そして、2日後の夕方。
「リストに載ってた全員を説得してきたぞ」
「え?」
テッドは戸口にファッゾの姿を見た時、てっきり諦めると言いに来たんだと思った。
ナタリアは不思議な位、この件については関係者の口が固いと肩をすくめていた。
だからファッゾが説得するのも無理だと踏んでいたのである。
まぁしょうがないよ、うん、また頑張ってくれ。
そんな事を言おうと思ったのに、今なんて言った?
「だから、テッドに抗議の電話を入れた連中を全員説得してきたよ。確かめてくれて構わない」
「・・よし、じゃあ」
テッドが真っ先に電話したのはアエロマイクロの事務所だった。
「やぁ社長、俺だよ、テッドだよ。すまないが葉巻売っ・・・」
「・・い、いや、うん、大丈夫だよ、始めたばかりの奴に無理な話は出さないって」
「・・ほんとだって、うん、いや、それより俺の葉・・だから俺の話を」
5分経過。
「頼むから信じてくれよ、今まで俺がトチった事ないだろ?大丈夫!大丈夫だって!」
「え?成功する毎に1箱?おい待てよ、何で俺が連帯責任・・解った解った解った!」
チン。
テッドは受話器を電話に戻した姿勢のまま頭をがくりと垂れた。
ファッゾは心配そうに声をかけた。
「え・・ええと、テッド?」
「ふ・・上等じゃねぇか」
「えっ?」
テッドは顔を上げた。
「ファッゾ!依頼を出すから良く聞け!」
「あ、あぁ、そんな大声で言わなくても解るぞ?」
「ミストレルに兵装持たせて湾内1周させてこい!」
「へっ?」
「今すぐ!湾内を!1周!させてこい!」
「誰の依頼だって言うんだよそんなもん」
「俺だ!」
「は?」
「お前っつーかミストレルが艦隊運動忘れてないか確認するための仕事だ!」
「え、ええと、ギャラは・・」
パシッ!
「・・この100コイン硬貨はどういう意味か聞いて良いかテッド?」
「ギャラだ!以上!」
「断る」
「なにっ!」
「断る!燃料代にもならん!」
「ちっ・・じゃあこれだ!」
パシッ!
「・・・んー」
「1周回るだけだろ!燃料代が500コインもかかるわけねぇだろ!?何が不満なんだ!」
「プランは?」
「はぁ!?」
「プランをくれ」
「・・ほんっとーに運用ルールしっかり読んできやがったな」
「もちろんだ」
テッドは港の海図を広げたが、ニッと笑った。
「ぃよーしファッゾ、依頼をちょっと変更だ」
「・・その良い声にろくでもない予感しかしないんだが?」
「ミストレルはここから出航する」
「あぁ」
「そしてこっちを回って、ここにいく」
「・・あぁ」
「そしてここで上陸し、ここで葉巻を一箱買う。この2万コインはその代金だ」
「・・・」
「あとは元来たルートを帰ってくる!以上!ほら海運だ文句無ぇだろ!」
「アエロマイクロの事務所なんて歩いて行けよテッド。何なら俺が車で送ってやる」
「アエロの連中がお前達が成功し続けなきゃ売らねぇって抜かしやがったんだよ」
「・・んー?ちょっと電話繋いでくれ」
テッドはアエロマイクロの短縮ダイヤルを押すと受話器をファッゾに渡した。
ファッゾは無表情のまま受話器を受け取った。
「・・社長ですか?ファッゾです。お約束が違うようですね」
「・・申し上げた筈ですよ。それは我々の問題でテッド仲介役を巻き込むのは止めて頂きたいと」
受話器の声に耳を傾けていたファッゾの声が一段低くなった。
「・・先月までの請求明細、奥様に送りますよ?」
テッドはごくりと唾を飲んだ。
アエロマイクロの社長夫人は疑いだすと際限なく社長を責める事で知られている。
ファッゾがにこやかに頷いた。
「お解り頂けたようで何よりです。では仲介役と代わります」
スッ。
テッドが返された受話器を耳に当てた。
「あー、俺だが・・」
アエロマイクロの社長は打って変わって葉巻をすぐに売ると言ってきた。
購入量を伝え、受話器を置いたテッドはファッゾに訊ねた。
「なぁ・・アエロの社長はお前に一体何を頼んだんだ?」
「俺が喋る訳ないだろ」
ファッゾは秘密を守るし義理堅い。だからこそ何でも頼める。
喋られると大変よろしくない事もつい頼んでしまった事が町の人間なら1度はあるだろう。
テッドは灰皿から吸いかけの葉巻を取り、そっと火をつけた。
「・・早く実績上げて、町の皆を納得させろよ。無茶だけはするなよ」
「解ってる。俺だって権利書を使う事にはなりたくないし」
「あぁ」
「テッドが初恋の女に似てるからと2つも買ったカメオの事を皆に喋る事態にはしたくない」
テッドは思わず目一杯肺に紫煙を吸い込んでしまい、激しくむせこんだ。
「ナタリアの所で続きを聞いてくる。じゃあな」
パタン。
ファッゾが出て行ったドアをむせこみつつ涙目で睨んでいたテッドは、チッと舌を打った。
「くそっ、俺の黒歴史をまだ覚えてやがったか」
その時、どうして町の連中が自分に猛烈に抗議してきたのか、その理由に気がついた。
ファッゾがなんでも屋を辞める事は不便だ。
だが、辞めた後もファッゾが過去の依頼について守秘義務を守り続けるかどうかは桁違いの大問題なのだ。
なんでも屋を続ける限り、守秘する事はファッゾにも信頼形成に大変意味のある行為だ。
だが辞めてしまえばファッゾにとってはどうでもいい事であり、「使えるカード」に化ける。
その効果は先程の件を思い起こせばよく解る。
テッドのこめかみを一筋の冷や汗が滴った。
「ファッゾに回すのは、安全なプラン限定だな」
俺のカメオの秘密を怒り交じりにバラされたら恥ずかしくて町を歩けなくなるからな。
テッドは頭を掻いた。なんでこうややこしい連中ばっかりなんだ・・
・・・まぁ葉巻の供給が再開されるから良いか。
「テッド、居るか?持って来てやったぞ」
訊ねてきたアエロマイクロの社長が葉巻の箱と一緒に差し出した請求書はかなり高額なものだった。
「お、おいおい社長、これじゃほぼ2倍じゃねーかよ」
だが社長は眉一つ動かさずにいった。
「それが本来の経費込みの値段さ。ファッゾさんには色々世話になってるから赤字覚悟で卸してたんだ」
「とほほ・・俺だって世話してるじゃねーかよ」
金を受け取りながら社長はニッと笑った。
「弱みは握られてないからな。ま、今後もテッドの為に備蓄は続ける。有難いと思ってくれよ?」
「オーライオーライ、解ったよ」
「もし値段が気に入らないならネットで調べてくれ。配送料込みの最安値だと思うよ。じゃあな」
テッドは頷いた。
連中がファッゾを引き止めた理由はさっきの推測で間違いなさそうだ。