モンスターハンター 【紅い双剣】   作:海藤 北

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 遅ればせながら三十三話です。


第三十三話 黒龍伝説

 レイラが交易船に乗り込んで数日経ち潮風の香りに違和感を感じなくなった頃、船は目的地へと到着した。

 それなりに大掛かりな荷物を船員の助けを借りて下ろし、新天地の大地に一歩踏み出した時、レイラの心にゾクゾクと湧き上がるものがあった。これから始まる新しい生活に大いに心が踊り、今この場で立ち止まっていることすらを無駄に思えた。

 

「ここが、これから私が生きていく大地…………!」

 

 ぐるりと当たりを見渡すと、やはり故郷の大地とは何かが違う。生い茂っている植物、鳥の鳴き声、行き交う人々も少し顔つきが違うように思えた。

 そして何よりも、既に何人か目撃した自分の同業者たち。彼らの身につけている武具はどれも見たことがないものだった。それを見ていよいよレイラは自分は異郷の地へ来たのだと実感した。

 

 こちらの地方で主に活動しているというダフネが、手慣れた様子で新しい荷車を手配した。荷車を引くのはアプトノスという草食種で、世界中に幅広く生息しているようで見慣れたモンスターだ。運搬用以外にも食肉用に重宝されており、アプトノスの肉を見たことがない者はおそらくいないだろうと思われるほどメジャーな存在だ。

 

 ダフネが手綱を握り荷車を走らせた。向かう先はミナガルデと呼ばれる街だ。西シュレイドと呼ばれる地方にある街で、近辺では最大級の狩りの拠点となっている。他の大型都市にも見られる傾向だが、ハンターが集う街はそれだけ安全であり、一般市民も多く住んでおり、商人の行き来も盛んである。

 

「シュレイドという名前、どこかで聞いた気がするのだが……。一体何だったか…………」

「……おそらく“黒龍伝説”に出てきたんじゃないですかね」

「黒龍伝説……、ええっと……」

 

 思い出せそうで思い出せないレイラにダフネは丁寧に解説を始めた。

 

「黒龍伝説はこちらの地方に伝わる言い伝えの一つで、かつて栄華を極めた一国を、たった一頭のモンスターが滅ぼしてしまったというお話ですね。その国の名前がシュレイド王国です。現在西シュレイド、東シュレイドと呼ばれている地方の間にあるシュレイド城を中心として栄えた王国だったようですが、今は見る影もなく国そのものが存在していません」

「国そのものが……」

「ええ、かつて人々が暮らしていたであろう街ですら廃墟になっている有様です。原因は国の東西分裂と、“大いなる竜の災厄”だと言われています。詳細は全くの不明で、あくまで推測にすぎないのですがね……」

「その大いなる龍というのが、黒龍というわけか」

「ええ、またの名をミラボレアス。その名は“運命の戦争”や“逃れられぬ死”を意味していて、多くの民話や伝承においてこの世に災厄と滅亡をもたらすと語られています。あまりに不明な点が多くただのお伽話として扱われることが多いです」

 

 そこでダフネは一旦話を区切り、しばらくはアプトノスの歩く音と車輪が砂利の上を転がり、軸が軋む音だけが響いていた。それから「しかし」と続きを語り始めた。

 

「しかし、ギルドや古龍観測所の見解としては、黒龍は存在することになっています。トップシークレットですがね」

「トップシークレットをそんな簡単に私に話してしまって構わないのか」

「貴女ほどのハンターならば、私が話さなくてもいずれその耳に入ったでしょう」

「…………」

 

 上り坂に差し掛かりアプトノスの歩く速度が落ちてきたが、ダフネは手綱を振るって急かすことはせず、二人を載せた荷車はゆっくりとその坂を登っていった。ダフネはその髪型のせいで少々暑いのか、額を一筋の汗が伝った。

 

