僕と私と俺達は混じり合って型を無くし、他の誰でもないモノになる
もはや何も分からない
光も音も匂いも味も、痛みも喜びも何もかも―――
分からず感じず理解出来ない
ただ在るべしと
そこに在れというただ一つの決まり事に縛られて、永劫にへばり付くだけの残骸
僕は愛というものを持っていたし
私は希望を知っていたし
俺は信念を誇っていたが―――
今は何一つも感じられず、また何一つとして得られない
そんな哀れで取るに足らないただの虚ろであるはずだったが
なぜだろう―――
僕は奪われた愛を覚えていて、私は壊された希望を忘れずに、俺は果たせなかった夢に慟哭する
―――ゆえ、だからこそ
本来何も得られぬこの身が、ただ一つだけ持つに至った
つまり―――
僕が覚え、私が忘れず、俺が刻み付けたモノは悔恨
総ての我らに共通するココロは悔やみ
鼓動しないこの“屍体(カタチ)”は、今それによって形成されている残骸であり呪いなのだ
この混沌に渦巻くうねりの、一つとなるのも遠からず
獣の一部となるのが揺るがし難い定めならば
ああ、せめて我等は、この悔やみを果たしたいと、そう思う―――
―――主よ、黄金の混沌よ
あなたは我らのこの望み、分かってくださるのでしょうか―――
その日、この物語の主人公である兵藤一誠は浮かれた気分で人を待っていた。
私立駒王学園に通う、青春を謳歌しているピチピチの高校二年生―――ちょっと、いやかなりのスケベで有名な少年である。
日々覗きなどエッチな事に情熱を注いでいたこの少年、それが何故浮かれながら誰かを待っているのか?
始まりは数日前、突然一誠は幸福を手にした。
何と同じ学園に通う女生徒から突然告白を受けたのだ―――『付き合ってください』などと。
人生初めて告白をしてきたのは黒髪が美しいスレンダーな少女・天野夕麻。
『人生初めて』と冠した通り、年齢と彼女いない暦が同じのエッチな妄想好きな少年にとってそれがどれ程の衝撃だった事か。
その日から一誠の人生は常にバラ色模様となったのである、浮かれるのも当然か。
待ち合わせに到着した夕麻と共に洋服店や雑貨屋に行きデートを満喫した一誠。
人生の絶頂とはまさにこの事ではないかと思える程の時間はあっと言う間に過ぎ去っていく。
そして時は夕暮れ、恋愛ゲームのシュチュエーションかの如く勘違いする程にお誂え向きの町外れの人気のない公園で一誠はこれから起こる事がなんなのかすら知らずに興奮していた。
噴水をバックに夕麻は微笑む。
背後の夕暮れが彼女の後光を照らし、実に良い演出となっている。
夕やけの血のように赤い光に目がぼやけ、一誠は夕麻が蔑むような哂いを浮かべていた事に気付かない。
「ねえイッセーくん―――初めてのデート記念に一つ、お願いを聞いて貰っても良いかな?」
「えっ、えええええ、えええ!? お、おおおお、おね、お願いって、いっ、一体、何かなっ!?」
声が上ずる、動悸が激しくなる。
当然だろう、このような人気のない場所で“お願い”などと聞けば如何わしい事を妄想してしまうものだ。
だが動悸が激しくなり、顔を真っ赤にした一誠に向かって夕麻は微笑んでいるだけ―――見方によっては嘲りに見える笑みを。
そんな態度に疑問が頂点に達しそうになったその時、不意に夕麻は言った。
「じゃあね、お願いだから……死んでくれないかな♪」
死刑宣告を、無邪気に笑いながら―――
宣告と共にその背には一対の黒き翼が現れ、可愛らしかった少女の目は冷酷な光を湛えたものへと変わる。
「楽しかったよ、貴方とのオママゴトは。
でもごめんね、貴方は私達にとっては危険因子だったから早めに始末させてもらうわ」
瞬間―――胸に違和感を感じる一誠。
違和感を確かめる為に目を胸に向けてみれば、そこには光り輝く棒のようなものが生えていた。
棒が自然と消えると次に目に入ったのは溢れ出す紅い液体……それが何なのかを理解する前に一誠は足元が崩れ地に伏す。
意識ははっきりとしている、だが代わりに全身の力がどんどん抜けていく。
耳に響く足音、それが自分の近くで止まるとかすかな声が耳に響いた。
「貴方は此処で死ぬわ、恨むならその身に神器(セイクリッドギア)を宿させた神を恨んで頂戴♪」
意識が遠のいていく、力が入らない。
徐々に動きが少なくなっていく一誠を実に楽しそうに見つめている夕麻。
