モンスターハンター 【紅い双剣】   作:海藤 北

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 ティガレックス戦の続きですよ。


第二十八話 絶対強者②

「おおおっ!!」

 雄叫びとともに振り下ろされた大剣がティガレックスの鱗を切り裂いた。

 リンが握っている大剣は、以前討伐したフルフルの素材やザンガガ村に滞在中に入手したゲリョスの素材から作られた『フルミナントソード』だ。

 近年の研究でティガレックスに一番有効な属性は雷であることが明らかになっており、フルフルや雷光虫の発電組織を参考にして作られたこの大剣は今回非常に有効な武器といえる。

 狩りの初めの方では思うように動けていなかったリンも、今は他の三人に混ざって猛撃を振るっている。

 カイトが怒涛の乱舞を足に見舞い、リンが豪快な溜め攻撃を頭に叩き込み、バルドゥスが俊敏なステップとともに側面からの攻撃を行い、そんな三人の間を縫うようにしてブルックが弾丸を打ち込む。

 そんな流れるような連携による優勢がしばらく続いた。

 しかしそう簡単に終わらないのが狩りというものである。

 ティガレックスは前衛の三人から離れるようにバックステップで距離を取った。

 逃すまいとリンが距離を詰めるがそれが間違いであった。

「リン!そうじゃない逃げろ!」

「えっ」

 バルドゥスの忠告は既に遅く、バックステップをしたティガレックスは大きく口を開き、次の瞬間には爆音で咆哮をした。

「くっ……!」

「ヌゥゥッ……!」

 ティガレックスが轟竜と言われる所以はこの咆哮だ。その大きな音とは耳をふさいでも頭に響き、そしてその近くにいるものは衝撃波で飛ばされてしまうという。

「っああ!!」

 実際にティガレックスに近寄ってしまったリンは衝撃波でカイトたちの方に飛ばされてしまった。

 衝撃波の影響かそれとも爆音で耳がやられたのか、リンは苦悶の表情でのたうち回っていた。

「うああっ……!」

「おいリン!平気か!」

 なかなかリンが立ち上がれない様子を見てバルドゥスが「まずい」と表情を強張らせた。

「ヌウウ、あやつ怒っておる。今の状態で戦うのは少々分が悪い……!」

 今まで黄色だったティガレックスの鱗が全体的に赤みを帯びており、特に目の周りや足先などのはその怒りを体現するかのように真っ赤に染まっている。

「閃光玉を使って一旦退却する!眼をふさげ!!」

 ブルックのその怒号の直後、ティガレックスの目の間で閃光玉が炸裂し、その視界を奪った。

「よし、今だ!」

 そう言ってカイトがリンを担いで退却しようとした時、

 

 ティガレックスが目の前に回り込んできた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「こいつ、閃光玉が効かないっ……!?」

「いや違う!闇雲に暴れまわっているだけだ!」

 カイトの言うとおりティガレックスは誰も居ない方向にも跳びかかったり突進を繰り返したりしている。

 ティガレックスは怒り状態で視界を奪われると更に獰猛になる性質がある。

「なんつー気性の荒さだ……!」

「気をつけながら撤退するぞ!」

 岩陰に隠していた荷台から大タル爆弾を一つ下ろしそのスペースリンを乗せた。

 後ろからカイトが荷台を押し、前からバルドゥスが引っ張った。その後ろをハートフルギブスGを構えたブルックが警戒する。

 そんな四人を視界に捉えたのか、それともまだ見えていないのかはわからないが、ティガレックスが四人めがけて突進を仕掛けてきた。

 それに対してブルックはあくまで落ち着いてハートフルギブスGを構えると、先ほど荷台から下ろした大タル爆弾にティガレックスが差し掛かるところで引き金を引いた。

 ドォンという爆音とともにティガレックスは炎に包まれその足を止めた。

 その様子を横目に見ながらブルックはエリア8から撤退していった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 エリア6ではティガレックスが追ってくる可能性があるため、一同は一気にエリア5の洞窟の中まで撤退した。

 荷台に腰掛けたまま頭を押させているリンにカイトは回復薬を渡した。

「まだどこか痛むか?」

「ううん。ちょっと頭がぐわんぐわんするだけ」

「そうか、無理だけはするなよ」

「うん、大丈夫」

 一同はギルドから支給された携帯食料でスタミナを回復させ、細かい切り傷などを薬草で応急措置した。それから武器の刃こぼれなどを確認し、必要な部分は砥石で研磨した。

 それから四人は軽いブリーフィングを始めることにした。

「さっきリンがやられたあのバインドボイスはティガレックスの行動の中でも厄介なものだ。吾輩やリンは衝撃波をガードすることができるが、潜り込んで攻撃することが多いがガードをすることが出来ないカイトは気をつけるのだぞ」