「かつて、時代を代表するような優秀なハンターたちが黒龍討伐のためにシュレイド城へ赴いたことがありました。しかしその殆どが姿を消して、かろうじて生還した者も決してその目で見たものを語ろうとせず、遂には古城周辺は完全に立ち入りが禁止されるようになりました」

「ハンターならば立ち向かうべきだとは思わないのか」

「古城には、古龍ですらも近づかないと言われています。実際に古龍がシュレイド城から引き返してくる姿が目撃されています」

「古龍が……」

 

 古龍とは伝説の存在と言ってもいいほど、強力で、気高いモンスターだ。しかし、古龍を伝説と呼ぶならば、その古龍を近付けすらしない黒龍とは一体なんと呼べば良いのだろうか。

 

「世の中には、触れないほうが良い事もあるということなんですかね」

「…………」

 

 レイラは新天地に来てまだ数刻であるが、いきなり身震いをするのを感じた。しかしそれは、強力な相手と対峙した時のいつもの武者震いではなかった。

 日が暮れる前にミナガルデ到着したが、その晩に食べたものの味はよくわからなかった。その晩はギルドと提携しているゲストハウスで体を休めたのだったが、しばらくはシュレイド城があるという方角を見つめたままで寝付くことができなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜が明け窓から差し込む陽の光に当てられてレイラは目を覚ました。昨夜は中々寝付けなかったため少々寝不足気味であるが、さすが大都市、日が昇れば辺りは賑わい始め、寝坊気味の彼女をそのまま寝かしてはくれなかった。レイラが眠い目を擦りながら部屋を出ると、すぐに美味しそうな香りが彼女の鼻孔に届いた。その香りに誘われるようにレイラは部屋着のまま階段を下っていった。

 ミナガルデでは自然の洞窟を利用したこの酒場が有名で、クエストの受注を行っている受付も併設されているが、今回はミナガルデで狩猟を行う予定はない。レイラとしては新天地での初狩猟と行きたいところではあったが、“メイからの頼まれ事”のためにもまずはドンドルマに向かうべきだということは重々承知であった。

 酒場は朝早くであるにもかかわらず中々の賑わいを見せていた。これから狩りに向かうのか既にフル装備のハンターもいれば、レイラと同様に部屋着のまま朝早くから酒盛りを始めている集団もいる。レイラ自身はあまり場を盛り上げたりするような性格はしていないが、こういった喧騒が嫌いなわけではなく、むしろ大きな街に来たということを実感して少し心が踊っていたりする。

 

「おはようございます。ミナガルデの街は気に入っていただけましたか?」

 

 まだ頭がさえ切っておらず、しばらくボーッと立ち尽くしていたレイラに背後から声がかかった。振り向くとダフネが既に自分の分の朝食を食べ始めていた。

 

「気に入るも何も今日で出発だろ……」

「まあ、いずれ来る機会は何度もありますよ。生息モンスターの多様化によって今現在はドンドルマのギルドと提携こそしていますが、アルコリス地方の森丘、メタペ湿密林、ジォ・テラード湿地帯、デデ砂漠、北エルデ地方の火山帯などといった有名な狩猟地はミナガルデの管轄です。ドンドルマで受注したクエストのためにこちらに来る、なんて事も沢山ありますよ」

「まー、それなら良いのだが……」

「まだ眠そうですね」

 

 らしくない間延びした返事をするレイラにダフネは苦笑いした。G級ハンター、レイラ・ヤマブキの最大のは朝だったりする。

 レイラはウェイトレスにダフネと同じメニューを注文しゆっくりと口に運んだ。

 

「うん、美味しい……」

「昨晩は何も食べていないですから、一際でしょうね」

「え、そうだったか……?」

「ええ、何やら呆けたような顔で部屋の方に戻ってしまいそのままでしたよ」

「ああ……」

 

