カイトのことに触れる前に一旦ラインハルトの話を挟みます。
カイトがリンたちに無断でドドブランゴ狩りに出発した後に場面は戻る。
いつも通りベッドで療養中のラインハルトはあまりの退屈さに大きくため息を付いた。
「はあ、ずっとベッドの上ってのもストレスが溜まるな」
それを聞いたフローラは読んでいた本を閉じ、仕方がないでしょ、と同じく溜息を付いた。
「傷口は閉じてるとは言っても、まだ骨は折れているんだから。そんな自由に出歩かれても困るから」
「とは言っても、この部屋を出れるのは頭から水をかぶる時だけってさあ」
ラインハルトの言うように、彼は湯を浴びるために浴場に行く時以外は基本的に外には出られない生活を送っている。
下半身の怪我というの切り傷や擦り傷程度だったので、実は自由に歩き回ることは可能なのだが、「もし転んだりしたら大変だから」というフローラの過剰な心配と監視のもと、ラインハルトは制限された生活を送っていた。
「はやく狩りに復帰していんでしょ?」
「そりゃあなあ、俺はまだまだ高みを目指したいんだ」
「だったら一日でも早い復帰のために安静にしてください」
「あのなあ、これだと安静にしすぎだ……。身体が鈍って歩くこともできなくなっちまうぜ?」
実際、このままの生活を送っていると、いざリハビリの時に相当苦労することになってしまうだろう。今のうちからやれることはやるべきだというのがラインハルトの考えだ。
「そ、そう言われると……」
「な?」
「ま、まあたしかに……」
しぶしぶ頷くフローラを見てラインハルトはニヤリとすると、ベッドから降りて靴をひっかけた。
「あ、こら勝手に!」
「ちょっと待ってろよ、いま髪型セットしてくるからよ」
そう言ってラインハルトは洗面台の方に消えた。
今のラインハルトは肩よりも下、背中まで伸びたすみれ色の綺麗な長髪をしている。口調とは裏腹に端正な顔つきをした彼は、貴族の家の息子であるという事実を聞かされてもなんの違和感も感じない。
しかし、洗面台から出てきた彼の髪型は、ドスタワーと言われる珍妙は髪型で、整髪剤でタワーのようにその長髪を逆立てるスタイルをしていた。
ラインハルト的には男らしくてお気に入りの髪型らしいが、フローラの反応はそうではなかった。
(はあ、髪下ろしてる時のほうがかっこいいのになあ……)
「溜息ついてんじゃねえよ、惚れたか?」
「……逆よ、逆」
「照れんなって。じゃ、行こうぜ」
「ってああ、コラ!」
言っても止まらないであろうラインハルトの後に続きながら、フローラはもう一度小さく溜息を付いた。
◇ ◇ ◇
商店などが集まるポッケ村のメイン通りに差し掛かった時、二人は散歩中のリンと遭遇した。
「あれ、ラインハルトさんが外出なんて珍しいね」
「それが、私の静止も聞かずに無理やり……」
「暇だったんだからしょうがないだろー?まあデートだと思ってさあ」
「デッ、デート!?」
「あはは、フローラ顔真っ赤」
「違いますっ!」
リンのからかいを真っ赤になって否定してから、フローラはラインハルトの頭に軽く一発お見舞いをした。まだ怪我は完治していないのであくまで優しく。
「誰がこんなセクハラ野郎とデートなんてしますか!」
「おいおい、ひどい言い草だなあ」
「あはは、お似合いだよー」
「リンちゃんっ!!」
珍しく意地悪い顔のリンに、フローラは為す術無くからかわれ尽くしてしまった。
メインストリートを少し上がって道をそれた所の、フラヒヤ山脈を見渡せるテラスにリンとラインハルト、そしてむくれ顔のフローラは腰を下ろしていた。
「えーっと、フローラ、ごめってば」
「……」
「これは完全にいじけてるぞ」
「いじけてない!」
「いじけてるだろー。リンちゃん謝ってるんだから許してやれよー」
「いじけてないってば!」
