすればするほど深度は進み、状況が悪くなっているなどこれっぽっちも思ってないシンジは実に素直だった。

少女の言葉を受け入れ、思ったことをそのまま口にする。

 

 

「私はお兄ちゃんの妹」

 

「そうだね」

 

 

つまるところ、受け入れるだけではダメなのだ。

今現在、表面上は明るくとも少しでも深入りすれば抱えきれないほどの闇が溢れるこの世界に限らず、それではうまく生きていくことなど到底不可能なのである。

 

 

「私は、レイ」

 

 

受け入れるだけでは、何も救えないのだ―――

 

 

「あ、それは違うかな」

 

 

―――まぁ、そんなことはシンジも百も承知なのだが。

 

 

「……え?」

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

「ぜ、零号機止まりました……」

 

「プラグ深度も、ギリギリ安全圏で踏みとどまってる状況です」

 

「何があったの……?」

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

突然の否定に、思わず上を向き茫然とした表情を晒す少女の頭をシンジは構わずに撫で続ける。

しばらくその状態のまま撫でられ続けていた少女だったが、我に返ると緊迫した声で告げる。

 

 

「違う! 私はお兄ちゃんの家族、お兄ちゃんの妹、お兄ちゃんのレイ!」

 

「確かに君は家族で妹だ、でもレイじゃない」

 

 

相変わらず撫で続けながらもそう返したシンジに、少女は不思議そうな表情を浮かべた。

彼が何を言っているのか、理解できなかったのだ。

それに対してシンジは優しい表情のままに語る。

 

 

「一応、君が何者なのかは大体のとこは察しがついてるつもりだ……そのうえでもう一度言わせてもらう、君はレイじゃない」

 

 

まるで少女の存在を否定するような物言いであったが、シンジは依然として優しい表情のままだった。

少女も今度は取り乱すことなく、そのままの様子で疑問を口にする。

 

 

「でも、家族で妹?」

 

「うん、君は僕の家族で妹だよ……見た目が見た目だし、レイの妹でもあるけどね」

 

 

少女はその言葉を聞くと、その瞳にやっと理解の色を示し再び茫然とシンジの顔を見つめた。

 

結局のところ、シンジはとりあえず「受け止める」だけなのだ。

受け止めてから、それらをどうするか考える。

彼にとって「受け止める」ということはゴールではなく、スタートですらもなくもっと前の前提的な何かだったのだ。

 

この変な空間だとか少女の存在だとか少女の好意だとか。

まぁそんなこともあるだろうと適当に受け入れてから、やっと彼の基準で有りか無しか考え出すのだ。

 

そして、シンジはそれらを認めて、彼女がレイであることは否定した。

理由は単純。

彼にとって目の前の少女は、レイの妹なのだから。

 

先の問答は、流されているとかでは無く馬鹿正直に答えていただけなのだった。

 

 

「私も、家族……」

 

 

真に自分という存在を焦がれて止まなかった家族に認められて、先ほどとはまた別の自然な笑顔を顔に浮かべ撫でられ続けるレイ妹。

そんな彼女を微笑ましく見つめながら、シンジは考えを巡らせていた。

 

 

「名前、どうしようかなぁ」

 

 

今、僕の目の前で撫でられる少女は無名の存在である。

レイであることを自分が否定したが故にそうなったのだから、責任を持って自分が名付けねばなるまい。

しかし、自身のネーミングセンスはあまり良いものではないと自覚しているので、どうしたものか……などと考えていた。

うんうん悩みつつも妹の頭を撫でていたシンジだったが、彼女の前髪が撫でられたことによって位置が変わり片目が一瞬隠れたのを見て、その脳内に電流が走ったように一つの名前を閃いた。

 

妹、青い髪、片目が隠れている。

その三つの情報によって、シンジの脳内にはとある小説のヒロインの一人である少女の姿がハッキリと浮かび上がった。

頭を撫でつつ、故意に綺麗な青髪を外側から寄せ片目をもう一度隠してみれば確かに似ている……気がする。

もうすぐアニメが始まるということで、つい先日予習したばかりだから印象が強い、というのも理由の一つだろうがなんとなく特徴も一致しているし、なにより彼女の名前ならば今までレイと名乗って来た彼女も名乗りやすいのではないだろうか。

うん、きっと気に入ってくれる。

 

 

「名前、新しくつけてもいいかい?」

 

「名前? うん、つけて」

 

「よし、じゃあ君の名前は……」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

その後、動きを止めた零号機の中でシンジは無事に目を覚まし、すぐさま運び出され精密検査されたが心身ともに異常は診られなかった。

あの意識を失っていた間に何があったのか、とリツコが尋ねると何処か満足げなシンジはよく覚えていないと前置きを置いてから、こう答えた。

 

 

「大切な妹に会っていました」

 

 

その言葉を聞いて、本来の搭乗者であるレイの残り香のような何かと接触したと仮説を立てつつリツコはさらにシンジに詳しい内容を問いかけるが、他は覚えていないの一点張りだった。

当然、それが嘘であることを察していたリツコだったが、シンジに答えるつもりが無いことも同時に察していたうえに自分に利益のある情報でも無さそうだと考え、足早にその場を後にした。

 

しかし、その一週間後にリツコはまたもシンジに同じことを問いかける羽目になった。

その日に行われた零号機のシンクロテストにて、レイが一発でアクセルシンクロを成功させたからであった。

思いもよらぬ結果が出たことによって慌ただしくなった外を余所に、レイはエントリープラグの中で穏やかで幸せそうな笑みを浮かべていた。

 

 

「……ありがとう、レム」

 

 

大切な兄を、家族を助けたい……その一心で複雑な心境を抑え込み自らシンクロしてくれた、愛しい妹に感謝を告げながら。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

「……来たか」

 

「ごめん、遅れちゃった」

 

「……大丈夫だ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「二人共ここに来るのは、一年ぶりか」

 

「毎年この日にキッチリね」

 

「そうだな」

 

「母さんかぁ……顔も見たこと無いから、こうしてお墓を前にしてもやっぱり実感わかないなぁ」

 

「……お前は、写真を持っているのではなかったか?」

 

「あ、知ってた?」

 

「……」

 

「えーっと、これこれ」

 

「……」

 

「あ、取ろうとしないでよ! 燃やす気でしょ!?」

 

「そうだ」

 

「『ここにはユイが教えてくれた、決して忘れてはいけない事を確認するために来ている』って言ってたじゃんか……母さんの事忘れたいわけでも無いのに、なんで燃やすかな?」

 

「……」

 

「……言えない?」

 

「……渡せ」

 

「……燃やさないって約束するなら、渡す」

 

「……どういうことだ?」

 

「いいから、約束?」

 

「……する」

 

「おーけー信じる、はい」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……お前は」

 

「ん?」

 

「お前は、ユイの事をどう思っている?」

 

「僕と、父さんの事を心から愛してくれていたっぽい人」

 

「……」

 

「叔父さんから聞いただけだからねぇ……顔を知ってても、やっぱり、さ……」

 

「……そうか」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「もしもだ」

 

「うん?」

 

「もしも、ユイに会えるとしたら……会いたいか?」

 

「そりゃもちろん」

 

「……」

 

「顔も知らないし、人柄も、愛してくれているかもわかんないってなら躊躇するけどさ」

 

「……」

 

「顔は写真で知ってるし、人柄も優しい人だったって父さんや叔父さんから聞いて知ってる」

 

「……」

 

「そして、愛してくれてたことだってわかってるんだ……そりゃあ会いたいさ」

 

「……そうか」

 

「父さんは?」

 

「……なに?」

 

「父さんは会いたい? 母さんに」

 

「……」

 

「……これも、答えられない?」

 

「……いや、私もユイに会いたいよ」

 

「そっか」

 

「あぁ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……そろそろ、帰るか」

 

「……そうだね」

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

ドンッ!