人が死んでいく姿を見るのは彼女にとって至高の喜び―――特に、信頼を見せていた者が死んでいく姿は最高だ。
残忍で残酷で、それでいて見方によっては今までのどんな時よりも美しく見える夕麻。
消え行く意識の中、一誠は走馬灯のように今までの事を思い出す。
死にたくない、生きていたい……そんな意識とは裏腹に血は流れ、身体は力を失くしていく。
まるで暗闇の中に落ちたかの如くもう何も見えない、何も聞こえない、何も感じない、何も解らない―――
唯、その脳裏には唯“生きたい”と言う何物にも劣らない強い思いが宿っていた。
■■■■■
~Side 一誠~
俺、死ぬのかな―――
死にたくねえよ、まだおっぱい揉んでもいねえし、それ以上の事もしてねえよ。
まだまだしたい事だって一杯あるんだよ、俺は此処で終わりなんて嫌だ―――
俺は、俺は、おれは、オレハ―――
あれ―――そもそも俺って、誰だ?
兵藤一誠、私立駒王学園二年生―――スケベでエッチな妄想が好きな高校生―――
誰だそれ? 知らない、知らない、しらない、シラナイ―――じゃあ俺って、一体誰なんだ?
誰だ……俺は、何なんだ?
解らない……わからない……ワカラナイ……わカらナイ……。
誰だ……誰なんだ俺は……兵藤一誠と言うのは一体誰なんだ―――
誰でも良い、教えてくれよ……。
意識が消える。
おれが、消える。
嫌だ……嫌だ……嫌だ……嫌だ……消えたくない―――
誰でも良い、何でも良い、どんな対価でも支払う。
だからお願いだから、おれを消さないでくれ。
この手に握ったもの全てを護れる力を―――
何も失わない現実を―――
消えない命をどうかおれにくれ―――
『ならば殺せ、全てを悉く滅せよ―――貴様に余らが力をくれてやろう。
その力で下天の者共を、人ならざる者を、何もかもを全て蹂躙せよ、殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ、コロセ―――……』
声の終わりと共に何かが入り込んで来る力を感じた。
気持ち悪い程に響く不気味な心音に続き、沸きあがってくる憎悪、怨嗟、怨念、殺意―――
俺が誰かなんてこの際どうでも良い……だが俺を消そうとしたあの女を生かしては返さない。
殺してやる……ころしてやる……コロシテヤル……。
そこで俺の、兵藤一誠の記憶は全て消えた。
後に残ったのは兵藤一誠を名乗っていた“何か”だけ。
人の形をした、人でも悪魔でも天使でも堕天使でもない形容しがたい何かだ。
危険さと明らかに異質過ぎる力を持つが故、全ての存在の中で唯一“封印指定”とされた神器を核として俺は再誕する。
要らない、必要ない。
俺は、俺以外の全てを必要としない。
全てを殺してやる。
全てを悉く塵滅してやる。
俺は俺だけ居れば良い、俺は俺以外を認めない。
消えろ、全て消え失せろ、欠片も残さない。
まずは貴様からだ―――俺を殺そうとした屑女。
~Side out~
■■■■■
痙攣すらしなくなった一誠を見つめながら哂う夕麻。
彼女の本当の名は堕天使レイナーレ、この世界に存在する三竦みの人外の存在の中で天使から堕ちた人物である。
「あ~あ、何だもう終わり? もっと苦しむ所見せなさいよね」
動かなくなった一誠に興味はないのか、踵を返すレイナーレ。
彼女には今からやらなければならない事がある―――その為に上を騙し、お膳立てを整えている。
ならばもうこんな所に何時までもいても価値などないだろう、そう思って彼女は自らのアジトへと戻ろうとした。
しかしその時―――不意にレイナーレは後ろから何かを感じて振り返り、言葉を失う。
「なっ……!? ばっ、馬鹿な……!!?!?」
後ろでは先程殺した筈の男が哂っていた。
凶悪な殺気をその身に秘めて、まるで血の如き赤い光を目から放ち、胸にはポッカリと大きな孔を開けながら。
糸の切れた操り人形……もし、今の一誠の姿を見た者が居るとしたらそんな風に言うだろうボロボロの状態でレイナーレを見て凶悪な笑みを浮かべている。
「な、何で!? う、嘘よ!! な、何で生きてるのよ!? 確かに心臓を貫いたのに!!?!?」
明らかに動揺を見せるレイナーレ。
当然だ、どう良く見ても彼は生きている筈のない致死量の血を流している。
更に胸には元々そこに何も無かったの如き巨大な孔が穿たれ、どう贔屓目に見たとしても心臓は潰されている筈だ。
ならば何故―――この男は立っている?