ラインハルト以外からからかわれる経験があまり無かったフローラは、そのためか完全に拗ねてしまっていた。いくら声をかけてもそっぽを向いてしまい、さすがのリンも苦笑いしてしまった。
その様子を見たラインハルトは、やれやれと腰を上げリンに耳打ちした。
「(──のことを言えばいいと思うぞ)」
「(え、そんなことで大丈夫なのかな……?)」
「(ああ、絶対乗ってくるぜ)」
そっぽを向いていたフローラだが、リンとラインハルトのヒソヒソ声にちらりと視線を移した。
「……ちょっと、何の話してるんですかー?」
あくまでムスッとした表情は崩さず、リンの紅い瞳にジッと視線を合わせた。
リンは「あ、ちょっと気になってる。眼力緩んでる、可愛いなー」と内心思いながら、ラインハルトに言われたことを口にした。
「えっとね、なんか集会所で新しいスウィーツのメニューが出るらしいんだけど……」
とリンが“スウィーツ”という単語を出した時点でフローラの肩がピクリと反応した。その様子を見てリンは「おお、本当だ」と思い、ラインハルトはただただ黙ってニヤニヤしていた。
「その、新作スウィーツの試食を頼まれているらしんだけど──」
そこまで聞いたところでフローラはガタッと立ち上がった。
「行きましょう」
春の葉の色のように綺麗な髪をかき上げてフローラはスタスタと集会所を目指し始めた。
「ほ、ほら早くっ!」
フローラは大の甘党だという。
◇ ◇ ◇
のれんをかき分け、勢い良く集会所に飛び込んだフローラは、リンとラインハルトがついた頃にはすでに甘味の試食を始めていた。
「もぐもぐ……、こ、これは……っ!?」
フローラは初めて食べるその味にスプーンを落としてしまった。
フローラの対面に座っているギルドマネージャーはその様子を見ながらニコニコしていた。
「東方原産の小豆という豆を使ったものでね、あんこっていうのよ~。わたしも大好きだから仕入れちゃったの~。美味しいかしら~?」
「すごく美味しいですっ!」
さっきのむくれ顔はどこへやら、見たことのないような満面の笑顔、そして翡翠色の瞳はキラキラと輝いていた。
「(な、単純だろ?)」
「(単純ってよく言われるウチから見ても単純だ……)」
「(普段は大人ぶって場を取り持つ役でいようとしてるけどな、中身はまだまだお子様なんだよなあ……)」
「(ふーん……)」
フローラを見て笑っているラインハルトの表情はとても楽しそうで、リンは少しうらやましいと思った。
「あら~、リンちゃんにラインハルトさんじゃない。ほら二人も座って、いま甘味を持ってくるわ~」
「あ、お願いしまーす」
そうしてリンとラインハルトも試食に参加したのだった。
「お、確かにうめーなこりゃ」
「この緑茶っていうのを使ったお菓子、苦くて苦手なんだけど、あんことは良く合うんだねー。これなら食べれるよ」
「ほんっとに美味しいっ!」
ギルドマネージャーが運んできてくれた甘味を食べる二人の前には、大いに満足したのフローラが満面の笑みで座っていた。
もうさっきのことなど気にしていない様子である。
甘味を食べ終えた三人は、サービスで出してもらったお茶をすすりながら午後の時間を雑談にふけって楽しんでいた。
「いやー、それにしてもやっぱり幼馴染みってすごいねえ」
リンのその発言に、またさっきの話を蒸し返すのかとラインハルトは一瞬ヒヤッとしたがそれは杞憂に終わった。
「フローラの機嫌を治すにはスウィーツの話すればいいだぞ、って聞いた時にはやっぱり付き合い長いと好みとかも分かっちゃうんだろうなー、って程度の感想だったんだけどね。その後の話で、そういう表層的なことじゃなくて、心の部分についても分かっちゃうんだなって思ったよ」
「その後の話、というと?」
その後の話、とうのはもちろん「普段は大人ぶって──」のことであるが、リンとラインハルトのひそひそ話であったため当然フローラには聞こえていなかった。
「うん、ええっとまあ、それはこっちの話なんだけどね」