 

「たっだいまー!」

 

 

とある日の午後。

隣の部屋に誰も住んでいないことをいい事に、豪快にドアを開け帰宅するアスカ。

サンダルを玄関に散らかすように脱ぎ、リビングまで移動しショルダーバッグをそこらへんに置いてから、ソファにこれまた豪快に座り込んだ。

そして、シンジに録画させておいたアニメを見ようと近くにあったリモコンを掴み、いざ操作しようとしたところで、ふと気が付いた。

 

周りが、静かなのだ。

 

 

「……シンジのやつ、この時間は家に居るんじゃなかったっけ?」

 

 

その瞬間、アニメの続きに対しての興味よりも今シンジが何をしているかへの好奇心が上回ったアスカは、ソファから飛び上がる様して立ち上がると、シンジの部屋に方へと足を進めた。

 

 

「シンジーいるー?」

 

 

シンジの部屋の扉の前に立ち、そこそこの声量で問いかけるアスカだったが返事は帰って来なかった。

アスカはその事に顰めつつ扉を開けようと試みると、考えていたような突っかかりは無くあっさりと開いてしまった。

そして大方何処かに遊びに行ってるんだろうと当たりをつけながら、ゆっくりと部屋の中を覗き込んだアスカの視界に飛び込んできたのは、机に向かいこちらに背を向けてノートパソコンを弄るシンジの姿だった。

 

 

「なぁーんだ、いるんじゃない!」

 

 

そう言いながらバンッ!っと音を立てて扉を全開にするアスカ。

するとシンジはビクッとしながら振り返り、驚きで目を丸くしたまま装着していたヘッドホンを外した。

 

 

「アスカ? 早かったね帰るの……デートってそんなもんなの?」

 

「ううん、あまりにも低レベルだから抜け出してきてやったのよ」

 

「……わぁ、お相手カワイソ」

 

 

友達のヒカリから、先輩に噂の美少女を紹介してほしいと頼まれたということで、友人として顔を立ててあげるために一日デートに繰り出したアスカ。

そんなアスカはデート開始時刻から30分足らずで抜け出したのだった。

デートに関してあまり知識の無いシンジは一瞬、今どきのデートはそんなにもスピーディなのかと考えたが、アスカの返答に必死に彼女を探すお相手さんを想像して、気の毒そうな表情を浮かべた。

 

 

「もうどうだっていいじゃない! で、シンジは一人で何やってたのよ?」

 

 

そんなシンジをスッパリ無視したアスカは、ノートパソコンの画面を覗き込みつつ問う。

画面内は非常にゴチャゴチャしており、アスカには何をしているのか全くわからなかった。

 

 

「歌作ってるんだ、Pだからね」

 

「あー、ボ〇ロってやつね?」

 

 

前にシンジの趣味を聞いた時に、数ある趣味の中の一つとしてソレについて教えられたことを思い出したアスカ。

シンジと会話しながらPCの画面を眺めるアスカだったが、やがてその内容がさっぱり理解できずに目を逸らした。

そこで彼女は、PCの脇に置かれたA4サイズの用紙の存在に気づき、それについてシンジに尋ねる。

 

 

「それ、歌詞?」

 

「あぁこれ? うん、そうだよ」

 

「へぇー、ちょっと見せなさいよ」

 

「いいよ」

 

 

何処か自信を感じさせる態度で歌詞の書かれた用紙を渡すシンジ。

その様子に少し期待を膨らませながら内容に目を通し始めたアスカだったが、次の瞬間には顔を顰め不機嫌そうにシンジに問いかけていた。

 

 

「『残酷な社会の底辺、少年よニートになれ』……アンタふざけてんの?」

 

「あ、ごめんそれ替え歌の方だった、こっちこっち」

 

「なんでもう替え歌作ってんのよ……」

 

 

しかも、自分で作るもんじゃないでしょ……と呆れ返った様子でツッコミを入れながら、紙をもう一枚受け取るアスカ。

そして先ほどと同じように目を通した彼女は、先ほどとは別ベクトルに顔を顰めるのであった。

 

 

「どうしたのさ?」

 

「……いや、良いんだけどシンジが書いたと考えるとなんかイタイのよねー……アンタ中学生?」

 

「中学生ですけどなにか(憤怒)」

 

「あ、ごめん何でもない」

 

 

コイツ疲れてんな、という憐みの視線から逃げるように歌詞に意識を集中させるアスカ。

そんな彼女を見兼ねて、シンジは先度つけていたヘッドホンを手に取ってから声を掛けた。

 

 

「歌詞だけじゃ良し悪しなんてわからないって、一応1番は出来てるから聞いてみてよ」

 

「ふーん?」

 

 

それを受け取ったアスカは耳に装着し、やがて歌が流れ始めるとその内容に合わせるように手に持った歌詞を視線で追い始める。

そして1番のサビが終わり、歌、曲共にヘッドホンから流れなくなったところで彼女はシンジに向き直り、感心した様子で感想を告げた。

 

 

「聞いてみると結構いい感じ! ホント無駄に多芸よねシンジって!」

 

「無駄にってつける必要あった? まぁいいや、ありがと」

 

 

素直に褒めないアスカにシンジはいつものことながらもツッコミを入れるが、さすがに慣れたのか返答を聞く前にさらりと自分で流す。

そんな様子を横目で見ながら歌詞にもう一度目を通していたアスカは、ふと一つの気になることが浮かびシンジの方へ顔を向ける。

 

 

「そういやシンジ、このことレイには言った?」

 

「え? このことって、歌作ってること?」

 

「そうよ」

 

「まだ完成してないし、言ってないよ」

 

 

あ、でもアスカに知れちゃったし、別に隠してるわけでもないから言ってもいいかもね、と語るシンジを見つめるアスカは軽く思考してから口を開く。

 

 

「それ、クラスメイトに言う予定は?」

 

「え、無いよ」

 

「完成しても?」

 

「うん、別に自慢したいわけでも無いし」

 

「ふーん」

 

 

アスカは脈略のない話題展開に少し混乱した様子のシンジを見て、一つの事を確信した。

そして、少しシンジに同情した。

 

 

「……歌の事、レイに言うならしっかり口留めしときなさいよ? それじゃあね」

 

 

そう言いつつ歌詞の書かれた用紙をフリーズしているシンジに無理やり返し、部屋から出ようと背を向け歩き出したアスカ。

しかし、その歩みは数歩進んだところで後ろから肩を掴まれ、止まることとなった。

 

 

「待って、え、どういうこと? え、そうなの?」

 

 

混乱しつつも話の流れから言葉の意味を理解しかけている様子のシンジを振り返り見て、アスカは憐みの感情を瞳に宿しながら告げる。

 

 

「アンタの想像通りよ……そして、その想像の十倍くらいはおしゃべりね」

 

「マジか」

 

「レイと仲のいい子は、多分あなたの私生活のほとんどを知り尽くしてるんじゃない?」

 

「マジか」

 

「まぁシスコンブラコンでお似合いの兄妹じゃない!」

 

「マジか」

 

 

動揺を抑えられないのか、マジかしか言わなくなったシンジ。

そんな彼を見て、アスカは苦笑しながら肩に置かれた手を振りほどき、ドアを開いて部屋の外に出てからまた振り返る。

 

 

「あの子の話題のほとんどを取り上げるなんて真似はやめなさいよ? せいぜいがんばりなさいお兄ちゃん♪」

 

 

アスカは嫌な笑み(シンジ主観)を浮かべてそう告げると、ドアを閉めリビングへと戻って行った。

そして茫然とした様子でドアを見つめたまま固まっていた、アスカの言葉によって逃げ道を塞がれたシンジは、しばらくしてから大きなため息を吐きつつ机に戻り作業を再開した。

 

 

「……知られて困ることなんかレイに言ってないから、別にいいし」

 

 

そう口では言いつつも、なんともいえない恥ずかしさが込み上げてくるのを感じたシンジは、それから逃げるようにして作業に没頭した。

 

その後、家に帰って来たレイにやんわりと話題について注意するアスカが居たことを、彼は知らない。

 

 

 

 

・・・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・

 

・・・・・

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

その日、事件は起こった。

リツコが懸念し、そして誰もが一度は考え即座にありえないと吐き捨ていた大事件が現実で起こってしまったのだ。

 

サードチルドレン、碇シンジの消失である。

 

直前まで執り行われていた10回目の使徒戦の途中、使徒が発生させたと思われる影のようなものに初号機ごと飲み込まれ、生死不明となってしまったのだ。

 

これまで、ほとんどの戦闘に置いて圧倒的な強さを示し続けて来た碇シンジ。

未知との戦いに晒され続ける職員達が、シンジを心の拠り所とするのはなんらおかしな事ではないのだろう。

だからこそ、そんなシンジを失ったNERVはこれ以上に無い大混乱に見舞われ、使徒に対応できるほどの余力は無くなった……かと思いきや。

 

結構、そんなことは無かった。

 

もちろん、初号機が成す術も無く影に飲み込まれた直後の指令室の様子は酷かった。

リツコは目を見開き、ミサトはシンジの名前を叫び、その他職員達は悲鳴をあげたり黙って崩れ落ちたりなど阿鼻叫喚だった。

ミサトが取り乱しながら残されたチルドレン二人に撤退指示を出し、基地内に戻ってくるまでにその悲報は瞬く間に広がりNERV全体がパニックに陥っていた。

しかし、それはすぐに鎮静化されることとなった。

 

この事件に置いて、誰よりも当事者であったチルドレン二人が、全く取り乱していなかったのだ。

その様子を見た、よく初号機のメンテについての話をせがまれては話をしていたシンジと仲の良かった整備士は、居てもたってもいられずに話しかけた。

何故、君たちは動じていないんだ? 彼が心配じゃないのか? と。

その問いに対して、アスカはいつもと変わらない様子で答えた。

 

 

「別に大丈夫でしょ? アイツがやられるところ想像できないし」

 

 

