当然、いまこのタイミングで言ったのはわざとだ。
リンには絶対に言わなければならないと、記憶が戻った時からそう思っていた。
あんたがこの場にいたら、言葉足らず過ぎるだろう、と言っただろう。
でもそれはあんたも同じだ。
まあ当然こんなことをした自分を、ガウが許すはずはなくて思い一発を食らってしまった。
全くもって悪いのは自分であるのでやり返したり、文句をいうこともせずに立ち上がり、未だに呆然としているリンにコルトの形見のペンダンを渡した。
まだ怒りの収まらないガウをレイラが止め、自分はリンとフローラの横を通って小屋を出た。
あの場で自分を責めたのはガウだけで、バルドゥスやブルックはただ黙って見ているだけだった。
◇ ◇ ◇
困ったことに自分は今まで通りに振る舞わねばならなとい。
というのも、自分の記憶が戻ったことがポッケ村に駐留しているギルドナイトたちの耳に届いてしまっては、向こうが方針を転換してしまうおそれがある。
あくまで自分は“かけ出しハンターであるという体で”奴らの計画を潰さなけれなならない。
その点に関してはあの場にいた人間はわかっているので、リンとフローラにも口止めをするだろう。
こんな自分がのうのうとこの先も生きていくつもりはない。償いは必ずする。
しかしそれはポッケ村の問題を解決した後だ。
そのためには自分は今まで通りである必要がある。
ただ、いまの自分はかなり動揺している。
リンにばらしたのは自分自身で、覚悟もしていたが、いざこの身になってみるとやはり心への影響は大きいものとなっていた。
今までどおりの自分を振る舞うために気持ちの整理をする時間が必要だ。
そう考えたカイトは装備を整えてから集会所に向かい、適当なクエストを一つ受理して村を一旦離れることにした。
◇ ◇ ◇
「……それで、なにか用でもあるのか、レイラ・ヤマブキさん?」
フラヒヤ山脈の中腹でカイトは追跡者の方を振り向いて声をかけた。
名前を呼ばれたレイラは特に悪びれた様子もなく影から姿を現した。
相変わらず美しい銀の髪を風になびかせて、逆に不敵さが感じられるほどの真っ直ぐな笑顔をしていた。
「なにが“さん”だ。ずいぶんと他人行儀じゃないか」
「あのなあ、他人の狩りのフィールドにクエストを受注していないハンターが勝手に立ち入るのは協定違反だぞ……。あんたはもっと規則に忠実な人間だと思っていたが」
それを聞いたレイラは次こそは不敵に笑った。
「むしろ私は自分のためなら積極的に決まりを破っていく人間だぞ。まだ貴様は私という人間がわかっていないようだな」
「そりゃあ、接点なんてギルドで顔を合わせた程度だからな。会話だってこの間が初めてだろうが」
それもそうか、とレイラは笑った。
豪胆で実直、とだけ言えばリンも同じように聞こえるが、この女性はまた別のタイプの人間だ。
「それで、なんか用があってあってついてきたんだろ。まさか誰かに探して来いとか言われたんじゃないよな」
「ああいや、個人的に一対一で話したいことがあってね」
そこで一旦ためを作ると、レイラはこう続けた。
「私は貴様が握っている“鍵”の足りないピースを持っているぞ」
「……!」
カイトはレイラが何を言いたいのかすぐに理解した。
もちろん鍵とは比喩であり、ジャンのポッケ村での権限を剥奪するのに必要な情報のことだ。
「その反応は貴様が“持っている”ということでいいみたいだな。まあ貴様がその“鍵”を握っている可能性があるからこそあいつらは貴様に安易に手を出せないでいたということだろうな」
「……」
「沈黙は肯定ととる。まあ、つまりは“貴様が証拠を持っていて私が権限を持っている”ということだ」
つまりレイラはこう言っているのである。「私に情報を提供すればジャンをポッケ村から締め出せる」、と。
「……何が望みだ」
わざわざこうやって話を持ちかけてきているということは、何かしらの対価を要求していくるということだろう。
金品の類ならば払う自信はある。ただしレイラがそんなものに興味があるとは思えない。そうなると何が欲しいのだろうか。
「私から提示する条件は二つだ。一つは私の話を聞いて欲しい」
「……そ、そんなことでいいのか?」
あまりに予想外な条件にカイトは拍子抜けしてしまった。
「正しくは、私が知っている限りのガウの話を聞いて欲しい、ということなのだが」
「聞くだけでいいなら、話してくれ」
「ふふっ、かたじけない。所々私が勝手に予想して保管する箇所があるが、大方間違っていないと思うのでな。あまり気にせず聞いてくれ」
そう言ってレイラは少しの間、語りの時間に入った。