 どうやら“黒龍の話”は想像以上に効いているらしい。街一つを滅ぼす力を持つ古龍の逸話ならば幾らでも聞いたことがあるが、国をまるごと滅ぼす怪物の話など前代未聞だった。どうとも形容しがたいそのスケールの差に、「世界とは広いのだなあ」と馬鹿らしい言葉をつぶやくしか出来なかった。

 

「そういえば、ここミナガルデの近くに“あの”ココット村があるそうだが」

 

 逸話、と言えばとレイラはふと思い出したようにダフネに尋ねた。ココット村といえば“英雄譚”で有名だ。パーティーの人数制限が四人である暗黙の了解も、その英雄譚の一節から浸透したものだった。

 ダフネがレイラの問に答えようとしたその時、代わりに返答をする者がいた。

 

「その通り、ここから少し東に向かうとあのココット村が見えてくるよ」

「……貴様は?」

 

 突然話に割り込んできた男をレイラは怪訝そうに見た。今までの彼女の経験からすると、こうやって自分に近づいてくる連中の殆どが自分を利用してやろうと言う輩だったからだ。

 しかしその男はレイラのその視線を受けて本当に焦ったような顔をしてしまった。

 

「あ、もしかしてお邪魔だったかなあ……。いやあ、すいませんねえ」

「い、いや、少し寝ぼけていただけだ。気にしないでくれ」

 

 どうやら“そういった輩”ではないらしいその男をいきなり邪険に扱ってしまったことに申し訳なくなってしまった。お詫びというのも少しおかしいが、レイラは飲み物をいっぱい注文してその男に席につくように勧めた。その男は「わざわざ飲み物なんていただけない」と困ってしまったが、最終的には奢られる側が根負けするという奇妙な形で決着が着いた。せっかくなので、ということでその男はレイラにココット村を含めた周辺の地理や歴史について少しばかり語ってくれた。

 

 「カーク・ハマンド」と名乗ったその男、年齢はレイラよりは歳上のようで顔は優男風で飄々とした感じがあるが、筋肉はしっかりと付いていた。何となく雰囲気から同業者ではないかとレイラは感じていた。人探しの途中だというカークが立ち去るその瞬間まで、レイラは“その事”に気がつくことが出来なかった。

 彼が折りたたんで手に抱えてた真っ赤なジャケット。それはギルドナイトの一員である証だ。

 

「いくらなんでも寝ぼけ過ぎだな……」

 

 いま最も警戒すべき相手と何も気付かずに同席してしまうとは、あまりにも集中力が欠落していると反省した。ちなみにダフネに気が付いていたのかと問うと、「変に警戒するほうが怪しいでしょう」という答えが返ってきたのだった。

 

「もう一杯水を飲んだら出発しよう」

「もう少しゆっくりされないのですか?」

「今はいち早くドンドルマに向かいたい」

「……それもそうですね」

 

 レイラが水を持ってきてくれるようにウェイトレスの一人を呼び止めると、そのウェイトレスはダフネを見て「あっ」と声を上げた。

 

「こんにちはダフネさん。お久しぶりですね!」

「……ああ、ベッキーさん。これはこれはお久しぶりです」

 

 赤いベストが似合う茶髪のウェイトレスとダフネはどうやら旧知の仲らしい。

 

「……私の記憶が正しければ、たしか貴女はココット村の受付をなさっていたはずですが……?」

「兼業ですよ、兼業。ミナガルデとココット村はさほど離れていないですから、こちらが忙しい時は手伝いに来ているんです」

「なるほどそうでしたか……」

「しばらくは“向こう”にいられると聞いたのですが、戻ってこられたんですね」

 

 “向こう”とは、レイラの故郷がある地方のことだろうか。そんなことを考えていると、そのベッキーという女性はレイラのことが気になったのかダフネに尋ねた。

 

「ええと、そちらの方は……」

「……古い知り合いに頼まれてですね」

 

 名乗っておくのが礼儀だろうと思い、レイラは席を立ってベッキーに軽く会釈をした。

 