そう、一片の曇りもない表情で言ってのけたのである。

その言葉からは、彼の無事を一切疑っていないのを感じ取れたが、それだけでは納得できないのが大人である。

さらに食い下がって整備士が問いただすと、彼女はめんどくさそうにシンジが沈み切る最後まで慌てた様子が無かったことと、今回の事態は二度目であることを語った。

 

それを聞いた整備士は思い出した。

碇シンジが生死不明の状態に陥ることは、初めてでは無くついこの前に一度目があった事を。

そう、零号機での互換試験の事である。

そこで整備士は、一度生死不明の状態に陥ったにも関わらずケロっとした様子で生還したどころか、レイのアクセルシンクロ成功という手土産まで持ってきたシンジを思い出したのだ。

 

そこまで考えた彼の脳裏には、今回も手土産引っ提げて無事生還を果たす我らがヒーロー碇シンジがハッキリと映し出され、今まで抱え込んでいた不安はまるで無かったかのように飛散していった。

整備士は穏やかな表情でアスカに礼を言って引き下がると、不安そうな表情をしている仲間達に彼女の言葉を伝えていった。

アスカの詳細な言葉の内容は早い段階で省かれ、「碇シンジは無事である」という言葉のみが瞬く間に広がって行き、悲観に暮れていた職員達はその好都合な情報に餌に群がる魚のように飛びついた。

そしてシンジを妄信する職員を筆頭として業務が普通かそれ以上に稼働し始め、NERVはすぐに機能を取り戻したのだ。

 

ちなみにレイは無表情のまま、いつの間にか姿を消した。

 

そうしてNERVの混乱はかなり早く収まり、シンジ消失から2時間ほど過ぎた今、使徒討伐及びシンジ救出作戦を立てるための会議が取り行われる目途を、休憩室でプラグスーツのままで待機していたアスカはミサトから告げられていた。

 

 

「なるほど、それにアタシ達も参加すれば良いのね」

 

「えぇ、戦闘直後だけど大丈夫?」

 

「あんなの戦闘のうちに入んないわよ、んでレイは?」

 

「えーと、確か更衣室にいるはずね」

 

「わかったわ、アタシが呼びに行く」

 

「あ、お願いしてもいい?」

 

「いいわよ、一緒に行くから先に行って参加するって伝えといて」

 

「じゃ、頼んだわね」

 

 

そう言ってミサトが去っていくのを見送ったアスカは、それを追うようにして休憩室を出ると更衣室の方向へ歩き出した。

 

 

「……救出作戦なんて、必要ない」

 

 

歩き始めてしばらくした後、聞かせる相手が居ないにも関わらずアスカは突如として言葉を紡ぎ出す。

 

 

「アイツはやられるタマじゃない、アイツは負けるような奴じゃない」

 

 

アスカは前を睨みながら、普段より少し早いペースで目的地へと歩みを進みながら一人呟く。

 

 

「アイツは、死ぬような奴じゃないんだから……!」

 

 

そう口にするアスカは、今にも泣きだしそうな表情をしていた。

つまるところ、整備士を始めとした他の職員への彼女の対応は全て演技だったのだ。

アスカは、シンジの消失にこれ以上無いほどに動揺していたのだった。

 

何故、彼女はこれほどに動揺しているのか?

もちろん、シンジの消失というだけでも彼女が取り乱す理由足りえるのだが、もう一つ大きな理由があった。

 

 

「アタシが、アタシが油断しなければ……!」

 

 

アスカは、シンジの消失が自分のせいだと考えているのだ。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

時は少し遡り、使徒戦開始直後。

まだアクセルシンクロを使い始めて日が浅いレイを後衛にして、空中に浮かぶ謎の球体に対して接近するアスカとシンジ。

 

 

『気を付けてね二人共、アレがまだ使徒かどうかもわからないんだから』

 

 

じりじりとにじり寄る2機に通信を入れるミサト。

突如都市上空に出現した不思議な模様が刻まれた謎の巨大球体だが、それからは使徒反応が検出されず使徒と断定できずにいたのだ。

 

 

「あんなの使徒じゃなかったらなんだってのよ!?」

 

「ここに来て新たな敵は勘弁してほしいかなぁ……」

 

 

もっとも、誰もが十中八九使徒だろうとは考えていたのだが。

そんな軽口を叩きつつも着実に距離を詰める二人に使徒は、そこで動きを見せた。

 

 

「シンジ、下!」

 

「なにコレ」

 

 

いつの間にそこに現れたのか、黒い影のようなものが地面を侵食し伸びて来ていた。

アレに触れてはまずいと直感的に、というか見た目的に咄嗟に判断したシンジは、地面の少し上にA.T.フィールドの足場を作り出し退避。

少し大きめに作られたそれに弐号機も飛び乗ったところで、通信が入った。

 

 

『三人とも、たった今パターン青が検出されたわ! アイツは使徒よ!!』

 

「知ってるわよ!」

 

 

アスカはミサトに向かってツッコミを入れながら、持っていた薙刀型の武器を槍のように持ち直す。

そして、後方のレイによる射撃と同じタイミングで使徒らしき球体に向けて投擲するが、その攻撃は全て使徒をすり抜け向こうのビル群に着弾した。

 

 

「外れた? 躱された?」

 

「どうなってんのよ!?」

 

 

皆の視線が使徒に集まる中、シンジだけは別の所を見ていた。

近くに存在していた一つのビルが影に晒され、ずぶずぶと飲み込まれる様をじっと見つめていたのだ。

そして、耳で場の状況を把握したシンジはA.T.フィールドの下に広がる影に視線を移し、

使徒についての考察をし始める。

 

 

「(触れたものを無差別に飲み込む影……もしかしたら、使徒はこの影に潜んでいるのか?)」

 

 

武器を構え球体を睨むアスカと影を見つめ頭を働かせるシンジ。

この二人の視線の行先が、次の瞬間の二人の行動を大きく分けた。

 

 

「(一先ず、レイに射撃武器を投げて貰って先端を影に突っ込んで乱射してみるか……?)」

 

 

そこまで考えたところだった。

シンジの視界を埋め尽くしていたオレンジ色が消え失せ、代わりのように浮遊感が突如として襲ってきたのだ。

 

 

「っ!!」

 

 

足場に使っていたA.T.フィールドが消えたのだと気づいたのは、足が影に触れ浮遊感が消えてからだった。

飲み込まれ始めた足に動揺しつつも、もう一度A.T.フィールドを目の前に作り出し、それを支えにして脱出を試みるが掴む前にA.T.フィールドはまた消え、手は空を切る結果となった。

 

ここでシンジは、自分がA.T.フィールドを過信し過ぎていたことに気づいた。

 

A.T.フィールドはA.T.フィールドで中和できる。

それは何度も使徒相手にやってきたのでもちろん知っていたが、逆に中和され破られたことは一度たりとも無かった。

ビームによる圧倒的な火力で破られたことはあったものの、それは例外と捉え無意識にA.T.フィールドの防御力、そして持続力を最強の物であると思い込んでいたのだ。

A.T.フィールドを足場として戦闘を行い、無事に倒すことができた経験もその過信を後押ししていた。

 

シンジは己の浅はかさを悔やみつつ、視線を横に向けた。

そして、視界の邪魔にならないように斜め前に投影されたディスプレイの中で、状況を理解できずに慌てふためくアスカの様子を確認すると同時に、シンジは初号機を大きく動かした。

 

 

「アスカごめん!」

 

「えっ!?」

 

 

アスカの驚く声に何も答えず、初号機は手の届く距離にいた弐号機の腕を掴むと、そのまま体を捩じる。

そしてそのまま機体を前に倒しつつ、弐号機を背負い込むようにして掴んだ腕を思い切り引っ張った。

 

 

「キャアアアアアアアアーッ!?」

 

 

それは、不安定な状況下とは思えないほど綺麗な背負い投げだった。

弐号機は影から抜け出し勢いのまま空中を突き進み、仲間が飛んできたことで咄嗟に武器を投げ捨てた零号機によって受け止められた。

安全地帯まで無事に送り届けることができたことを確認したシンジは、とりあえず自分の不注意にアスカを巻き込んでしまうことは避けられたと、安堵のため息を吐く。

 

 

「シンジッ!!」

 

「お兄ちゃんっ!!」

 

 

影の届いていない地面にて体勢を立て直したレイとアスカが見たものは、背負い投げを繰り出したことでバランスを崩し、機体のほとんどを影に沈めた初号機だった。

悲痛な声で自分を呼ぶ二人の顔をディスプレイ越しに視界に収めながら、シンジは自分の状況を冷静に分析する

 

何かをまともに伝える時間はおそらく無い、ならばどうするか?