◇ ◇ ◇
──八年前、ポッケ村──
ガウが十八歳という年齢になってしばらくして悲劇は起こった。
自分の両親とその友人、更に友人夫婦の“計五人”のパーティーで行われた轟竜討伐クエストが失敗に終わった。自分の母は死に、両親の友人夫婦の遺体は見つからなかった。ポッケ村に返ってきたのは満身創痍の父とその友人一人だけだった。
討伐は失敗に終わったが、轟竜も相当の深手を負ったようでその後フラヒヤ山脈にその轟竜が姿を見せることはなかった。
当時のガウは駆け出しハンターという様子ではなくなり、近々上位ハンターへの昇進をギルドに認めてもらおうと努力をしていた。
ガウの憧れはハンターの一つの極地であるG級に到達した両親であり、その友人たちであった。特に自分の父とリンの母親は全大陸にその名を轟かせるほどの手練であり、それが自分のように誇らしく思えた。
そんな尊敬する父であるからこそ、ガウはその後の様子を見て愕然とした。
当然、かたきである轟竜を探し出し次こそ討伐せんとする、それがガウの知っている父の姿だった。
しかし、そのクエストから帰還した後の父とその友人は武器を置き、すっかり狩りには出向かなくなってしまった。
その姿を見てガウは激怒した。自分はこんな弱い男を目標に生きてきたのか、と。ガウは普段の生活こそずぼらであることがあるが、根は真面目で実直。信念を曲げるようなことは許せない性格をしていた。
牙をもがれた父を怒鳴りつけ、荷物をまとめてガウはポッケ村を出ることにした。
父の友人夫婦の娘で、自分の実の妹のように可愛がっていたリンのことが心配ではあったが、それでもガウは一度この村を離れて己を磨き上げる必要があると考えていた。
そうしてガウは狩人の都市、ドンドルマを訪れた。
手続きが有効になるのは一年後だが、かなり長く滞在するつもりだったので迷わず専属ハンターの登録を行った。
それから次に行ったのはパーティーメンバーの募集だ。ガウがわざわざこの都市を訪れたのは、自分よりも優れたハンターからその技術を会得するためだ。今までその役割は両親たちが務めていたが、今は他人に頼っていくしか無い。
わざわざ固定のパーティーメンバーを募集していたのはじっくりと一人ひとりの技術を盗むためである。
しかし、物事はそう簡単には進まない。ガウはまだ下位のハンターである。下位のハンターを固定パーティーに迎え入れてくれる実力者などそう都合良くはいないのだ。世の中お人好しばかりではないということだ。
そこでガウは方針を変更し、まずは上位を共に目指す仲間を募ることにした。
するとラインハルト・ベイヌという十五歳の青年が名乗り出てきた。聞くところによると有名な王立書士隊隊員の息子であるということだが、なぜか狩人修行をしているらしい。
来るものは拒まない状態だったガウはラインハルトとコンビを結成し、しばらくして無事に上位への昇格を果たした。
上位に上がってからも二人はコンビを解散せず、共に固定で組んでくれる実力者を探す名目でゲストメンバーを迎え入れながら狩りをしていた。
そんなある日、二人は思わぬコンビと共に狩りに出ることになった。
その一人はサラリとした銀髪の美しい女性で、もう一人は褐色肌に蒼いアフロヘアーという謎めいた男だった。
なんとその銀髪の女性は【白銀の鋼刃】の異名を持つあのハンターだった。自分より歳下であるにも関わらず既にG級の領域に踏み込んでおり、その将来はリンの母親にも匹敵すると言われていた。
また、一緒にいたダフネという男も年齢は自分たちよりはるかに上のようだが、G級ハンターであるということでまさに今ガウたちが求めている人材だった。ダフネに関して気になる事といえば、兜は取っても消して鎧は脱ごうとしない点だった。頬や首周りなどを見る限りかなり線の細い体をしているようなので、単にそのことを気にしているだけかもしれないとそれ以上は詮索しないことにした。
そうしてその四人でリオレイアの狩りを終えた後、ガウはレイラ達に話を持ちかけた。当然内容は、自分たちと固定パーティーを組んでくれないかというものだった。
それに対してレイラはこう聞き返した。
「なぜ私達とパーティーを組みたい」
そしてガウはそれにこう答えた。
「お前たちの技術を盗みたいからだ」
それを聞いたレイラは一拍おいて笑い始めた。「貴様のような奴は初めてだ」と。
今までもレイラに固定パーティーの誘いをするものは多くいた。しかしそれはレイラの実力のもとで楽に狩りをしたい、とかレイラのその美貌に惚れ込んで、とか下心ばかりの人間ばかりだった。