どうして穿たれた筈の胸の孔が少しずつ塞がれていっている?
いや、そもそも何故こんな何処の馬の骨とも言えないクズ以下の人間に自分は恐怖を感じている?
プライドの高いレイナーレにとって下賎な動物に過ぎない人間などに一瞬でも恐怖と言う感情を抱いてしまった事が許せなかった。
「げ、下賎なゴミクズの分際で私に薄汚い視線を向けるんじゃないわよ!
ああそう、そんなに塵も残さず消えたいなら望み通りにしてやるわ―――さっさと砕け散りなさい!!!」
レイナーレは光の槍を何本も形成し、目の前の一誠に全弾叩き付ける。
光の槍は対象の四肢に、腹に、首に、そして頭に突き刺さってその部分に大きな風穴を開けて血を吹き出させた。
残忍で冷酷で、悪魔よりも悪魔に近い性格のレイナーレだが、この光の槍だけは誰よりも自身を持っている特技の一つなのだ。
本来ならば中級悪魔に喰らわせても受けた傷が治り辛くなる筈のこの光の槍を何本も、しかも全身中に受けて生きていられる存在など居る筈がない。
そもそも急所を貫いているんだ、これで生きていられる訳がない。
「あ、アハハハハ!!! 下賎なゴミクズが目障りに立ち上がるからそうなるのよ?
さっきは何で助かってたのか知らないけど、頭を私の光の槍で貫かれて生きていられる奴なんて……(バキンッ)……えっ……?」
自らの力に酔って独演を続けていたレイナーレだが、不意に耳に響いた音に正気に戻る。
其処で彼女は本来ならば絶対に有り得ない光景を目の当たりにして言葉すら失ってしまう。
何故なら其処には、全身中に光の槍を生やして絶命した筈の一誠が自ら頭に刺さった光の槍を引き抜いて握りつぶしている姿があった。
光の槍は高密度の魔力を形にしたもので実体などない、握った所で魔力が霧散して消滅するだけだ……だがそれをまるで氷細工の如く音を立てて握りつぶすなど上級悪魔でも出来る芸当ではない。
ならばこれは一体何だ?