 

シンジはにやっと笑うと、自分を観測する全ての人に向けて堂々と言い放った。

 

 

「I'll be back」

 

 

初号機は、上に向けてサムズアップをしながら影の中に姿を消した。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

当初、アスカはシンジの消失が自分のせいでは無いことをわかっていた。

 

確かに彼女は影に捕らわれた瞬間、取り乱し冷静な対処ができずにいたが、アレはA.T.フィールドが消える瞬間を見ていたシンジだからこそ咄嗟の行動ができたのであって、全く別の方向を見ていたアスカでは状況を理解するのは不可能だった。

 

さらに、もしアスカが冷静に行動できたとしても状況は何も変わらない。

二人共影に捕らわれ周りに掴むものも無い状況では、『2人共沈む』か『1人助けて1人沈む』かの二択しか存在しなかったのだ。

つまり、アスカが助かりシンジが消えた今の状況は、最善の結果だと言えるだろう。

 

しかし、アスカはそれを最善だとは思えなかった。

 

安全地帯で体勢を立て直し、状況を理解してレイと共に沈んでいく初号機を見送った時に考えてしまったのだ。

 

 

『シンジの代わりにアタシが沈めばよかった』

 

 

聡明な彼女はシンジの消失を見届けた直後に、彼無しで戦うNERVを想像しようとした。

そして、できなかった。

シンジという大きな支えを失ったNERV職員達がまともな働きをできるとは思えなかったのだ。

 

情報規制は敷かれるだろうが、必ず何処からかシンジが消えたことが漏れてパニックになる。

職員達が大混乱に陥れば、作戦立案や機体の整備や設備による支援などのありとあらゆるサポートがまともに機能しなくなってしまう。

シンジの代わりに自分達がやるんだ! と奮起する者も少なからず現れるだろうが、少数ではどうにもならない。

やがて侵攻してくるであろう使徒に残ったエヴァで対抗しようにも、支援が無い状況ではじり貧だ。

防衛ラインは崩れ、見てられなくなったミサトの帰還指示で自分は逃げかえる様にNERVへ戻り、そして人類滅亡まで後わずかとなり、そして……

 

……そして、責められるのだ。

何故シンジを助けなかったのかと、何故お前が代わりに消えなかったのかと。

口々に罵られ、泣きわめかれ、そしてそれらを咎める者からも、何か言いたいことがあるような視線で責められることとなるのだ。

 

 

アスカはその光景、その未来に心底恐怖した。

 

 

もちろんこれは最悪の事態の想像である。

シンジがいつもの調子でひょっこり帰ってくることもあれば、これから使徒の弱点が判明しあっさり倒せるかもしれない。

しかし、一度最悪の結末を想像してしまったアスカはとてもそんな楽観視はできなかった。

彼女はミサトによる帰還命令が下るまで、何度も何度も自分が代わりに沈み、気迫のようなものを放つシンジがなんかこうイイ感じのすごい作戦であっと言う間に助け出してくれるのを想像し、現状に絶望した。

 

その後、帰還指令で正気を取り戻したアスカは、目の前に迫る問題をどうにかしようと頭を動かした。

とりあえず、NERV職員達がパニックになるのを防ごうと考えたのだ。

そして、堂々とした態度で根拠のようなものを並べて押し切ろう作戦は結果的に成功し、なんとか最悪の事態への一歩を踏み出すことは回避できた。

……そのNERVに到着するまで必死に考えた言い訳で、自分自身を納得させることができれば一番だったのだが、根拠になっていないのを自覚してしまっていたので無理だった。

 

なんとか誤魔化し通して休憩室の椅子に座り込んだアスカは、一人でシンジを助けるための作戦を練っていたのだが、どうしても彼のようにうまくできなかった。

少し冷静に考えれば、作戦を立てるには情報が足りないことがわかっただろうが、彼女は『シンジならできた』と思い込み、自分の持つ知識を何か今の状況に活かせないかと考え込むことしかできなかった。

 

そしてしばらくした後にやってきたミサトに対して必死に取り繕って応対すると、言った通りにレイが居るという更衣室の方へと向かって歩き出し、今に至る。

 

 

「シンジは……シンジは大丈夫……ケロッとした顔で帰ってくるんだから……」

 

 

アスカはとても追い詰められていた。

先ほどまで必死に考えていた救出作戦を必要無いと断じ、考えていることを無意識に口に出してしまうほどには参っていた。

 

もちろん、この様子を誰かに見られれば今までの演技が全て無駄となってしまうだろう。

しかし、彼女は先の通り考えを口にしているのは無意識故に気づき正すことはできないし、頭の中は自身に対する罵倒でいっぱいだった。

 

まともな救出作戦を立てられず慌て始めた辺りから、アスカの頭の中では自分を責める声が響き始めた。

霧がかかったように姿のハッキリしない何者かが、只管に彼女を罵倒するのだ。

お前のせいだ、シンジを返せと。

焦れば焦るほど大きくなって襲い掛かるその声に、アスカはかなり追い詰められ憔悴していた。

気を抜けば、地面にうずくまって泣きながらその誰かに謝り倒してしまいそうだった。

そんな彼女を今支えているのは、レイだった。

 

ミサトからレイについての話題が出た時、アスカは思ったのだ。

 

レイなら、味方になってくれる。

彼女なら私を責めないに違いない、何故ならシンジの帰還を心から信じてるから。

不安そうにしている私を見て、前の時のように力強く言ってくれるのだ。

「お兄ちゃんなら大丈夫」と……

 

そう考えたらもう止まれなかった。

もしあっさりとミサトが立ち去らなかったら、無理やりにでも追い払ってレイの元へ向かっていただろう。

アスカは異様に重く感じる体を引きずってレイの元へ向かう。

自分の今一番欲しい言葉を求めて。

今の自分の思考が、アスカの根拠のような何かを信じたNERV職員達のソレと同じものになっていると気づかずに。

 

 

そして、やがてアスカはレイの元へたどり着く。

 

 

レイは情報通り更衣室に居た。

 

しかし普段自分達が使っている女子更衣室では無く、その隣の男子更衣室の方で見つけた。

 

彼女は、シンジの所持品がしまい込んであるロッカーの前に座り込み、震えて泣いていた。

 

シンジの予備のプラグスーツを抱きしめながら、傷つけるはずが無いと信じていた既知の相手では無く、全く以て未知の存在に連れ去られた兄を思って泣いていたのだ。

 

 

それを見たアスカは、自分の中で何かがぽっきりと折れた音を確かに聞いた気がした。

そして、それと同時に頭の中で自分を罵る何者かを覆っていた靄が消え去り、その姿を現した。

なんとなくわかっていた。

姿を現したのは、涙やら鼻水やらでひどく顔を汚したアスカだった。

他でもない自分自身が、シンジを求めて自分を責めていたのだ。

そこでアスカは、最悪の事態があそこまで恐かったのは、ただ他人から責められるからだけではなく、シンジが帰って来ないという部分に大きな恐怖を感じていたのだと理解した。

 

それを自覚したアスカは、『どうやらアタシは自分で思ってるよりもあのバカに依存してるらしい』と何処か他人事のように考え、力の無い笑みを浮かべるとその場に崩れ落ちた。

 

 

……そしてその後、一向に二人が会議室に来ないのを不審に思い確認したミサトが二人を見つけると、駆け寄って抱きしめて慰め続け、作戦会議はリツコによって三人抜きで行われた。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

「……またか」

 

 

僕は目を覚ますと同時にそう呟いた。

目の前に広がるのは、つい先日見たばかりの真っ白な世界。

不思議世界はこれでまだ二度目だけど、こうもハイペースだと流石に驚きより呆れが勝ってしまう。

……何せ、ここにいるってことは暢気に寝ちゃったってことだからネ!

 

 

「あの状況で寝たのか僕は……」

 

 

真っ暗な空間に閉じ込められた僕は、とりあえずまず初号機の手足を適当にバタバタ動かした。

それだけでは何の変化も無かったので、泳いだり走ってるイメージをしてみたけど移動できてるか否かもわからなかった。

なので今度は念のため、初号機を生命維持モードに移行させてから叫んだり念じたりして見たがそれもダメ。

そして、あとはどうするかと目を瞑ってうんうんと悩んだ結果……そのまま寝てしまったらしい。

 

やっぱ夜更かしはするもんじゃないネ!

もう少しで曲が完成するからって張り切り過ぎたな!

 

そう自分の行いに軽く反省したところで、僕は周りをもう一度見まわす。

見れば見るほど何もない空間だった。

前回の経験からして、初号機の中だとしたら母さんでもいるのかと思ったが全く見当たらない。

ちょっと期待しただけ、物悲しさを感じてしまう。

 

 

「なんで、僕はここに居るんだろう?」

 

「僕が呼んだからかな」

 

「ッ!?」

 

 

僕の独り言に反応するかのように今見まわして誰も居なかったはずの後ろから突然声が聞こえてきたので、僕は弾かれるように振り返った。

 

するとそこには……『僕』がいた。

 

 

「……ペルソナ?」

 

「一瞬で飛躍し過ぎだってば」

 

 

彼の言う通り、もう一人の自分からペルソナに辿り着くのは流石に飛び過ぎか……と考え直したところで、僕は改めて目の前に立つ『僕』を見る。

 

目の前で自然に笑う『僕』は、何処からどうみても僕だ。

こっちはプラグスーツで、あっちは学校の制服という違いはあるものの、上から下まで完璧に僕だった。

そして、さっきの僕に対してのツッコミから察する限り、どうやら僕の考え方にまで『僕』の理解は及んでいるようだ……

 

 

「……ホントに、君は僕なの?」

 

「あー、それは難しい質問だね」

 

「え」

 

 

ほぼ確信めいたものを感じながら問いかけると、目の前の僕は悩んだ様子を見せる。

 

……てっきり、人の悪い笑みを浮かべながら肯定されると思ってたんだけど、違うの?

