Deadline Delivers   作:銀匙

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第14話

 

翌日。

 

「んー・・どうかなあ?需要あるのかなあ」

「解らないですけど、テッドさんにご相談しようかなって」

「あー、まぁ売るならテッドの店だろうが・・」

ファッゾが苦虫を噛み潰したような顔をしているのに、珍しくベレーは引かなかった。

 

 深海棲艦向け燃料を小売出来ないか。

 

これがベレーの提案だった。

知っての通り、ベレーは自らの艤装内で海水から燃料を生成出来る。

それを今までは自分で消費していたのだが、外販したら稼げるのではと考えたのである。

ファッゾはしばらく考えた後にベレーに訊ねた。

「燃料を作る事でどっかの部品が消耗するとか、魂削るとかないだろうな?」

「特にそういう事は無いですよ?」

「鶴の恩返し的な展開は御免だよ?本当に大丈夫か?」

「そう言われると・・大丈夫だと思いますけど・・」

ファッゾはポンとベレーの肩を叩いた。

「ミストレルはぶーぶー文句言ってるが、やらなきゃならん事は理解してる」

「はい」

「俺も片手間に何でも屋を再開したし、貯めてるのは万が一への備えだ」

「はい」

「だから身を削るような働き方だけはするな。これは命令だ」

「・・・」

ベレーはしばらく俯いていたが、再び顔を上げると言った。

「でも、そうやってお二人が頑張ってるのに、私だけ家事手伝いでは・・」

「家事だって大事な仕事だ。ベレーがやってくれなきゃ今頃埋もれてる」

「でも、出来る事はやりたいです」

「んー」

ファッゾは腕を組んで考えていたが、

「知ってるかどうか解らんが、あいつらに聞いてみるか」

「?」

ファッゾは車のキーを指に引っ掛けながら言った。

「修理屋だ」

 

ファッゾがベレーを連れてやってきたのは「夕島整備工場」と書かれた工場だった。

駐車場で車から降りた途端、事務所から声が飛んできた。

「あーやっと来たー!おっそーい!」

ファッゾはびくりとしながらも返事をした。

「な、なんだ。何かあったのか?」

駆け寄ってきたのはつなぎ姿の少女。

そしてファッゾの隣に立つと腰に手を当てて仁王立ちし、ファッゾに人差し指を突き出した。

「コンプレッサーが届くのは先週土曜日の朝だから、それまでに入庫してって言ったじゃん!」

「・・あ」

ファッゾはここに至り、少女が怒っている理由をようやく思い出した。

BMWのエアコンの修理を頼んでいた事をすっかり忘れていたのである。

部品が入庫する日に交換するよう手筈を整えてもらっていたのだ。

 

 「月末は立て込んでるから忘れないでねっ」

 「大丈夫だ。この暑いのにエアコン無しでいりゃ嫌でも思い出す」

 

・・しまった。

こういう場合は詫びの品の一つでも持っていなくてはならないが、生憎丸腰だ。

青くなっていくファッゾの顔色をじっと見ていた少女は溜息をついた。

「・・今の今まで忘れてたんでしょ」

ファッゾは素直に頭を下げた。

「すまない、アイウィ。残念ながらご名答だ」

「もー・・」

その時。

 

「島ちゃーん、どうかしたー?」

騒ぎを聞きつけたのか、工場の方からもう1人人影が現れた。

「ばりっちー、またファッゾさんが約束忘れたんだよー!」

「んー?」

ファッゾが頭をかきながら詫びた。

「ビット、すまん。こいつのエアコンの件をすっぽかしてしまった」

ビットは呆れたように軽く手を上げた。

「よくこの暑いのにエアコン無しで乗ってられたわねー」

 

町の人にはビット、アイウィと呼ばせるが、互いは「島ちゃん」「ばりっち」と呼び合うこの2人。

ビットこと「ばりっち」は艦娘の夕張、アイウィこと「島ちゃん」は同じく艦娘の島風である。

町でも評判の仲良しコンビであり、例によって脱走兵である。

ビットは修理加工技術に関しては職人並だが、銭勘定はからっきし。

ゆえにアイウィが作業スケジュールや請求といった事務処理を行っている。

町で唯一の工場であり、艤装がメインだが、車やエアコン、家電製品など大概の修理を受け付けている。

 