自分の目の前で起きている光景は現実のものなのかとレイナーレは青褪めた表情のまま固まってしまう。
腹や首、両手両足に刺さった光の槍を引き抜くと同じように音を立てて握りつぶす一誠―――穿たれていた孔は直ぐに塞がり、彼は狂気の笑みを浮かべたまま歩き出す。
まるでその光景はホラー映画の怪物かの様に、少しずつ少しずつ、それで居て力強くレイナーレに迫る。
「い、いいいいい、嫌ぁぁぁぁぁ!!!?!!? く、来るなっ!!? 来るなぁぁぁぁぁぁ!!!?!?」
両手に光の槍を作り出すと勢い良く投擲する。
しかしそれを一誠は何の興味も無さそうに、まるで羽虫を払うかのように薙ぎ払う一誠の姿をした何か。
自らの十八番の特技とも言える光の槍が通用しない事に絶望し、醜く表情を歪めながら真っ青になるレイナーレ。
「い、いやっ!? た、助けて……助けてぇぇぇぇ!!!?!?」
先程まで元気に嘲笑っていた姿が幻想かの如く、急いで天を舞って逃げようとするレイナーレ。
だが凶悪な笑みを浮かべたまま一誠は一瞬で距離を詰めると彼女の腕を掴んで引き摺り下ろす。
その片手には何処から出したのか長い独特の装飾の施された抜き身の刀が握られている。
「や、やめろ!! 止めてぇぇぇ!!?! わ、私は至高の……私は至高の堕天使となる……っ」
まだ何かを言おうとしたレイナーレだったが、その言葉が最後まで発せられる事は無かった。
何故ならその言葉が言い終わる前に彼女は袈裟斬りで深々と身体を斬られ、鮮血を撒き散らしながら地に伏したからだ。
更に一誠の姿をした『何か』は斃れた彼女に対して無慈悲に銃撃を撃ち込む―――今度は先程の一誠とは逆にレイナーレが無様に大地の上で痙攣する事となった。
『フン、塵芥が……余に対して頭が高いわ、そのまま其処で野垂れ死ね』
地に伏した哀れな堕天使を鼻で笑うと、返り血に塗れた一誠は背を向けて歩き出す。
人の死に様に喜びを感じるレイナーレとは違い、もう興味は失せたと言う事だろう―――レイナーレが生きているか、死んでいるかなどどっちでも良いと言う事だ。
いや若しくはどっちであったとしても何時でも殺せるから関係ないと言う事なのかもしれない……どちらにしてもその行為は意識を失いつつあるレイナーレの自尊心をズタズタに引き裂いた。
■■■■■
~Side 一誠(?)~
何処に向かう事もない、何処に向かっているかも解らない。
それでも鮮血に塗れた全身を闇夜に曝しながら俺は只管道を歩み続ける。
家に戻るのか? いや、そもそも家などあるのか?
俺は誰なんだ―――この体の中に自分ではない何かを感じるのは何故なんだ?
解らない、わからない、ワカラナイ、わカらナイ―――
この自分自身と言う存在に対して溢れ出続ける違和感は何なんだ?
俺は兵藤一誠、スケベでエッチな妄想好きの青春街道爆走中の高校二年生。
だけど違う―――
それはおれじゃない、それはおれの事じゃない、それはおれの中の誰かだ。
嗚呼、そうか……やっと解った。
おれは誰でもない―――
おれは唯、普通に生きる為に命の灯火が消えそうになってた“兵藤一誠”と言う人物を演じていただけだ。
おれは唯、笑いを誘う仮面を被って生きている道化師だ―――言われるままに役を演じる人形だ。
自分の存在を希薄に感じるのも、自分自身に対して違和感を感じるのも当然の事だろう。
何故ならおれに“自己”なんてものは無い―――
それが契約、それがこの力を得た際に代償としたものなのだから。
何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。
唯、生きているだけの屍がおれだ。
何の価値も無い、何の意味もない無駄な生。
其処に価値を見出す事も無く、唯淡々と人生を生き、時が来たら死に、また同じ事を永遠の輪廻として繰り返すだけの運命。
無価値で無常で無意味な人生、それがおれに科せられた代償であり咎。
だが、そこまでしても唯生きたかった。
唯、この世に生を受けたからこそこの世に居続けたかった。
死にたくない、消えたくない―――産まれ出でる事も無く終わりたくない。
だから誰よりも生きたいと願ったのだ、その身を全て捧げてでも。
普通に生きている者ならば身近過ぎてあまりにも当然の願い。
しかしそれ故に普通ではない自分は誰よりも何よりも強く願う『死にたくない』『生きたい』と言う渇望。
単純だが奇を衒う事の無い、何処までも純粋ながら当たり前過ぎて誰もが切実には祈らない願望。
それが故に今のおれはある―――
それ故に今のおれは生き続けていられる。
―――嗚呼、駄目だ。
先程の事で力を使い過ぎた―――還りたいのに。
消える―――おれが、消える―――おれ自身の全てが塗り潰されて行く―――
いやだ、きえたくない。
しにたくない、いきていたい、うまれおちることなくきえるのはいやだ……。
いやだ、いやだ、イヤダ、イヤダ、イヤダ―――
……?あったかい……。
おれのなかに、なにかがいる―――
なにかがおれを、しのふちからすくいあげている……。
だれだ、だれなんだおまえは?