 

 

「まぁ答えはわかってるんだけどさ、君はアリシアとフェイトが同一人物だと思うかな?」

 

「……リリカル?」

 

「うん、マジカル」

 

 

……『魔法少女のリリカルなのは』の登場人物であるアリシア・テスタロッサとフェイト・テスタロッサ。

アリシアは活発な女の子で、フェイトは彼女のクローンだ。

しかし、アリシアの記憶を持っているにも関わらず、フェイトは彼女とは全く違う性格だった。

 

ぶっちゃけ、本編どころか二次創作ですら彼女たちを同一人物として扱ってるのを見た事無い。

もちろん僕自身も二人は別人だと考えている。

 

 

「……答えはNoだよ」

 

「なら僕達は別人だね」

 

 

……言いたいことはわかった。

 

 

「僕がアリシアで、君がフェイトなの?」

 

「うん、一応そんな感じ」

 

 

『君は僕の記憶を持った存在なのか?』という意味でそう口にすると、彼はハッキリしない返事を返した。

これまた肯定されると思っていた僕は、少し顔を顰めながら結局君は何者なんだと問いかけた。

すると彼はきょとんとした顔をしてから一転して困ったように笑いながら僕に近づくと、さっと肩に手をまわして横から至近距離で僕の目を覗き込む。

そして、僕が出したことの無い様な低い声で言い放つ。

 

 

「わかりきってる事聞くなよ」

 

 

……まぁ、ここまで言われたら流石にわかるけど、一つ言いたい。

 

 

「ピンチな僕を助けるために現れた初号機の化身の可能性」

 

「無いよ……あったとしても母さんじゃない?」

 

「息子の恰好して現れる母さんなんて嫌だ」

 

「そりゃそうかもだけどさぁ」

 

 

納得してない様子の僕を見て、困ったように頭をかく使徒。

そんな使徒を尻目に、ぼくはもう一度辺りを見回す。

疑問が一つ解決したことで、次の疑問についての話題に移るためだ。

 

 

「ところでさ、ここって何処なの?」

 

「……あぁ、ここね」

 

 

使徒は僕の質問を受けると、気を取り直すかのように再び笑みを浮かべてから回答を口にした。

 

 

「ここは君の心の中……心象風景って奴だよ、Fate的な意味の方のね」

 

「……嘘でしょ?」

 

 

Fateにおいて、心象風景とは主にその人物の精神や心を表した風景の事を指す。

澄んだ心の持ち主の心象風景には青空が広がり、暗い人なら逆に真っ暗といった具合だ。

 

だから信じられなかった。

僕の心象風景が何もない真っ白な空間なんて。

 

僕はそこまで空虚な人間だっただろうか?

 

 

「あぁ、何も無いわけじゃないんだよ?」

 

 

僕の内心を見通すかのようにそう言った使徒が軽く腕を振るうと、僕等を取り囲むかのように幾つかの『山』が現れた。

そして、その『山』を構成するのは僕の馴染み深い物達だった。

 

 

「こう見るとすごいよね……君が見た世界の数ってやつはさ」

 

 

僕の目の前に『山』となって現れたのは漫画やゲーム、ブルーレイにDVDなどの一般的にサブカルチャーや創作物と称される物だった。

そして使徒の言動や、目に映るもの全ての物が見覚えのある物であることから、これらは全て僕が読んだり見たりしたことのある物らしい。

 

確かに、使徒の言う通りこうやって目に見える形に纏められると、自分の事とはいえ少し感心してしまう。

 

 

「で、面白いのはここからだよ」

 

 

そう言って使徒は山の一つから漫画を一つ手に取ると、それを何もない場所に放り投げた。

すると真っ白な地面は、まるで液体であるかのようにトプンと音を立てて漫画を取り込み、その瞬間辺りの風景は一変した。

 

僕と使徒が居た真っ白な空間は、一瞬にして何処かの家の一室に姿を変えた。

足元は畳になり、近くの窓からは青空と向かいの家が見え、僕の近くには開ければ青狸が寝ていそうな襖や、引き出しの中身が未来や過去に通じてそうな机まであった。

 

 

「ここは……もしかして」

 

「ふーん……適当に取ったけど、どうやらドラえもんの単行本だったみたいだね」

 

 

なんとなく暈して表現したのに、ド直球に答えを言われてビクッとする僕をスルーして使徒は何処からともなく漫画を取り出すと、また適当に放り投げる。

そして、のび太の部屋から今度は天下一を目指す大会が開かれそうな場所のステージ上に切り替わったのを満足げに見届けると、複数の創作物を手に取りながら僕の方へと向き直った。

 

 

「まぁ、これでここの仕組みはわかったよね?」

 

 

そう言いつつ使徒は手に取った創作物を一気にばらまいた。

それにより、ヒーローを目指すアカデミア前、サウザンドでサニーな海賊船の上、巨大な壁に守られた町など、次々形を変えていく世界を見せつけられることとなった僕の息は荒くなっていた。

 

こんな、好き勝手に景色が変わるのが僕の心象風景だって?

確かに僕の心象風景なんて自分じゃ想像もつかないけど、こんなのはおかし過ぎる。

 

だって、こんな、創作物以外何も無いような……

 

いや、落ち着け……落ち着くんだ僕!

 

ここが僕の心象風景だとは限らないぞ。

判断材料はアイツの発言だけだから、なんの証拠も無いじゃないか!

だから、僕は……僕は……

 

 

……でも……もしそれが本当だとしたら……

 

 

……僕は……僕は……………?

 

 

「さてと」

 

「っ」

 

 

考え過ぎて深みに嵌りかけていた僕は、使徒の声で意識が外側に向き周りの風景が目に入った。

歯車が幾つも浮かぶ錆色の空に照らされ、様々な剣が墓標のように佇む何処までも続く荒野。

そこは、錬鉄の英霊の心象風景だった。

 

そんな場所で自分と同じ姿をした存在と向き合う、という状況に嫌なものを感じて顔を顰める僕を、比較的地面が盛り上がった場所に立った使徒は笑いながら見下ろしていた。

そして使徒はそのまま先ほどの言葉の続きを口にする。

 

 

「そろそろ本題に入ろうか」

 

「本題だって……?」

 

 

使徒が、僕をここに引きずりこんだ理由を僕は知らない。

しかし今まで命のやり取りをしてきた存在が、このそこら中に武器がある状況で『本題』を切りだしてきたことに、僕はひやりと背筋が冷たくなったのを感じた。

 

 

「そう警戒しないでよ……僕は質問したいだけなんだ」

 

「……何が聞きたいのさ」

 

「君は、碇シンジについてどう思ってるんだい?」

 

 

僕は、その質問に対して顔を顰めるだけで答えられなかった。

もちろん、意味が分からないからだ。

 

 

「まぁ、そういう反応だよね」

 

「……」

 

「じゃあ、ここらで質問の意図を話すついでに改めて自己紹介をさせてもらおうかな」

 

 

そういうと、その言葉の通り使徒は自身について話し始めた。

 

 

「君も知ってる通り僕は使徒だ」

「僕等使徒はNERVの地下に眠る最初の使徒と融合し、世界を滅ぼして唯一の生物になることが目的なんだけど」

「僕はそれに当てはまらない」

「もちろん余裕があったら人類は滅ぼすけど、僕の主な目的は人間を知ることだった」

「偵察係だね、ちょっと遅すぎる気もするけど敵を知ろうと思ったわけ」

 

「ここまでは大丈夫かい?」

 

 

うん、大丈夫。

使徒がそれぞれ記憶を共有してるのは確定したし、使徒がNERVを目指す理由とか初めて知ったけど大丈夫大丈夫。

話には着いて行けてる。

 

 

「人間をエヴァごと取り込み、その頭の中を隅から隅まで読み込んで情報を得る」

「無事にそれを終えて、役目を果たしたところまではよかったんだけどね」

「人間の感情というものを理解した僕の中で、一つの疑問が浮かび上がった」

「どうしても本人にそれを問いたくて仕方が無くて、君を呼んだんだ」

「そして今、その質問を問いかけてるわけだ……」

 

「おーけー?」

 

 

経緯はわかった。

だけど、相変わらず質問の意味はわからないままだった。

 

 

「結局、僕は自分自身についてどう思ってるか答えればいいの?」

 

「いや、僕が聞きたいのは君が碇シンジについてどう思っているかだよ」

 

 

僕はその言葉に対して、また顔を顰める事しかできなかった。

その表現の違いに一体何の意味があるんだ?

