オーバーロード ~たっち・みーさんがインしたようです~   作:龍龍龍

9 / 35
ナザリック地下大墳墓②

 

 たっち・みーは何人ものメイドの手によって、可能な限り丁重に、かつ大事そうに自室に運ばれてきたそれを見て、懐かしい気持ちになった。

「……過去の栄光の証……いや、これからの道を切り開く道具、だな」

 そこにあったのは、純白の鎧。胸の中心には拳大の巨大な青い宝石――サファイアが埋め込まれており、神々しい光を放つ。その鎧の傍にあるだけで清浄な空気が広がっているようで、神聖な雰囲気に包まれる。

 ワールドチャンピオンにのみ、与えられる特別な武装のひとつであり、その能力はかの神話級アイテムの枠を超え、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのようなギルド武器と同じ域に達している。

 かつてギルドを、ユグドラシルを引退するときにモモンガに預けていた鎧だが、それが宝物殿から出されたのだ。当然、たっち・みーが身に着けるためである。

「モモンガさん、大丈夫だったかな……?」

 先ほど、この鎧が運び込まれる前、モモンガから〈伝言〉の魔法で連絡が入っていた。宝物殿にはとある事情からモモンガだけが赴いていたのだ。そのとある事情ゆえにモモンガの声にはどこか覇気がなく、たっち・みーはフォローを入れるべきだったかと迷う。

 宝物殿はモモンガが作り出したNPCであるパンドラズ・アクターが守護している。そのだけならば何の問題もないことのように感じるが、その存在がモモンガにとっての黒歴史そのものだということが問題だった。

 パンドラズ・アクターを作った当時のモモンガが「格好いい」を思った要素を過剰に取り入れているせいで、いわゆる「若気の至り」を掘り起こされてしまうのだとか。

 それは人が気にしないように言っても解決できるようなことではない。たっち・みーとしては時間をかけてモモンガが克服できればよいと考えていた。

「さて……早速着替えるか。頼む」

 そのたっち・みーの言葉に従い、部屋に控えていた何人かのメイドが鎧の脱着を手伝ってくれた。ユグドラシル時代には鎧の変更はコンソールの操作一つで可能だったが、この現実世界ではそうはいかない。いくら装備し慣れたその鎧でも、細かな鎧の装着の仕方まで熟知しているほど、たっち・みーは鎧オタクではなかった。魔法やらアイテムで身に着けてしまえば話は早いのだが、モモンガと違ってそれ用の魔法を習得していないし、普段の着替えでアイテムを消費するのも馬鹿らしい。

 それゆえ、たっち・みーはメイドたちに命じて着替えを手伝わせていた。それは上位者としての振る舞いとしては当たり前のことだったらしく、メイドたちから怪訝な視線を向けられることはなかった。むしろ至福の感情を浮かべるものだから、たっち・みーの方が軽く引いたものだ。

(ただ身支度を手伝ってもらってるだけなのに……ここまでくると、完全に崇拝の域だよなぁ……)

 彼らNPCたちにとって、製作者である41人は至高の存在であり、造物主、つまりは神に誓い存在なため、彼らにしてみればその認識で間違っているわけではないのだろうが。

「たっち・みー様。終わりました」

 鎧の装着が終わったらしく、メイドたちが一歩離れて礼をする。

「……うむ。ありがとう」

「感謝など勿体ない! メイドとして、当然のことをしたまでです!」

「……う、うむ」

 何かをしてもらったらお礼をするのは当然、というたっち・みーにとって、そこまで無私に徹して仕えられるとむず痒いものがあるのだが、上位者として接する必要のあるたっち・みーは言葉を呑み込んだ。

 大きな姿見の前で、自身の姿を確認する。そこにいたのは、かつてユグドラシルというゲームの中で見飽きるほど見慣れた"純銀の聖騎士"たっち・みーだった。

(……この姿になると、自然と身が引き締まるな)

 ワールドチャンピオンという立場にあった当時は、否が応でも周囲の注目を浴びた。だからこそ、振る舞いには気を付けていて、その頃の名残でこの姿をしている間は情けない姿は見せられないと思う。

