オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

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クレマンティーヌ

 たっち・みーはその背後にクレマンティーヌを連れ、しばらく歩いた。

 モモンガと操られているンフィーレアが向かった霊廟を挟んだ反対側から、何者かの咆哮が聞こえてきた。それを合図としたのか、クレマンティーヌに背を向けたまま、たっち・みーは足を止める。

 背を向けたままのたっち・みーに不思議そうな顔を向けるクレマンティーヌだったが、口角を釣り上げて煽りにかかる。

「そーいやーさぁ、私が店で殺した雑魚はお仲間だったの? だから怒っちゃった?」

 必要以上に嘲るように、彼女は続ける。

「惜しかったなぁ、あの魔法詠唱者を逃がしちゃったのは。ほんとはあの子で遊ぶつもりだったんだけどねー。せっかくカジッちゃんが悲鳴が漏れないようにしてくれたんだから、一発では殺さず、まずは手足を砕いて抵抗できなくしてさぁ。じっくりとその体を端から――」

 

「黙れ」

 

 一言。それだけでクレマンティーヌから笑顔が消える。

 たっち・みーが踵を返してクレマンティーヌに向き直る。剣と盾を構えたたっち・みーの全身から怒りの波動がにじみ出ている。クレマンティーヌは自分の頬を汗が伝うのを感じた。

 クレマンティーヌは自身の状態をおかしいと感じる。本来、彼女は殺した相手の仲間が激昂して襲い掛かってくるのであれば、むしろそれをねじ伏せることを楽しめる性質をしている。だから明らかに激怒しているたっち・みーの状態はクレマンティーヌにとって望むところの状態であり、嬉々として叩き伏せることを考えるはずだ。

 だが、クレマンティーヌは感じていた。

 まるで強大なる竜王の尻尾を不用意に踏んでしまったかのような、取り返しのつかないところに足を踏み出してしまったような感覚を。ちょうどいい台だと思って踊りを披露した場所が、竜王の逆鱗の上だったかのような、そんな過ちを犯してしまった感覚を覚えていた。

「悪人にも理由があり、事情があり、経緯があることは知っている。そういう人間を、罪に走らざるを得なかった人間を、何人も見てきた。正しい教育を受けられなかったこと、親の愛情をうけられなかったこと……理由は様々でもそこに同情の余地はあり、そういう人間はできることなら悔い改めて欲しいという想いはある」

 たっち・みーは静かに言葉を紡ぐ。

「だが――快楽殺人に関しては別だ。同情の余地はない。たとえそこに至るまでの環境や経緯が劣悪でも、そこまで堕ちた人間に同情する気は一切ない。ゆえに私はお前を許さない」

 なにより。

 

「よくも私の――私たちの新たな友人たちを殺したな。その罪、その命で贖え」

 

 剣の切っ先を向けられながら宣言され、クレマンティーヌが凶悪なほどにつりあがった笑みを浮かべる。

「あ"あ"? 言いたい放題いいやがって……てめーがどんな糞ったれな理想を掲げてるのか知らねぇが、誰がてめーに同情して欲しいなんていったよ? 許して欲しいなんて私が言ったか? むかつくにもほどがあるぞてめぇ!」