「ああ、わかった」

「他にも奴が取る行動の中に投石がある。雪山地帯では大きな雪の塊を投げてくるのだが、三方向に飛ばす上に飛距離もかなりある。距離を取ったからといって油断してはならぬ」

「うう、厄介だね……」

「ふむ、あやつの前では直線的な動きは命取りとなる。必ず弧を描くようにして正面から遠ざかることを心がけるのだぞ」

「う、うん。わかったよ」

「……ックシュン」

「……」

 その場の張り詰めた空気をぶち壊すようにくしゃみをしたのはカイトだった。

 カイトはポーチからホットドリンクを取り出してそれを飲み干し、軽く咳払いをした。

「……その防具寒そうだもんね」

「……ああ」

 カイトが現在身につけいる防具は『ナルガXシリーズ』というG級ナルガクルガ装備だ。

 ナルガクルガとは近年になって存在が確認された飛竜種で、ティガレックス同様に飛竜の始祖であるあると言われているアカムトルムと似た骨格構造をしている。

 そんなナルガクルガの素材から作られた防具は肌の露出部分が多く、雪山に着てくるには少々寒々しいものだ。

「記憶が戻っても寒いのが苦手なのは変らないんだね」

「動きやすくていい防具なんだけどな」

「ギルドナイトってみんながみんなあの赤い服を着ているわけじゃないんだね」

「あれはあくまで正装だからな。狩りの時は好きな防具を身につけるのが普通だ。中にはあの正装のまま狩りに出る物好きもいるが……」

「そういうものなんだ。あー、ウチもそろそろ新しい防具作りたいな」

 リンはザザミ一式をまだ大事に使っていた。

 しかし、いずれは防御力の面で不安が出てくるので、そろそろ新しい防具を検討したいところなのだ。

「この狩りが終わった後にレックス一式を揃えるのはどうだ?」

「うーん、ゴツくてあんまり可愛くない防具になりそうであんまり……」

「……お前がファッションを気にしだすとは思わなかった」

「……」

 

「……来たか」

 カイトがスンと鼻から空気を吸い込むと、ペイントボールの異臭が近くなったのが感じられた。

「ティガレックスが隣のエリア6に来た。各自気をつけて行くぞ」

 先頭を切り出したカイトの頬は紅葉のように赤く腫れ上がっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 洞窟を抜けエリア6に入ると、崖っぷちにティガレックスの姿を確認することが出来た。

 怒り状態はまだ収まっていないようで、真っ赤に染まった目元が四人の狩人の空気を緊張させた。

 ブルックが弾丸を装填し、狙いを定めてから引き金を引いた。

 バスッ、という発砲音に気がついたティガレックスがこちらを向いたが、それがティガレックスにとってはいけなかった。

 貫通弾Lv.2が喉から背にかけてを貫き、その肉をえぐる音が第二幕の開戦の合図となった。

 まず最初に駆け出したのはカイトで、マスターセーバーを抜くと、肉質の柔らかい後ろ脚を重点的に狙って攻撃を開始した。

 当然ティガレックスはそれを嫌がりカイトに向き直るようにターンをした。

 そのターンによって死角になった背後からバルドゥスがツワモノランスを構えて突進した。カイトの攻撃でダメージが蓄積していた後ろ脚にバルドゥスの重い一撃が叩きこまれ、耐えかねたティガレックスはその場に転倒した。

 ここがチャンスとリンもティガレックスに向かってかけ出した。

 そして頭の前に移動すると、フルミナントソードを大きく振りかぶりその両腕に力を込めた。大剣からか、それとも腕からなのか、キシキシという音が鳴り、刃が仄かに雷を帯びた。

 その小柄な身体からは想像の使いないほどの豪腕によってフルミナントソードをティガレックスに振り下ろされ、深々と突き刺さった刃からは電撃が走りティガレックスの鱗を焼いた。

 そのまま黙ってやられていられないティガレックスは立ち上げると、その顎でリンを一噛みしようと前に乗り出した。

 リンはそれを紙一重で避けて二歩三歩と後ろへ下がって納刀した。

 そんなリンの方へ追い打ちをかけるようにして突進をしてきたため、リンは直前まで引きつけてから横に飛んでそれを避けた。先ほどのように折り返してくることを考慮してすぐに立ち上がるが、ティガレックスはリンのことは無視をしてそのまま直進し続けた。