 気を引き締めていると、部屋の扉がノックされた。扉の前で控えていたメイドの声が響く。

「たっち・みー様。デミウルゴス様がお見えになられました」

 ある話をするために呼び出した相手が来たことを知り、鎧を身に着けたことで引き締まった気持ちを、さらにもう一段階引き締める。

(ある意味、村で敵を相手にしたときよりも緊張するな)

 たっち・みーは入室の許可を出しながら、入口へと向き直った。

 それと同時に、たっち・みーの自室の扉が開いていく。

 

 

 デミウルゴスは目の前で開いていく扉の隙間から、まるで神秘的な輝きが溢れてくるような感覚を覚えていた。

 それは部屋の中に満ちていた清浄な空気を感じ取ったからであり、それに対してカルマ値が極悪であるデミウルゴスは若干の居心地の悪さを感じてしまう。決して不快なわけではないが、真綿で優しく首を絞められるような、圧迫感を覚えるのはどうしようもないことだった。

 意思の力でそれを心の奥に押し込め、デミウルゴスは部屋の主に向かって礼をする。

「デミウルゴス、お呼びにより参上いたしました」

 部屋の主は、凛とした態度で立っていた。その身を覆うのは、至上の純白の鎧。部屋に満ちていた清浄な空気は、すべてその部屋の主から発されていたものだとデミウルゴスは悟る。剣や盾は装備していないものの、その存在の強大さは肌で感じられるものであり、敵対するものは自然と頭を垂れることだろうとデミウルゴスは感じる。そうしない者はただの愚者だ。

(しかし……これほどとは)

 これまでたっち・みーから感じていた威圧感というものが、意図的に加減されたものだったのだとデミウルゴスは看破していたが、それでも、本来の威光を取り戻したたっち・みーから感じるものは彼の想像を超えていた。たっち・みーはまぎれもなく至高の41人の一人であり、神そのものであった。

 そんな神聖な存在が、彼に向けて声をかける。

「よく来たな。入れ」

 入口のところで足を止めていたデミウルゴスは、許可を受けて部屋の中へと入る。

 それと入れ替えるように、たっち・みーはメイドたちに命じて部屋から退出させた。

 部屋の豪奢な椅子に腰かけながら、たっち・みーはデミウルゴスに向かって尋ねる。

「さて、お前に来てもらったのは、訊いておきたいことがあったからだ」

「私に答えられることでしたら、何でも答えさせていただきます」

「まあ、そう硬くなるな。世間話をするような気楽さで応えてくれればいい」

 軽い口調でそうたっち・みーは言って。

 

「単刀直入に訊こう。お前は私のことが気に入らないか?」

 

 デミウルゴスにとっては、超級の爆弾を落とした。

 即座に否定の言葉が出なかった。それはデミウルゴスが至高の存在からの質問に対し、安易な即答を避けたためだ。

 口先だけで「そんなことはない」と否定するのは簡単だ。もしもこれが同等の存在であるセバスから「私のことが気に入らないか」と問われたのならば、デミウルゴスはその時の状況に合わせて何とでも答えただろう。なるべく波風の立たない返答を心がけ、ナザリックのためになるようにしたはずだ。

 しかし、現在デミウルゴスに問いかけて来ているのは、至高の存在であるたっち・みーだ。それに対し、作為的な答えを返すことをデミウルゴスは許容できなかった。かといって、自分が感じていることをそのまま伝えるのも躊躇われる。

 それは微妙な躊躇いであり、刹那の空白だったが、たっち・みーにその意図を悟らせるのには十分な時間だったようだ。

「そうか。そうだろうな。いや、すまない。意地の悪い質問だった」

 たっち・みーはそう言って頭を下げる。それにデミウルゴスは慌てた。たっち・みーが謝るべきことなど何もない。謝罪すべきは作られた存在でありながら即座にその意思を肯定できない自分の方である。本来であるならばその場で命を絶たなければならないほどのことだ。