 

まるで、僕とは別に碇シンジが居るような……

 

そこまで考えたところで、使徒の笑みがさらに深くなった。

そしてゆっくりと口を開く。

 

 

「……ねぇ、アリシアとフェイトって同一人物だと思うかい?」

 

 

それは先ほど受けた質問そのままだった。

しかし、僕は同じ答えを言う気に慣れなかった。

何故このタイミングでその質問をするのか考えると、答えた結果返ってくる言葉が容易に想像できてしまったからだ。

 

だが、その恐怖にも勝る好奇心が僕の口を動かしてしまった。

 

 

「……別人だよ」

 

「そうか、なら君と碇シンジは別人だね」

 

 

そして使徒の口からは、僕の思った通りの答えが返って来たのだった。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

昔話をしよう。

とある少年の話だ。

 

その少年は両親とではなく、叔父と叔母の家で暮らしていた。

自室に籠って塞ぎ込み、二人を困らせていた。

 

少し前までは両親と共に暮らしていた少年だったが、母は仕事の途中で消失し残った父にも捨てられてしまったのだ。

正確には、父は叔父にその少年を預けたのだが、少年は捨てられたと認識していたし周りも同様だった。

元は年相応に元気に満ち溢れていた少年が、塞ぎ込んでしまうのは道理だと言えるだろう。

 

叔父はなんとかしようと考えるが、今どき珍しい古い考え方の人だったので下手したら体罰扱いされかねない対処法しか思いつかず、叔母に止められ何もできずにいた。

叔母も少年を気にかけ、積極的に声を掛けるも碌に返事もしないのがデフォルトで困り果てていた。

 

しばらく経って、ずっとこのままだと二人が諦めかけた時だった。

ある日、少年は自ら二人の前にやって来て口を開いた。

 

「これの続きがみたい」と。

 

それは、何かのきっかけになればと叔母が買って来て渡した漫画だった。

叔母は初めて少年が自ら話しかけてきたのを大層喜び、次から次へと漫画を買い与えた。

そのうち、アニメやゲームにも興味を示しだした少年に合わせて、それらもドンドン買って少年に与えた。

買うための資金は、少年の父から無駄に多めに送られてきて有り余っていた養育費で十分に足りる程度のものだったので、そちらの心配は皆無だった。

 

やがて、暗い雰囲気を纏っていた少年は少しずつではあるが元気を取り戻し、陰のある表情をあまり見せなくなった。

しかし、部屋に籠りがちなのは変わりなく、通わせている小学校でもいつも一人でいるらしかった。

叔父も叔母もそれを何とかしてやりたかったが、急ぐ必要は無いと考えていた。

ゆっくりと時間をかけて心の傷を癒し、少しずつでもいいから前に進んでくれればいい……そう願っていたのだ。

 

 

そして、それは起こった。

 

学年も変わり、クラスも変わり、新学期初日の始業式の日の出来事だった。

 

 

「叔父さん! 叔母さん! おはよう!!」

 

 

別人のように明るくなった少年が、元気いっぱいに起きてきたのだ。

それは何の前触れも無く突然のことだったので、叔父と叔母は大層驚き用意された朝食を美味しそうに食べる少年をしばらく茫然と見つめることとなった。

先に正気を取り戻した叔父が少年に何があったのか問いかけたが、少年ははぐらかしてさっさと学校に行ってしまった。

 

それから少年は、今までの彼が嘘であるかのように元気な少年となった。

 

まず、叔父と叔母を本当の親のように慕い、言われなくとも自ら家事や料理、その他手伝いなどをするようになった。

学校でも始業式の日には手本のような笑顔で自己紹介をし、今までの少年を知らなかった者とはあっと言う間に仲良くなり、去年から引き続きクラスメイトの者も驚きはしたものの特に深く考えることはせずに受け入れた。

友達を得た彼は、叔父と叔母に許可を貰ってから彼らを家に招いたり、共に外で遊んだりなどをごく自然に行い、今までの名残は全く感じさせなかった。

 

最初は、あまりの変化に慌てふためき少年の事を心配していた叔父と叔母だったが、やがて少年を笑って見守る様になった。

変わった理由は一度誤魔化された後では聞きづらく結局わからないままだったのだが、たくさんの友人に囲まれ楽しそうな彼の様子を見たらどうでもよくなってしまったのだ。

 

こうして、三人は何事も無く幸せな日常を歩み始めましたとさ。

めでたしめでたし……

 

 

 

……まぁ、オチはわかるでしょ?

 

別人のような、じゃなくてまさしく別人だったってワケだ。

二重人格みたいなものだよ。

 

知っての通り二重人格は歴とした実在する病気で、これ以上ないほどに追い詰められた時にする現実逃避が元となって発症する仕組みだ。

その例に洩れず、少年もとっても追い込まれてた……追い込んだのは少年自身だけどね。

 

部屋に引きこもり、サブカルチャー付けの生活を送っていた少年は、一つの妄想をしてた。

まぁ、誰もが一度はする理想の自分って奴さ。

読んでいくうちに主人公やヒーローに憧れる少年がソレを想像してしまうのは、まさに道理ってやつだろう。

 

絶望で塞ぎ込んでいた少年は、数々の物語から色んなことを学んだ。

 

強大な敵に立ち向かう地球育ちの宇宙人で『勇気』の強さを知り、

海賊の王を目指す麦わら帽子のゴム人間から『自由』の意味を教えられ、

多くの仲間と共に世界を救った忍者に『友情』の素晴らしさを見て、

よろず屋を営む天然パーマのダメ人間の『人情』に深いものを感じ、

理想の背中を追ってヒーローを目指す少年から『努力』の大切さを学んだ。

 

そんな風に本当に様々な事を学んだ少年は、それらを元に理想を形にしていったんだ。

 

熱血漢でありながら柔軟な思考を持ち、心の何処かはいつも冷静沈着。

誰とでも仲良くなることができ、周囲の人を笑顔にする。

どんな困難も乗り越え、世界を救ってしまえるような主人公。

 

それがやがて完成した少年の理想の英雄だった。

しかし結果的に見れば、それは完成させちゃいけないものだったんだ。

 

少年はソレに憧れ手を伸ばし続けた。

理想をなぞる様に、叔父と叔母とコミュニケーションを図ろうと試みた。

しかし、親しいものに裏切られた過去の絶望が頭を過って踏み留まってしまった。

 

動きたくて動けない、やりたくてやれない。

そんなことを少年は入学式の日まで何度も何度も繰り返したんだ……

少年にとっては、まさに絶望の日々だったよ。

足踏みする度に理想と現実の差異を感じさせられ、自分はソレのようにはなれないと強く実感させられるんだからさ。

 

そして、始業式当日の日、少年の気持ちは類を見ないほどに沈んでいた。

理想では叔父と叔母とのコミュニケーションなんてとっくに済ませて、今日はその経験を元に学校で友達を作る予定だったのに、現実では何にもできずにいるんだからさ。

自己紹介すらまともにできず、前と同じかそれ以下の学校生活を送る自分を想像して少年は、これ以上に無く絶望した。

一生自分はこのままなんだと悟って、いっそ消えてしまいたいとも思った。

 

その過去最高レベルの絶望と現実逃避がトリガーだったんだろうね。

ついにソレは、少年の内側から表に出たのさ。

少年の意識を押しのけて、体を動かし始めたんだ。

おそらく、ソレはもっと前から少年の中に存在していたんだ。

ソレと自分が別だっていうのは、少年が常日頃から感じてたことだしね。

 

ぶっちゃけ、何が原因かなんて詳しい事は僕にもわからない。

だって君は精神学者じゃないだろう?

それなら僕にもわからないさ。

 

結果的にソレは、少年とは別の存在として体を動かし始めた。

後はさっき語った通り、ソレは皆に受け入れられ叔父と叔母と幸せに過ごした。

その様子はまさに理想の通りで、少年も草葉の陰で喜んでるだろうさ。

 

……あぁ、そうだよ。

本物の少年は消えたよ。

 

もし、本物の少年を求める誰かがいれば、彼の人格が表に戻ってそれこそよくある二重人格みたいに、人格の切り替わりが起こり得たかもしれない。

しかし実際にはソレが少年として生き、本物の少年を求める人は誰もいなかった。

二度と日の目を見ることが無い人格なんて、いつまでも残る必要も意味も無いだろう?

やがて、眠りにつくように消えていったよ……誰にも悟られず、ソレにすら気づかれずにね。

 

まぁ、仕方がないんじゃないかな?

ソレは元々少年にとっての理想の自分だったわけだし、自分が本物の少年だと思い込んで内側に潜む彼に気づけなかったのはしょうがない。

別にソレが悪いわけじゃ無いし、この話を聞く人によっては少年の自業自得だって言う人もいるかもしれない。

 

だからさ、これでこの話は終わりだ。

そろそろ例の質問に戻らせて貰っていいよね?

 

君は碇シンジについてどう思う?