 ティガレックスの狙いはリンではなく、後衛から弾丸を打ち込んでくるブルックだったのだ。

 ブルックはボウガンをしまう暇もなく横に飛んで回避するが、ここでティガレックスの十八番が出る。強靭な爪によって、動きにくい雪原であるにも関わらず急ターンを繰り出し、ブルックの背後から迫る突進を仕掛けてきた。

「くっ!」

 しかしその攻撃は先程も目にしていたため、ブルックはそれももう一度横に飛ぶことで回避した。

 

 しかしそれでは終わらなかった。

 

「もう一度だと……!?」

 ブルックの意表を完全についた二度目のターンが繰り出された。

 ブルックは流石に対処が間に合わず、背中からモロに突進をお見舞いされてしまった。

「ぐっ……はっ……!」

「まずい……!」

 ティガレックスは狙いをブルックに絞ったようで、倒れたブルックに飛びかかろうとしていた。

 どうにかブルックから意識を逸らさねばとカイトがティガレックスに向かおうとしたところで、ブオォ、という角笛の音が辺りに響いた。

 角笛を吹いたのはバルドゥスだが、効果はてきめんのようでティガレックスの意識がブルックからバルドゥスに移った。

「さあ来いっ……!」

 実はティガレックスとブルックの間の雪の中には既にシビレ罠が設置されている。角笛で挑発されたティガレックスに突進をさせてシビレ罠を踏み抜かせるという算段である。

 しかしその目論見は失敗に終わることとなった。

「と、飛び越えるでないわっ!」

 ティガレックスがそのシビレ罠を踏み抜くことはなく、一気に跳躍をしてバルドゥスに襲いかかったのだ。

 バルドゥスは盾を構えてその攻撃をしのぎ、顔面に一突きをいれてからバックステップで撤退した。

「今のは偶然か、それとも……」

 もしティがレックスがわかっていてシビレ罠を避けたのだとすれば、今回の狩りの難易度は予想よりも格段に跳ね上がる。

「どちらにせよ、設置したシビレ罠を無駄にはしたくない。どうにかして罠を踏み抜かせんとなあ……」

「俺が弾をばら撒いて進路を罠の方へ絞らせる。詰めは近接組でなんとかしてくれ!」

 バルドゥスの誘導で事なきを得たブルックは既に体制を立て直し、散弾を使ってティガレックスの進路を罠の方へと向けさせていた。

 当然ティガレックスはそれを嫌がり、再び標的をブルックに絞って突進を仕掛けようとした。

 その時、完全に意識の外にいたリンの斬り上げが顎にクリーンヒットした。

 不意打ちということもありティガレックスの巨体が大きく揺らぎシビレ罠の方へ倒れそうになる。

 

 しかし、あと少しというところでティガレックスは体勢を立て直し、隻眼をギョロギョロとさせて四人を交互に見た。

 自分よりもはるかに小さな四匹の獣に押されているという事実がティガレックスを困惑させていた。

 ティガレックス自身自分が老いた個体であることを自覚していた。だからこそ他の大型モンスターとナワバリが重なることも極力避けて行動してきたのだ。苦手な帯電飛竜が消えてやっとここ一帯をナワバリに出来た矢先にこうなるとは思いもしなかった。

 しかしこのティガレックスは思い出し始めていた。かつて同じような獣が五匹、最盛期の自分を追い詰めていた事を。

 

 死ぬ気でやらねば死ぬ。そう思わせてしまった。

 野生の獣は追い込んでからが手強い。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カイトたちの戦況はと言うと、実に最悪な事態になっていた。

 順調にティガレックスを追い込んでいったカイトたちだったが、罠にはめようという一歩手前で突然ティガレックスが飛翔しエリア移動をしてしまった。身体の構造上あまり長距離は飛べないが、度々着地を繰り返しながら移動をしたようで、ペイントボールの臭気はいつのまにかエリア1の方角にあった。

 しかしペイントボールの効果は四人がエリア1に到達する前に消えてしまい、ティガレックスの姿もすでにエリア1には無かった。

 そしてここで四人は判断ミスを犯した。

 既に日は落ち始め気温が急激に下る時間帯になってきたが、ホットドリンクの残量が心許無くなってきたためクエストの続行に若干の不安が出始めた。

 早くクエストを完了したいところだが、肝心のターゲットの足取りが掴めなくなってしまったため二手に分かれて捜索を開始することになった。これこそが大きな判断ミスだった。

 タッグ経験を加味してカイトとリン、バルドゥスとブルックのペアに分かれることになった。

 バルドゥスとブルックはエリア2、7と経由して再びエリア8の方へ、カイトとリンはエリア4、5を経由してエリア3に到達した。

 