「はじめまして、レイラ・ヤマブキといいます」

「あら、ご丁寧にどうも。そんなに畏まらなくてもいいですよ。気軽にベッキーって呼んでくださいね。……それにしても、レイラさんですか……。なるほど貴女があの……」

 

 ベッキーの反応からすると、やはり自分の名はこちらでもある程度知れ渡っているのだろう。そう思うと少し憂鬱な気持ちになった。

 

「あ、そういえば私を呼び止めたのって何か用があったからでしょ?」

「ああ、そういえば。水を頂きたいと思って」

「はあい、了解しました!」

 

 ベッキーはレイラのオーダーを受けるとすぐに厨房の方へと戻って行った。

 結局その日は朝食が終わるとすぐに荷物をまとめ直し、すぐにミナガルデを出発することになった。残念ながらルート上にはココット村はなく、当然シュレイド城もその視界に入ることは無かった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「レイラさん、見えてきましたよ」

 

 ミナガルデを発ってから数日、荷台でうたた寝をしていたレイラはダフネのその声で目を覚ました。目を凝らしてみると、はるか先前方に大きな街が見えてきている。あの街こそが目的の場所だ。

 

「あれが、ドンドルマか……!」

 

 更にドンドルマに近づくと、ミナガルデで他の大型都市と同様に非常に堅牢な砦に囲まれていることが分かった。その目的はもちろんモンスターが街に進入するのを防ぐためだが、時には天災とも言える強大な古龍から街を守らねばならないこともあるという。

 

 門の前に到着したところで一旦荷車を降り、ランスを携えたガーディアンズに街への立ち入り許可証を発行してもらうことになった。このガーディアンズという組織はハンターズギルドとは無関係で、主に街の治安維持を務めている。しかし古龍襲来などの緊急事態においてはハンターと共にモンスターに立ち向かうこうともあるという。

 一応荷の確認はされたが、ほとんどが狩猟道具であったし、何より二人の出で立ちがハンター以外の何物でもなかったので特に長い時間を取られるようなことはなかった。

 若いガーディアンが門を開け、いよいよドンドルマの市街へと入ることが出来た。

 

「ドンドルマでの生活、楽しんでくださいね!」

「ああ、ありがとう!」

 

 若いガーディアンのその何気ない言葉ですら嬉しく感じるほど、いまのレイラは興奮していた。船を降りた時も、ミナガルデについた時も同じようにはしゃいだが、今回は一際であった。なぜならば、ついに新天地での狩猟を始めることができるからだ。今すぐ荷物をまとめてクエストボードへ走り出したい気持ちを抑えて、ひとまずはギルドの受付に向かい、諸登録を済ませに行くことにした。

 ギルド支部への登録に必要な書類の項目を埋め、ハンターの身分証明書であるギルドカードと一緒に受付へ提出した。

 その書類を受け取った受付嬢はレイラの顔を二度見した。それもそのはずで、その書面にあるのは“G”の文字。それは目の前のまだ十代かそこらであろう少女にはあまりにも似合わない物だからだ。

 

「ん?書類の書き込み不備でもあっただろうか」

「い、いえ……。ええと……、ダフネ・フランクさん、レイラ・ヤマブキさん両名の登録を受理します……」

 

 受付嬢は未だに信じられないものを見るような目でレイラ達を見ていたが、当の本人は早くクエストに向かいたい一心で全く気にしていなかった。二人はギルドカードに承認の押印してもらうと荷物を持ってハンター用のゲストルームに向かった。

 

 ここ数日は移動してばかりでさすがに疲れたと布団に転がり込んだダフネが、防具一式を身につけたレイラのノックに叩き起こされるまではそれほど時間はかからなかった。




 レイラに接触してきたギルドナイトは誰なんですかね。
 さて、いよいよドンドルマに到着しました。ドンドルマに到着したということは彼らと出会います。

 次回辺りで登場人物紹介を挟むつもりです。

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