「あ、なんか誤魔化そうとしてる」
「し、してないよー?」
「リンちゃん嘘ヘタ」
「うー……」
「……まあ、いいですけどね。それよりライン、あんた普通にあんこ食べてたけどあれっていいの?ずっと消化しやすい粥とかばっかり食べてたじゃない」
まだ怪我の様態も良くない頃は消化器の働きも落ちていたため、消化の良い食事ばかりをとっていたラインハルトが、急に甘味という重たいものを摂る気になるとは思えなかった。
「ん、ああそれなんだけどよ、食欲自体はわりと早めに戻ってたんだよな」
「あれ、そうだったの?そういえば傷も深かったのに治りはずいぶんと早かったよね……」
「んー、あれじゃないか。カイトが金髪の商人に貰ったっていう秘薬の効果なんじゃねえかな」
「そういえばそんなこと言ってましたね」
「ああ、そのこと聞いてさ、ただで貰ったいうからその商人にお礼しようと思ったんだけどよ、もうポッケ村からは出て行っちゃったみたいでそれらしい人は見当たらなかったんだよなあ」
その商人のことはリンも聞いていた。しかし、村の人々に訪ねてもそもそもそんな商人のことは知らないという。商人が村を訪れてロクに商売もせずに出て行ったというのだろうか。
「う~ん……」
「リンちゃん、どうしたの?」
「いやー、なんかその商人変だなーって思って」
「まあ確かに不審ですよね……。まるでカイトさんに秘薬を渡すためだけに現れたような……」
「……まあ、深く考えてもわからないものはわからないし、いま気にすることでもないか!」
と、リンのお気楽思考によってその話は流れ、また雑談は続いていった。
◇ ◇ ◇
それからしばらく経ち日が沈み始めた頃、ギルドマネージャーや業務もかたがついて暇になっていた受付嬢を交えて飲み会のような状態になっていた。
そこでうっかり受付嬢がカイトが単身で狩りに出たことを漏らしてしまい、リンは唖然としてから怒り心頭。しばらくずっとカイトのことを毒づいていた。
今思えば何かの拍子に他の人のお酒を飲んでしまい苦手なアルコールに当てられていたのだろう。
しばらく顔を真赤にして怒っていいたリンは気がつけばベンチに横になって寝てしまっていた。
ギルドマネージャーが部屋まで運んで寝かしつけると言ったところで宴会はお流れになった。
酔いを覚ますためにラインハルトとフローラの二人は昼間にも訪れたテラスに来ていた。
二人はしばらく夜風にあたりながら満天の星空を見上げていた。
「ふう、久々に楽しかったぜ」
「本当はまだお酒は飲ませたくなかったんだけどね……。まあ今日は特別」
「いやいや、本当にもう体のほうは平気なんだぜ?きっとあの貰ったっていう秘薬、ただの秘薬じゃないと思うんだよな。いにしえの秘薬か、それとももっと特別ななにかか……」
「体の調子は良くなってても、まだ完全に復活したわけじゃないでしょ。酔った勢いで転んだりしたら大変だから気をつけてよね」
「お、心配してくれんのか」
「……悪い?」
フローラはベンチに横になっているラインハルトとは目を合わせないでぶっきらぼうに答えた。紅潮した頬は酔いのせいか、それとも照れているからなのかはわからない。
そこで会話は途切れ、またしばらく黙って夜空を眺めていた。
そして夜もいよいよ深まり、村の家々の明かりも少しずつ消え始めた頃、フローラが口を開いた。
「……怪我が治ったら、どうするつもりなの?」
「そりゃあ、すぐに狩りに復帰してやるさ」
「そうじゃなくて、どこに行くかってこと」
「んー、そのことか」
「当たり前でしょ。今は療養のためにポッケ村にいるけど、ずっといるってわけにはいかないでしょ」
「まあな」
「今のホームはザンガガ村なんだから。ちゃんと帰らないと」
「……そのことなんだけどさ。……俺はドンドルマに帰ることにする」
フローラが一番聞きたくない回答が返ってきた。
ラインハルトは“私達の故郷”ではなく“自分の故郷”を選択したのだ。