 そしてカイトとリンはティガレックスの強襲を受けた。

 エリア3に姿が見られなかったので引き返そうとした矢先、上方の空洞に潜んでいたのかティガレックスの滑空が二人を襲った。

 いち早く気がついたリンがカイトを突き飛ばしたがこれも若干間に合わず、ティガレックスの欠けた爪が鈍器のようにしてカイトの背中に命中した。

 G級装備の防御力をもってすれば普通ならば大したことも無かったのだが、ここで先日のドドブランゴ戦で負った傷が響いてきたのだ。鎖骨に入っていたヒビがその衝撃で深いものとなり、カイトの身体に激痛が走った。

「うぐっ……!」

「カ、カイト!?」

 予想よりもダメージを負っているカイトにリンは戸惑った。カイトの防具ならば今の程度ならば歯牙にもかけないはずなのに、実際には目の前でうずくまって悶えているからだ。

「カイト!どうしたの!?」

「……クソッ……!」

「早く立ち上がらないと……!」

「……と、とりあえずお前は逃げろ……!俺は、自分で何とかする……!」

「そ、そんなこと言ってる場合じゃない!」

 いまだに全身を襲う激痛に悶えているカイトに追い打ちをかけるように衝撃が走った。

「ぐはぁっ!」

「ひゃっ!」

 ティガレックスの腕がカイトに駆け寄ったリンを払いのけ、カイトの上に振り下ろされたのだ。

 今のカイトにそれを除ける力は無く、体重を乗せられたからだがミシミシと悲鳴を上げる。

「ぐっ、がああああっ!」

「カイトッ!」

 全身に力を込めれば脱出できなくはないが、身体のあちこちの骨がそうさせてくれない。骨とは人体の芯であり、それにヒビが入っているため身体へ自ら負荷をかけることが出来ないのだ。

 リンはカイトが自力で脱出できないことを悟り、そして一呼吸をついてからフルミナントソードを構えた。

 その紅い瞳からの視線がティガレックスにのみ注がれ、リンの全身に力が込められた。

 それから一歩踏み出して怒号とともに放たれた一撃がティガレックスの頭の側面を捉えた。

「おああああああああああああっ!!!」

 極限まで振りかぶった後に、すべての力を振り絞っての横一閃の斬撃は、ティガレックスの頭に到達した瞬間まるで鈍器で殴ったかのような衝撃音を出し、それから鱗をブチブチと剥がし肉を切断する音、そして遅れてその身から血が溢れ出るのが見えた。

『グォォォォォォォォォォォォッ!!』

 洞窟に響くティガレックスの絶叫。

 上からの圧力が無くなりだらりと横たわったカイトをリンは素早く抱え上げ、空いた手でポーチからペイントボールを取り出し未だに怯んでいるティガレックスに投げつけてからエリア3を脱出した。

 

 

 

「はぁっ……!はぁっ……!」

 カイトを抱えながら何とかエリア5に逃げ延びたリンは、カイトをそっと地面に下ろし自身も雪の壁にもたれかかるようにして腰を下ろした。

(今のは……、ちょっと危なかったかも……)

 未だに心臓はドキドキとしており呼吸も乱れている。

 カイトがティガレックスの下敷きになった時、真っ先にリンを襲ったのは絶望感だった。

 下位指定個体とはいえ、今まで自分が戦ってきたものとは格の違う個体。それを前に何とか戦ってこられたのは三人の強力なパーティーメンバーがいたからだ。

 しかし、その内二人が別行動中で、一緒に行動していたカイトが戦闘不能になってしまい、リンの心の支えは無いに等しかった。

 今回の狩りが始まった時のように足がすくみ、目の前が真っ白になってしまった。

 

 しかしそれは一瞬のことだった。

 目の前でティガレックスに押し潰されそうになっているカイトを見て、リンの心の内で何かがぷつりと外れた。

 まだ出会って半年と少しの間ではあるが、かけがえのない狩りの仲間であり、ポッケ村でともに暮らす友であり、家族であり。そして無意識のうちに、しかしはっきりと友達以上になりたいと思えるようになった彼を救わねばならないと、体中の筋肉に力が戻ってくるのが感じられた。

 結果、その小柄な身体からは信じられないほどの重い一撃でティガレックスを怯ませ、窮地を脱することが出来た。その一撃は自身でも信じられないほどの威力だった。

 リンは出発直前に母であるメイからかけられた言葉を思い出した。

 