 憤怒を背に、恐れを拭う。

「このクレマンティーヌ様がてめーみたいなろくに名も知られてない戦士に負けるかよ! てめーはここで無残に無様に死んでいくんだよ! 命乞いしてもおせえぞ!」

「安心しろ。それはこちらのセリフだ」

 たっち・みーは当たり前のことを示すように告げる。

「お前が私に勝てるはずがない。だから、せめて全力でかかってこい。完膚なきまでにねじ伏せてやる。それを持って、お前に対する私の復讐としよう」

 そのたっち・みーの言葉を聞いた時、クレマンティーヌのつりあがった笑みはその顔が裂けてしまいそうなほどのものになっていた。

「言いやがったな……!」

 着ていたマントを剥ぎ取り、軽装の鎧を露わにする。さらにスティレットを抜き放ち、その先端をぴたりとたっち・みーの頭部に合わせる。

「決めた。てめーは一瞬で殺してやる」

 スティレットを手に、その体を低く沈み込ませる。短距離走を走る際のクラウチングスタートを思い起こさせる体勢だ。

 そして、爆発的な速度で跳び出した。瞬き一つの時間で距離を詰める。

 クレマンティーヌは一気にたっち・みーの突き付けた剣の間合いの内側に入った。

 たっち・みーは動かない。

 クレマンティーヌはそれを「自分の超速度に反応できていない」と判断した。力量に似合わぬ言葉を吐く程度の敵だったのだと、クレマンティーヌは笑みを浮かべる。あとはヘルムの隙間に向けてスティレットを突きだせばそれで終わる。

 勝利を確信したクレマンティーヌが嗜虐性に満ちた笑みを浮かべた。

「死――ね?」

 全身全霊。全速の攻撃が空を切る。

 クレマンティーヌはあまりに予想外の事態に唖然とした。確実に仕留められるはずのタイミングだった。なのに、たっち・みーの姿は目の前から掻き消えた。地面を削りながら急ブレーキをかけてとまったクレマンティーヌは慌てて周囲を見渡す。たっち・みーは一瞬前までクレマンティーヌがいた場所に立っていた。剣も盾も降ろし、自然体で立っている。

 二人の位置が一瞬で入れ替わっている。クレマンティーヌは苛立ちのままに舌打ちをする。

「……幻術か! てめえ、純戦士じゃねえのか。……なるほどねぇ、そりゃあ余裕を見せるわけだねぇ。小賢しい細工しやがってっ!」

 射殺さんばかりの視線を向けられたたっち・みーは応える。

「そうか。お前にはいまのが幻術を用いて回避したように見えたのか」

 静かな呟きに、再び跳びかかろうとしていたクレマンティーヌの動きが止まる。

 

「私はただ、単に避けただけだったんだが……お前には見えなかったのか?」

 

 ゾクリ、とクレマンティーヌの背筋を冷たいものが滑り落ちる。ただの幻術だ、ただのハッタリだとクレマンティーヌの理性は叫んでいた。重そうな全身鎧を身に着けた状態で、自分の目にも留まらないほどの速度で動く。もしもそんなことができたら確かに恐ろしいが、そんなことができるはずもない。

 だが、クレマンティーヌの本能は最大限の警告を発している。

 たっち・みーは再び剣を構えた。

「時間の無駄だ。次は本当の本気で来い」

 その言葉に後押しされたわけではなかったが、クレマンティーヌは武技を発動させる。この相手はそれを温存して戦うのが危険すぎるという判断だった。〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉〈能力超向上〉、四つの武技を同時展開し、能力を飛躍的に引き上げる。万が一たっち・みーが攻撃をしてきたときに備え、〈不落要塞〉などの別の武技を使う余裕もある。

 今度こそ、盤石。それを確信したクレマンティーヌが、突進を仕掛ける。先ほどが瞬きひとつの時間なら、今度の突進で距離を詰めるのは瞬きをする暇もないほどの時間。

 神速と言っていい勢いでスティレットが突き出される。

 

 その先端を、たっち・みーの左手が捉えていた。

 

 盾を手放し、掌でスティレットの先端を受け止めている。クレマンティーヌの一撃は並の装甲なら貫通させるほどの破壊力があるはずなのに、たっち・みーが身に着けているガントレットは凹みすらもしない。衝撃は通っているはずだが、それをたっち・みーが痛がる様子もない。

 クレマンティーヌは即座に、スティレットに込められた魔法を発動させた。〈火球〉が炸裂し、炎がたっち・みーの全身を焼く。

「まだ終わりじゃないんだよっ!」

 さらに、空いていた片手で別の剣を抜き放ち、それもたっち・みーに向けて突き出す。そちらに込められているのは〈雷撃〉だ。

 この至近距離で二発も魔法を食らって、無傷で居られるわけがない。

 クレマンティーヌは爆炎と雷撃の中でたっち・みーが苦しんでいる様を想像し、ほくそ笑んだ。

 

