Deadline Delivers   作:銀匙

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第32話

「で、何だファッゾ。店は閉じたし妻達にも外してもらった。これで良いか?」

 

閉店間際、ファッゾは疲れ果てた表情でキッチン「トラファルガー」にやってきた。

カウンターの隅で小さくうずくまるように座り、ファッゾはウィスキーを少しずつ舐めていた。

途中でルフィアやマッケイが心配して声をかけたが、悲しそうに首を振るだけで何も言わなかった。

ルフィアはファッゾ以外の客が帰った時、厨房の奥でライネスに囁いた。

「あなたに何か聞いて欲しいんじゃないかしら」

「・・解った。上に上がっててくれるか?」

「クーにも言っておくわね」

「そうだな。ありがとう」

ルフィアが2階に上がったのを確認したライネスはclosedの札を下げ、冒頭の言葉をかけたのである。

しばらくグラスを睨んでいたファッゾは、溜息と共にライネスの方を向いた。

「・・ライネス」

「あぁ」

「俺達は、人間だろ?」

「まぁそうだな」

「ルフィアと一緒になる時、その寿命差をどう考えた?」

「それか」

 

ライネスは厨房にとって返すと、氷とウィスキーのボトルを手に戻ってきた。

「横、座るぞ」

「あぁ」

ライネスはファッゾに栓を開けたボトルを差し出す。

「ほら、俺のおごりだ」

「ん・・ありがとう」

 

コッコッコッ・・・コッ

 