わからない、だけどこれなら……還れる。
あの場所に……俺の、還るべき、場所に―――
~Side out~
■■■■■
「あら、これは……へえ、面白いわねあなた?
神器を宿してる人間は多いけど神器自体が核になってる人間を見たのは初めてよ、たまには夜の散歩も悪いものではないわね」
倒れている一誠を見つけた一人の女性はそう呟く。
彼女の名はリアス・グレモリー……この駒王町において知らぬ者は少ない有名人である。
三つ巴の陣営の一つ『悪魔』の古き血筋の一族であり、この駒王町の中心に存在する学校・駒王学園を拠点とする統治者だ。
だが赤髪の人物リアスは心底疑問を浮かべたような表情を浮かべて倒れている少年を見つめている。
こんな事はこの世に生を受け、多くの教育や多くの経験を積んできて初めての事であった。
この世界には悪魔と天使、それと堕天使という三つ巴の存在が日夜争いを続けている。
遥か昔に大軍を率いて大きな戦争を長きに渡って続けていた三勢力は其々が酷く疲弊し、勝者も居ないままに数百年程前に終結したのだ。
天使側も悪魔側も堕天使側も多くがこの戦にて滅び、純粋な血筋の者達は今やかなり少なくなった。
そんな現状を危惧した悪魔側は少数精鋭の『悪魔の駒(イヴィルピース)』と呼ばれる制度を作る。
人間の行うボードゲーム『チェス』の特性を下僕悪魔に取り入れる事で小規模組織(ネトゲのクランと同意義)を生み出したと言う事。
主となる悪魔を『王(キング)』とし、そこから『女王(クイーン)』、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』、『僧侶(ビショップ)』、『兵士(ポーン)』と言う五つの特性を作り出した。
つまり純血の悪魔が少なくなり、軍団を持てなくなった代わりに少数の下僕を作り、その者達に強大な力を分け与えられるようにしたと言う事だ。
―――その筈なのだが。
何故か倒れている少年に『悪魔の駒』が効果を成さないのだ。
いや……そもそもこの瀕死で倒れている少年に『悪魔の駒』を取り込ませようとしたのだが、全ての駒が取り込まれる事無く弾かれてしまうのである。
「おかしいわね、これは一体どういう事……?」
人間を『悪魔の駒』で下僕にするには転生者の能力次第で駒を多く消費しなくてはならない場合がある。
戦車の駒を二つ使わなければ転生出来ない場合もあれば、騎士の駒を二つ使わなければ転生出来ない事もある。
更に二つ以上の異なる駒を合わせる事も出来ない為、駒の使い方は自ずと慎重になるのだ。
リアスは倒れていた少年に力の大きさを感じ、兵士の駒を八つ全て使用した。
しかしその八つを宿させようとしても彼の身体に触れた途端、駒に篭った魔力が霧散してしまうのだから疑問に思うのは当然の事。
本来ならば『悪魔の駒』は強制力が強く、殆どの存在(それこそ神話の魔獣など)を眷属に変える事が出来る力を持つ筈であるのに……こんな事は異例中の異例と言う奴だろう。
どうしようかと頬に手を当てて考えるような仕草を取った丁度その時の事だった、リアスの耳に声が響いたのは。
『……小娘、誰だか知らんが無駄な事は止めよ。
“貴様ら程度”の矮小な存在が余らを飼い慣らすなど出来る訳がなかろう、身の程を知れ』
声のした方向をリアスが見ると其処には先程まで倒れていた少年が立っていた。
無礼な物言いにカチンと来たリアス、目の前の人物に言葉を返そうとした瞬間―――その姿を見て言葉を失う。
いや違う……目の前の人物を垣間見た瞬間、全身中を激しい悪寒の様なモノが襲ったのだ。
彼女の目に入った少年の姿、それは唯の人間に過ぎない。
だが、その髪はまるで色彩が抜け落ちてしまったかの様に真っ白になっている。
そしてリアスがそれ以上に恐怖を感じたのは一誠の眼―――その眼は明らかに“人間”のものとは違う。
まるで相手を虫ケラ程度にしか見ていないような眼差し、いや若しくは路傍の石程度か?