『私とリンのこの紅い瞳。これはね、私たちの“血筋”を示すものなんだ。私と同じ血を引くお前が負けるわけなんかないんだから、頑張ってきなさい』

 

 その“血筋”というのが何を示すことなのかは分からない。しかし、度々発揮されるこの力はきっとその“血筋”のお陰なのだろう。

「……おかげで助かったよ」

 今はただ、自分がメイの子であることに感謝をすることしか出来なかった。

 

「……それにしてもカイト、目を覚まさないなあ……」

 隣ではカイトが横たわったまま一向に目を覚まさないでいた。

 呼吸はしているためとりあえずは安心だが、このままだと狩りの続行に支障が出る。

「痛みからの気絶、だとは思うんだけど……。外傷も痣とかは少しあるみたいだけど、早急に手当しなきゃいけない感じのは特に無いし。……やっぱり骨、の方なのかな」

 完全に骨が折れてしまっていてはここでは処置の施しようがないため、カイトに関しては狩りの続行は不可能となってしまう。

「でも腕とか足とがボッキリ折れてる感じはないんだよね……。やっぱりヒビが入っているとか、剥離骨折とか、そういう感じのなのかな」

 専門知識のないリンには、カイトの体の痣が骨折による腫れなのかどうかも見分けがつかず、どうにもこうにもしようがなく困り果てていた。

(直接的に傷が綺麗サッパリ消えるわけじゃないけど、回復薬は飲んでおいたほうがいいと思うんだよね……。そうなんだけど……)

 意識のない人間に飲料を飲ませるというのは一苦労するものである。

 体はダランとしているにも関わらず、口の方は何故か半開きのままなかなか動いてくれない。瓶から回復薬を飲ませようにもわきからボタボタとこぼれ落ちてしまうのだ。

(ホットドリンクの効果もそろそろ怪しくなってきたし、早く飲ませなきゃなんだけど……)

試行錯誤するがなかなか上手くいかない。こなってはカイトが起きるまで待つのも手だが、処置というのは早ければ早いほどいいものであってあまり悠長に待つのはいただけない。

 さてここで、リンとしては思い出したくなかったとある物語の一節が頭に浮かんできた。

 あれはフローラと夜更けまで小説を読んでいた時のこと。

 主人公の青年が、毒にやられたヒロインに解毒剤を飲ませるシーン。

 その青年はヒロインにとある方法で解毒剤を飲ませるのだが、そのシーンのところでフローラと大いに盛り上がった記憶がある。

 その方法というのが────、

 

「……く、口移し……!」

 と、自分で口に出した後に恥ずかしくなってしまったリンは、「いやいや無い無い」と一人で首を横に振った。

(い、いや、駄目でしょっ……!寝てる人に勝手に、キ、キスとかっ……!じゃなくて、それ以前にそういうのは好きな人同士が……!)

 一人で一通りあたふたした後、ふうと一息ついて胸に手を当てた。

「これはキスじゃない、人命救助活動……」

 ぷるぷると震える手で回復薬グレートの瓶を開け、それを少し口に含んだ。

(キスじゃないよ、人命救助だよ……。キスじゃないよ、人命救助だよ……)

 何度も何度も自分に言い聞かせるがなかなか体がそれ以上動かない。

 もしかしたら最初にティガレックスを前にした時の体の硬直よりも酷いかもしれない。

(……人命救助活動なんだから平気……!)

 やっとのことで意を決して、腕を回して抱き上げるようにカイトの頭を軽く持ち上げた。

(…………)

 もう片方の空いた手で頬を支え、ゆっくりと顔を近づける。

 そこまでいってもまだリンには躊躇いがあったようで、そのままの状態でしばらく停止していた。

 そしてそれから少しの間を置いて────、

 

「……んんっ……」

 

 口から口を伝って回復薬はカイトの体内に侵入した。

 ゆっくりと離された唇からは細い一本の糸が伸びている。

 まだ紅潮して火照っている頬に、その糸が滴ったのを舌でなめりとったその時。

 

「……リン……」

「…………」

「…………」

「……起き、てた……?」

「……接したところで……」

「…………」

 

「うわああああんっ!寝ててよおっ!!」

「……申し訳ないです」

 

 しばらくの間、氷の洞窟にリンの絶叫がこだましていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ペイントボールの臭気が、移動した。




 ティガレックスとの戦いも次回で決着です。
 度々顔を見せていた個体だけに「やっとか」という感じがありますね。
 それにともなってこのカイトのお話も残すところあと二話となりました。色々と報告がありますので、前々からお伝えしている通り三十話が出次第、あとがきをお読みください。

 それではまた、来週の二十九話で。
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