 

ねぇ、答えてよ。

彼の理想の英雄さん。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

使徒は薄い笑みを浮かべながら、その言葉を最後に黙り込んだ。

言いたいことは全て口にした、次はお前の番だと言わんばかりであった。

 

対するシンジは……いや、使徒曰くソレは俯き黙り込んだままだった。

気持ちを言葉にできず、目を合わすことすらできない様子のソレを見て使徒は満足そうに頷くと、何かを話そうと口を開く。

が、それよりも早くソレが話し出し、使徒は耳を傾けた。

 

 

「……正直、自分でもわからないよ」

 

「ふーん?」

 

 

曖昧な答えに対して、同じく曖昧な反応を返す使徒。

それを続きを早く話せという意味と受け取ったソレは、思いの丈を言葉にする。

 

 

「君は悪くないって言ったけど、誰にも悲しまれず消えて行ったシンジくんの事を思うと罪悪感は消えないよ……」

「でも、ひどいようだけどその裏でスッキリした感情もあるんだ」

「散々異常だのあり得ないだの言われて、自分でもどうかと思い始めてた頃だったから」

「だから、自分についての謎が解けてよかったって思ってる部分もある」

「他にも彼の事に気づけなかった自分に対しての怒りだとか、全ての元凶であるマダオへの怒りだとか」

「色んな感情が浮かび上がって来て、どうしようもなく心苦しいんだ」

「そして、多分この気持ちは一生整理がつかなくて、ずっと背負っていくものなんだと思う」

 

 

胸に手を当てながら、俯いたまま吐き出すように心境を語るソレを、使徒は気持ち良さそうに眺めていた。

そしてにやけた表情のまま口を開こうとするが、ソレが突然張り上げた「でも!」という声に邪魔をされた。

 

 

「……でも、一つ自信を持って言えることがある」

「僕は、碇シンジだ」

 

「はぁ?」

 

 

使徒はソレの言葉に、理解できないという風に顔を顰め思わず声を上げた。

実際、使徒は消えて行った碇シンジの存在を認めながら、自分がシンジだと言い張るソレの気持ちが理解できなかった。

何故ならその言葉は、先ほど二回にも渡って行ったアリシアフェイトうんぬんの問答が全て無意味になるからだ。

 

 

「おいおい、どういうつもりだよ……さっきの問答はもう忘れたのかい?」

「君は『僕はシンジに理想の自分として作られたから僕は碇シンジだ!』なんて言うつもりなんだろうけどさ」

「さっき君はアリシアとフェイトは別人だと答えた」

「つまり君は、『たとえ同じ記憶を持って同じ姿だろうが歩んだ道や性格が違えば別人だ』って言ったのと同義なんだよ?」

「それを、自分に都合が悪いからって否定するつもりかよ」

 

 

そう言って睨みつける使徒の視線を受けて、ソレは苦笑しながら「そうなるかな」と答えた。

何か別の根拠を持って反論してくると考えていた使徒は、それを受けると呆れ果てた表情でソレを見つめた。

するとソレは慌てながら弁解を始めた。

 

 

「いや、ほらフェイトはアリシアであること否定したけどさ、僕は別に拒否るつもりは無いわけだし!」

 

「……」

 

「それに、シンジ以外に名乗るものも無いから困るというか……」

 

「……理想の英雄ってのは?」

 

「それは恥ずかしい」

 

 

自身の存在を称する名を真顔で拒否するソレを見て、馬鹿々々しくなった使徒は苦笑しながら一つ尋ねる。

 

 

「その理屈なら、僕も碇シンジを名乗っていいってことかな?」

 

「え? あ、うん、お好きにどうぞ?」

 

「ぷっ……くくく……」

 

「……えへへへ」

 

 

偉くあっさりと名を渡され笑い始めたシンジと、それにつられて自分も笑い始めるシンジ。

しばらく笑いあったあと、ソレであった方のシンジは何かをふと何かを思い出すと、使徒であった方のシンジに話しかける。

 

 

「そうだ、君も僕なら一応伝えとかなきゃ」

 

「ん、なにさ」

 

「僕、戦う理由ができたんだ」

 

「……あぁ、アスカに前聞かれて答えられなかったやつか」

 

 

適当な返事しか返せなかった、というのが正しかったのだが、ソレであったシンジの方も同じ認識だったので素直に頷いた。

 

 

「僕は、碇シンジという名前を英雄の名にする」

「一人の少年の英雄を、誰もが知る世界の英雄にするんだ」

「彼の死に意味を持たせたいとか、贖罪を果たしたいって気持ちも無くはないんだけど」

「なにより、僕は最後まで彼の思い描いた英雄で有り続けたい」

「そう思ったんだ」

 

 

「だから、僕は自分の意思で世界を救うよ」

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

碇シンジ消失から数時間後、NERVの会議室にて。

 

ミサトが欠席した状態のままで行われた作戦会議で『それしか方法は無い』という体勢でシンジのことを一切考慮しない、初号機の回収だけを目的とした作戦をリツコが口にしようとした時だった。

緊急事態ということで、状況に進展があればすぐに連絡が来るよう電源を切らずにいたリツコの端末から、通信が入った事を知らせる音声が響き渡る。

通信相手がオペレーターのマコトであるのを確認したリツコは、内容が自分個人に向けられたものでは無いと判断すると、通話を繋げると同時にスピーカー機能をONにした。

 

 

「どうしたの?」

 

「大変です! シンジくん、初号機との通信が回復しました!」

 

「なんですって!?」

 

 

その連絡を受けたリツコと会議に参加していた人々は会議室を飛び出すと、すぐさま通信指令室へと急いだ。

そして辿り着いた彼女達を待ち受けていたのは、画面に映し出された以前と変わらない様子の使徒と通信機器から響き渡るノイズ音だった。

 

 

「状況を詳しく」

 

「先ほど突如として通信が回復したのですが、電波状況がかなり悪いらしくノイズ音だけで……使徒も変わった様子はありません」

 

 

リツコがオペレーターから説明を受けた直後、同じように連絡を聞きつけてやってきたミサトにも状況を説明すると、彼女は通信機器のマイクに顔を近づけ呼びかけを始めた。

 

 

「シンジくん聞こえる!? 聞こえるなら返事をして!!」

 

『――――――――』

 

 

そう呼びかけた後に、彼女は黙り込んで耳を傾けるが聞こえるのはノイズ音ばかり。

オペレーターがすでに何回か呼びかけを行っているであろうことはミサトもわかっていたが、通信の向こうにいるのが自分の家族に等しい存在なのだから、黙っていられるはずも無かった。

彼女はその後も呼びかけを続け、その数が二桁に差し掛かろうというとき、丁度涙を拭いてからやって来たレイとアスカが入室してきた時、状況は進展の兆しを見せた。

 

 

『―――ォ――――』

 

「今、何か聞こえませんでしたか?」

 

 

オペレーターの一人であるマヤがノイズ音の中で何かを聞き取り、その言葉を受けて室内の全員が黙り込んで耳を澄ます。

 

 

『――ォ―――ォ―』

 

 

「聞こえた!」「俺にも聞こえたぞ!」「僕も!」

 

「シンジくん! 聞こえてる!?」

 

 

ノイズ音の中に隠れた声を職員と共に聞き取ったミサトは、呼びかけるのを再開する。

するとそれに反応するかのように、今まで停滞していた状況が嘘みたいな速度で通信状況が回復していく。

 

 

『―ォ―ォ――――』

 

『ォォ――――ォオ』

 

『―ォ―ォォ―ォォオ!』

 

 

そして、ついにその咆哮は完璧な状態で彼らの元に届いた。

 

 

『オォォォォォォオオーーーッ!!』

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!』

 

「これは、シンジくんのオラオラ!?」

 

「見てください、使徒に変化が!!」

 

 

久しぶりに聞いたそれに驚きの声が上がる中、一同の視線はモニターの使徒に集まる。

モニターに映し出された使徒はいつの間にか大きく形を変えていた。

 

黒い球形に不思議な模様を浮かび上がらせていたそれは、いつの間にかただの真っ黒な球体と化し、今では球体ですらなくなっていた。

ボコボコと一部分が不自然に盛り上がり、巨大な何かが突き破って出てこようとしていた。

いや、もはや何かなどと暈す必要は無いほどに、出てくる者の正体を誰もが確信していた。

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!』

 

『オラァーーッ!!!!!!!』

 

 

そして通信機の向こうから聞こえてきた、一度息を吸ってからのトドメの咆哮と共に初号機が飛び出してきたのを見て、通信指令室は歓声に包まれた。

 

やっぱり彼は俺達の希望だと称えあう職員達に、それを見て呆れるリツコ。

安堵で崩れ落ちるレイと、帰って来るのが遅いと文句を言いながら泣き笑いするアスカ。

そして通信でしっかりと安否を確認してから、本当に良かったと盛大なため息を吐くミサト。

 

そんな風に思い思いの反応でシンジの生還を喜んだ彼女達は、この後これまた思い思いに通信越しで彼に声を掛けた。

それをシンジは苦笑しながら受け取り心配をかけたことを謝ると、後ろを振り返り崩れていく使徒の体をしばらく見てから、不自然に一部の装甲が剥がれた初号機を動かして帰還した。

 

そして、エントリープラグから出てきたシンジを迎えるようにしてそこに立っていたレイとアスカを見て、シンジは誰よりも早く口を開くと笑いながらこう言った。

 

 

僕にも戦う理由ができたよ、と。

 

 

なお、この後にリツコによって行われた質問攻めでは「変な夢を見たけど覚えてない、目が覚めた後暴れまわったら出られた」と供述した模様。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

そうか、それが僕の答えか……うん、応援するよ。

話してくれてありがとうね。

 

……そうだ、僕も聞いてほしい事があるんだった。

まぁ、どっちかっていうとお願いなんだけどね?