言ってしまえばガウも下心なのだが、己の成長のための下心を包み隠さず言える実直さをレイラは気に入った。
レイラは同伴のダフネに確認して、それからガウたちとの固定パーティーの結成を承諾した。
それから時は経ち、レイラの人脈経由でガウの故郷であるポッケ村にギルドナイトの影響が及ぼうとしていることを聞きつけ、ガウはパーティーを解散し帰郷することにした。
その頃にはガウもラインハルトも独り立ちするには十分な実力を身につけており、反対するものはいなかった。
◇ ◇ ◇
「──とまあ、そんな感じで今に至る。ガウが親父さんと仲良くないのもそういう理由からだ」
簡単に今までの経緯を話したレイラはそう言って一息ついた。雪山の乾燥した空気で少々長く話していたので喉が痛くなったのか、凍らないように保温して持ってきた飲料水を口に含んだ。
「……対価として本当にこんなものでいいのか?」
「まあ一つ目としてはこんなものだ。少し思い出話を聞いて欲しかっただけさ」
そして、とレイラは続けた。初めに言ったとおりレイラはカイトに二つの対価を要求している。その二つ目としてレイラが要求したことはこうだった。
「リンの父親、コルト・シルヴェールの死の真実をあの場にいた全員にその口で話せ。それが二つ目の対価だ」
「……!」
カイトは予想外の提案に動揺した。この
「いったい何があって、どういう経緯でコルト・シルヴェールは死んだのか。あんな適当な説明で納得するものがいるわけがないだろう。もちろんあの場にいた全員とはリンたちも含む」
そうすれば、ポッケ村を救ってやろう。それがレイラの提案だった。
全てを話すということは、自分にとっては逃げになってしまうと思っている。
しかし、コルトとの“約束”を果たすにはもうそれしか道は無いということだ。
「……わかった。帰ったら、全て話す……」
「よし、素直でよろしい」
そこでレイラは、さて、と洞窟の方へと歩き始めた。
「貴様に見てもらいたいものがあるのでな、クエストで依頼されている雪山草の採取ついでに少し付き合ってくれ」
カイトは返事をする間もなく洞窟へと入っていったレイラの後を、ホットドリンクを飲み干してから付いて行くことにした。
そして二人がやってきたのはエリア3だった。大型モンスターの休息エリアとなることが多いこのエリアに、普段とは違い上から全体を見下ろせる地点から入った。
先日フルフルとフルフル亜種を強襲したレイラとダフネはここから飛び降りてきたのだろう。
しかし今日見下ろした先にいるのはフルフルではない。
「ティガレックス……!」
自分の半生において大きなキーとしてあり続けてきた轟竜が、目下で休息をとっていた。
「さすが、八年前にG級ハンター五人を退けただけはある。存在感が雑魚とは段違いだ」
レイラは「しかし」と言った。
「今のヤツに全盛期の実力はない。尻尾は切り落とされ、左目は潰されているが八年前にやられたのだろうな。個体としてももう歳なのだろう。話しに聞くバケモノのような個体がここにいる我々に気が付かず寝ているとは思えん」
レイラは背中から龍刀【劫火】を抜いて、剣先を轟竜に向けた。
「特別に装備を整えてきたわけではないから苦戦をするだろうが、貴様と私だけでも今狩ってしまおうことができるだろう。ラインハルトのやつがあそこまで重症に追い込まれたのは、老いてなお衰えないあの気迫に飲まれてしまったからだけだ。ヤツは最早特別な脅威ではない。その理由として──」
そこでカイトがハッとして口を挟んだ。
「その理由として考えられるのはフルフルの存在、か……」
「その通りだ」
轟竜は電撃を苦手とすることが最近の調査で知られるようになった。そのためフルフルがここのエリアをねぐらにしていた間、ティガレックスがここにいられなかった、というのは辻褄が合う。しかし、いかに電撃が苦手とはいえ、伝説級のG級ハンターを退けた個体が、たかが下位認定のフルフルを避けるとは思えない。
これはつまり、もうこのティガレックスには全盛期ほどの力は残っていないということだ。
「もう一度言うが、ここで轟竜を始末してしまうことはできる……、がどうする?」
レイラの問に、カイトは一瞬肯定の言葉を出しかけ、それから首を横に振りこう言った。
「こいつは、俺やリンやガウにとっての“決着”になる。だからこいつは俺たちで狩る。今はまだその時じゃない」
それを聞いたレイラは僅かに微笑み、龍刀【劫火】を納刀した。
「……そうだな、よく分かっているじゃないか。そう思うならまず帰ってやることがあるだろう?」
レイラとダフネの関係に関してはもう少しお待ちください。