 そのすべてを打ち払い、振るわれた平手がクレマンティーヌの頬を打つ。

 

「へぶっ!?」

 あまりの衝撃に何本もの歯が砕け、空中に撒き散らしながらクレマンティーヌが吹き飛ぶ。地面を転がり、たまたまその進行方向にあった墓石に背中を打ち据えて、墓石を砕け散りさせながらも、ようやく止まった。

「あがっ、がっ、っ!?」

 何が起きたのかわからない、と態度で示すクレマンティーヌが必死に体を起こす。

 クレマンティーヌ会心の一撃を両手の掌で無効化したたっち・みーは上空に放り投げていた剣と盾を再び手に取った。ちょうど同じ位置に落ちてくるようにしていたのだ。

 まだまとわりついていた炎と雷の余韻を、軽く剣を振るうことで打ち払う。その素振りだけで衝撃波が発生した。

 当然、たっち・みーには微塵もダメージが入っていない。すすけた様子すらなく、純銀の鎧に曇りはない。

「どうした、クレマンティーヌ。本気で来い(・・・・・)と言っただろう」

「あぐ、ぐ……っ!」

 クレマンティーヌはふらつきながらも立ちあがる。ただの平手の一撃で、大打撃を受けていた。

 彼女は〈超回避〉を発動させていたというのに、避けられなかった。攻撃を仕掛けてくればいつでも〈不落要塞〉で受ける準備も出来ていたのに、発動させられなかった。

 それはクレマンティーヌの反応速度を、完全にたっち・みーが上回っていた証拠だ。

 速度と技量に絶対の自信を持ち、事実幾多もの強敵をその速度を持って打ち倒してきたクレマンティーヌには信じがたいことだった。ただ動いて回避しただけ、というハッタリのはずのたっち・みーの言葉が、彼女の心を抉る。

「う、く、わああああああっっ!!!」

 クレマンティーヌは渾身の力を込めて跳んだ。両手に持ったスティレットを用いて連続して突く。それらはすべて急所を狙った一撃必殺の威力を持っていた。

 例えガゼフ・ストロノーフでもすべてを完璧に捌ききることは難しかっただろう。

 そのクレマンティーヌの連撃を、たっち・みーはすべて紙一重で避けた。捌いたのではなく、ただ避けた。首を逸らし、腕を振り、足を動かし、スティレットの先端はまるで初めから当たらなかったかのように虚空ばかりを貫く。

 化け物のような体力を有するクレマンティーヌだったが、当然そんな無茶な動きをすればいつかは体力が尽きる。疲労が極限に達した彼女は、スティレットを振り回すことも出来なくなり、だらりと両腕を下げ、肩で呼吸をしていた。

 そのあまりに余裕のない様子に、たっち・みーはかすかに首を傾げる。

 そして、得心がいったように呟いた。

「……ああ、すまない。先ほどの攻撃が本気だったんだな」

 絶対的な強者からの、残酷な言葉が贈られる。

「馬鹿にするつもりはなかったんだが……まさか、あの程度のわけがないとお前を過大評価していたようだ」

 クレマンティーヌの顔から表情が抜け落ちる。

 よろよろと後退し、小石に蹴躓いて尻餅を打つ。見上げたそこに、純銀の輝きがあった。

「まあ、元よりお前の全力を打ち破って、戦士としての矜持を打ち砕くつもりだったんだから、これで目的達成としよう。……安心しろ。お前と違って私に弱者をいたぶる趣味はないんだ」

 たっち・みーが剣を高く掲げる。白い刀身は月光を反射して、剣自体が輝いているようだ。

 それが自分へと振り下ろされるのを、クレマンティーヌは見つめていることしかできなかった。

 

 かつては漆黒聖典に所属し、英雄の領域に踏み込んだ強さを持っていた、快楽的殺人鬼クレマンティーヌ。

 その凶行の幕引きは実に静かなものだった。

 

 

 


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