 

僕を……食べてほしいんだ。

 

あーはいはい引かない引かない、わかってるわかってる自分でもアレな事言ったのは自覚してるから。

でも、そのまんまの意味だし?

 

これから君はエヴァの中で目を覚ますわけだけど、そのエヴァの前に小さな物体があるはずなんだ。

うん、それが僕の使徒としての本体で、さっきも言った通りそれを食べてほしいんだ。

 

……なんでって?

世界を救うためにはエヴァを強化する必要があるんだよ。

 

君も知っての通り、僕達使徒は学習する生き物だ。

そしてここ最近は搦め手戦法の使徒を君達に仕向け、それら全てを撃退されてきた……

その次はどうするか、わかるだろう?

 

そう、搦め手がダメなら真正面から。

近いうちに君達を暴力の権化のような使徒が襲う。

 

……三人に勝てるわけ無いだろって?

確かに君達も僕等の予想以上に強いけど、それでも多分足りない。

何か奇跡でも起きなきゃ絶対に勝てないと思う。

 

だから、少しでも奇跡が起こる確率を上げるために、仕込みをしておくのさ。

僕等使徒には、無限のエネルギーを生み出す器官があってね?

それを僕ごと食べて、エヴァに取り込むって寸法さ。

そうすればたとえ電力供給が途切れても戦闘を続行することができ、奇跡までの時間稼ぎだってできるはず。

 

だから……え? 僕?

もちろん死ぬけど? 食べられるわけだし。

 

あぁ、心配しなくてもいいよ。

僕は偵察係、9割やられること前提でやってきた使徒だからね。

僕にすれば今更だって。

 

君の味方をする理由?

 

おいおい、僕は碇シンジだぜ?

僕が世界を滅ぼしたいわけないじゃないか! HAHAHA!

 

……まぁ、ね?

僕等使徒の目的は、さっき話した通り世界で唯一の生命体になることなんだけどさ。

ほら、ね?

本能のままにやってきたけど、ね?

冷静に考えると……ね?

 

うん、まぁそういうこと。

ぶっちゃけそんな意味わからん事するより、一人の碇シンジとして君に協力した方がいいんじゃないかと思ったんだよ。

 

うんうん、くるしゅうないくるしゅうない。

その時が来たら、僕に存分に感謝しながら世界を救ってくれたまえよ。

 

 

……さて、もう話すことも無いし、そろそろ目を、え?

エヴァの口?

あるよ! 装甲の下にちゃんとあるから!

装甲なんて気にしないで壊せばいいから!

 

……よし、じゃあ今度こそお別れだよ。

君が目覚まそうと思えばここから出られるし、出た後僕を食べれば僕の体はゆっくり崩れて君は脱出できるはずだ。

 

じゃあね、頑張って世界救えよ!

 

……何さ、僕?

だから大丈夫だって……はぁ?

無い無い、僕が生き残るルートとか無いから。

これが最善だって!

 

……しつこいなぁ。

無理なもんは無理なの!

生き残っても行く場所なんて無いし、都合よく人化なんてできないから。

いい加減行けよ! んでさっさと食べろ!!

連れて来た僕が言うのもなんだけど、待ってる人がいるだろう!?

 

……ふぅ、やっと行く気になったか。

 

うん、がんばってね。

適当に応援してるよー。

 

ん? なんだって?

別の出会い方?

人間と使徒の僕等に別に出会い方なんてあるわけないだろ!

 

いいから行けよ!

行けって!!

はいはい、じゃあね!!!

 

 

……。

 

 

……。

 

 

……やっと行ったか。

後は、僕の言う通りにしてくれることを祈るだけだね。

 

自分の事は自分が一番知ってるって言うし、僕の事はわかってたつもりだけど……

どうやら、全然わかって無かったみたいだ。

 

自分でもひどい八つ当たりだと思ってたけど、まさかそれをプラスに変えるなんて。

さすが僕ってとこかな! なぁーんて……

 

 

……。

 

 

……遅いな、何してんだ僕のヤツ。

さっさとやれって言ったのに、何ぐずぐずしてんだよ。

早くしないと……

 

 

……うぅ。

 

 

……くそっ!

早くしてくれないと余計な事考えちゃうだろ!?

 

あぁ、誰かと話すのって良いなぁ!

ほとんど自分相手とは言え、本当に楽しかった!!

 

他にも、色々……楽しい事いっぱいあるんだろうなぁ……

記憶の中の僕、毎日が本当に楽しそうだったもんなぁ……

 

 

……僕だって、僕だって……!

 

僕だって! 僕みたいに友達が欲しいよ!!

僕だってケンスケやトウジみたいな奴と毎日バカやりたい!!

僕だって可愛い妹が欲しいし、アスカみたいな可愛い子とも話したい!!

 

色んなこと知って、自我が芽生えて! 楽しいって感情を実際に知って!!

やりたいことなんて山ほどできたのに、ここで終わりだなんて!!!

そんなの……そんなのって……!

 

 

……でも、でも仕方が無いんだ。

僕は、使徒なんだ。

本来なら壊すことしかできないけど、何かの間違いで守る手助けができたんだ。

なら、これで……これが、一番なんだよ。

 

 

……。

 

 

……こんな、こんな思いするぐらいなら自我なんか……

 

 

……いや、違う。

僕は自我が芽生えて良かった。

 

多くの命が生きるこの世界を滅ぼして、唯一の生命体になる。

自我のおかげでそれがどれだけ残酷で悲しく、そして無意味なことか理解できた。

本能の赴くまま、なんとなくでこの世界を滅ぼすなんておかしいに決まってる。

僕達使徒は間違ってる……僕は自我が芽生えたおかげでそれを知ることができた。

そして、その間違いを止める手助けをして死ねるんだ。

僕は、それをすごく幸せなことなんだと思っている。

少なくともなんとなくでやってきて、僕に倒された使徒なんかよりはずっとね!

 

だから、僕は自我が芽生えてよかった。

同じく生まれたばかりの心の底から僕はそう思っている。

 

 

……やっと、動き始めたな僕のヤツ。

 

うん、それでいい。

 

僕は、僕の中に渦巻く何もかもを抱え込んだまま死ぬ。

 

これは僕だけのものだ、他の使徒になんてくれてやらない。

 

読み取ってる最中の簡単な心の仕組みぐらいは本能のままに共有しちゃったけど、それだけだ。

 

おそらく、僕が僕であることのマイナス要素は一切無いはず。

 

だから……

 

 

 

だから、

 

 

 

だから、僕が生きたいと思った世界を絶対に守ってくれ。

負けたら許さないぞ、僕め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、そういえば。

僕の過去に関しては大体嘘で、本当は『大胆なイメチェンして成功したけど、それをすっかり忘れてただけの正真正銘サブカルクソ中学生』だってことをなんやかんやで伝え忘れたけど……

まぁ、いいか!!

 




自分で書いたシリアスに耐えられなくなって、最後の最後で台無しにした作者が居るらしい。

というのは冗談で、理由はあります。
簡単な話、どちらにするか決められなかっただけです。
『わけありシンジくん』と『結局普通シンジくん』どちらで話を進めるか、今回の話を書きながら悩んでいたのですが、結局最後まで決められませんでした。
なので一応、最後の文章の有無でどちらにでもなる様に書かせていただいたつもりです。

感想で言って戴ければ、つけたりとったりするつもりです。
あと、どっちにしても今後の展開は変わりませんのであしからず。

……まぁ、一応?
元から用意してたのは前者のシンジくんで、番外編の方のステータスで『自己改造』スキルを持っているのは、元は別人格だから的な意味がありました。

ですが、なんとなく今世紀エヴァンゲリオンらしさは『さんざん引っ張っといて実はそんなことは無かった』的な後者の方がそれっぽいかなぁ、と思っているので結局決められなかった感じです。

というわけで、感想と評価を貰えたらそれはとっても嬉しいなって……
貴重なお時間を使って読んでいただき、ありがとうございましたッ!!

そしてくっそお待たせしてすみませんでしたぁ!!!
もうシリアスなんて二度と書かねぇからな!!!
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