 ゆえに、デミウルゴスはその場で膝を突き、心からの謝罪を口にする。

「大変申し訳ありません! 仕えるべき存在でありながら……! どうか、如何様な罰でもお与えください!」

「いいんだ。デミウルゴス。わかっている。むしろ、何の躊躇いもなく否定された方がお前の忠誠心を疑っていたぞ?」

 苦笑と共に齎された言葉に、デミウルゴスは驚いて顔を挙げた。たっち・みーは慈悲深い目で、デミウルゴスを見つめていた。

「お前を作ったのはあのウルベルトだ。私と彼の関係性はお前もよく知るところだろう? いまでこそ、あいつとの喧嘩も懐かしい思い出だが、当時は本気で嫌悪し合っていた自覚があるからな」

 昔を懐かしむ様子で、たっち・みーは天井を見上げた。そして、再びデミウルゴスに視線を戻す。

「お前が私のことをどう感じているかなど、そのことを思えばわかりきったこと。そして、お前はこのナザリックの中でも指折りの知恵者。無難に応えようと思えば、なんとでも答えられたはずだな」

 その問いかけは質問ではなく、確認だった。

「そうしなかったのは、お前の忠誠心の表れ。私という存在に対し、否定の言葉を吐くのは躊躇われる、しかし、実際に感じているのとは違うことを応えるのも躊躇われる。そんな葛藤があったのだろう?」

 デミウルゴスはすべてを見透かされている思いで、ただ続く言葉を待つことしかできなかった。

「さっきの質問には答えなくていい。代わりの質問だが、お前は人間を助けることについてどう思う?」

「……無礼を承知で申し上げます。ただの人間と言う、脆弱で愚かな存在に対しては、慈悲をかける価値もないと考えております。しかし、もし仮にそれがナザリック地下大墳墓のための利益に繋がり、助けるだけの価値が生じるのであれば、その限りではありません」

 助ける、という言葉に含まれる意味が、たっち・みーのそれと同一ではないと自覚していた。だが、その程度のことはたっち・みーには容易く看破されていることだろう。

 たっち・みーはそんなデミウルゴスの答えを聞いて、満足げに頷いた。

「私からの答えづらい質問に対しても、真摯に応じるその姿勢。やはりお前は最高の忠臣だな。とても嬉しいよ、デミウルゴス。私の見立ては間違っていなかった」

 たっち・みーから直々に下されたその望外の評価に、デミウルゴスは深く感じ入った。正直、デミウルゴスの方こそ、たっち・みーには良くない印象を持たれているのではないかという想いがあったのだ。デミウルゴスの趣味嗜好が、たっち・みーのそれと相容れないであろうことは明らかで、それゆえにたっち・みーに気に入られることは難しいと考えていたのだ。しかし、実際はデミウルゴスがたっち・みーに感じる微妙な感情さえも許容し、その上で「最高の忠臣」であるという評価を授けてくれた。

 至上の喜びが齎された衝撃に、涙が溢れそうになる。

「勿体なきお言葉……!」

 顔を伏せてそれを隠しながら、デミウルゴスはたっち・みーに対する忠誠心を一層強く持った。

 その指向を超え、より深い忠誠を誓うデミウルゴスに、たっち・みーが優しく声をかける。

「そんなお前だからこそ、私からお前に頼みたいことがある。これはすでにモモンガさんには了承を得ていることだ。全体への通達の前に、お前には先に伝えておく」

 そしてたっち・みーが口にしたことは、デミウルゴスにとって想像もしていないことだった。

 

 

 デミウルゴスに伝えるべきことを伝えて退室させたのち、たっち・みーは一人になった部屋で大きく息を吐き出した。

(やれやれ……なんとか、上位者としての威厳は保てたかな?)