ファッゾが肩をすくめた。

「色々立て込んでたんだが言い訳だな。1つ借りだ。何か用があれば言ってくれ」

それを聞いたビットはニッと笑った。

「あら。じゃあ早速お願いしちゃおっかなー」

「構わんが」

「私達はあなたの車直しておくから、あれ届けてきてくれないかしら?」

ビットが指差した先にあるのは軽トラとトラクターである。

「・・どっちを?」

「トラクターよ。隣町の溝山さんのところまで。帰りは軽トラで帰ってきて」

「げ」

ファッゾが途端に嫌そうな顔になった。

溝山氏は大変良い人なのだが、溝山家までの道のりは悪路だらけの一本道である。

トラクターや軽トラでやっと抜けられる崖っぷちの道が数え切れないほどあるのである。

「これ請求書とキーだよ。よろしくっ」

あっという間に請求書とトラクタのキーを握らせるアイウィ。

ファッゾは軽トラを指差し

「そ、そうだ。ベレーはMTだと運転できな・・」

と言いかけたが、

「あれATよ。BMWの鍵頂戴。はい軽トラの鍵。じゃ頑張ってー!」

と、ビットが鮮やかに退路を塞いだ。

ファッゾは仕方なく、運転して自分についてくるように言うと、ベレーに軽トラの鍵を渡した。

「ついていけば良いんですね」

「あぁ。シフトレバーの前にスイッチがあるだろ?」

「え?あ、はい。これですね」

「それがデフロックスイッチだ。車輪が空転したらそれをONにするといい」

ベレーは首を傾げた。

「私、そんなに運転下手そうに見えますか?」

「そうじゃないが、行けば解るよ」

「?」

「やれやれ、だ」

ファッゾは溜息を吐きつつトラクタのドアを開けた。

日のあるうちに帰ってくるには急がねばならない。

 

2時間後。

「お手数かけましたなぁファッゾさん」

「いえいえ、夕島整備工場の代理ですから」

「何でも屋復活ですかな?」

「出来る時だけ、ですけどね」

「ほっほ。連絡先はとっておくものだ。代金を持ってくるから待っててくだされ」

「解りました」

トラクタに気づいた溝山さんと一通り会話を終えると、ファッゾはそっと額の汗を拭った。

何度来てもこの道は慣れないな。以前よりは道幅も広くなったけど。

その時、ようやくベレーの運転する軽トラが最後の坂を上ってきた。

ファッゾの脇に車を止めると、よろめくように降りてきて一言。

「ここはどこのボリビアなんですか・・デスロード以外の何物でもないですよ」

「いや単なる私道だから」

「何回か後輪が崖の外にはみ出ましたよ!」

「デフロック必須だろ。軽トラ最高だよな」

「あの丸太橋、絶対腐ってますよ!」

「腐食が進んでない所を見分ける目が養われるよな」

「~~~~~!!」

涙目のベレーが無言でぽかぽか叩いてくるのをファッゾが無抵抗で受け止めていると。

 

「ほい代金。島風の嬢ちゃんの指定金額通り入れといたよ」

溝山さんが封筒を手に、玄関から出てきたのである。

叩くのこそ止めたものの、頬を膨らませてむくれているベレーを横に、ファッゾは封筒を受け取った。

「どうも・・確かに」

そして溝山さんはビニール袋をベレーに手渡した。

「ふえ?」

「こっちは山葡萄のジャムとスコーンだ。良く来てくれたね、お嬢さん」

「あ、あの、頂いて良いんですか?」

「もちろんだとも。さぁ、気をつけて帰りなさい」

これほど的確な注意があるだろうかとファッゾは思った。

泥まみれの坂は登りより下りの方が怖い。もう少し休みたいが日が暮れたら万事休すだ。

崖っぷちで野宿なんて考えただけでぞっとする。

 

 

 


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