昔ラインハルトが「修行だ」と言ってドンドルマに出て行った時と今回とでは意味合いが異なっているのをフローラはわかっている。
ラインハルトは、ドンドルマに行くのではなく、ドンドルマに帰るのだ。
「……それって、そういうこと、だよね……?」
「ああ。完治したら、ザンガガ村に寄って荷物まとめて、それからドンドルマに帰ることにする」
ズキズキと、フローラの心臓が痛む。
寝転んでいるためラインハルトの表情はよく見えない。しかし、その声は特に抑揚なく、事実のみをフローラに伝えようとしているように感じられた。
また彼は離れていいってしまうのか。
空を見上げて涙をぐっと堪えた。
「……行っちゃうんだね」
「……ああ、行くよ、俺は」
「──ところでお前も来ないか?」
「……え?」
その突然の言葉に間抜けな声が出てしまった。
フローラにはラインハルトの言っている意味が理解できなかった。「来ないか」、とはどこへ来ないかと言っているのだろうか。
ラインハルトはぐっと上体を起こしてフローラと向き合った。
フローラはぽかんとした表情でラインハルトの方を向いた。
「だからさ、お前もドンドルマに来いよ。俺が思うにお前はハンターとしてまだまだ伸びる。一度狩りの本場で腕を磨くことが必要だと思うんだ」
「え、えっと……」
「二人でドンドルマで頑張ってみねえか?俺自身、もっと高みを目指したいし、お前にも目指して欲しい」
「あ、あれ?二人で……?あの、ガウさんたちは……?一緒のパーティだよね……?」
「こないだガウには話した。俺の目指す所はあいつらと一緒にいるよりも他の道を行ったほうがいいって気づいたんだよな」
ラインハルトは少年時代の自分を思い出し、気持ちまでもが昔に戻った気がして、懐かしくて思わず目を細めた。
「俺は、王立書士隊に入って、親父に追いつくのが夢だったんだ……。その夢を叶えるには、ドンドルマに戻って、狩りはもちろんだけど勉強をもっとしなくちゃいけない。そんで王立書士隊の入隊試験を突破して、各地を飛び回って後世に残す記録をつけていきたいんだ」
そういって自分の夢を楽しそうに語るラインハルトを、フローラはただただだまって見ていることしか出来なかった。
何かを言おうとしても言葉が喉から先に出て行ってくれなかった。
ただ、代わりにさっきとは違う涙が瞳に溜まっていった。
それからラインハルトはガシガシと髪型を崩して、軽くまとめて後ろに回した。
少し言いよどんでから、しっかりとフローラを見てこう続けた。
「それでさ、久々に親孝行もしたいし、目指す目標でもある親父にからアドバイスもらうついでに挨拶しに行きたいんだけどさ……。親父にお前を紹介したいんだけど、ついて来てくれねえかな」
そこでラインハルトは一度言葉を区切り、それから真っ直ぐと言い切った。
「俺は自分の夢を追って残りの半生を過ごす。その半生のパートナーはお前しかいないと思ってるからさ、一緒に来てくれねえかなって……」
ラインハルトが話し始めた時に、きょとんとしたまま表情の固まってしたフローラの翡翠色の瞳から、ぱたぱたと雫が溢れていった。
普段のいい加減な態度に呆れたり苛立ったりしながらも、陰ながら彼を支え、心配してきた。フラヒヤ山脈で離れ離れになった時には目の前が真っ暗になった。救助され返ってきた時には夜通し泣いて神に感謝した。
そんな彼女は、涙を拭ってこう答えた。
「────もちろん、よろこんで」
と、いうわけでした。
要約すると、怪我が完治し次第、ラインハルトはガウたちのパーティを抜けて、ドンドルマにフローラを連れて戻って王立書士隊隊員を目指すってことですね。
さて、次回こそカイトの話になります。
前期末ということで更新速度が落ちていきますことを予めご了承ください。
ではまた次回で。
質問等はコメントで受け付けています。
毎回感想がついていてとても嬉しいです。