 デミウルゴスはナザリックの中でも有数の知恵者だ。その叡智は極普通の一般人であるたっち・みーには及びもつかないものだろう。幸い忠誠心も人一倍なため、モモンガのようにただ崇拝されているなら問題はないかもしれない。

 だが、たっち・みーのように製作者とのいざこざがあって、よい感情だけを抱かれていない場合は、所詮は一般人程度の理解力や判断力しか持たないことを看破され、侮られる恐れがあった。

 もしそれが原因でデミウルゴスがモモンガのことまで見限るようなことになったら、状況は最悪だ。最高峰の知恵者が悪意を持って張り巡らせる策謀に対応できるとは思えない。モモンガにまで危害が及ぶかもしれないと考えれば、たっち・みーは先んじて様々な手を打っておく必要があった。

(ひとまず、デミウルゴスに対してはこれでいい。次は……)

 そう考えているうちに、部屋の扉が再びノックされた。力の抜けた体勢になっていたたっち・みーは慌てて居住まいを正す。

「なんだ?」

 メイドの声が響く。

「セバス様がお見えになられました」

 先ほど、デミウルゴスが来たと聞いた時よりも遙かに強い緊張が、たっち・みーの全身を走る。

 意図的に一拍返事を遅らせ、努めて冷静になることを意識しながら、たっち・みーは応じる。

「入れ」

 声に応じて入口が開き、そこにたっち・みーが作成したNPC、セバス・チャンが立っていた。

「失礼いたします。たっち・みー様。お呼びにより、参上いたしました」

「……うむ」

 思わず返答が硬くなってしまったのは、なんと声をかけていいものか悩んだからだ。

 たっち・みーはセバスが自分に対して怒っていると考えていた。いくらリアルの世界が忙しく、どうしようもならなかったとはいえ、彼らユグドラシルの存在を見捨てたに等しいのは事実。第六階層の闘技場で守護者たちに自分たちの印象を聞いた時、セバスが口にしたように「見放した」と言われてもたっち・みーには否定することができない。

 とはいえ、何の因果かこうして共に異世界に転移し、NPCたちにも命が宿った以上、本格的に動き出す前に、そのあたりの清算を済ませなければならなかった。

 そのため、たっち・みーは長くナザリックを開けてしまったことを謝るために、セバスを部屋に呼んだのだ。だが、いざ本人を目の前にすると、どう声をかけていいのかわからなくなってしまう。

(いや……もう、とにかく謝るしかない。モモンガさんも、背中を押してくれたんだし)

 セバスが部屋に入って来て、扉が閉まったことを確認する。たっち・みーはまずは軽く労いの言葉からかけることにした。

「大墳墓周辺の探索ご苦労。急に呼び戻すことになってすまなかったな」

 最初に顔合わせをしたあと、セバスは自ら率先して大墳墓周辺の探索を行っていた。それを呼び戻すことになったのは、全員に重要な通達を行う必要があったからでもあるが、セバスに対してはたっち・みーが個人的に話したかったこともあり、一足先に呼び戻していた。

 たっち・みーの労いに対し、セバスはいつもの深い落ち着きを持った声で応える。

「何をおっしゃられますか。至高の御方々のために働くことこそ、我らにとっては何よりの喜びでございます。むしろ、私の勝手な判断で周辺探索へと赴き、モモンガ様やたっち・みー様の御傍に控えられずにいることを、伏してお詫び申し上げます」

 完璧な礼でセバスは頭を下げる。しかし、負い目があるたっち・みーからすると、そんな風に頭を下げられるのには、何とも言えない居心地の悪さがあった。

「う、うむ……いや、それは構わん。ところで……今回お前を呼んだのは、だな」

「たっち・みー様。先に、私の方から申し上げさせていただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 唐突にセバスからの主張が発されて、たっち・みーは心臓が縮み上がるような感覚だった。曲がりなりにも主人の言葉を遮ってまで言いたいこととは何なのだろう。

(まさか……それほどまでにセバスは怒っていたのか!? もう主人として見たくもないと!?)

 最悪の事態にたっち・みーは気が遠くなる思いだった。たまたま座っていた幸運に感謝する。もしも立っていたら、あまりのショックによろけることは避けられなかっただろう。

 たっち・みーは内心の動揺や体の震えを抑え、セバスに向けて許可を出す。

「……許す」

 そう声に出すのが精一杯だった。

 セバスが口を開くのを、死刑執行を待つ罪人の気分でたっち・みーは受け入れた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。