琥珀色の液体がファッゾのグラスに注がれると、特有の芳醇な香りが漂った。

ライネスは懐からパイプを取り出すと、慣れた手つきで準備を始めた。

「んーまぁ、話にもならん差だよな」

「こっちは老いのある60年、向こうはずっと適齢期のまま100年は余裕、だ」

「ファッゾはそろそろ40だったか」

「あぁ」

ライネスは目を細め、パイプに詰めた煙草の葉に丁寧に火をつけていった。

「50超えた俺より良いだろ」

「どっちもそんなに変わらないよ。向こうから見れば」

「まぁな」

ライネスは懐から取り出した象牙と金のタンパーをファッゾに見せた。

「のろけですまないが、これは妻がくれたんだ。結婚前にな」

「・・いい趣味だ。しかし、相当高そうだな」

「多分な。そしてこれをくれた理由ってのがな」

「うん」

「俺がこれをポケットに入れてれば、一緒にいられるようで嬉しいと言ったんだよ」

「・・そうか」

「お前の方の経緯も聞いたが、あいつらはほんとにまっすぐに思いを伝えてくるな」

「・・俺は昔、司令官だったんだが」

「あぁ」

「艦娘達は皆そうだった。まっすぐで、素直で、正直だったよ」

「・・」

「ナタリアにしろ、ルフィアにしろ、今は深海棲艦だが、昔は艦娘だったと思うんだ」

「妻はそうだと聞いてる」

「そうか。ナタリアの方は俺の勘だが、同じだと思う」

ライネスは燃え具合を確かめると、タンパーで軽く火を回しながら言った。

「・・そういうもんかもしれんなぁ」

「俺は以前、司令官だったんだが」

「お前微妙に酔っ払ってるな?」

「着任する前に、大本営から注意された事がある」

「ほう」

「艦娘を愛すれば辛い結果が待っているから、兵士として、兵器として扱えと」

「・・まぁ、艦娘は戦地に赴くんだからな」

「ライネスはルフィアを良く説得したよな」

「うん?C&Lを辞めさせた事か?」

「あぁ」

「俺は生粋の民間人だぞ。妻がしょっちゅう戦場に出て行くなんて心臓が持たん」

「それは軍人だって、司令官だって一緒だよ」

「ファッゾ」

「うん?」

「お前は「元」司令官で、今は民間人なんだ」

「・・そう、なんだが」

「精神的に辛いなら陸の上で働くように皆と話し合ったほうが良い」

「無理だ。陸で稼げる金じゃナタリア達は生きていけない」

「・・まぁ」

「?」

「妻は非武装だったが、ナタリア達は・・なぁ」

「人間に戻させたとしても、俺はなんでも屋で7人を養う自信は無い」

「喫茶店でも無理だぞファッゾ」

「それにテッドから言われたんだ。ナタリアを狙う奴らが居るってな」

「命を、か?」

「あぁ。だから人間に戻すのはハイリスクだと」

「じゃあ2つしかないな」

「うん?」

「1つは完全に現状通り、まぁナタリア達と同棲するくらいだ」

「あぁ」

「もう1つは全員人間に戻し、この町か国を捨てることだ」

「えっ?」

「俺は後者もやったからな。遥か昔の話だが」

「そっか・・まぁ日本人のスタイルじゃないもんな」

「東欧のあの国から出た時はまさか日本まで働き口が無いとは思わなかったけどな」

「じゃあそっち方面に行っても・・」

「大陸のどの国より日本の方が経済状況は良いだろうよ。好景気になった話なんて聞いた事が無いからな」

「・・・と、なると」

「道は一つしかないって事だ、ファッゾ」

「・・ならその間、俺は皆と出来るだけ思い出を、良い思い出を作ってやらなくちゃ、な」

「外れだ、ファッゾ」

ファッゾはライネスの方を怪訝な目で見返した。

「なんでだ?彼女達にしてみれば一瞬にも似た短い時間なんだぞ?」

「俺も、結婚当初そう思ってたんだがな」

「あぁ」

「妻に言われたんだ。普段通りにしていてほしい。何気ない毎日が幸せなんだとな」

「・・」

「毎日ご馳走が並び、贈り物をされるなんて不自然だし」

「・・」

「なんだか生き急いでるみたいで、別れが早く来そうで嫌だ、とな」

「そっ、か」

「だから普段通り、ただ」

「ただ?」

「ファッゾ達は会社をどうするんだ?」

「対応してきた仕事が違い過ぎるからな、今の所合併は考えてないよ」

「なら、休みだけは合わせてやれ」

「・・休み、か。そういえば微妙に違うな」

「休みが一緒なら出かけたりも出来るだろ?」

「合わせた上で・・休みを1日増やすかな」

「確かにファッゾのとこは他より定休日が少ないが、経営は大丈夫なのか?」

「何で少なくしてたかと言うとな」

「あぁ」

「俺が死んだ後、ミストレルとベレーに路銀を持たせてやりたかったんだよ」

「路銀?」

「俺の家の権利書はテッドに渡してしまってるからアテに出来ない」

「・・」

「俺は必ずミストレル達より先に逝く。だからあの子達がその後も困らないように、な」

「気持ちは解るが・・」

「彼女達の寿命を考えれば幾ら用意しても足りない。だから遺産とは言わない」

「なぜ路銀なんだ?あの子達は町に留まると思うぞ?」

「・・前を向くには気晴らしが要る時もあるさ」

「お前を失った悲しみを旅で癒して来いってのか?」

「まぁそうだし、町を捨てるのも彼女達の好きにすれば良い。そう思ってたんだ」

「だが、こうなると・・」

「さすがにナタリアの分も今から貯めるのは難しいしなぁ」

「その方向で考えなくても良いだろうが」

「なぜだ」

「お前の後の事はナタリア達に頼んでおけば良いじゃないか」

「あ」

「同じ時間軸で生きられるし、ナタリア達なら心配要らないだろ?」

「そっか。じゃあ合併した方が良いのかなぁ」

「まぁそこはナタリアと決めろよ」

「・・だな」

ライネスがパイプを灰皿に軽く叩くと、さらさらとした灰が流れ出した。

ファッゾがそれをちらりと見て言った。

「うまいもんだな」

「何十年と繰り返せば上手くもなるさ」

「そうだな」

「ナタリアと向き合う腹は決まったか?」

「・・あぁ。ありがとうライネス」

「良いさ。大した事じゃない」

「あっ・・と、御代は」

「餞に奢ってやる。行って来い」

「えっ・・今からか?」

「今からだ、ファッゾ」

ファッゾは肩をすくめると立ち上がり、店の鏡の前でさっと身なりを整えた。

深呼吸して戸に手をかけたファッゾに、ライネスは声をかけた。

「頑張って来いよ」

「・・行ってくる」

 

カロン♪

 

ドアベルの音を合図に、階段をそっと下りる音がした。

「終わったよ、大丈夫だ」

ライネスがそう言うと、ルフィアが隣に立った。

「・・ええっと、余計なお世話かもしれないけど、ナタリアに電話したわ」

「寝てたか?」

「いいえ。全然寝てない感じだったわ」

「クーちゃんの聞いてきた話が本当なら、ナタリアは寝られる筈もないだろうよ」

「上手く行くと・・良いわね」

ルフィアはそっとライネスの隣の椅子に腰掛けた。

「そうだなぁ」

「二人とも頭が回るから・・」

「色々余計な事まで考えて考えて、疲れ果てるまで考えちまう」

「貴方もそうでしょう?」

「まぁ、お前の幸せは常に考えてるよ」

ライネスはそう言って、ルフィアの柔らかな髪を撫でた。

「・・うん」

ルフィアはぽふっと、ライネスの肩に頭を置いた。

 

 

 


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