目とはその人物の心を映すと言われる。
特に悪魔は他人の心の動きに機敏だと言われる存在故に欲望の強い人間を見極める事が可能なのだ。
リアスは特に若い悪魔の中でも実力が高い人物である。
彼女からすれば相手の目を見ればどの様な欲望を懐いているかをある程度は理解出来るし、どの様な人物かをある程度は理解出来た……その筈だった。
しかし目の前の人物の目を見た瞬間、彼女は恐怖で震えが止まらなくなる。
一誠から感じる感情は一切無い―――唯々感じるのは奥底から湧き上がる恐怖と絶望感のみ。
彼女が生きて来た人生の中で、これ程の絶望的な感情を味わった事など一度も無かった。
「あ、貴方……一体何者なの!?」
滅亡の力を有す公爵家の令嬢。
“紅髪の滅殺姫(べにがみのルイン・プリンセス)”などと呼ばれる若き才媛。
そんな彼女がまるで恐怖を打ち払うかの様にあえて強がって魔力を込めて言い放つが、それに対して一誠は全く表情を変えないまま言葉を返す。
『塵芥程度の蛆虫風情に名乗る名は無い、消えよ目障りだ―――それとも此処で死ぬか、者よ?』
瞬間、リアスはまるで跪くかの如く倒れ込む。
彼女の周りだけ重力が強くなったかの如く、全身が押し潰されるかの圧力を感じる。
魔力も何も一切合切感じないこの状況にリアスは理解する、いや理解してしまったのだ。
この重圧に種も仕掛けも無い。
唯、目の前の人物の凶悪といっても過言ではない覇気によって全身中が萎縮して潰されているような感覚に陥っているだけなのだ。
格が違う、器が違う、認めたくなくても頭が理解してしまった。
殺される―――幾つも逃げる為の方法を脳内でシュミレートするが、自分が殺される姿しか想像出来ない。
「(……う、嘘よ……わ、私は……嫌、死にたくない……ッ!!!)」
恐怖で強張り、瞳にはあまりの絶望感から涙が浮かぶ。
死にたくない、自分はまだ何も成していない、女としての矜持を満たす前に死ぬなんて嫌だ。
だが目の前の『人の形をした異形』は彼女の願いなど微塵も興味を持たず、無慈悲に禍々しい散弾銃を構えて引き金に掛けた指に力を籠める。
撃ち出されれば死は免れないだろう、リアスの命は今此処で尽きるかと思われた。
しかし彼女の生きたいという思いが実ったのか、それといも彼女はまだ此処で死ぬべきではなかったのか―――不意に狂眼の人物・一誠の様子が変わる。
『あっ、がぁぁぁ!? あぁぁぁぁ!? お、のれぇぇぇ……余に、余らに何をしたぁぁぁぁぁ!!?!?』
頭を抱えてのた打ち回る一誠。
しきりに苦しんだ後、額に表れた眼が閉じると共にそのまま大地へと倒れ込む。
一体何があったのか理解出来ないが、どうやらこの瞬間こそが唯一の脱出する為のチャンスなのは明白だ。
一瞬の隙を突き、リアスは持てる力全てを振り絞って魔方陣を形成するとこの場を脱出したのであった。
―――それから暫くの時が流れる。
倒れていた一誠はゆっくりと身体を動かしながら立ち上がると、辺りや自分の身体を見渡した。
あれ程に全身に刻み込まれていた傷が一切無い……どう考えても致死的な傷を負っていたにも関わらずだ。
軽く頭を振りながら彼は歩き出す。
恐らく己の暮らしているボロアパートにでも帰るのだろう、疲れた様に足を引き釣りながら去っていった。
……月光と街路灯が照らす一誠の影。
それはどう見ても人の姿をしていない不気味な影であったと言う。